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第四章 Bay City Blues (ベイシティ ブルース)
22. ネコ耳メイド
しおりを挟む■ 4.22.1
「ジャキョ327ピア接岸シーケンスに入ります。」
俺たちの前方には、既に視野いっぱいに広がるほどにまで近づいたフドブシュステーションが存在する。
アデールから話に聞いてはいたのだが、フドブシュステーションに近づき、その外形が徐々に明らかになるに従って受けた最初の印象というのは、「廃墟」だった。
もちろんフドブシュステーションには、その性質の善悪はともかくとして、何億という住人が今も現在進行形で住んでおり、廃墟などでは全く無い。
しかしそれでも廃墟という印象を持ってしまった理由は、そのすさまじい外観にあった。
通常、この手の軌道ステーションというものは、外観もそれなりに整っており、また周辺空域の掃除も行き届いているものだ。
外観については、来訪者が一番最初に眼にするもの、と言う意味で国家の威信や沽券と云ったものに関わってくる問題でもある。
また一方実際的な面では、メンテナンス性や強度の問題がある。変に凝った複雑な形状や、考え無しの増設・改造はステーション自体の強度の低下を招き、時に深刻な問題に発展することがある。
「デブリ雪崩」という言葉がある。
最初は少量だったデブリが、ステーションや船にぶつかってそれらを破壊する毎に更なるデブリを発生し、デブリの量が等比級数的に増えていく状態のことだ。
船や人工衛星やその他色々なものが密集している軌道ステーションの近くで起こりやすく、一度起こると周辺の軌道も巻き込んで甚大な被害を発生する事があり、港湾管理局や軌道管理局といった仕事に就いている連中からもっとも恐れられている災害の一つだ。
もちろん、ステーションも船もシールドや対デブリレーザーといったもので防御はしているのだが、デブリ雪崩がシールドの内側で発生した場合や、ピア近傍のシールド強度を下げてあるところなどで、一秒間に数万~数十万という量のデブリに襲われれば、これはもう対処出来ない。
雪崩が発生する様な状態も問題だが、最初の一個を発生させないことが非常に重要になって来る。
ステーション構造の強度を落とす行為は、まさにこのデブリの最初の一個を発生させる行為で有り、まともな管理者ならば絶対に容認しないところだ。
話を元に戻そう。
徐々に近づいてくるフドブシュステーションは、元々がどの様な形であったのか分からないほどに改造が加えられており、改造で追加されたと思しきユニットや、出っ張りや、棒の様な突起物など、それらの部品が全く無秩序に付け加えられていた。
そればかりか、そのような追加工事をした際の廃棄物なのか、余剰資材なのか、大小様々な建築用資材やその梱包材と思しき物がステーション外空間を浮遊している。
そもそも、ゴミがステーションの近くをまだ漂っていると云う事は、発生したのがそう遠くない昔だと云う事であり、このような廃棄物のポイ捨てが最近までずっと行われてきていると言うことを示している。
先に述べたデブリ雪崩を防止するために、ステーションの無秩序な増改築を禁止することもさることながら、ステーション近傍に制御不能な異物が漂っていることなど、本来絶対あってはならないことだ。
しかしこのフドブシュステーションでは、今眼に入る限りにおいてもあちこちが無秩序に改造されており、ステーション周辺空間を数え切れないほどのデブリが浮遊している。
このステーションの外観の乱雑さと、周辺宙域の散らかり具合を見て、このフドブシュステーションという所がどういう所なのか大体分かった様な気がした。
その周辺宙域と外観の汚さは、俺の理解には良く役立ったが、レジーナの接岸には全く役に立たないどころか、当然邪魔でしかなかった。
ピアコントロールに指示された接岸ゲートとの間にかなり大型のゴミが溜まっているところが有り、それをレジーナが訴えると、そんなものは適当に自分でどかして所定の場所に接岸しろとコントロールは言い放った。
何を言われたのか理解不能に陥ったレジーナが、ゴミをレーザーで焼くか、ミサイルで爆破して排除しても良いのかとコントロールに尋ねると、コントロールはそれで構わないからとっとと接岸しろ後ろがつかえているんだ、と言って来る始末だった。
そのコントロールからのあり得ない乱暴な指示に、さらに混乱の度合いを深めたレジーナが、言われた通りレーザーの短時間照射による表面爆発を発生させてゴミをどかすと、コントロールはレジーナに礼を言った。
曰く、レジーナがどかしたゴミがあったところは、ステーションの形状なのか何なのか、最近大型のゴミが吹き溜まる様になって困っていたのだと言う。要するに、よく分かっていない新参者が、面倒な掃除を押し付けられただけの事だったという事が判明した。
それはそれとして、さっさと接岸しろとせき立てられたレジーナは、こんな所はもうイヤだと泣き言をぼやきながら、コントロールから指示された327ピアに接岸した。
もちろんレジーナに涙を流す為の眼は無いが、もしあったならば「涙目になりながら」という表現が最も適当だと思われる様な泣きを入れながら、彼女の船体は重力アンカーのゆりかごの中に落ち着いた。
そう言えば、レジーナがこれまで訪れたことのある港は、どれもキッチリ管理されていて、公的機関からの安全で快適なしっかりとした接岸指示や接岸ルートが的確かつ臨機応変に飛んでくる様な所ばかりだった、と思い出した。
世間では荒くれ者の吹きだまりの無法地帯の様な言われ方をするハバ・ダマナンでさえ、自由貿易港というその性格上、港の管理だけはキッチリしていた。
それを考えると、この本物の無法地帯であるフドブシュステーションのコントロールを経験し、こういう港もあるのだと知っておくのは良い経験になるだろう。もっとも当のレジーナにしてみれば、あまりのコントロールのいい加減さに泣きが入っていた様だったが。
俺の想像の世界では涙目で船体をコントロールするレジーナが、接岸を宣言すると、俺たちはそれぞれ自室に戻って上陸用の装備に着替えた。
たかだか港に上陸するだけの所に「装備」というのは少々大袈裟な表現の様な気がするが、しかしそこは「装備」と言って良いだけの物を身につけるのは本当だ。
まずは、ニュクスを除いて全員がAEXSSを着用する。
これはつまり、全員が重装甲スーツを着込んでいくというのとほぼ変わらない意味合いで有り、この時点で上陸用の服装としては既に異常だ。
しかしアデールからの事前情報によると、上陸時の入国管理がなく、当然所持品検査などは存在しない為、フドブシュというよりアリョンッラ星系全体でほぼ全員がそれなりに武装して歩いていると言うことだった。
それは人によって火薬式のハンドガン程度の物であったり、重力式の重ライフルだったりするが、武器を持たず、そしてそれに対する備えもせずに街中を歩いている者はいないらしい。
ならば折角AEXSSという、重装甲スーツ(HAS)並みに装甲が厚いくせに、着ていても殆ど目立たないスーツがあるのだから、これは有効活用させてもらおうと言うことになる。
地球政府に対しては、勝手にコピーして使った様で少々悪い気がするが、現在この船での地球政府の代表たるアデールがその辺りをあまり気にしていない様なので、こちらも追求しないこととしている。
俺のAEXSSは、パイニエ大気圏上で狂言事故を起こした時に、ビークルの駆動機関を分解して再構成した急作りの未調整品であったが、パイニヨ太陽系離脱の際の数日間に及ぶ通常空間航行の間に、ニュクスに再調整してもらい、今ではアデールのものとほぼ同じ性能が出せる様になっている。
ルナとブラソンのAEXSSについては、いつも通りニュクスに作成してもらったのだが、ブラソンはHASでの作戦行動経験があるものの、ルナはLASを含めてこの手のスーツの使用経験が全く無かった。
ルナを上陸させるかどうするか迷っていたら、新兵用のシミュレーション教育プログラムをルナに使わせてはどうかと、アデールから提案があった。何でも、地球軍の陸戦隊が新人プログラム用に採用しているもので、非常に短期間でLAS/HAS/AEXSSの操作法と、それぞれの特長を生かした戦闘技術を学ぶ事が出来るのだそうだ。
もっとも新兵の場合は、そのような戦闘技術が頭で分かっていても身体で実践できる筈は無く、動きを身体が覚え込むまでプログラムを併用した実戦訓練が長く続くらしい。
しかし生義体であるルナに実技訓練は余り必要なく、プログラムによるシミュレーションだけで相当なところまでいけるはずだ、とのアデールのコメントだった。
事実、アデールからそのプログラムを渡されたルナは、立ち止まりしばらくプログラム空間での訓練を行ってみて、
「大丈夫のようです。これは使えますね。修行するのに最適です。」
と、安心すれば良いのか不安になれば良いのかよく分からない意味不明なコメントをしていた。
そう言えばしばらく前からルナが「修行」という言葉を口にするのだが、一体何を行っているのだろうか。時々突拍子もない事をし始めるこの娘のことだ、何か思いも寄らぬ様なことをしているのだと思うのだが。
そのうち分かるだろう。追求すると何か良くないことが起こる様な予感がした。
そんなこんなで、レジーナが接岸を宣言して二十分後には、上陸する五人全員が船内主通路に集合していた。
そして俺は頭を抱える羽目になる。
アデール。先日パイニエに降りた時のAEXSSと同じ格好をしていた。ただその両手にアサルトライフルもスーツケースもなく、手ぶらだ。
アデール曰く、下手に何か荷物を大事そうに抱えていると、その荷物が何か価値がある物だと思われて、それを狙って言いがかりを付けられたりからまれたりするらしい。
そのようなものかも知れない。納得は出来る。
晴れて乗員として認められたアデールにも支給されたレジーナスカジャンの下に、ホルスタを吊りいろいろと装備しているらしいが、装備の詳細までは教えてもらえなかった。
AEXSSを含めて、アデールが持っているのは最新装備や秘匿装備などだ。俺たちに教えたくないものの一つや二つ、持っていてもおかしくはないと思い、俺もそれ以上は追求しなかった。
ブラソン。黒いAEXSSの上にレジーナスカジャンを引っかけている。SMGをショルダホルスタに入れているらしいが、ぶかぶかのスカジャンの下にあって全く見えない。
レジーナスカジャンは、ニュクスがライブラリの中に格納しているので、幾ら破ってもすぐに新品を用意して貰うことが出来る。
俺。ブラソンと殆ど同じ装備だが、ショルダホルスタの左右を使用して二丁のSMGを携帯している。さらにSMGの脇には、刃渡り30cm程の高周波ダガーを二本差している。
スカジャンに隠れてはいるが、背中には飛翔ユニットと20連グレネードローダが取り付けてあり、腰には左右三発ずつのEMPグレネードとフラッシュバン。腿のポケットにはSMG用のチョコバーが二本ずつの計四本。
まるで特殊部隊の突入時の装備だ。最近こういう仕事が多くて、徐々に慣れ始めている自分がなんとなく嫌だ。
俺個人に限って言えば、元々頻繁に行っていた船外作業服での活動や、ここのところのHASでの作戦行動などで、いわゆるパワードスーツを着用しての行動には何となく慣れ始めている感がある。
しかしながら、つい先日作って貰ったばかりのこのAEXSSでの活動は不慣れであり、俺もアデールが提供してくれた新兵用のプログラムにはお世話になった。
特に、背中に取り付ける飛翔用ジェネレータユニットの制御に関しては、これほどの機動力を持つジェネレータユニットは従来のHASには無く、訓練用のプログラムの中でもまだまだ完全に制御し切れているとは言い難い状態だ。
もちろん、ユニットはチップで制御するのだが、進行方向や速度を指定して漠然とした制御で飛ぶのと、各セパレータの出力を個別に指示してジェネレータを完全に制御して飛ぶのとでは、飛行の精密さに雲泥の差がある。
例えるなら、ジェットスラスター式の船を操縦桿一本で適当に操縦して雑な飛び方しかできないオートマチックモードと、各スラスターを精密に制御しながら思い通りに船をコントロールできるマニュアルモード程の制御の差がある。
俺は未だオートマチックモードでしかこの飛翔用ジェネレータを使いこなせていなかった。
それでも空中を移動できることや、立体的に機動できることの恩恵は大きく、今回ジェネレータユニットを装備しての上陸となった。
それは、まあいい。
問題は、残る二人の装備というか、外観だった。
ニュクス。
元々ゴスロリ系の黒を基調とした服と白いブラウスを好んで常に着用していた彼女だが、それをさらにブーストアップした様な格好になっている。
腰まである長い黒髪は、ハーフアップで後ろにまとめられて巨大な黒いレースのリボンが後頭部に揺れている。
白いブラウスは、縦襞やレースの量が数倍になって豪奢なものに変わっており、襟元には黒く細いリボンが垂れている。リボンの付け根にはニュクスの眼の色と同じ深い緑色の宝石で出来たタイ止めが輝いている。
スカートは大型で膝丈のジャンパースカートに変更されているのみならず、スカート部分は何重ものレースに包まれており大きく膨らんでいる。
スカートから伸びる脚はどう見ても何も着けておらず生足で、踝より少し上で折り返されたレースの白いソックスと、黒いスクエアのエナメル靴が目立つ。
「お前。実力行使も考慮した調査活動に行くのか、特殊な趣味のオッサンにさらわれに行くのか、その格好はどっちが目的だ?」
「これはお主、異な事を言うのう。これほど戦闘向きの服装もあるまい?」
バカにしてるのか。
「動きを阻害せぬ上に色々なものを隠しておける形状の防弾防刃生地のスカートは儂のこの脚線美を強調し、同じく防弾防刃仕様である上に見た目も可愛らしいブラウス。スカートの中に何を隠しておるかは乙女の秘密じゃ。そして愛らしさ50%アップの頭のリボンは通信能力300%のブーストアンテナである上に、中には単分子チェーン入りじゃ。どうじゃ、参ったか。」
途中、装備品の機能とは関係の無い言葉がいくつも入っていたような気がするが、ふんすと胸を反らして得意気な顔をするニュクスを見ているともう突っ込む気力も失せた。
本人がそれで良いと言っているのだから、それで良いのだろう。後はブラソンに任せる事にする。
「で? お前の方は何だ?」
俺はルナの方を振り返る。
ルナ。
普段はTシャツにショートパンツの上にスカジャンを羽織るだけだったり、相変わらずシャルルの造船所のロゴの入った作業用のツナギを着ていたりして、衣服にほとんど無頓着の様に思えたルナの格好が、今日は違った。
首の半ばからAEXSSらしい黒いスーツに覆われ、それは手首と足首まで続いている。足にはアデールのものに似たローヒールのブーツをローカットにしたものを履いているが、これは多分AEXSS自体のデザインを少し変えたのだろう。
それはいい。ここまでは良い。
ルナはその上に、派手にレースで飾られた真っ黒なメイド服、という意味不明の服を着ている。通常であれば白いはずのエプロンも黒で統一されて黒いレースで縁取られており、白と黒のコントラストが映えるはずのブラウス部分もやはり真っ黒で、唯一襟だけが白く色を違えてある。
肩丈で切れている袖口からはAEXSSでぴったりと覆われた腕が出ており、なぜか手首にこれもここだけ白いカフスを巻いている。
スカートから伸びるすらりとした脚がAEXSSに覆われているのは、黒タイツに見えないこともない。
顔を見た時に強く印象的な両眼を覆うハーフミラーのゴーグルがクールな雰囲気を醸し出しており、そしてなんと云ってもルナの頭髪の色と合わせた銀色の毛の耳が頭の上に・・・は?
「解説しようかのう。ルナは骨格強化をして居らぬでのう。AEXSSを着た上から、古来完璧なお仕事のために必要とされるメイド服を着せてみたのじゃ。激しい動きにも邪魔にならぬ様に袖丈裾丈は少々短めにアレンジし、隠遁性を高めるために全て黒で統一したのじゃ。ルナの場合もスカートの中は乙女の秘密じゃが、上背がある分スカートの中のモノの破壊力は儂を遙かに凌ぐのじゃぞ。強化されていない眼球を守る為のゴーグルは、そのまま多重AAR投影でガンサイトと連携して照準精度を上げて居る。エプロンの・・・」
「これは何だ。」
俺はルナの頭の猫耳を引っ張る。どうやら生えている訳ではなく、後から装着しただけの様だ。
「耳じゃ。」
「そんなことは見りゃ分かる。一体何の機能があってこの形でここに装着されてるんだ、と聞いてるんだ。」
「可愛い。」
「にゃー。」
ルナが無表情のままにゃーと鳴く。俺は全身を強い虚脱感が襲うのを感じた。
「機能は?」
「じゃから、可愛い。立派な機能じゃ。」
「却下だ、却下。只でさえ目立ちそうなそのブラックメイド服に、さらにそんなもの付けたらいきなり町の人気者だ。俺たちはこそこそと情報収集をしに来たんだ。目立ってどうする。すぐ取れ。」
「なんでじゃ。テランはネコ耳じゃろうが。」
こいつ絶対分かってやってやがる。
「船の中ならまだしも、ここは地球じゃない。そして俺はそういう趣味はない。却下だ。すぐに取れ。」
「船の中なら良いのですか?」
俺は自分の失言に気づかされる。いやそうじゃなくてお前、付けたくて付けてるのか?
「駄目だ。」
「仕方がありません。もう少しレベルアップしてからにします。」
そうじゃねえ。いやそれよりももっと突っ込まなければならないことを忘れている。
「大体何でメイド服なんだ。ほかにいくらでも選択肢はあるだろう。」
「船内のことを任されている私としては、やはりこの服装が正式かと。」
「俺はお前をメイドにした覚えはないぞ。そもそも本来お前は船の管理制御用AIだろうが。」
「ええ。ですから、船内管理用の制服です。」
だめだ。何かよく分からない確固たる信念を持っているようだ。時間が惜しい。俺は説得をあきらめた。
肩を落とした俺を見てニュクスがからからと笑う。
「何せ儂らは初めてのお出かけじゃからのう。コーディネートにも気合いが入ろうと言うものじゃ。のう?」
絶対そっちがメインだろうお前等。
俺たちが掛け合い漫才をやった向こう側では、微妙な表情でルナを見るブラソンと、壁に手を突いて声を殺して笑い死んでいるアデールの姿があった。
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