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第三章 Cjumelneer Loreley (キュメルニア・ローレライ)
17. 生贄の美少女
しおりを挟む■ 3.17.1
イヴォリアIXは地球から姿が見える距離をかすめて飛んだ後、太陽を越えて地球の反対側になる所定の軌道に着いた。
イヴォリアIXの質量は2.0x10^23トン程度とのことであり、地球の約三倍の質量を持つとのことだった。
これだけの質量を持つと、中心部では圧力がすごい事になっているのではないかと思うのだが、ニュクスによるとまさにその通りであり、自重を支えるだけで常に数万機のジェネレータが動作しているとのことだった。
彼らからしてみればジェネレータというのは「枯れきった」当たり前の技術であり、言うなればヒトの身体の中で常に心臓が動いて血液が循環しているのが当たり前で、それを前提にして全体のシステムが組み上げられているのと同じ、という事のようだった。
機械との同盟締結はセイレーンとイヴォリアIXを中心にして順調に進んだ。
ニュクスが第四七艦隊に仕掛けたような裏工作は当然あるのだが、条約締結そのものに関しては機械達は至って誠実かつ実務的であり、俺が想像するに地球史上もっとも迅速かつ公平に締結の進んだ軍事同盟ではないだろうか。
おかげで俺達は、ニュクスという機械群の生義体が仲間内にいることに反して、早々に面倒な政府間交渉関連の仕事から外れることができ、本来俺達が請け負ったキュメルニア・ローレライの探査という依頼の完結に向けて動くことが出来るようになった。
依頼の完遂のためには、アデールが持ち帰った情報を軍の情報部に渡すことと、レジーナに取り付けられたホールドライヴデバイスの取り外しが必要だった。アデールの情報はすでに情報部に上がっているらしく、受領承認を得たが、ホールドライヴデバイスの取り外し場所で一悶着あった。
デバイスを取り外した後の利便性と、たぶんアデールから報告されたのだろうが、機械達のナノマシンによる改造の洗礼を受けた船体の調査を行いたいとのことで、火星にある軍港への立ち寄りを指示された。
そんなところでドック入りしてしまえば、船も俺達も二度とそこから出てこられなくなるのは火を見るよりも明らかな話で、これに関しては断固拒否した。
どうやら情報部のかなり上級職までが出てきて、俺の家族の安否の話まで持ち出してきて脅されたが、ニュクスの一言でカタが付いた。
「そのようなもの、地球軍の駆逐艦を一隻供出してイヴォリアIXに改造して貰えば良かろう。この程度のこと、同盟相手に対して出し惜しみするほど儂らは狭量では無いぞ。
「それからのう、マサシは儂がこの生義体を得てから此の方、最も親密な友人である事をお主ら忘れぬ方が良いと思うぞえ。儂らは集合知性体じゃ。友人の家族に何か起こって困っておる様なら、当然儂らもそれに対して色々な援助をすることを考えるじゃろうしのう。」
情報部と機械達、主にニュクスとのやりとりを俺は当然傍らで聞いていたのだが、ヤクザの腹芸もかくやと言わんばかりの応酬だった。
そもそも難しい交渉事のテーブルに、交渉相手の家族の安否の話を持ち出してくるなど、ヤクザ映画でしか見たことが無い。
ヤクザなら、今回ニュクスが打った手でもう二度とこちらに手出しをしてこなくなるのだが、ヤクザなどより余程たちの悪い政府や情報部がこれで矛先を納めるとは到底思えない。今後もこの手のやりとりが発生するのかと思うとウンザリする。
ハフォンでの革命阻止の依頼を終わらせて、もう二度と軍だの政府だの諜報組織だのというものには近付かないとあれほど固く誓ったというのに、どうやら幾ら俺が連中を嫌おうとも連中が俺の方にすり寄ってくる様だった。
自覚など無いが、もしかしたら俺の身体から諜報組織をおびき寄せる様な何かフェロモンが出ているのかも知れない。奴らと関わり合いになりたくないならば、一度医者に診て貰うべきだろう。
という冗談はさておき、民間の貨物船で軍の駆逐艦並の運動性を持ち、その船長はそこそこの腕のパイロットで、太陽系外を中心に商売をしているとなると、確かにそれは使い勝手の良い駒になるだろう事は想像できる。
さらにニュクスが同行していることで機械からの支援を受ける事も可能であり、荒事の依頼(ハフォンでの事だ)をこなした経験もある。
ついでに言うならば、両親とも健在で地球に住んでおり、人質として使うにもちょうど良い。
どうやらしばらく軍や情報部との関係は切れない様な気がしてきた。
胸糞の悪くなる話はともかくとして。
いずれにしても、ニュクスが割り込んできてくれたおかげでレジーナ共々火星の軍のドックに捉えられる危険性は下がった。
俺はホールドライヴデバイスの取り外し作業をシャルルの造船所で行うことを主張し、存外に軍はそれを簡単に了承した。
軍が妙に簡単に引っ込んだ時には必ず裏がある。
そんなことは分かっていた。
しかし避けられなかった。
■ 3.17.2
「シャルル造船所、距離300。指定Dドックからのショートビーコン捕捉。ネットワークリンク確立。距離200。機関後進微速。距離100。相対速度20、15、10、5。距離20。ドック内重力アンカー展開確認。機関推進停止。距離ゼロ。ドック内に進入。ミートボールチェック。中心軸誤差+0.5、+0.1。固定位置プラス50、30、20、10、5、4、3、2、1、0、マイナス1オーバーシュート。ゼロ位置。ガントリーコンタクト。ロック。到着です。」
リンクシステムを通じてレジーナの声が頭の中に響く。
「船以外の初めてのテランの施設じゃ。楽しみじゃのう。ここには何人ものAIがおるのじゃろう?」
シャルルのドックに上陸できるとあってニュクスが殊の外上機嫌だ。
無理も無いことだ。今は太陽系の中で見る物全てが珍しいのだろう。
「余り無茶な悪戯を仕掛けるなよ。職人気質のオヤジと、ベルターの荒くれどもを扱い慣れた姐さん達だ。機嫌損ねると結構怖いぞ。」
「なんの。借りてきた猫の様に大人しゅうしとくに決まっておろう。大人しゅうしておけば、儂の外見はほぼ無敵じゃぞ?」
自分で言っていれば世話は無いというか、やっぱりこいつ分かってやっていやがるのか、というか。
「お帰りなさい、レジーナ。随分な活躍だったみたいですね。」
ニュクスに何か言ってやろうかと思った時、ネット越しにリンクシステムからアンジェラの声が聞こえてくる。
事の始まりは隠密行動でキュメルニア・ローレライの探索という名目でこのドックを出て行った筈が、戻ってきてみれば太陽系を挙げての同盟締結フィーバーの真っ直中にいた。
レジーナは貨物船だったはずが、どこかのニュースプログラムが「特務船」という名称を使用してから、通りが良かったのか他のニュースも全てそれに倣い、いまやレジーナの名称は、特務船(Secret Task Ship)「レジーナ・メンシスII」に定着してしまった。
恥ずかしい通り名もさることながら、そもそもネット上で悪目立ちし過ぎだ。目立つとろくな事が無いのがこの業界だった。
もちろん、悪いこともあれば良いこともある。
名前が通れば、それなりの仕事が舞い込んでくる。
とは言えニュクスのお陰で、少なくとも彼女が乗っている間、当分は船の整備や改造にかかる金は不要になった。整備費用だけでなく、消耗品や食材までニュクスが提供してくれる。必要なのは燃料を買う金だけなのだが、実はそれさえもその辺りの空間を漂う適当な岩塊に横付けすれば、分解して水を合成してくれるという。
物質転換機で燃料の水を製造し、その水を燃料に使用してエネルギーを作るというのは熱力学的にばかばかしい行為に思える。
しかしレジーナにはニュクスが(勝手に)設置した五機のエントロピー機関がある。
エントロピー機関はすなわちエントロピーの逆転を行う為の機関であり、熱を喰ってエネルギーを吐き出す。この機関を併用する限り、あらゆる熱的反応は必ず収支が最終的にプラスになる。特に恒星などの熱源の近くで使用すればその傾向は顕著になる。
だから実は今、金を稼いでも使い道がないのだった。
勿論そうは言ってもいつ何時なにがどうなるか全く見えないのもこの商売の特徴であるので、稼げるときに稼げるだけ稼いでおいて蓄財しておくつもりではあるが。
「やあ、アンジェラ。ただいま。済まないな。面倒ばかり持ち込んで、申し訳ない。」
俺はリンクシステムからログアウトしながらアンジェラへの挨拶を声に出す。
アンジェラはレジーナの建造時に開発者権限を得ているので、その気になればレジーナの許可とは関係なく彼女のネットワークに侵入できる。勿論そんなことはしないだろうし、そもそもレジーナがアンジェラを拒否する理由もない。レジーナが接岸した時点で自由なアクセス権限を得ているだろう。
「私たちもシャルルも、面倒だなんて思っていませんよ。世間の荒波に揉みくちゃにされた息子が泣きながら帰ってきたら、お家に入れて温かいスープを飲ませてあげるのが親の務めと云うものですよ。」
誰が揉みくちゃにされて、泣いて帰ってきたって?
十年程度だろうが、アンジェラは俺よりも年上になる。ことあるごとにお姉さん風を吹かせたがるのだが、まさか母親役まで買って出てくれるとは思わなかった。
ちなみに、お姉さん風を吹かせるからと云っても、では何歳なのだと訊くと怒り始めるので注意が必要だ。
もちろん、彼女の身体は生義体なので、元々の設定である二十代後半あたりのまま外見上の変化は全くない。しかしそう言うものではないのだそうだ。
高い演算能力の上に成り立つ女心というのは良く分からないものだ。
「すでに状況は知っていると思うが、紹介すべき仲間が増えている。まあ、そっちに移ってからにするよ。またあとで。」
「ええ、楽しみにしていますよ。それではまた後で。」
「ちょっと待って。マサシさん、移乗は私の用件を終わらせてからです。前回見たときから船の外見が随分変わっている気がするのですけど?」
アンリエットが割り込んできた。
彼女が設計して、細部の調整までした船だ。それは気になるだろうし、下手な改造をしていたら怒りもするだろう。
「やあ、アンリエット。おかしなことはしていないさ。ちょっとリアクタが増えて、その分少し尻尾が長くなった位だ。」
「それが『ちょっと』ですか。見たところ船の材質も変わっているようですけど?」
おや、そうなのか?
操縦士席に座っているニュクスを見やると、こちらを振り向いてニイと笑っている。やはり奴の仕業らしい。
「材質のことまでは知らないな。他には部品がちょこちょこ増えたくらいかな。」
「何ですって。詳しく聞かせなさい。」
「うーん、物覚えが悪くてなあ。ルナ、覚えているか?」
「遠い記憶にアクセスしています。少々時間がかかりそうなので、先に移乗を済ませても良いですか、アンリエット?」
と、表情を変えずにルナもしれっとすっとぼける。
「あなた達ねえ、自分の船のことを知らないわけ無いでしょう。何とぼけてるのよ。デバイスを取り外すにも、定期修理のためにも必要な情報なんだからちゃんと教えなさいよ。」
アンリエットのテンションが徐々に上がってきている。余りよろしくない。
「あ-、その件についてはだな、移乗した後に該当する改良工事の担当者を紹介するから、後で直接聞いてみてもらえるとお互い手間も誤解も無く済ませられると思うのだが。」
ニュクスがこちらを見てニヤニヤ笑っている。
お前、そんなことしてて良いのか。後でアンリエットにとっちめられるのはお前だぞ。
「あなた達が離船したらすぐに作業始めるのよ。今すぐ紹介しなさい。そしてその工事担当者は私が許可を出すまで船内に残っていて貰います。整備が手落ちになって次の航海で命を落としたいというのならばその限りでは無いわ。」
鼻息まで聞こえてきそうな剣幕でアンリエットが一気にまくし立てる。
ニュクスが衝撃を受けた様な顔をして操縦士席の上で背もたれに掴まったままこちらを向いて固まっている。
「ああ、アンリエット、紹介しよう。見えるかな。彼女が今回のレジーナの改造に関する工事主任だ。ニュクスという。機械の生義体なので少し変わったところはあるが、見かけ通り大人しくて可愛い奴だ。全て彼女に聞いてくれると良い。じゃ、俺達は移乗するな。」
操縦席まで歩いて行った俺は、硬直しているニュクスの肩を叩くと船長席の上方にあるカメラに向かってニュクスを紹介する。
ニュクスが横であうあう言っている様な気がするが俺には何も聞こえない。
「ニュクス?初めまして。私はアンリエット。このドックの設計主任であり、この船の建造主任でもあるわ。あなたなかなか楽しい改造をしてくれたみたいね。整備上の都合もあるので、ちょっとばかり付き合ってもらえるかしら?」
ベルターのAI親方にしてみれば、機械も地球人もなくまずは自分の仕事を完遂することが最重要のようだ。ある意味、完璧な平等と言える。
いずれにしても、この手の女がにこやか且つ丁寧に喋っている時には半径500m以内に居たいとは思わない。さっさと離船するに限る。
「ニュクス、じゃ後は宜しく頼む。なに、アンリエットはちょっと気むずかしいところはあるが頼れる親方だ。船の改造という面ではお前も何かと話の合うところがあるだろう。充実した時間を過ごせることはこの俺が保証する。ちなみにアンリエットの得意技は核融合プラズマトーチでの船殻一刀両断だ。」
それだけ言うとニュクスの肩を叩き、コクピットを離れる。
操縦士席から伸びてきたニュクスの小さな手が、俺の上着の裾を掴もうとしたが、華麗に身をかわしてコクピットハッチを出た。
ハッチを出たところの通路にルナがいた。
「お見事です。私もまだまだ修行が足りません。」
修行って、いったい何の修行だ?
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