夜空に瞬く星に向かって

松由 実行

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第一章 危険に見合った報酬

20. ハフォン情報軍クーデター対策本部

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■ 1.20.1
 
 
 翌日、二人は朝から情報軍のクーデター対策本部を訪れた。
 ミリの本拠地であり、未だ杳として得体の知れないクーデター計画について調査を行っている情報軍部隊の中心でもある。
 もっとも、対策本部に入ることが出来るのはミリだけで、ブラソンは本部の近くのレストランで待機することになったのだが。
 
 その扱いに関してブラソンは文句を言えなかった。
 ブラソンの部屋に朝食を持って来た後、ミリはいつも通り一人で情報軍に行くつもりだったのだが、それに付いて行くとブラソンが言い張ったのだ。
 情報軍が予定にない部外者を歓迎して迎え入れる筈も無い。
 ミリはブラソンにこのレストランで待機するように言い、ブラソンもミリにおとなしく従った。
 
 突然付いて行くと言い始めたブラソンにミリは当然、行っても入れてもらえる訳は無いと言った。
 もちろんブラソンもそんな事は百も承知だった。
 ただ、今日ミリが上に報告する事に対して、ミリの上司が、要するに情報軍が、どのように反応するかをすぐに知りたかった。
 回収不可能としてマサシを切り捨てる可能性が高い。
 計画の要であるマサシが切り捨てられれば、所詮サポート部隊でしか無い自分は確実に切り捨てられる。
 計画は中止された、で済めば良いが、諜報部隊がそんなに甘い物だとは思っていない。
 計画を知るものを速やかに消去しに掛かるだろう事は想像に難くない。
 
 マサシ回収不可能、計画中止の決定がまだ熱いホット内に、その決定を覆す事の出来る情報を効果的かつ印象強く注入してやる必要がある。
 ミリが司令官のオフィスを出たばかりであれば、まだ覆せる可能性がある。
 数時間も経ってから、周辺のあらゆる事態がマサシ切り捨てを前提に動き始めてからではもう遅い。
 マサシを救出出来、そして自分の身の安全を確保した上で、情報軍の計画を成功に導けるだけのプランをすぐに指し示すことで、ミリの上司の決定を覆さねばならない。
 それが出来なければ、マサシだけでは無く、ブラソンの命も非常に危ういものになってしまうのだ。
 
 だから、何のために一緒に来るのかとしつこく問い質すミリをはぐらかし宥めすかして、本部近くまで同行する事を認めさせた。
 本部近くでならば、マサシを切り捨てる指示を伝えられたミリをすぐに捕まえることが出来る。
 マサシを切り捨てる決定をしたミリの上司に、その必要が無いこと、そしてお互いに利益を得るためのプランをすぐに示すことが出来る。
 
 ここで待つようにとミリから言われた場所は、ハフォンの何所にでもありそうな「レストラン」だった。
 ちょっとしたスペース、幾つかのテーブルと椅子、壁際に並んでいる食事パックのベンディングマシン。
 そしてその「レストラン」を使う何人かの人々。
 
 銀髪碧眼の多いハフォン人達の中で、黒髪黒目のブラソンは少し目立っては居たが、首都イスアナに外国人の存在自体はそれほど珍しいものでは無いらしく、特に注目を集めたりはしていなかった。
 ミリを待っている間に、多くのハフォン人がやって来てはベンディングマシンを使って食事パックを購入し、ある者は店の中でテーブルに着き、ある者はパックを持って店を出て行く。
 
 よく見ると、この店で売っているパックは通常ハフォンで手に入る二種類の他に、他国から輸入されたらしき数種類のバリエーションがあるようで、その少し珍しい輸入品の食事パックに人気があるようだった。
 贅沢や享楽的な生活を送ること、または欲望に従うことを宗教の戒律によって戒められているハフォン人でも、やはり珍しい食事があればつい手が出てしまうのだろう。
 驚くほどに様々な種類があり、食事パックとは比べ物にならない味を持つテラの食事文化を頑なに拒否するこのハフォンではあるが、いつか彼らがそれを受け入れる下地はあるように見えた。
 
 そこまで考えて、ブラソンは自身の思考を笑った。
 元々テラ文化に抵抗を持ってはいなかったが、マサシと行動を共にするようになって、自分がすっかりテラ贔屓になってしまっている事に気付いた。
 確かにテラ料理の店のメシは美味い。酒の種類も多い。
 テラ一惑星だけで、銀河中から全てかき集めたのと同じだけの種類の酒があるのでは無いかと思う。
 出会うテラン達は誰もが少し風変わりでいて、しかし見た目にもカラフルで洒落っ気のある服装をしている。
 マサシからコピーさせて貰ったテラの音楽は、どれも刺激的で心が沸き立つようなものばかりだった。
 多分、奴らはもっと沢山、いろいろ興味深いものを隠し持っているはずだ。本人達はそれと気付かず。
 なんとも刺激的で面白い連中だと思った。
 だから。
 自分の身を守るという意味だけでは無く、もっとも身近にいるそのテランをなんとしてでも助け出してやりたかった。
 
 辺りを観察するのにも飽きたブラソンは手持ち無沙汰となってしまった。
 ミリは、付近のどの建物が情報軍のものであるか明らかにせずに店を出て行った。
 近くに存在する電磁アクセスポイントの信号を探る。
 実は、ブラソンの脳内にあるバイオチップは少々特別なものだった。
 
 まだハッカーと呼べる程にも達していない、ただのイタズラ好きの小僧に毛が生えた程度だった頃、半ば偶然にバイオチップのハッキングの仕方を手に入れた。
 その情報には、バイオチップ管理項目のプロテクションの抜き方や、バイオチップ機能の改造の仕方も記述されていた。
 もちろん違法な改造だった。
 しかし、ネットワーク上で悪さを覚え始めたイタズラ小僧でしかなかったブラソンは、一も二もなく嬉々としてそれに手を出した。
 それはまるで、目に見えず常に自分を縛り付けている戒めから自分を解放するような、世界が晴れやかに澄み渡っていくような爽快感をブラソンに与えたものだった。
 
 結果として彼は、自分の体内にあるチップの完全なコントロール権限を手に入れ、そしてその後は徐々にではあるがチップの機能を向上するための改造を加えていった。
 ハッカーとしての腕が上がるほど、より機密度の高いそのような「禁断の」情報に接することが可能となっていった。
 同時に、どこまでは大丈夫で、どこから先はヤバイのかの線引きを可能とする判断力も磨かれていった。
 そしてヤバイものをネットワーク管理者から隠す技術も、同様に向上していった。
 
 次から次に未知のものを発見する喜びに素直に従っていくうちに、ブラソンは一端の腕を持ったハッカーとして認知されるほどにまでなり、そのころには自身の体内のバイオチップは一般のものとは比べものにならないほど高機能のものとなっていた。
 もちろん、バイオチップにそのような改造が加えられていることを巧みに隠す技術も習得済みだった。
 数年に一度、受診を半ば義務づけられているバイオチップのメンテナンス時にも、システム管理者や生体工学技術者に彼が自身のチップに行った改造を看破されたことは皆無だった。そして彼はこつこつと自身のチップの改造を続けた。
 
 普通のバイオチップは、付近のアクセスポイントリストの中から、最も強いシグナルのものを自動的に選択する仕様となっている。
 しかしブラソンはチップに指示して、たとえ微弱でも電磁波を受け取ることが出来る全てのアクセスポイントの中から任意のものを選ぶことが可能だった。
 しかし彼のチップでなにより最も特殊な機能は、能動的に電磁波を発することでアクセスポイントを介さずに至近の電子機器に直接介入することができるというものだった。
 もちろんチップの発する電磁波はそれほど強力なものではない。
 しかし、常に受動的にアクセスポイントから発せられる電磁波を受け、それに返信する程度しか能のない通常のチップに比べると、ごく近距離でしか有効ではないとはいえ、付近のデバイスに能動的に干渉できるこの機能は極めて異質かつ画期的であり、いざというときに切り札として切れるほど強烈な機能だった。
 ミリの目の前で行ったとはいえ彼女がそれを理解したとは思わないが、先に宿泊していたホテルが襲撃されたとき、ビークルのシステムに強制介入して思いのままに操縦したのはまさにこの機能を使ってだった。
 
 ネットワーク空間に突入するときの3D視覚化された映像と、その中で作業するやり方も、また別の機能としてのチップ改造のたまものだった。
 平面的なネットワーク図とコマンドラインを用いて作業を行うよりも、直感的に処理できる今のやり方の方が楽な上に作業効率も一気に跳ね上がった。
 自作のプログラムをチップメモリに格納しておき、必要に応じて展開できる機能も同様だった。
 通常のチップは、認証されたサイトから認証されたプログラムだけを格納可能であり、格納できる自作データといえば録画した映像や音声データ程度のものだ。
 これを拡張して非認証のサイトからでも格納可能とした上、メモリ空間も通常のチップに比べて相当拡張してあった。
 自作プログラムと言えば、決定的に違法かつ、ブラソンにとって本当に切り札的なものがもう一つ存在するのだが、これは本当の緊急時以外チップの外に解き放つつもりはなかった。
 
 近くのアクセスポイントのシグナルを捕まえたブラソンは、ネットワークに入り込む。
 3D画像の展開と、各種PGの制御のためには、I/Fインターフェイス用のHMDと組になったMPUがある方が効率もよく、速度も上がるのだが、情報軍の作戦本部を捜し当てて、あといくつかイタズラをするだけの予定である今は、自前のチップだけでも十分に事足りるだろうとブラソンは思っていた。
 ミリの輝点を見つけた。ブラソンが今いるレストラン前の道路の反対側、四つ程向こうのビルの中にいるようだった。
 もちろんこのビルが、情報軍クーデター対策本部が置かれているビルだろう。
 視野を切り替え、肉眼で窓の外を覗く。なんと言うことはない、ごく普通の20階立て程度の小さなビルに見えた。
 そんなものなのだろう。ここに情報軍がいますよ、と宣伝するような事はしないだろう。
 ビルの中にはそれなりのローカルネットワークが張ってあり、いくつもの端末が接続されているのが見える。
 そのうちの一つがミリだ。隠す必要のない今は、チップを使ってアクセスしているようだった。
 例のヒヨッコ四人組はこのビルにはいないようだった。多分、対策本部ではなく情報軍本体の方にいるのだろう。
 
 基幹システムの上位管理者権限を利用して対策本部のフラグメントに入り込む。
 これから後に多分やらねばならない事を考え、対策本部のフラグメント上のID情報を抜いておく。
 ついでに、対策本部サーバに入り込み、このフラグメントの接続権限ID、管理者ID、現在接続しているユーザIDを抜く。
 ユーザIDが手に入りさえすれば、基幹システムのID管理サーバに問い合わせて、実際に今どういう人間が中にいるのかを知ることが出来る。
 そして他にも情報軍の組織表や現在情報軍がクーデターに関して手に入れている情報などを閲覧させてもらう。
 
 クーデターに関する情報について言えば、ミリの言ったことは嘘ではなかった。
 クーデター対策本部サーバであるので、そこにあるのはクーデターに関する限り情報軍が掴んでいる最新の情報なのだろうが、ブラソンが知っているものと殆ど大差なかった。
 そして情報軍は例の青いネットワークに関してはなにも情報を掴んでいないようだった。
 というような情報収集をミリ不在の暇に任せて行った。
 情報軍の拠点であるのでもう少し手こずるかと思ったのだが、思いの外簡単に終わってしまった。
 
 ハフォンのネットワークのセキュリティは甘すぎる、とブラソンは思った。
 ブラソンの育ったパイニエの主幹ネットワーク群に比べれば、防御も弱ければ冗長性も足りなかった。
 多分、ハフォン人はチップを用いないので、普段国内で発生するハッキングの攻撃もチップを用いたものほど苛烈なものではないのだろうと想像する。
 攻撃側がぬるい攻撃しかしないなら、防御側も当然ぬるい防御になるのだろう。
 ハフォン人の生真面目な性格も作用しているのかも知れない。
 宗教の戒律で律されたハフォン人達は、全体的に非常に善良で生真面目なようだった。
 ネットワーク上だけではなく、現実世界においても犯罪の発生率はパイニエよりも相当低いのだろうと思った。
 自国パイニエで軍警察所属のハッカー追跡専門の連中を向こうに回して、常に追跡者からマークされることに備えなければならず、いかに巧く隠れるか、巧く逃げおおせるかという技術を磨き、時には数十人もの追跡者達を相手に死闘を演じていたブラソンにとって、ハフォンのセキュリティなどちょっと面倒くさいログイン手続き程度にしか思えなかった。
 
 必要な情報を手に入れたところでミリが情報軍のビルを出て、レストランに戻ってきた。
 店に入ってきたミリを現実世界の視野で確認する。
 どうもよくわからない表情をしていた。
 今の変装と人格の設定になってからミリは感情を良く表すようになっていた。
 感情を表に出す性格、という人格そのものが設定され表面的に作られたものなのだろうが、それでも出会った夜に見た銀髪碧眼の時の全く表情の変わらない人格に比べれば話しやすい。
 今の彼女の表情は、何か余り思うように進まなかった物事があったときのものだろう、とブラソンは思った。
 そんな案件は一つしかなかった。
 ま、多分そうなるだろうと思ってたけどな。
 
 入り口から真っ直ぐブラソンのテーブルに歩いてきたミリが、テーブルの前に立ち止まり、彼を見下ろした状態で立ったまま口を開いた。
 
「マサシの救出は認められないわ。クーデターの決行をいたずらにさらに早める可能性がある。彼は切り捨てる。情報軍としての決定事項よ。」
 
 バカが、余計な一言を付けやがって、とブラソンは思った。

 
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