婚約者に断罪イベント?!

みけねこ

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王はかく語りき

真相

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 賢い者は証拠を残さない。そもそも己の手を汚さない。話術に長け、人心掌握に優れている。弱者を嘲笑い己の利益だけを優先する者も大勢いる。今回の首謀者はまさにそれだ。家臣たちが血眼に探した証拠は意味のないものに変わるのも早かった。
 一体誰が首謀者なのか、その見当はすでについているのに確実な証拠となるものが中々見つからない。そうこうしているうちに民だけではなく城内からも不満は噴出してくる。家臣たちはそういうのもあって自身の知らぬ内に精神的に追い詰められていく。そして彼らが起こした行動は、例の首謀者を捕らえ私の前に連れてきたことだった。
「フッ、ハハッ。王よ、貴方の信頼している者たちは随分と手荒な真似を致しますなぁ?」
 拘束されているにも関わらず其奴はニヤリと表情を歪め、楽しげに喉を鳴らす。それが癇に障ったのか最も近くにいた騎士が頭を押さえ地面へひれ伏させようとしていたが、私はそれを片手を上げ制した。
 目の前に転がる男、アンビシオン公爵。貪欲なその性格で一気に公爵まで登りつめた。この男は兎にも角にも駆け引きが得意だ。勝負どころもわかっており引くべき時は引くこともできる。こうして私の目の前でこのような態度を取っているということは、己に勝算があるのだとわかっているからだろう。
「どうやら私に第一王子殺害の首謀者の疑いが掛けられているようですが? 私がラフィット王子を殺害して何の得になるというのです。私は慈悲深い王子のことを支持しておりました――それこそ血の繋がった肉親よりは、ね」
「ッ! 貴様、王に対し何たる侮辱ッ……!」
「よい、下がっておれ」
 騎士であるその男の忠義に厚いところは評価しているが、多少頭に血が上りやすい。確かに己が忠誠を誓っている者が侮辱されれば腹が立つのもわからんでもない。だがこの程度の挑発に乗るほどつまらんことはない。相手が平常心でなくなったと分かればあっという間に攻手に変わるのがこの男の手法だろう。
 騎士は私の指示によりしぶしぶと男から身を引き、男はその様子を喉を鳴らしながら楽しげに眺めている。それがまた癇に障ったのだろうが、騎士はグッと歯を食いしばって踏み留まった。
「王よ、ある程度のことは聞き及んでおります。ですがあれですなぁ、私に掛けられている容疑はどれも状況証拠だ、物的情報がどこにも見当たらぬようでございますが?」
「アンビシオン公爵、ですが貴方の指示で野盗を派遣したのだという証言があったのですが」
「それは確かな証言でしょうか? 私に罪を擦り付けようと話しただけでは? 自分で言うのもなんですが私はよく妬みを買います。一代でここまで登りつめた私が気に入らないのでしょう。そんな私を貶めようとする人間なんて五万といますよ」
 アクトは追求しようとしたが、男の言う通りだ。結局今まで手に入れた情報は状況証拠なだけであって物的証拠はどこにも見当たらない。それもそうだ、見つかる前にこの男が処分したであろうから。何か余程、ヘマをしない限り出てこないだろう。そして男はそのようなミスを犯すようなこともしない。
「何ならその『証言をした人間』とやらを私の目の前に連れてきてみてはどうです? 私の顔を見てそれでも尚私が首謀者だと言うのであれば、多少は信憑性もあるかもしれませんねぇ?」
 僅かに向けられたアクトの視線にこちらも小さく首を横に振る。ここでボドル男爵の親族を呼んだところで、万が一この男の罪を追求できなかった場合男は確実にその親族を処分しに掛かるだろう。
 証拠隠滅は確かにやった、だがまさか証言できる者が現れるとは。しっかりと隅々掃除すべきだ、そう言って。
「おやおやぁ? その証言とやらももしや宰相殿の口から出任せでございましたか?」
「っ……」
「困りますなぁ。たかだかその程度の証拠でこのような扱い。いやはや、まずはこの拘束を解いてもらってもよろしいか?」
 こうまで勝ち気でいれる理由は、今まで野放しにされてきたからだろう。線引を知っているこの男はこの程度ならば処刑などされないとわかっている。
 流石は一国の主に堂々と喧嘩を売るだけはある。肝が座っており優秀な家臣たちの手をひらりと躱すその手際のよさは、しっかりと私に忠誠を誓っている者だったら野放しにはしなかった。だが、私利私欲にしか頭にないこの男を私は必要とはしていない。
 この場にいる誰もが苦虫を噛み潰したような表情をしている中、私はフッと口角を上げた。その表情を目の当たりにしたのはこの男だけ。一度軽く瞠目し、気でも触れたかという表情に変わる。だが男の考えのように私は気が触れたわけでもまた身を引くわけでもない――十分に、時間は稼げたであろう。
 開かれたドアの音はこの場に随分とよく響き、すべての目がそちらに向かう。そこにいた者はまだ幼さが残る風貌を持つ。私以外の者は、ずっと傷心で部屋に籠もっているとばかり思っていたのだろう。予想だにしていなかった人物の登場にこの場に動揺が見て取れた。
「証拠ならあります」
「ほう? ならば提示せよ」
「こちらです」
 しっかりとした足取りでこちらに向かってきたもう一人の息子――レオンハルトは憔悴しきった様子もなければ怯えた様子もない。未だ拘束されている男の傍までやってくると、一枚の紙を手に持ち掲げた。
「その男がしたためた密書です。筆跡鑑定も行った結果、アンビシオン公爵のものと間違いないとのことです」
「……はぁ?」
 素っ頓狂な声を上げたのは公爵だ。呆れた表情を向けたのは相手が子どもだったからか。何を馬鹿げたことを、と小さく聞こえた声は本音だろう。
「そのようなもの、この世に存在しているわけがないでしょう。私は密書など書いた覚えなどないのですから。第二王子、子どものお遊びは他所でおやりなさい。大人をからかったところで痛い目を見るだけですよ」
「――『エルバ』」
 不意に出てきた単語は人の名なのか物の名なのかはわからない。だがこの場で唯一その単語に反応したのは、アンビシオン公爵だ。
「逞しいですね、彼。どんな状況に置かれようとも決して心が折れていないんです――ただ、母親を不幸にした男に対してとても強い憎しみを抱いていました。まぁそうですよね、自分も邪魔だからって殺されかけたんですから。そんな酷いことする父親なんているんですね。とっても怖いです」
「ッ……このッ……!」
「すり替えて、ずっと隠し持っていたそうです。いつかきっと復讐してやると、その時のために」
「その『エルバ』という子どもは、密書をすり替えることが可能であったのか?」
「とても賢い子なんです。館に侵入した際、見取り図をすべて頭に叩き込んでいたから裏口とか秘密の地下通路とか知っていたんですって」
 レオンハルトは私の元へ歩み寄り、「はい父上」とその密書を手渡してきた。サッと目を通すと確かに盗賊の手配や、ラフィットが視察に行く日時の詳細なども書かれている。それをアクトに手渡せば彼は素早くスキルを発動した。
「――間違いありません。この筆跡は確かにアンビシオン公爵のもの」
「何を、デタラメな……! そのようなこと、第二王子のお戯れでございましょう? 子どものお遊びに何を本気になっておられるのか」
「邪魔者を次々と消してすっきりしていたようですけど、エルバは死んではいませんでしたよ。子どもだからって見くびりすぎたんじゃないんですか?」
「第二王子ッ……!」
「アンビシオン公爵」
 子どもらしいまだ少し声の高さが残っているというのに、その声は凛とこの場に響き渡った。
「僕はラフィット兄上を殺した貴方を絶対に、許しませんよ?」
 膝をついている男を見下している姿は果たして、この場にいた者たちには子どもに見えたのだろうか。
 かと思えば次に私を見上げてきた表情は子どもだ。小さく笑みを作り「後は父上にお任せします」と告げた。その様子だけ見るとまだ庇護欲を掻き立てられる者はいるだろう。
 待った甲斐があったと小さく喉をクツクツと鳴らす。家臣が見落としていた証拠を敢えて指摘しなかったのは花を持たせるためだ。だがこれは男の唯一見落とした箇所でもあった。子どもの身体は大人よりも弱い。壊すことなど容易なことで、毒を盛り証拠隠滅のために川に突き落としたところで生き残れる確率は随分と低いだろう。
 だがこの勝者はその弱い子どもたちであった。毒を盛られ川に突き落とされたとしても生き残った悪運の強さ。そしてその悪運を少しでも高めるために先手を打った行動力。大の大人が、力の弱い子どもに足元をすくわれたのだ。
「安心しろ、アンビシオン公爵」
 今やその頭の中で必死にあらゆる手を思い浮かべては勝算の低いものから打ち消してと、忙しなく動いているだろう。顔を上げた男の顔色は先程に比べて青に染まっていた。
「物的証拠など、今からいくらでも出てくる。私の家臣はそこまで不出来ではない」
 目配せをすれば騎士はしっかりと頷き、言葉を失ったアンビシオン公爵の腕を掴み立ち上がらせた。そしてそのまま連れて行かれる場所は牢屋だ。先程男に言った通り、証拠はこれからいくらでも出てくることになるだろう――まるで誰かがリークしたかの如く、調査が円滑に進むようにと。

 今この場所にいるのは私とそして息子のレオンハルト。こうして棺の前に立っている様はまるで妻を見送った時と同じだ。ただあの時とは違い空は雨雲に覆われることはなく、寧ろ雲を探すのが難しいぐらいの晴天だった。
 アンビシオン公爵は一族共々処刑された。妻もその息子もラフィット殺害を企てた当主に加担しており、それは屋敷の使用人たちにもそうだ。すべてを刑に処した、例外はない。今回第一王子殺害に関してアンビシオンに処分された者も多かったが、遺体が上がった者の殆どは法を犯している人間であった。
 今一度視線を外したが再び棺へと戻す――中身の入っていない、殻の棺にだ。
 今回の件で、私の道を妨げる者の大半が消え去った。これでまた随分と政を行いやすくなり、机に積まれる書類の数も減ることだろう。前と同じように下に視線を落とせばつむじが見えた。だが、身長はあの頃に比べてしっかりと伸びている。
「……お前が国外に逃した鳥は、自由を謳歌しているであろうな」
 民たちの間では話題となっている――第二王子のレオンハルト様が、兄上のラフィット様のために首謀者を暴き出したのだと。なんと兄想いの優しいお方だろう。ただ愛嬌のあるお方ではなかったのだ。誰もがそう口々にしているらしい。
 レオンハルトの評価は民たちの間で瞬く間に上がり、それは貴族にも広がっている。首謀者に立ち向かった勇敢なご子息だと言う者もいれば、淡々と情報をかき集めていたのだと勘付く者もいる。だが彼らのレオンハルトに対する評価は惜しいところではある。
「鳥が、自由になりたいと鳴くので」
「ほう?」
「でも僕はその鳥が今でもとても大切なので、しばらく見守ろうと思います」
「そうか」
 棺に視線を向けたまま告げるレオンハルトに、私もまた短く言葉を返す。
 殺害されたと思われていたボドル夫妻と酷似している人物が、隣国で目撃されているという報告が上がっている。名は変わり風貌も若干違っているものの、『鑑定』のスキルを持っている者がそう言うのならばそうなのだろう。
 王座を継ぎたくないと親しい者にだけ零していたラフィット。だが第一王位継承者であり、周りの者はラフィットが王位を継ぐものとばかり思っていたため、ラフィットにとっては逃げ道が塞がれていた状態であったのだろう。ただ一言、私に何かしらの意思表示をしていれば何かが変わっていたのかもしれないというのに。その道を最も諦めていたのもまたラフィットだった。
 そして恐らく、アンビシオンの計画がわかった時点で今回の計画が練られたのだろう。第一王子殺害の計画に乗り、秘密裏にラフィットを国外に逃し尚且今まで燻っていた膿を出し切ろうと。
「いい出来であったぞ。今度こそ褒美をやろう」
「ならください」
 真っ直ぐにコバルトの瞳が私に向かう。風貌は私に似ているというのに、その瞳の力強さは妻によく似ている。

「空になった第一王位継承者の席を、僕にください」

 今回の件で最も得をしたのは邪魔者を一掃した私でもなく、また周りの目を欺いて国外へ逃亡したラフィットでもない。
 民たちの好感度を得て尚且一定の貴族たちの信用も得た。すべては己が最も欲しているものを手にするために周りを欺き利用した、レオンハルトだ。
 クツクツと喉を鳴らす。子どもながらに随分と強かに成長したものだ。将来が楽しみでもある。まだ私の頭身より幾分も下にある頭に手を乗せ、雑に左右に撫でつける。
「お前が言わなくとも、そうなるであろうよ」
「そうですか、安心です」
「それはまた別のことだ。他に欲しているものがあるのであれば言ってみるがよい」
「んー、そうですね……」
 考え込んでいる姿はまだ子どもだと声に出して笑っていると、大きな目が私を見上げてはソッと小さく逸らされた。
「……存外、僕は父上にこうして頭を撫でられることが好きのようなので。今回はこれが僕にとってのご褒美です」
 今度は私が目を丸くする番であった。そう言われると、こうして我が子の頭を撫でて褒めたことだと終ぞなかった。王位を継ぐなどと生半可なことではない、私もそうやって父上や周りの者たちに教育されてきた。だが今思えば、私も父に腕を認められ剣を貰った時は嬉しいという感情に襲われたものだ。
「……そうか。ならば今度は父と共に食事を取るとしよう。ここのところずっと忙しなかったからな」
「なら父上に食べてもらいたい料理があるんです。南西の街で今流行っている料理なんですけど、それが美味しくて。まぁ父上の口に合わなかったとしても僕の知ったことではないんですけど」
「ハハッ、よく回る口だ。そうだな、お前の味覚が正しいかどうか判断してやろう」
「ふふっ」
 歩き出したレオンハルトの足取りは心なしか軽い。こういう一面はまだ子どもなのだと思いながら、反して子の成長は早いものだということも知っている。
 我が子の成長を見るために、お前たちすらも欺いたと素直に家臣に告げるときっと彼らは憤るだろう。自分たちがどれだけ疲弊したのかわかっているのですか、と。しかしそれを私が口に出すことはない。口にするとラフィットのことまで言わなければならない、そうすると息子たちの策が水の泡となって消えてしまう。
「父上、早く行きましょ」
「そう急くな」
 当面この件に関しては我らだけの秘密となりそうだ。まぁ、レオンハルトの婚約者であるアイビー嬢までは知っていそうだがな。
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