よくできました

璃鵺〜RIYA〜

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オレは珀英の額(ひたい)にかかった前髪をそっと掻(か)きあげる。
珀英が少し驚いたようにオレを見つめて、ドキドキしているのか視線を泳がせている。

「あの・・・緋音さん・・・?」

さっきまで泣いていた犬が、今は微(かす)かな期待に満ち溢れて、大きな尻尾をブンブン振ってオレを見つめている。

オレだって・・・人目がなかったら、キスの一つや二つしてやりたいんだが。
むしろこれが本物の犬だったら、躊躇(ためら)うことなく抱きしめてキスしてるんだけどな。
体が人間だから、犬じゃないから、こんな場所で抱きしめてあげることができない。

抱きしめて、キスして、いっぱいいっぱい撫でて、大丈夫だよって、好きだよって、そう言って安心させてやりたい。
久しぶりなせいか、オレは少しだけ珀英に優しくしてあげたくなっていた。

オレはそっと前髪から手を離すと、戸惑った表情の珀英に向かって、ふんわりと、微笑んだ。

「疲れた。早く帰りたい・・・」
「あ、はい、そうですね!帰りましょう!」

珀英は我に返ったように軽く頭を振って、オレが引きずっていたキャリーバックを受け取って、オレをエスコートするようにゆっくり歩き出す。
オレはそんな珀英の半歩だけ後ろを歩いて、サングラスの位置を指で弾(はじ)いて直して、軽く溜息をついた。

全く・・・相変わらず扱いやすいっちゃあ・・・扱いやすいけど・・・。

「駐車場までちょっと歩きますけど、大丈夫ですか?」
「ああ・・・むしろ少し体動かしたいし、大丈夫」
「すみません」

別に駐車場まで距離があるのなんか知ってるし、珀英の責任でもないのに、なんで謝ってんだよ。

本当・・・相変わらず・・・全然変わってない。
出会った時から全く変わらない珀英の様子に、嬉しくなって、思わず微笑んでしまっていた。

長時間のフライトで固まった体をほぐすように、珀英について歩いて行くと、ほどなく駐車場エリアにつき、整然と色とりどりの車が並んでいる所を、珀英の背中を追いかけながら抜けていくと、見慣れているけど久しぶりに見るオレの車が見えた。
近年では自分で運転することも減ってしまって、だいたいマネージャーか珀英が運転している。
イギリスに行っている間、当たり前だけど車の鍵も完全に珀英に預けていたので、珀英がきちんとメンテナンスして保管してくれていた。

つい昨日洗車してきた感じで、砂埃もついてなく、ワックスがかけられてピカピカに輝いていて、近づいたオレの顔を鏡のように反射している。
左の耳の上の髪が少しはねている。飛行機で寝た時に寝癖がついたっぽい。

思わず寝癖を直そうと手の平で撫ぜていると、珀英がくすくす笑いながら、オレのキャリーバックを持って車の後方に回って、トランクを開けた。
オレは珀英に笑われたことに憮然(ぶぜん)としながら、肩から下げていた黒い革製のトート型のカバンもトランクに入れてしまおうと思い、珀英の隣に並ぶ。

かけていたサングラスを外してバックに放りこむ。珀英はオレに気付くと、嬉しそうに幸せそうに満面に笑みを浮かべて、大きな手を差し伸べた。

「カバン、トランクにしまいます?」
「ああ・・・悪い」
「いいえ」

珀英はオレの手からカバンを受け取ると、横に倒したトランクの横に、倒れないようにしようとカバンをきっちり立てようと四苦八苦している。
オレは珀英のその様子に思わず吹き出す。

別に倒れても平気なのに。相変わらず変なやつ。

真剣な珀英の整った横顔を見つめて、オレより太い首や男らしい喉仏を見ながら、大きな逞(たくま)しいその肩を掴(つか)んで。
ぐいっと横に引っ張って、カバンを凝視していたその顔をこっちを向かせる。
束ねられた長い髪が揺れて、大きなアーモンド形の漆黒の瞳が、不思議そうにオレを見つめて。
瞳が戸惑いながら、少しだけ期待の色を浮かべていて揺らめいていた。
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