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第四章 Bay City Blues (ベイシティ ブルース)
32. Hole Drive Ram
しおりを挟む■ 4.32.1
「ジャキョ21357推定射程圏内まであと5秒。距離110万km。照準用のレーザー照射受けています。」
追っ手の二隻の射程距離を表す赤色の球体表面が、今にもレベドレアに触れそうな所まで近づいている。
追っ手の反対側に、青色の輝点。レジーナ。
青色の輝点は、赤い輝点よりも遙かに速い速度で中心に向けて近付き、球状のセンサー画像中心のすぐ脇を突き抜けていった。
船殻の外、実際の宇宙空間では相対速度数万km/secに達する相対速度で、レジーナはレベドレアから僅か100kmほどしか離れていない空間をすれ違っていった。
自身の主(あるじ)達が乗る船を脇目に見つつ、一瞬も加速を緩めることなく空間を切り裂く細く鋭い鏃の様な白銀の船体。
「ジャキョ21357まで100万km。12秒でホールドライヴラム(衝角)射程内に入ります。ジャキョ21358は0.0018秒差。」
「ホールドライヴデバイスフェイルセーフロック解除まで10秒。」
ジャキョセクションの私兵船であるジャキョ21357とジャキョ21358はすでにレジーナに向けて攻撃用のレーザーを照射していた。
しかしレジーナとの距離は100万kmと遠く、対レーザー用のランダム軌道をとるレジーナに有効な命中弾は出ていない。
ジャキョ21357と21358はそれぞれ60発のミサイルを発射した。
レジーナはそれを回避することなく、真っ直ぐミサイル群の中に突っ込んでいく。
合計120発のミサイルは全て反応弾頭であった様であり、レジーナの船体が同時に発生した数十もの白く目も眩む様な眩さの核の炎に包まれる。
数億度に達する熱核融合プラズマや、γ線などの放射線、果ては着弾信管のミサイル本体までの全てが、レジーナを包む分解フィールドで無効化され、淡く怪しく紫に光る雲状のプラズマが跡を引く。
「ホールドライヴデバイスパスロック解除まで5秒。」
厳重に何重にもロックを施され、誤った解除法へのダミーを織り交ぜたロックを数百隊ものノバグRのコピーが攻撃し、重なるロックを一枚ずつ剥ぎ取っていく。
軽巡洋艦級二隻合計十二門の1800mm大口径レーザーは、照準攪乱を狙ったレジーナの遷移航路によって、未だ有効な命中を出せていない。
お互い2500Gという大加速にて急激に距離が縮まる。
レジーナに初めてのレーザーが命中したのは、距離32万kmでの事だったが、0.5秒毎に位置を大きく変える遷移航路を取っているレジーナの横滑りする船体の表面を軽く焼いただけであった。
レジーナの移動を視認し、すぐに対応してレーザーを撃とうとも、そのレーザー光が約2秒後にたどり着く頃にはレジーナの船体は既に他の場所にある。
レジーナも全ての砲塔を起動して応射しているが、口径600mmのレーザーのパワーでは有効な打撃は生み出せていない。唯一1800mmに換装してあるA砲塔のみがジャキョセクションの軽巡洋艦に傷を付けられるが、戦闘用に特化した船にはさほどの打撃でもない。
そして彼我の距離が急速に縮まっていく中、互いに徐々に命中弾が出始め、そしてレジーナ船体の被害は無視できないものとなっていく。
「レーザー被弾。中央右舷。外殻損傷軽微。被弾2。前部左舷。左舷複合センサーユニット大破。被弾3。中央部左舷。左舷第二燃料タンク損傷。軽水漏洩。隔壁作動。軽水漏洩停止。軽水漏洩量250kg。右舷第三主放熱板大破。右舷中央第12エアロック大破。C砲塔保護外殻大破。C砲塔大破。」
普段柔らかな口調のレジーナとは思えない冷たく硬質な声で被害をカウントするが、数ミリ秒での事であり、機械知性体達には知覚できても俺達人間には聞き取ることさえできない。
しかし、激しく位置を変えるレジーナの未来予測位置を射撃するレーザー光が「たまたま」短時間当たっている程度であるので、未だ機動の障害となるような深刻な被害には至っていない。
「ホールドライヴデバイスロック解除完了。レジーナ、ホールドライヴ衝角(ラム)使用可能です。」
ネットワーク上に人間には聞き取れない高速でノバグの声が響く。
「空間解膠極子スピン逆転。試験生成。逆転ホール生成確認。本生成、対象ジャキョ21357。ホール生成相対位置確認。ホール発生。消去。再発生。消去。対象ジャキョ21358。ホール発生。消去。再発生。消去。ホールドライヴ衝角(ラム)攻撃成功。」
レジーナの処理と読み上げは、実際には人間に聞き取ることなど出来ない。
僅か1ミリ秒にも満たない時間生成された直径1mほどの超小型のホールは、貨物船レベドレアを追跡するジャキョ21357と21358の船体をそれぞれ二回ずつ貫通した。
ジャキョ21357の被害は、大きくはあったが致命的ではなかった。
一度目のホール貫通は船体の左上方から突入し、船員区画のど真ん中に穴を開け、燃料タンクの端を掠めて反対側に貫通した。
二度目は船体中央上方から真ん中を貫通し、中央演算ユニットの端を齧り取って、燃料タンクのど真ん中に大穴を開けた。
演算回路の一部をごっそりと物理的に消去されてしまった中央演算ユニットは動作不良を起こして停止し、すぐさまバックアップであるサブシステムに切り替わった。
動作を開始したサブシステムは、主演算システムが停止し自身が起動される様な事態に陥っていること、燃料タンクに二箇所の大穴を開けられていることから、燃料タンクの穴を塞ぎつつ、規定の緊急回避行動を取った。戦闘行為を継続したくとも、生存することに重点を置いたサブシステムでは、先頭機動中の大量且つ複雑な情報処理を行うだけの処理容量を持っていなかった。
このまま戦闘行為を継続しては、遠くない内に撃沈されることは明らかだとサブシステムは判断した。
ジャキョ21357はサブシステムの戦術的自動判断ですぐさま従来の航路を外れ、アリョンッラ太陽系北方に向けて急上昇して戦線を離脱した。
ジャキョ21358の状況は、それに対してかなり深刻であった。
一度目のホール通過は、運悪くエンジンルームのど真ん中を横切る形になっていた。
三基あるパワーコアの内、二基が被害を受け、内一基#2パワーコアに至っては反応炉チャンバーのど真ん中を打ち抜かれていた。
反応炉チャンバーを打ち抜かれた#2パワーコアは、熱核反応を連続的に維持するための熱プラズマを維持することができず停止した。
残る二つのパワーコアの内、#1パワーコアは制御系ユニットを打ち抜かれ、制御不能な状態に陥った。
さらに二度目のホール通過は、60連装ミサイルランチャーのすぐ脇から入射し、射出装置の背後に備わっている自動再装填(リロード)システムの真ん中を打ち抜いた後に、ミサイルカートリッジが満載の弾薬庫の真ん中に大穴を開け、さらに燃料タンクを貫通した後に船体反対側に抜けていた。
船体を貫通した穴を通って、船内の空気と、減圧により一瞬で2000倍近く体積を増して気化した軽水が噴出するガス流に押されて、破壊されたミサイルリロードシステムから次の装填を待っていたミサイルが二つ転げ落ちた。
転げ落ちたミサイルの一つは、爆発的なガス流に乗って船体外に排出されたが、気密破壊を検知したセンサーの自動反応によって動作した隔壁に阻まれてもう一本は船体内に残り、ホールドライヴラムが開けたトンネルの中を跳ね回った。
このミサイル自体は近接信管を備えた反応弾弾頭であったため爆発を免れたが、跳ね回るミサイルが飛び込んだ先の弾薬庫には、戦闘モードに切り替わった火器管制により一次ロックを外された通常弾頭のミサイルが多数存在した。
20発一連のミサイルマガジンのケーシングを叩き割った反応弾ミサイルは、そのままの勢いでマガジン内のミサイルを次々となぎ倒し、さらに二つ目のミサイルマガジンのケーシングを突き抜けて数本のミサイルをねじ曲げた所でやっと停止した。
完全にケーシングを割られた一つ目の通常弾頭ミサイルマガジンから、基部をねじ切られたミサイルが三本、まだ船内を吹き荒れるガス流に押される形でこぼれ出した。
ジャキョセクションが非合法ルートで手に入れた質の悪いミサイル三本の内一本は、飛び込んできた反応弾ミサイルが信管部分に横向きに直撃して半ば壊れており、ケーシングの台座から外れたことで異常信号が流れて信管の二次ロックが外れた。
二次ロックが外れた信管は弾頭内の炸薬全体に微弱電流を流して、半原料が混合された不活性な状態で充填されていた炸薬の反応を完結した。ニトロ系炸薬の数十倍の爆発力を持つ炸薬が、爆発可能な状態となった。
その完全に爆発準備が整ったミサイルは、勢いを減じたもののまだ十分な強さを持った気化軽水のガス流に乗ってホールドライヴラムが開けたトンネル内を転げ回り、そして気密保持のために穴を塞いだ外部船殻遮断隔壁に突き刺さり、そこで爆発した。
直径30cm強のミサイルの弾頭部分に詰められた炸薬量は、それほど多くはない。
しかし超高速での爆轟燃焼反応が可能な炸薬は、僅か数ナノ秒で反応を完結し、膨れ上がった爆発エネルギーはミサイル弾頭のフェアリングを瞬時に引きちぎり吹き飛ばして、そのエネルギーをホールドライヴラムが貫通したトンネルを通してジャキョ21358の船体内に解放した。
大穴を開けられ、機密漏洩が発生した区画には既にシャッターや隔壁が落とされて、船内物質の漏洩を防いでいる。
しかしそれらの隔壁は、あくまで船内充填空気の1気圧を保持する為であり、安全マージンを見てあるとは云えせいぜい数気圧までしか耐えられるものでしかなかった。
隔壁の内部で爆発が発生したことで爆発圧力を高められ、数万から局所的に百万気圧にも達した爆発衝撃波は、それらの隔壁を易々と食い破り、船内に侵入した。
爆発衝撃波は主通路にも達し、乗員の個室のドアを吹き飛ばして僅かに圧力を減じつつも、突き当たりのコクピット隔壁に集中した。
コクピット隔壁は一瞬で吹き飛ばされ、金属など色々なものが破壊され引きちぎられた破片を含んだ爆発炎がコクピット内に流れ込んだ。
ある者は熱に灼かれ、ある者は破片に身体を切り刻まれて、コクピット内の乗員全員が一瞬で命を刈り取られた。
爆発の炎はコクピットだけではなく、主通路沿いに設けてあった主演算ユニットを格納する演算ユニット室、そして船体後方に突き抜けてエンジンルームとの隔壁も軽々と破ってエンジンルーム内にも侵入した。
中央演算ユニットは熱と衝撃で機能停止し、船内の全ての制御がサブシステムに切り替わる。
パワーコアを制御する幾つもの重要なユニットモジュールが破壊され、制御不能に陥りかけたパワーコアは安全機構により緊急遮断された。
もとより反応維持できずに運転停止していた#2パワーコアは完全に沈黙しており、#3パワーコアも燃料供給を絶たれて瞬時に臨界条件を維持できなくなって停止した。
しかし、先の一回目のホール通過で制御系を打ち抜かれた#1パワーコアは、制御系の動作不良と、爆発炎によって緊急遮断回路が引き裂かれたため、制御不可能な暴走状態に陥った。
破壊された主演算ユニットから制御を引き継いだサブシステムであったが、反応炉制御系も緊急遮断系も応答せず、為す術もなく非常警告を発することしかできない。
制御不可能な核の炎が急速に膨れ上がり辺りを満たし、数億度の熱でエンジンルームを焼き尽くす。
エンジンルームに隣接した燃料タンク内の重水が一瞬で蒸発し、行き場を失った超高圧の気体重水が噴き出す。
本来ならプラズマを吹き飛ばして核の炎を吹き消す筈の重水蒸気は、十分過ぎるほどに成長していた熱核プラズマの熱で分子崩壊し、生成した重水素は新たな熱核反応の燃料として消費される。
完全に制御不可能となった核の炎が急激に膨れ上がり、そしてジャキョ21358船体を包み込んだ。
「ジャキョ21358撃沈。21357は北方に戦線離脱。」
「ジャキョ22066他2隻、無力化致しました。リアクタ停止。漂流中です。再起動には基幹システムの上書きと再起動が必要です。」
足の遅い三隻の船をハッキングし無力化したノバグが報告する。
「周辺宙域に脅威となる船舶は認められません。レジーナ、貨物船レベドレアに合流します。」
フドブシュステーションに接近することなく、アリョンッラ星系内東方に舵を切ったレジーナは、大きな弧を描いて速度をゆっくりと減衰し、そして再び速度を上げて貨物船レベドレア後方100kmの位置にぴたりと占位した。
貨物船レベドレアの外部モニタで観察するレジーナは、外殻のあちこちが溶け、爆発でめくれあがり、満身創痍の姿に見えた。
しかし、その自慢の足に影響が出るほどの傷は負っておらず、そして何よりもレジーナ自身が話す言葉に力が漲っており、また一つレジーナ自身が大きく貴重な経験を積んで頼りがいのある船に成長したことを俺は実感したのだった。
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