よくできました

璃鵺〜RIYA〜

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思わず深い溜息をついた時、背後で扉が開く音がして、数秒後に閉められて、空気が動いて全身を撫ぜてかすめていった。
少しひんやりしたその感触を、温かいシャワーが洗い流して、上書きしてくれる。

シャワーを流しっ放しで、珀英を見ないように頭からお湯を流しているオレを、珀英が背後から抱きしめてきた。

肩と腰を強く引き寄せられて、首筋に珀英の顔が埋められる。
珀英のつけている、すっきりとした柑橘系の香水が、鼻腔をすり抜けていく。

「緋音さん」
「うん・・・」

珀英のいつもより少し高くて、少し掠(かす)れた声。
耳元で小さく、囁(ささや)く。
甘えるような声色に、オレは、何も感じていないように装ってみる。

「緋音さん、緋音さん」
「はいはい」

囁く甘える声が、涙声になっていることに、気づいていた。
ずっとオレがいなくて、オレに会えなくて、不安で淋しくてじっと堪(こら)えて。
張り詰めていた糸が、切れたのか。

「緋音さん、緋音さん、あか・・・ね・・・さんっあかね・・・さんっ!」
「わかってるよ」
「あか・・・っん・・・!」

オレは首筋に埋(うず)められた珀英の頭を、軽くぽんぽんと撫ぜる。

もう大丈夫だから。
不安も淋しさも全部オレが振り払ってあげる。
悲しみとか、焦りとか、孤独とかそういうの全部、オレが追い払うから。
だからもう泣くなよ。

オレが傍にいることを許したのは、お前だけだから。

オレは珀英の腕の中で体をひねって、珀英と向き合うと、俯(うつむ)いたままの珀英の長い髪をかきあげて、その整った顔を正面から見つめた。
思った通り、アーモンド形の寂しそうな瞳を細めて、整えられた眉根がきつく寄せられて、少し厚めの優しい口唇が泣きそうに歪められて、震えている。
目の縁に涙を滲(にじ)ませた状態で、珀英は軽く鼻をすすりあげて、震える口唇を一生懸命動かして。

「・・・っつ・・・いか・・・ないでっ・・・」

珀英はそれだけ絞り出すように言うと、シャワーの音にかき消されそうな、小さな声で必死に必死に呟いて、オレの体をきつく抱きしめて。
自分の顔が見えないように、オレの頭をその厚い広い胸に包み込む。

空港でも泣いてたな・・・。
でも駐車場でキスしたし、一緒にご飯も食べたし、だいぶ時間たったから、そろそろ落ちついたかと思っていたが、やっぱりまだダメだったか。
それとも、お酒飲んだから理性が外れたか。

オレは久しぶりに感じる珀英の体温に、瞳を閉じた。
暖かいを通り越して熱いほどの体温が、肌を通して浸透(うつ)ってくる。
シャワーの熱もあって、オレは珀英の熱と愛情に窒息(ちっそく)して溺れそうな感覚になったので、珀英の胸から顔を上げて、大きく息を吸い込んだ。

オレを強く抱きしめた力を少し緩めると、珀英はオレに顔が見られないように、横にそらしてしまっている。
軽く息を吐き出してから、オレは珀英の胸をそっと軽く押し返して、珀英の頬につい・・・っと指を滑らせた。
それに反応して、やっとオレに顔を向けた珀英の頬を、バシっと音が出るくらいの強さで両手で挟んで、強く引き寄せる。

珀英がちょっと痛そうに顔を歪めた。
珀英の頭からかかっているお湯が邪魔だったので、オレは珀英の体ごと少し押して、壁に珀英を押し付けた。
珀英はオレの行動を邪魔するようなことはせず、オレのしたいようにさせて、キョトンとしてオレを見ている珀英の額に、そっと、口吻ける。

ちゅ・・・っと、音を立ててキスをして。
目の縁に溜まった涙を、人差し指の背で、そっと拭って。
犬を安心させるように、優しく、温かく微笑む。

「ちゃんと、帰ってきただろ・・・だから心配すんな」
「緋音さん・・・?」

不安そうに揺れている珀英の瞳が、真っ直ぐにオレを写している。
珀英の瞳に写っているオレは、きちんと飼い主らしく落ち着いた笑顔を浮かべている。
そう、オレは、珀英の飼い主だから。
飼い犬の面倒はちゃんとみなきゃいけない。もちろん、メンタルのケアもしないと。

珀英が何かを言いたそうに開きかけた口唇に、軽く口吻けをして。

微笑(わら)う。

「傍にいるのを許したのはお前だけだ。・・・ったく・・・帰ってくるって約束しただろうが。だから、ちゃんと帰ってきただろ」
「はい・・・」

珀英が微笑む。
嬉しそうに、幸せそうに。やっと見たかった笑顔を見せてくれた。
全幅の信頼と、頭がおかしいくらいの愛情をこめた、狂(いか)れた恋が見える。
シャワーが床に打ちつけるうるさい音を聞きながら、立ち上る湯気を煩(わずら)わしく思いながら、オレはそっと息を吐き出して、珀英の頬をそっと・・・優しく、慈(いつく)しむように撫ぜた。

「だから、お前はここで待ってろ」
「はい」
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