夜空に瞬く星に向かって

松由 実行

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第二章 インターミッション (Dancing with Moonlight)

6. Dancing with Moonlight

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■ 2.6.1
 
 
 「Red Sun」の五隻は、レジーナの周りを囲むように同航している。その内一隻が前に出て、頭を取った。前方から何か仕掛けるつもりなのだろう。
 俺は連中が次々生成してくる重力焦点を避けながら、「Red Sun」の船を含めた全体の進行方向を少しずつ月の方向へと向けていく。
 
「マサシ。このまま進路変更すると、月の重力に完全に捕まります。」
 
 ルナが警告を発する。その通りだ。
 
「問題無い。そう仕向けている。連中の加速性能の解析は出来ているか?」
 
「ほぼ見当が付いています。読み上げますか?」
 
「いや、いい。特に『Red Brilliant Star』の加速性能を解析してくれ。後で仕掛ける。」
 
「諒解。」
 
 何を仕掛けても全て躱されることから、いい加減連中もこちらの性能が自分達の船の性能を遙かに上回っていることに気付いているだろうが、それでもやめようとしない。バカなのか、頭に血が上って思考能力低下しているのか、メンツだけでやっているのか。
 頭を取っていた船から何かが放出される。コンテナと、細々したデブリ。レジーナは加速しているので、相対速度を上げながら徐々にこちらに近付いてくる。
 放っておいてもデブリシールドで弾かれるのだが、折角なので使わせて貰おう。
 ちなみに、廃棄物投棄の目的で太陽に向けて投射する以外、太陽系内でデブリを放出すると罪に問われる。
 
「ルナ、あのコンテナを重力焦点で誘導して、右舷下方の『Red Dragoon』に投げつけてやれ。思いっきりやって良いぞ。」
 
「諒解しました。重力焦点生成。コンテナを捕捉。スイングバイ軌道に乗りました。」
 
 すぐに投げつけるのかと思えば、コンテナは重力焦点の周りを何度も回ってどんどん加速していく。本当に思いっきりやる気らしい。
 
「コンテナ、潮汐力で崩壊開始。投射します。相対投射速度400km/sec。」
 
 とんでもない速度まで加速されたコンテナは、ルナの報告が終わらないうちにレジーナの右舷下方150kmほどの位置に占位している「Red Dragoon」という船に叩き付けられた。
 ボロ船も、もちろん何らかのシールドは持っていただろう。しかし、太陽系脱出速度さえ遙かに超え、しかも崩壊しかけていくつもの塊に分解したコンテナを真横から叩き付けられ、そのシールドはあっさり貫通された。
 「Red Dragoon」は船体後部をコンテナに直撃され、コマのように回って、崩壊する破片を撒き散らしながら虚空へ消えていった。
 助からないな、あれは。
 
「ルナ。『Red Brilliant Star』にメッセージ。『ゴメン、手元が狂った』。」
 
「諒解。メッセージ送信。受信確認。」
 
 とたんに「Red Brilliant Star」が急接近してくる。軽く躱す。流石に撃っては来ない。
 
「お前、完全に煽ってるだろ?」
 
 ブラソンが呆れたように呟く。
 
「ああ。連中が頭に血を上らせてくれる程、こっちには都合が良くなる。」
 
「マサシ、月への衝突コースに入っています。あと2分40秒で衝突します。」
 
 ルナの声を聞いてさらに月に進路を切る。
 
「マサシ、現在のコースだと月への衝突まであと1分43秒です。」
 
 ルナが淡々と報告する。
 普通なら、「なに考えていやがるこのバカヤロウ」という感じの恐慌状態で報告されるところが、まだほとんど感情を持たない彼女の報告はとても落ち着いて聞いていられる。ありがたい。
 そしてさらに増速し、「Red Sun」の四隻の前に出る。連中も釣られて増速する。こいつら、嬉しくなるくらい単純で助かる。
 
「月衝突まであと56秒。」
 
「ルナ、コントロール任せる。You have。出力60%で月表面上空100mで静止。同時に『Red Sun』の四隻のケツを斥点でひっ叩け。できるか?」
 
「I have。諒解。制動と同時に『Red Sun』の四隻後方に斥点を発生します。」
 
 実は今、相当恐ろしいことを命じたのだが、それでもルナの声音は変わらない。
 
「月表面まで1000km。制動開始5秒前、4・3・2・1、出力60%制動開始。『Red Sun』貨物船後方に斥点発生。マサシ、本船前方に重力焦点生成を確認しました。」
 
 ち。考えることは一緒か。しかしこっちはまだパワーに余裕がある。
 
「焦点は避けろ。そして確実に止まれ。」
 
「諒解。停止まで3・2・1。停止。月高度105m。『Red Sun』貨物船は全て月面に衝突しました。訂正。『Red Brilliant Star』大破していますが、浮上しました。どうしますか?」
 
 思ったより腕もパワーもあったと言うことか。徹底的にやらせて貰う。
 
「コントロール貰う。I have。」
 
「諒解。You have。」
 
 船首を回頭し、月面の南方向に向けて加速。レジーナを包む重力フィールドにあおられて、月面から砂が巻き上がる。レジーナの後ろにまるで航跡を引いたように砂煙がたなびく。
 銀灰色の月面の上を、白銀色の鏃のような宇宙船が疾走する。その後ろには巻き上げた砂煙を引き、その砂が陽光を受けてキラキラと光る。
 白い月の上で起こる無音のアクション動画のよう。
 
「『Red Brilliant Star』後方4km、同航。」
 
 かかった。レジーナを追いかけるにしても、同じ高度で追いかける必要は無い。頭に血が上っているとみて賭けてみた。当たりだ。
 
「ルナ。前方のクレータ壁上空を超える時に斥点生成でクレータ壁を破壊して、岩塊を奴に叩き付けろ。」
 
「諒解しました。」
 
 船はほとんど大破しているだろう。ジェネレータがまだ生きていたから追いかけられているだけだ。シールドが万全に生きているとはとても思えない。
 レジーナは月表面を高度100m程度を保ったまま、対地速度20km/sec程度で飛行している。その後ろを満身創痍、息も絶え絶えに追いかけてくる「Red Brilliant Star」。
 
 高さ200mほどのクレータ壁上部を飛び越える。
 レジーナの船体が頂上を越えた次の瞬間、クレータ壁上部が崩壊し、その岩塊がレジーナのシールドに吹き飛ばされる。シールドの重力に従い、破片の大部分は蹴り飛ばされたかのように勢いよく後方に弾かれ、そしてその先には「Red Brilliant Star」がいた。
 
「『Red Brilliant Star』に破片多数直撃。『Red Brilliant Star』大破、いえ爆散しました。乗員脱出未確認。」
 
 俺は船首を上方に向け、高度を急速に上げた。
 
「ルナ、シャルル造船所に戻る。操縦は任せた。You have。アルテミス港湾管理局か、月警察から何か言ってきているか?」
 
「諒解。I have。月警察から、飛行高度に関して月空間飛行法違反で注意を受けています。」
 
「『Red Sun』の連中に進路妨害を受けてやむなくやったことだ。出頭の必要があれば、アステロイドJ区警察署に出向く。そう言っておいてくれ。ブラソン、ログをいじってくれないか。斥点の発生を消してほしい。」
 
「ああ、朝飯前だ。」
 
 ブラソンが苦笑いしながら答える。
 ブラソンにはとうにこの船のシステムへのフルアクセス権限を与えてある。何の痕跡もなくログを消去してくれるだろう。
 
「ルナ、後の操縦は任せた。ちょっと俺は自室に戻る。」
 
「諒解です。お疲れ様です。」
 
 俺はコクピットのハッチを開けて通路に出た。
 「Red Sun」の連中は片付けたが、すっきりしない気分だった。
 連中は、組織の権力を笠に着て俺を潰しにかかってきた。「気に入らない」ただそれだけの理由で。そして相応の報いを受けた。それは因果応報と言えるもので、レジーナのシールドに触れて吹き飛ばされた奴らの末路は俺の知ったことじゃあなかった。
 それは、月面に叩き付けられた連中にしても同じ事だ。
 しかし、すっきりしないものが残った。
 それは、この間から続いている、自分の周りでやたらと人が死ぬことに関してかも知れないし、死んだ奴が地球人だったからかも知れなかった。
 いずれにしても、時間が経たなければこのもやもやは消えないだろう。消えたとしても、また何かの拍子に再び現れるだろう。
 俺は自室のドアを開けて中に入ると、そのままベッドの上に身を投げ出した。
 
 
 ■ 2.6.2
 
 
「こんの、大馬っ鹿もん!!!」
 
 シャルルの造船所に到着した俺達を待っていたのは、シャルルの怒声だった。
 そして、顔を合わせるなりいきなり殴られた。
 
 分かっている。
 地球では、銀河程には人の命は軽くない。未だに「人の命は地球より重い」などと寝惚けたことを言うヤツが居るくらいだ。
 銀河ではただ一言「不幸な事故」で片付けられるであろう今回の一連の騒動でも、地球では大きな問題になるだろう。
 多分、俺はしばらく地球圏で商売は出来ないだろう。
 それがどうした。
 貨幣価値に差がありすぎて、まともな稼ぎにならない地球圏での仕事はハナからやる気は無かった。それがここ何年もろくに地球に帰ってきていないことの理由だ。
 とは言っても、シャルルには相応の迷惑をかける事になる。
 それを謝ったら、もう一発殴られた。
 
「舐めんじゃねえぞコラ。ガキのくせに偉そうな口きいて変に気を回してんじゃねえ。
「オメエの船のログを見た。確かにどの行動も、奴らに比べればそれなりに正当性を主張できる行動ばかりだ。多少過剰防衛の気味はあるが、新人やソロを見つけては嫌がらせを繰り返していた奴らが相手だ。向こうは心証が悪すぎる。確実にお前は勝てるだろう。
「そうじゃねえ。お前、自分の故郷でバカやって、テメエん家に帰り難くしてどうするんだ、このバカヤロウ。商売の話じゃねえ。知った顔に会うことも出来なくなるんだ。そうやって一匹狼気取ってなんざねえで、ちょいちょい顔を見せろ。親兄弟じゃなくてもオメエの事を心配している奴がいるって事を忘れんじゃねえ。
「しかも今からオメエが乗るのはここの造船所で造った船だ。心配してるのは俺だけじゃねえぞ。アンリエットやドックの親方連中だって、自分の造った船とその船主が元気でいるかいつだって気にかけてる。俺たちにしてみりゃどっちも我が子みたいなもんだ。人の気も知らないで、とはまさにこのことだこのバカヤロウ。」
 
 その後、延々と小一時間説教されて俺はやっとシャルルの説教から解放された。
 船は整備中なので、進水式前に世話になっていた部屋に三泊ほどすることになる。部屋に戻ったところで、アンリエットが話しかけてきた。
 
「マサシ、ちょっと良いかしら?」
 
「ああ、構わない。」
 
「シャルルのこと、悪く思わないでね。」
 
「さすがにこれでシャルルを恨むようなガキじゃないさ。解ってる。俺がテメエ勝手過ぎたのと、シャルルやあんたたちの事をまるで他人の様に言ったのが悪い。済まないな、気を遣わせてしまって。」
 
「そんな事。それと、私たちの妹のこと、宜しくね。あの子、本当に真っ白だから。貴方の事ずいぶん気に入ったみたいだけれど。」
 
 レジーナもルナも両方とも今は整備中だ。システム再起動がかかったらルナは動けるようになるだろうが。
 
「それはありがたいね。試運転の航海でいきなり無茶させたからな。愛想尽かされていないか心配だったが。」
 
「それが良かったみたいよ。結構危ない場面で色々任せてもらえたことと、最終的に貴方が勝ちきったこと。身体に傷が付くこともなかったみたいだし。あの子、あれで結構血の気が多いみたいで。貴方が育ての親じゃ、そうなるのかしらね。」
 
 ああ知ってる。命じもしないのに、いきなりレーザー撃つかとか訊いてきたもんな。
 
「むずかしいお年頃になったらまた相談するよ、『お姉さん』に。」
 
「ふふ。シャルルじゃないけど、たまには妹の顔を見せに戻ってきてね。ついでに、貴方の顔も。』
 
「了解。俺はついでかよ。」
 
 アンリエットが笑いながら部屋から出ていった。
 
 三日後、レジーナはメンテナンスが終了した。
 その三日の間に、俺は一度アステロイド警察J区警察署に出頭を命じられた。船のログはシャルルの造船所から転送されており、その内容に関する質問だった。若いドリアーノ警部という男が出てきてうんざりするほど質問された。
 尋問自体にはうんざりさせられたが、ドリアーノ警部の態度は終始好意的だった。警部が少し漏らした話によると、今回のような事は「Red Sun」周辺で何度も起きており、大概の場合はやられた側が泣き寝入りするか、酷いときには何の証言も出来ないような状態にまでやられている、つまり死んでいるか、その寸前まで痛めつけられている事が殆どで、今回のように「Red Sun」側がやられるのは珍しい事のようだった。
 
 当然、今回の件に関して「Red Sun」からは猛抗議が来ているとの事だった。しかし今回は、やらかしたのが治安が良く警察権力が行き届いている地球圏の、しかもアルテミス・ステーション管轄宙域だった為に、事の次第は船のログだけでなく、ステーションの港湾管理局管制ログに詳細に残っていた。
 また「Red Sun」の船は全て破壊されており、全ての、もしくは部分的に航行ログが参照できない状態だった。「Red Sun」側は「いつもやっているように」彼らの船のログを主たる証拠として主張することが出来ず、港湾管理局のログが証拠物件の中心となった。その結果、先に手を出したのは確かに「Red Sun」側であり、俺の方は少々過剰防衛過ぎるとも、基本的には終始太陽系内の宇宙航行法に沿おうと行動しているため、過失の殆どは「Red Sun」側にあるということになった。
 俺の方はその一回の出頭で、事情徴収と過剰防衛に関する注意を受けた事となっており、その後は特に何もする必要がない、という事になった。
 どうやら警察も裁判所も交通局も、「Red Sun」の行動には少々頭の痛い思いをしていたようで、今回の件はいい薬になると考えているフシがあった。
 勿論、あのほぼやくざの集団のような「Red Sun」がそれで黙って引き下がるわけはなく、シャルルからは気をつけるように何度も念押しをされた。
 
 メンテナンス完了後、シャルルを始め造船所の皆としばらくの別れを惜しみ、レジーナはドックから宇宙空間に滑り出した。
 オールト・ステーションで燃料の補給をして、その後ジャンプ・ポイントに移動し、数回のジャンプを経て再びハバ・ダマナンに向かう予定だ。ダマナンカスには、前の船に乗っている頃から何度も仕事を紹介してもらっている運送会社がある。例のハフォンでの仕事の直前の最後の仕事を泣きついて回してもらったのもそこの会社だ。まずはそこに顔を出して、新しい船を手に入れたことと、また仕事の斡旋をして欲しいことを知らせるつもりだった。
 
 シャルルの造船所を出てしばらくして、アステロイド圏を抜ける少し前、20隻もの船の接近を検知したとルナが告げた。
 案の定、全て「Red Sun」の船だった。
 その自称「商船団」から何度も通信が入ってきたが、全て無視を通す。話をしたところで意味も無いし、精神衛生にも良くなさそうだ。
 アステロイド圏を抜け、加速度規制がなくなったところで自称「商船団」に一言「あばよ」とだけ言い放って、太陽系外に向けて最大加速で離脱した。連中も必死で追いかけてきたようだったが、勿論一隻たりとて追いついてくる船はなかった。
 
 その約六日後、レジーナは何事も無くオールト・ステーションにたどり着き、燃料の補給を受けた。大量に消費される宇宙船の燃料として、母星である地球の水資源を使用する訳にも行かないので、エッジワース・カイパーベルトおよびオールト雲で採集される水を供給しているのが、オールト・ステーションだ。
 腹を満たしたレジーナは、オールト・ステーションを出て半日後、太陽から約400億kmの距離にある太陽系ジャンプポイント、通称「ヘリオスポイント」に到達した。
 
 そしてレジーナはジャンプゲートをくぐり、銀河系中枢部に向けてその鋭く美しい白銀の船体を漕ぎ出した。
 さあ、戻ろう。俺のホームグラウンドへ。そしてレジーナとルナにとっては、未知なる海への旅立ちとして。
 
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