よくできました

璃鵺〜RIYA〜

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それがわかった、渡英だった。
だから、こうして触れられる距離にいることが嬉しいし、触れられることが嬉しい。
たったそれだけが幸せで、どうしようもなくて。

珀英の口唇に触れるだけのキスをして。
少しだけ恐くて、それ以上のことができないまま。
オレはそっと、口唇を離して体を引いて離れようとした。

したのに。

珀英がオレの肩を掴(つか)んで、ぐいっと強く引き寄せられて、その広くて厚い胸に抱きしめられた。
かと思ったら、急に珀英がオレに覆(おお)い被(かぶ)さるようにして、トランクにしまったオレのキャリーバックの上に、オレを押し倒して。

背中に硬いのが当たって、少し痛かったオレは、びっくりして珀英を見上げた。

「珀英・・・痛いっ・・・」

そんなオレの言葉には一切答えずに、珀英はトランクの中に押し倒したオレに、食らいつくように体の全部をのしかけてきて、オレの顎(あご)を大きな手で掴んで固定すると、体全部を塞(ふさ)ぐように口吻けをしてきて。
いつもの優しいキスとは違って、いきなり口唇を割って舌が入ってきて、口の内部全部舐められて、逃げようとしていた舌を搦(から)めとられて、擦(こす)って弄(いじ)って吸い上げられる。

いきなりの激しいキスに、眩暈(めまい)がする。
ロンドンにいる間はそういうことは無縁だったから、珀英の熱と激情と舌に翻弄(ほんろう)されて、珀英の体温が移ったように、珀英が触れている所から、少しずつ熱くなっていく。

背中は硬いキャリーバックのせいで痛いけど、お腹は珀英のキスに反応して、腹の奥深い、一番奥の所が熱くなって、ずくずくと疼(うず)いて熱くなってくる。
それに釣られて、ここ最近そういうことに使っていない後ろの部分が、珀英のを欲しがって緩んだり閉じたり、繰り返す。
今の今まで忘れていたのに、いきなり、珀英の太さとか長さ、硬さや角度とかそういったものを思い出してしまって、一気に体の中も外も・・・熱くなってしまった。

ダメ・・・だって・・・こんな所で発情してる場合じゃない・・・!

珀英の舌が搦(から)まって、逃げようとしても強く吸われるし、顎は捕まれて動かせないし、腰も太い腕で抱きしめられて動けない。
軽く胸を押し返したら、オレの意思を無視して更に上にのしかかってきて、キスがしつこくて深くなって。
舌が口の中を蹂躙(じゅうりん)してて、オレが弱い上顎の奥も擦られる。
珀英の長い舌が、先端を尖(とが)らせた舌先が、上顎の奥の部分を突くように刺激してきて、思わず腰に甘い重い疼きが走って、吐息が漏(も)れた。
口唇も舌も、噛みつかれて、食いちぎられそう。

ああ・・・そう・・・こんな感じ。珀英は、いつもこう。
離して欲しいって合図しても、無視して、舐めて吸って、噛み付いてくる。
舌も指も口唇も、全部搦(から)めて擦(こす)って搦めて、噛み砕かれる。
オレと離れるのが、嫌みたいな、この感じ。
舌や口唇とか密着してる体とかだけじゃなくて、魂も心も離れたくないって、言われているこの感じが。

めちゃくちゃに求められている、この感じが。

嬉しくて、愛おしくて、欲しくて堪(たま)らない。
ロンドンにいる間、ずっと足りなかったのは、これ。

オレだけを好きで、どうしようもなくて、オレがいないと生きていけなくて、どうしようもなくて、オレに捨てられたら死んじゃう、って叫んでいるこの感じ。

魂の底からの、慟哭(どうこく)が、欲しかった。
泣いて取り縋(すが)って跪(ひざまず)いて、オレを食べ尽くしてくれる、その叫びが聞きたかった。

珀英に吸われすぎた舌が痛いし、唾液が溢(こぼ)れて飲み干せない分が頬を伝って落ちていく。
だんだんと、次第に珀英のキスが激しくねちっこく、なっていく。
舌の搦めかたがしつこく、噛み付いて吸い上げてねちねちしてきて、口唇や舌だけじゃなくて、頬にも鼻にも瞼(まぶた)にも、全部に口吻けて吸い付いてくる。
その優しさと、口唇の熱に、舌の滑(なめ)らかさに、吐息の誘いに、負けそうになる。

さすがに・・・これ以上はダメだって・・・。

オレは強めに珀英の胸を押し返した。
さっきよりも強い力に、珀英はオレの意図を汲(く)んで、大人しく口唇と舌を離して、押さえつけていたオレの体を、名残(なごり)惜しそうに解放する。

オレは軽く溜息をつきながら体を起こして、キャリーバッグの上に座って、頬を伝っていた唾液を手の甲で拭(ぬぐ)った。
発情した瞳(め)でそれを見ていた珀英が、そっとオレの手を取って、少し意地悪な笑みを浮かべながら、絶対にオレに視線を合わせないで、手の甲についた二人のが混ざったその唾液を、長い熱い舌で舐めとる。

チロチロと舌先を動かして、手首から指の又を突(つつ)かれて、そのまま中指を咥(くわ)えられた。

腰を、さっきよりも熱い肉欲が突き上げる。
お腹の奥底で揺蕩(たゆた)っていた重い濁(にご)りが、勢いよくせり上がって来て、脊髄(せきずい)と内臓を侵食してじわじわと全身に広がっていく。

「・・・っつ・・・!やぁめ・・・」

珀英の熱が舐められた手の甲から広がっていって、どんどん略奪してきて、犯される。
ずっとずっと、我慢していた醜い欲望が、爆発しそうに暴れ出しそうなのを堪(こら)える。

オレはそうやって一生懸命我慢しているのに、珀英はお構いなしに、オレの中指を解放して、次は薬指を・・・その次は小指を・・・。
びくびく震えているのを無視して、全部の指を咥えて吸って舐めて、指の又も全部を舐(ねぶ)られて、ねっとりと舌で舐(ねぶ)り尽くす。
その間も視線を下に下げたままで、絶対にオレと目を合わせようとしない。

まだ目が合えばオレの言いたいことを伝えられるのに。
珀英はオレから目を外らせたまま、愉(たの)しそうにオレの感じる所を柔らかい舌で、包むように突(つつ)くように、優しく愛撫(あいぶ)する。

「や・・・だぁ・・・」

手を引いて逃げようとしても、珀英の力強い手が離してくれないし。
指が手が爪が一本ずつ、関節一個ずつ、隙間の奥まで深くまで、犯されて。

思い出す。

珀英と初めて手を繋いで、歩いた時のこと。
異国の地で、初めて、指を搦めて、温もりを感じて、心を通わせて、情愛を交換して。
ロンドンの街を、手を心を繋いで、一緒に歩いたことを。

たったそれだけのことが嬉しくて、嬉しくて。
同時に哀しくて、虚(むな)しくて悔(くや)しくて。

体も、心も、記憶も過去も。
未来も現在も魂も言葉も体温も。
視線も吐息も憎しみも喜びも哀しみも。

幸せを。
後悔も。
諦めも。
愛おしさを。

括(くく)られた。

紮(から)げられた、あの瞬間を。

思い出す。
心の底から、幸せだと思った。
あの瞬間の。

幸せな、愛おしさ。
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