夜空に瞬く星に向かって

松由 実行

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第二章 インターミッション (Dancing with Moonlight)

3. Spirit in the vessel

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■ 2.3.1
 
 
 地球時間で三ヶ月後、俺の船「Regina Mensis II」ができあがった。
 
 三ヶ月の間、もちろん何度もシャルルやアンリエットとの打ち合わせを繰り返したが、細かいこだわりのあるところ以外はほぼ全てお任せで良かった。なんと言っても、アステロイドでもそれなりにその名を知られた造船会社のドックチームと、その筆頭造船技師であるシャルル、そしてその一番のお気に入りの腕っこきの設計士であるアンリエットとが本気で作ってくれるのだ。何も言わずとも痒いところに手の届く仕様になっていた。
 妙に気に入られて家族同然の扱いをして貰っている俺なので、シャルルもほとんど利益を乗せずに大盤振る舞いしてくれたのだろうが、もし普通に発注したら、とくに一見客の場合は今回俺が支払った金の倍近い金を取られるのじゃないだろうか。ますますシャルルに頭が上がらなくなった。
 
 三ヶ月の間、懐具合の暖かいブラソンは何度も地球に足を運んでいた。
 ビデオやゲームと云ったデータを中心としたコンテンツはネット上で手に入れることが出来るが、気に入ったビデオのキャラクターグッズや模型などは、通販で地球や火星から取り寄せるよりも、自分で地球に行って買って来た方が安くて早いのだそうだ。
 別に人の趣味のことなのでとやかく言う気は無いのだが、ブラソンの懐具合でその手のアイテムを買い漁っていると、その内展示用の棚を並べるためだけに豪邸を建てなければならなくなるだろう。
 
 俺はと言うと、船を造るのと、その内部に搭載する生体端末に金を使い果たし、また懐具合を常に気にしていなければならない生活に逆戻りしていた。勿論、そうなることを覚悟の上で奮発してそれなりの船と装備を要求したのだから、後悔しているわけではない。
 ただ、ブラソンが好きに地球に遊びに行くのを指をくわえて眺めながら、シャルルの造船所付属の来客用居住区から出ることもできず、日がな一日ネットでビデオを観たり、非番のオッサン達の話相手をして暇を潰していた。
 まぁ、「エンジン全開ババーン!」なんてタイトルのビデオじゃないだけマシなのだが。
 
 最初の一月は、既製品のMONEC社製E3級船殻に対して大枠で改造を行って、燃料タンクやジェネレータを取り付ける工作だったので、ドックから外殻を眺めているしかなかった。その後、パワーコアやジェネレータが取り付けられ、船内の配線や配管が一段落すると、作業しているオッサン達の邪魔にならないように船内に少しだけ入れてもらえるようになった。もっとも、その状態の船内に入ったところで、構造材と配線と配管のカオス状態であり、将来的にいったいどこが何になるのかさっぱり分からなかったのだが。
 
 二ヶ月が経ち船の目鼻立ちがつき始め、外殻の工作がほぼ終了して内装の工事に入る。
 同時にその頃に船のMPUとその外部端末である生義体が搬入された。
 MPUは船殻メーカーであるMONEC社の基本モジュールに、今回俺が改造を要求した部分のデータを追加していく。大枠の動作データを入れておけば、試験航行中にAIが粗いアライメントを取り、その後の航海でさらに細かな擦り合わせを行うという時間をかけた手順で完成させる手順になっている。
 それに対してAIの義体の方は、船の完成までに本体であるMPUとの擦り合わせが完了している必要がある。試験航行が始まって、義体が聞き間違いや操作間違いを起こす訳には行かないからだ。
 そのため義体は納品用のコンテナに入れられたままMPUとのアライメントが始まった。俺は義体が入ったプラスチック製のコンテナを見る事は出来るが、義体そのものは完成引き渡し当日まで目にすることが叶わなかった。
 
 それでも俺の船は徐々にその姿を明確にしていき、500mドックの中に浮いて徐々にそのその存在感を増し始めていた。
 そして約束の三ヶ月が過ぎる。
 
 
■ 2.3.2
 
 
 その日は朝からそわそわとして落ち着きがなかい事を自覚していた。
 そんな俺を見てシャルルはニヤニヤ笑い、アンジェラは微笑み、ドックのオッサン達は会う度に拳をぶつけてくる。
 進水式はグリニッジ標準時で正午に予定された。
 伝統的な験担ぎで、進水式前には造船所の客室の荷物を引き払う。
 船の試験航行が上手くいき、もうこの部屋に戻ってくる必要がなくなるように、との意味だ。俺だけじゃない。多くの船乗りが同じように、新しい船の進水式前にはそれまで住んでいた家を引き払う。
 昼前に軽く昼食を済ませる。俺の荷物はブラソンのに持つと一緒に小型のコンテナに入れられ、ドックの中で積み込みを待っている。
 俺たちも食事の後にドック脇のコントロールルームに詰める。
 
 ドックの中に昼休憩の始まりを知らせるチャイムが鳴り、チャイムが終わるとアンジェラが厳かに口上を述べた。
 
「ただ今より、AH412号新造船体改め、命名『Regina Mensis II』号の進水式を執り行います。」
 
 来賓も何も無い、くす玉もなければテープも無く、ただこの造船所で働く人々が見守るだけの、それは本当に慎ましい進水式だったが、俺とこの新しくこの世に生み出された船にとっては最高の進水式だった。
 
「船体固定用ガントリーロック解除。」
 
 ドック長の声に、建造中に船体を固定していた八本の機械式アームが低い機械音を立てて船体を手放し、折り畳まれる。船体はドックの中で支えるもの無く宙に浮く。
 
「船体固定用重力アンカー展開。」
 
 音もなく目にも見えないが、造船所側の重力ジェネレータを用いたアンカーフィールドが展開される。
 扁平した六角形の断面と槍のように鋭い船首を持つ白銀色の船体が、少しだけ滑るように動きアンカーの中心に捕捉される。
 
「ドック内搭乗用ゲートブリッジ展開。接岸シーケンス開始。ハッチビーコン捕捉。ブリッジ接合。与圧完了。エアロック解放。接舷完了。『Regina Mensis II』号乗船可能です。」
 
 ドック長の大きな声がコントロールルーム内に響く。
 
「現時点をもって『Regina Mensis II』号の建造を完了し、また進水が完了したことを宣言する。願わくば、この日より新たに海原に乗り出す新造船『Regina Mensis II』号とその船長マサシ・キリタニの航海に幸多くその行く手が常に波静かにて平安であらんことを。」
 
 シャルルが普段のオヤジっぷりからは全く想像が付かないほどの威厳をもって宣言する。
 
「この新たな大海の貴婦人たる『Regina Mensis II』号の末永き航海の安全を祈念して、当造船所から船の守り神たるフィギュアヘッドを贈呈する。」
 
 うん?
 そんな話は聞いていないが。船のAIの義体であるルナのことか?
 そう思った瞬間、コントロールルーム内にホロが投影された。
 船首センサー類が集まる上部構造先端の部分に、白い素材で作られた裸の女性の胸像が取り付けられているのがクローズアップされる。
 
「おい。なんだこれは。こんなものは頼んでないぞ。」
 
 ホロ画像から眼を外してシャルルを見ると、つい先ほどまで厳めしい顔をして口上を述べていたシャルルの顔がニヤリと笑う。
 
「ウチの造船所が本気で作った船にだけ勝手に付けさせて貰ってる。何百年も前、大航海時代に冒険者たちを乗せて世界狭しと大洋を行き交った帆船の船首には、必ずと言っていいほど取り付けられていた船の守り神だ。この船『月の女王』を守るに相応しい月の女神ダイアナの胸像を選んだ。大事にしろよ。傷付けんじゃねえぞ。」
 
 どこかのステーションに入港する際に、人に見られると少々気恥ずかしいものを勝手に取り付けられたという思いもあったが、シャルル自らに真っ正面から本気で造った船の証明だと言われては、文句を言うわけにもいかない。
 あきらめるしかない。こんな進水式なんて儀式めいたことをやることからも分かるように、変なとこだけロマンチストなのだ、このオヤジは。
 
「分かった。ありがとう。」
 
 照れ隠しで少々ぶっきらぼうにシャルルの好意に礼を言う俺を見て、すぐ脇に立っているブラソンがニヤニヤと笑っている。
 
「さあ、マサシさん。本物の女王に会いに行きましょう。」
 
 コントロールルームに表示されていたホロを消すと、楽しげなアンリエットの声が響いた。
 
 
■ 2.3.3
 
 
 ドックの中に設えてある搭乗用ゲートから「Regina Mensis II」船内に入る。
 船内は、少しくすんだような明灰白色の落ち着いた色で塗装されていた。床は暗く鮮やかな赤色をした柔軟性のある素材で出来ていた。ぱっと見でこれが貨物船の船内とは思えない色調だ。
 その色の選択に少しばかり感動を覚えていると、俺の前を歩くシャルルがこちらを振り返り、得意げな笑いを浮かべる。
 俺たちは、シャルル、俺、ブラソン、アンジェラの順で歩いている。アンリエットは常にどこにでも居る。この船もまだ俺に引き渡しが完了していないので、アンリエットは入り放題だ。
 船内の中央通路沿いに六室の客室が設えてある。その向こうにキッチンとダイニングがあり、俺たちクルー用の個室はそのさらに向こう、操縦室のすぐ近くに四室設けてある。
 
 中央通路を操縦室と反対側に歩くと、「REACTOR AREA / DANGER / HIGH RADIATION 」とでかでかと赤文字で書かれた隔壁ハッチを抜け、パワーコアと燃料タンクが並ぶ。その向こうには当船自慢の八連重力ジェネレータがある。パワーコアのリアクターからの放射線は、基本的に燃料である水で吸収させる。ちなみにこの時、中性子を食った水は一部重水に変わり、リアクターでの反応効率向上に役立つようになる。
 貨物用のカーゴスペースは基本的に床下になる。そもそも大型貨物用のコンテナユニットに入れなければならないような巨大な荷物を運ぶ予定はない。基本的に俺が運ぶのは、高額アイテムと人だ。
 
 大型の貨物は、全長1000m以上もあるような巨大貨物船を持っている大手運送会社に任せればいい。俺たちのような個人の運び屋は、高額の商品や人を送り主の手から受け取り、受取人に手渡すという、柔軟性とスピードと安全性を売りにして商売をする。
 地球では未だに旅客船と貨物船を区分けしており、貨物船が旅客を運ぶ事にいい顔をしないが、銀河ではそんな区別は無い。金を持ったものは旅客船のチケットを買い、金の無い奴は貨物船の船長と交渉して潜り込ませてもらう。要するに、旅程に必要な金の差と、その分の快適さの差でしかない。
 だから俺は自分の船に旅客用の個室と、キッチンとダイニングを揃える事にこだわった。小型高級旅客船とまで言うつもりは無いが、地球の料理が驚きを持って受け入れられているこの銀河でならば、その地球料理が食事として提供され、快適な個室を備えた俺の船はそれなりに有利な立場で商売を進められるはずだ。それが俺の目論見だった。
 
 中央通路を進み、操縦室に突き当たる。リアクターエリアの隔壁とはまた別の意味で厳重なシールドが施された隔壁ハッチには、「KEEP OUT / CREW ONLY」とこれまた赤文字ででかでかと書かれている。
 さあ、操縦室だ。
 これまで出会わなかったと言う事は、彼女もここにいるに違いない。
 シャルルが先頭に立ち、操縦室内に入る。
 本来ならこのハッチを開けるには人相照合、網膜照合の後、キーワードを入力する必要があるが、ドックの中にいる今はシャルルの権限でセキュリティは解放されている。
 
 操縦室は、つやが抑えられたダークグレイで塗装されていた。悪くない。
 黒では陰気すぎて鬱になりそうだが、真っ白は眩しくて目が痛くなりそうだ。暗めのグレイが一番落ち着くだろう。
 操縦室には、操縦士、航海士、機関士と船長席の四席が設えられていた。四席のちょうど真ん中に少しスペースが空けてあり、多分ホロを投影する為の空間だと思われる。
 いずれの席もコンソールに少し大きめのモニタが一枚設けてあるだけで、他にレバーやスイッチの類は見当たらなかった。
 もちろん、物理的作動の緊急リアクターカットや脱出用のレバーなどはちゃんと存在するのだが、シート脇などに目立たないように備えられている。
 
 そして、俺たちが操縦室に入った事で、それに応えたように機関士席から立ち上がる人影があった。
 俺と、ブラソンと、そしてもう一人のこの船のクルー。
 正確には、船載ネットワークの主演算ユニット(Master Processing Unit)上で動作するAIの生義体であるので、クルー(乗務員)ではなく、船の意思そのものをインターフェースする為の生体端末なのだが、発注した当初から俺は彼女を独立した人格として扱うつもりだった。
 『月の女王(Regina Mensis)』という名を持つこの船のAI人格を具現化した生義体。ルナ。
 
 まるでポリマー繊維であるかのように全く色の無い銀髪を肩の上で綺麗に切りそろえ、顎の尖り気味の小さな顔に印象的な、全く感情の見えない真紅の瞳。その赤い眼をより際立たせているのは抜けるように真っ白な、色素を全く感じさせない透き通るような白い肌。顔の小ささに釣り合った小さな鼻の下に、僅かに朱く色づく薄い小さな唇が横一文字に結ばれている。
 服の上からでも判る華奢な骨格と、強く握れば折れてしまいそうな細い手首が袖口から覗く。その先の手は小さく、細く繊細な白い指が伸びる。
 内蔵がある事を疑いたくなるような細い腰に、余り張り出す事無く真っ直ぐにすらりと伸びた細い足。
 それはまるで、お伽噺の中に出てくる精霊か、妖精が船から生まれ出でてそこに立ち上がったかのように俺には見えた。
 アンジェラと同じ様に、シャルル造船所のツナギを着て、なぜか靴だけはアンジェラと違ってドックメン達が履いているのと同じごつい安全靴をジッパーの途中まで開いて引っかけている。
 作業するのであれば確実に閉じきらねばならない身体の前面のジッパーを胸元まで少し下げている為、そこから覗く胸元の白い肌がこれも強烈な印象を残す。
 立ち上がったその姿は、暗いグレイの操縦室内でまるで光を放っているかのようにも見えた。
 月の女王。
 そしてそのこの船に宿る精霊にして月の女王である、少女のような外見の生義体が口を開き、まるで鈴を転がすかのような涼やかな声を発した。
 
「マサシ様。初めまして。私は本船『Regina Mensis II』主AI生義体です。ルナという名前を頂戴致しました。美しい名をありがとうございます。これからよろしくお願い致します。」
 
 そしてその月の光を発しているかの様な少女は、完璧な形で俺に向かって日本式のお辞儀をした。
 

 
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