戀する痛み

璃鵺〜RIYA〜

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戀する痛み

戀する痛み 5

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薫のあの質問は何だったんだろう?
いきなりあいつのことを聞いてきて、その後顔を青くしてひきつった笑いを浮かべて逃げるように行ってしまった薫を、オレは思い出していた。

結局あの後、薫と話す機会はなく、仕事に忙殺(ぼうさつ)していつものように、助手も薫も帰ってしまい夜遅くなってからの帰宅となった。
自宅マンションまでのわずかな距離を、いつものように車を運転して移動する。
車で10分ほどの道程(みちのり)を、薫のことを考えながら運転している。

薫が病院に入ってきてから、いつもこうだ。
いつもいつも、いっつも、薫の綺麗な声、薫の可愛い顔、薫の華奢(きゃしゃ)な艶(なまめ)かしい身体ばかりが、脳裏を支配している。

最初は小っこくて華奢で、医師の激務になんか耐えられないと思っていた。
顔も目が大きくて、小ぶりの鼻に桜色の少し厚めの口唇で、女の子みたいだから、すぐに辞めると思っていた。
それなのに意外と根性があって、頑固なところもあって、でも素直で子犬みたいな薫を見ていたら、気になって守りたくなって仕方なくなっていた。
人一倍ミスが多いってのもあったが、とにかく薫の言動から目が離せなくて、オレの目が届かない所に行かないように、無理に傍に置いた。

一生懸命仕事を覚えようと食らいついて、わからないことはしつこく質問してきて、本当にちゃんと医師になりたいという気迫が感じられた。
他の同期の研修医とは比べものにならないくらい、真剣に医療に向き合っていた。
そのせいか無茶をすることも多かった。
体調が良くないのに無理に出勤してきて倒れることもあった。
もともと体力がそんなにないのに無理をするし、食が細いから余計に体力がつかない。

そんな危なっかしい薫を見ていて、放っておけなくて、世話を焼きたくて堪(たま)らなくなっていった。
気がつくと、薫がオレ以外の他人と話していると、苛々するようになった。
医師でも看護師でも、話しているのを見ると苛々して、すぐに呼びつけて急ぎでもない用事を言いつけていた。
薫はオレが勝手に言いつけた適当な、そんな雑用でも嬉しそうに、楽しそうにきちんとこなしていた。
少し申し訳ないと思いながら、あの頃はあの苛立ちが何でなのか理解していなかった。
というか、理解することを拒否していた。理解したくなかった。

薫は男なんだから、オレがそんな感情なんか抱く訳ないと、否定していた。
学生時代から、今でも看護師やら女医やらに告白されるくらいには、モテる。
付き合う相手にも、セックスする相手にも困っていないオレが、いくら可愛いからって男なんかに、そう思っていた。

でもそんな時に、食堂で遅い昼食をとっていたら、隣に座っていた他科の医師達が、薫の噂をしているのが聞こえてきた。そこらの女よりよっぽど可愛いとか、男でもいいかな、とかそんな冗談めいた会話だったのに、ものすごく苛々して、焦(あせ)った。

もし、もし薫に恋人ができたら・・・あいつらの中の誰かとそんな関係になったら・・・絶対に嫌だった。
許せなかった。
オレのものなのに、横からかっさらわれるなんて、冗談じゃない!

『オレのもの』

オレは薫が好きなんだと、自覚してしまった。
もう目をそらすことなんかできないくらい、薫はオレの心に棲みついてしまっていた。
そう自覚してしまってからは、誰にも取られたくない焦りと薫を抱きたいという、醜い感情しか湧き上がって来なくなっていた。
こんなにも誰かに執着して、独占欲を抱くなんて、思っていもいなかった。
薫が誰かにそういう目で見られていると思うだけで苛々して、薫が誰かと話しているだけで嫉妬心が暴走しそうになって。
こんな気持ちになったのは、薫に対してだけだった。

誰にも取られたくないと焦ったオレは、いつものように薫に雑用を言いつけると、二人っきりになるタイミングを見計(はから)って、薫を無理やり抱いた。
震える小さな体を抱きしめて、その中に無理やり侵入って、欲望のままに犯していた。
抵抗らしい抵抗をしないで、必死に縋り付いてくる薫が、愛おしくて愛おしくて、堪らなかった。
何度も抱いたのに、薫に好きだと伝えられなくて、薫の気持ちをきく勇気もなくて、酷い態度をとって泣かせてしまった。
あの時のことは、今でも心底後悔している。
もっと優しくすればよかった、もっと気持ちを伝えればよかった、もっと薫を信じればよかった。
そんな後悔を抱えているから、今は二度とそんなことをしないように心がけている。

あれから色々あったけど、今、オレと薫は『恋人』としての関係を築いている。
この関係は絶対に崩したくないし、永遠に続けたいと思っている。

たぶん、オレはもう薫以外は好きになれない。
そしてそれは薫も同じだと、信じている。
なかなか二人っきりになれないけれども、ふとした時に目が合ったり、仕事だけど話しをする時に、薫は嬉しそうにはにかんでくれる。
可愛い可愛いその反応を見るのが好きだ。
だから今日みたいにあんな青ざめた強張った表情の薫は、見たくないし、させたくもない。
何であんな表情をしたのか・・・ヒントは薫の言葉。

あいつ、薫に何か言いやがったのか?

いつもそうだ。
いつもいつも、オレの周りを引っ掻き回して、何故かオレが孤立するように仕向けてくる。
理由を訊(き)いてもはぐらかされるし、そもそもオレを孤立させるメリットがわからない。

もしも、本当にあいつがオレを後継者にしたいんだったら、色んな所で人脈を作れと、そのほうがメリットがあると言いそうなものなのに。

高校時代も、大学時代も、医師になってからも、いつも邪魔してくる。
今でも連絡を取り合う友人は数名で、そいつらはあいつの妨害なんか無視してくれたからだ。
それ以外の人たちは、みんなあいつの肩書きに怯(おび)えて離れていった。
まあ、残った友人達は旧財閥の御曹司だったり、会社の経営者一族だったり、弁護士だったり。
あいつでも手出しできないくらいの家柄のやつらばかりだからだけど。

そういえば・・・あいつらに薫のことまだ話せていなかったな・・・話したらどうなるんだろう・・・絶縁されるのかな・・・。

そんなことをつらつらと考えていたら、自宅マンションが見えてきたので、オレは駐車場の入り口に入って行き、地下へ潜って契約している場所に車を停めた。
荷物を取って車を出る。鍵をかけてエレベーターに乗り、そのまま上昇して、自宅の部屋の階で降りて、冷たくなった風を感じながら廊下を歩く。
少し白い息を吐きながら、鍵を開けようと鍵穴に鍵をさして、回すと。
空振りした。

え??泥棒?!

恐る恐るドアを開けて、ゆっくりと音を立てないように玄関に入った。
見ると玄関口にずいぶんと仕立ての良い、高級そうな靴が並べて置いてあった。

こんな靴を履いているやつは泥棒ではない。
そしてこんな靴を履く人間は、オレの周りには数人しかいない。
そして何の連絡もなく家に入り込む人間は、一人しか知らない。
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