夜空に瞬く星に向かって

松由 実行

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第一章 危険に見合った報酬

18. 最後に何かやらかす奴

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■ 1.18.1
 
 
 ひとしきり尋問があり、俺が白々しい言い訳でのらりくらりと質問を躱していると、尋問を担当した兵士はそのうちに部屋を出ていった。
 あらかじめ決められていた質問を終えたのか、どうやら俺が口を割りそうにないと、上官に次の手段の許可を求めに行ったのか。
 そろそろ連中もしびれを切らしているだろう。次にくるのは何か。
 脳スキャンによる記憶抽出か、それともただの銃殺か。
 少なくとも無罪放免と言うことだけはなさそうだ、というのは薄々分かっている。
 俺のような小物を生かしておく必要もないだろう。
 現実感がないのか、自分の事であるのになぜか冷めた目で見ている事に気付く。
 
 この部屋は、完全密室になっているようだった。
 先ほどから何度もネットワークに接触しようとしているが、信号のかけらも捕まえることが出来ない。
 とすると、この部屋を出たときが多分最後のチャンスだ。
 ブラソンから指定された緊急アドレスにメッセージを打たねばならない。間に合えばいいが。
 たとえもう一度スタナーで意識を奪われようとも、次にネットワーク信号を関知したらすぐにメッセージを打つよう、チップに指示を出す。メッセージの内容は何も必要ないだろう。
 
 再び先ほどの兵士が部屋に入ってきた。兵士は銃を持っていた。
 兵士は俺の後ろに回ると、俺の両腕を取り、両方の腕を後ろで束ねるように手首に何かを巻いた。
 それは固くはなかったが、俺の腕の皮膚に密着し、同化した。
 生体組織を用いた手錠だ。弾力はあるが人の力では絶対に千切れないだけの強度があり、そして手首に掛けると皮膚と癒着してしまい、解除する電気信号以外では離れなくなる。
 無理に引き剥がそうとすると、自分の皮膚の組織ごと持って行かれる。場所が手首なので簡単に動脈切断が起こり、ナノボットでも入れていない限り治療しなければそのまま出血多量で死亡する。
 手錠をはめた後、また首筋近くで低い電子音がした。
 
「立て。」
 
 兵士はそう言うと、後ろ手に回した俺の両腕を乱暴に持ち上げた。
 無理な方向に曲げられた肩の痛みに顔をしかめながら立ち上がる。
 足が動く。どうやら腕も動くようだ。
 
「歩け。」
 
 後ろから銃で背中を強く小突かれる。
 ドアに近づくと、外からドアが開き、また硬い銃口が背中を小突く。
 真っ白い部屋から、真っ白い廊下に踏み出す。
 視野の端に、緑色の小さな四角が明滅する。
 『メッセージ送信完了』という言葉が、意識の端に浮かぶ。
 やれる事はやった。
 後は少しでも長く生き延びて、ブラソン達が何か行動を起こす事で僅かに見えるかも知れない脱出のチャンスを見逃さないようにしなければならない。
 
 白い廊下を延々歩かされる。
 もともと、この王宮の内部の地図は頭に入っていない。すでにどこを歩いているのかさっぱり分からない。
 いくつかのドアを抜けると、壁の色が暗い灰色に切り替わり、照明も薄暗くなった。嫌な予感しかしない。
 角を曲がると、目の前に延々と続いて暗闇の中に下っていく階段がある。
 この先にあるのは地下牢か、死体置き場か。
 
 また後ろから小突かれて、降りるように促される。
 ここが最後のチャンスかも知れない。
 身体を沈める。
 曲げた左足を軸に、右足を旋回して後ろに立っている兵士の脚を払う。
 両腕を後ろで縛られて、バランスが悪く十分な力と勢いが得られないが、よろめかせるには十分だった。
 もう一人その後ろにいるはずだ。
 右足を回した勢いで体を回して後ろを向き、両脚のバネで兵士に向けて飛びかかろうとするが、やはりバランスを崩して一瞬遅れる。
 いや、まだ間に合う。
 飛び上がり、よろめいた手前の兵士に膝蹴りを食らわせ、その後ろの兵士に激突させる。
 手前の兵士の上に乗りあげ、向こう側の兵士に肩から体当たりする。
 バランスが悪く勢いが足りない。
 二人目はよろめくだけでまだ倒れていない。
 そのまま二人目の兵士を肩で押して壁に叩き付けようとしたが、横から頭に強烈な一撃を食らった。
 壁際まで吹っ飛ばされて、手で体を支えることも出来ずに頭から壁に激突して床に落ちる。
 カビ臭い床の臭いと、口の中に広がる血の臭いが混ざった。
 
「ったく、キュロブ隊長の言ったとおりだな。テランは絶対最後に何かやらかす、ってよ。」
 
 三人目の兵士が俺の腹を蹴りながら舌打ちする。
 いつの間にかもう一人付いていやがったのか。
 起きあがった一人目と、二人目の兵士がそれぞれ顔と腹を蹴る。壁に頭を叩き付けられて一瞬意識が飛ぶ。
 
「ほら立てよこの野郎。ふざけやがって。宮城を血で汚すわけにはいかねえから撃たないだけだ。普通ならとっくの昔に頭がなくなってるぞ、このクソ野郎が。」
 
「スタナー使うか?」
 
「こいつを下まで持って行くのが面倒だ。自分で歩かせろ。」
 
「早く立てよ、この下等種族。」
 
 僅か数万年前まで、洞窟の中で焚き火をする以外の科学技術を持っていなかった地球人は、銀河種族達から未開の野蛮人、下等種族と扱われる事も多い。
 
 兵士が脚を蹴りつけてくる。
 蹴られながらも、壁に背を押しつけてずるずると立ち上がる。
 ひとりが銃床を腹に叩き込んでくる。
 思わず身体を二つに折る。そこを下から腹を蹴り上げられた。
 胃の中身を吐き出しそうになったところを、さらに横から銃床で頭を殴られて倒される。
 倒れた先には床がなかった。
 両手を縛られているので身体を止めることも出来ず、階段を転がり落ちていく。
 
 結局、百段以上はあっただろう階段を一番下まで転げ落ちた。
 転げ落ちる間、頭から足の先まで全身くまなく何度も激しく階段の角にぶつけ、立ち上がることさえ出来ないほどの痛みに呻く。
 胸を何度も強く打ち付けたせいでまともに息が出来ない。
 床に着いた頬にぬるりとした感触がある。血だろう。あたりが薄暗く、壁も床も暗い色であるためよく分からない。
 兵士達が嗤いながら階段を下りてくる。
 
「これで持って降りる手間は省けたな。」
 
 つま先で脇腹を蹴り飛ばされる。
 痛みに思わずまた呻き声を上げながら身体を折る。それほど力を込めた蹴りではないのだが、今は全身どこを蹴られても激痛が走る。
 このクソッタレどもが。暗い中で兵士の顔を見上げる。
 顔面に蹴りが入る。
 鼻の奥に鋭い痛みを感じ、一瞬視野が白く染まる。
 
「なに睨んでやがる、このカス。」
 
 さらに銃床の追撃が数発頭に叩き込まれる。
 一発は額に当たり、明らかに皮膚が大きく裂けた感触があった。
 
「そろそろ戻るぞ。さっさとこのクソ野郎をぶち込んで終わりにしよう。」
 
 後ろから襟首を捕まれ、持ち上げられた。
 手を突けないので襟はそのまま俺の首を絞める。息が出来なかったところに気管を塞がれ強く咳込む。
 空気が足りない。ひどい音を立てながら息を吸い込もうとするが、胸の痛みと潰されかけている気管の痛みとで咳込むだけで息が吸えない。
 徐々に意識が遠くなり始める。クソ。
 いつの間に点けたのか、兵士達の持つライトの光が暗闇の中でふわふわと揺れる。
 
 どれくらい床の上を引きずられたか、遠くなりかけている意識の中で金属的な音が聞こえ、固い床の上に投げ飛ばされた。
 顔面を床にしたたか打ち付ける。しかしその痛みよりも、息が出来るようになったことに安堵する。
 口を開けて息を大きく吸うが、床の上にあったのだろう泥とも何ともつかない物を一緒に吸い込んでしまい、また大きく咳込む。
 床は冷たく塗れていて、何かよく分からないゴミのようなものが沢山散らばっているようだった。
 後ろで金属のぶつかる大きな音がする。
 檻か何かの扉を閉めたようだが、暗くてよく分からない。
 
「感謝しろよ。宮城を血で汚すわけにはいかんからな。まだしばらく生きていられるぞ。」
 
「まあ、結果は同じなんだがな。」
 
 そう言って兵士達のムカつく笑い声が響く。
 ライトで顔をまともに照らされているため、まぶしくて周りがどうなっているのかさっぱり分からない。
 兵士達が離れていく。
 鉄格子のような檻の向こうに、兵士達の持つ明かりがゆらゆらと揺れているのが見える。
 どうやらここは地下牢か、それに類するもののようだ。
 兵士の一人が、何かを思い出したように戻ってくる。
 
「そうそう、親切な俺様が良いことを教えておいてやる。お前がさっき打ったメッセージだがな、勿論監視下にある。あのメッセージを受け取る奴はすぐに特定されて、確保されることになっている。確保したときには生きてないかも知れんがな。」
 
 兵士は大笑いしながら歩き去っていった。
 しばらくして、暗闇の向こうから重い金属の扉が閉まる大きな音がして、その後は何も聞こえなくなった。
 
 
■ 1.18.2
 
 
 ブラソンの前には、淡く青く光る真っ黒い扉がある。
 しばらく前から、この扉を何とか開けようとしているのだが、何をしても扉から何の反応も返ってこなかった。
 
 気になっていた青い情報流との接点は意外なところにあった。
 電磁波を用いたアクセスポイントのすぐ脇にそれは見つかった。
 普通に探していたのでは見つからないように、通常のコマンドには反応しないように巧く隠してあったようだ。
 それなりの腕のハッカーか、もしくは場所を特定された上でよほど注意深く探さなければ、この扉には気づかないだろう。
 
 それはつまり、通常ネットワーク上で用いられている信号やコマンドを一切受け付けないと言うことでもあった。
 気付きさえすれば、その黒い扉と同様の、青いネットワークへの入り口はあちこちに存在することが分かった。
 しかしどの扉も全く同じで、どのようなコマンドも全く受け付けないのだった。
 淡い光は何らかのデータがこの扉を抜けて行き来していることを示している。
 何をしても扉が反応しないのは、ブラソンが知る限りのコマンドやプロトコルとは全く異なるコマンド体系で稼働していると言うことだった。
 
 基幹ネットワークを漁り、もう数十万年も前に使われなくなったハフォンローカルネットワークのコマンドリストの一部をどうにか手に入れることができた。しかしこの黒い扉は、そのコマンドリストにも一切反応を示さなかった。
 間違いない。この青いネットワークは、ハフォンのローカルネットワークなどではなく、一般のネットワークの陰に隠れて特殊なプロトコルを知る者達だけが利用することの出来る、特定のグループのためのネットワークだと確信した。
 数十万年も前に設置されたものではない。ごく最近設置され、そして秘匿するために良くメンテナンスされている。
 そして、その特定のグループのメンバーの中に、基幹システムをメンテナンスする上位管理者が含まれていることも間違いなかった。
 そうでなければこのような異物が存在することは絶対に出来ない。
 上位管理者達のIDは手に入れているが、IDだけではこの扉に触れることしかできない。
 開くためには、その正体不明のコマンドが必要だった。
 マサシはクーデター組織が思ったよりもでかいと言っていたが、まさにここにきてそれを実感した。
 いったい連中はどれほどの広がりを持っているのか。少なくとも、このハフォン星系全体に広がっていることだけは間違いがなかった。
 
 そのとき、目の前に立ちふさがる黒い扉の前に真っ赤なメッセージが現れた。
 マサシから、緊急メッセージが発信された。
 緊急メッセージを受信した場合のシーケンスが自動で走る。
 MPUからいくつもの防御・攻撃PGが打ち出され、ブラソンの周りを周回し始める。
 同時にIDのマスカレードが何重にも展開され、ブラソンの特定を困難にする。
 すでに完全に支配下に置いている小規模のフラグメントネットワークが赤く点滅し始め、その周りを白い二重円が囲む。
 数十の攻撃PGが、緊急メッセージを受け取ったサーバに殺到する。
 その周りを無数の探査PGが走り回っている。
 彼方に、紫色に明滅する輝点が4つ発生した。
 敵を特定した。
 マサシから発信されたメッセージを追跡しているようだった。
 
 視野の下部を敵に関する情報メッセージが流れ始める。
 ブラソンが命令するまでもなく、周りを漂っていた攻撃PGが群をなして紫の輝点に殺到する。
 勿論敵も黙って襲われる筈もなく、矢継ぎ早に色々なPGを展開して対抗し始める。
 向こうはまだこちらを特定できていない。
 支配下のサーバから大量の攻撃PGを叩き付ける。
 敵は数千ものPGに襲撃され、敵の周囲はまるでハブサーバのような賑わいになる。
 
 探査用のPGが敵の拠点を割り出した。イスアナ都市政府広報局?
 違う、これは踏み台でしかない。
 さらに追加の探査用PGを送り込む。
 ネットワーク空間での闘いは、いかに短時間に大量のPGを敵に叩き付けるか掛かっている。
 見たところ、敵四人を合計しても、ブラソンが叩き付けているPGの数の方が大きく勝っている。確実に勝てる。
 
 ハフォンにやってきて、情報軍から高価なMPUと周辺機器を与えられた後、まず最初に行ったのがこの追跡者への対抗措置をあちこちにばらまくことだ。
 今それがまさに有効になり、優勢な状況下で敵を迎え撃っている。
 今手元で動いているMPUは非力な安物だが、すでにネットワーク上にばら撒かれているPG達は、それぞれネットワーク上のサーバで動いているので、MPUの性能低下の影響をほとんど受けない。
 こういう時は、二度と追跡する事が出来なくなるまで徹底的に叩き潰してやるのが一番良い。
 場合によっては、敵の接続元のゲートサーバまで破壊してやろうと、ブラソンは敵を罠に誘導し始める。
 
 自分の立ち位置を変える事無く、経由するサーバを慎重に変更していく。
 下手な動きを見せたら、バレる。
 位置を特定され、アクセスポイントを特定されたら最悪だ。
 マスクしているとはいえ、IDを特定されたら全て終わりだ。
 他の何億ものIDに混ざって、とにかく目立たない事が実は最大の防御だ。
 
 白い二重円が囲む赤く点滅するフラグメントのゲートサーバは全てトラップだ。
 そこを通り抜ける事で、敵がそのサーバに誘い込まれる。
 そうすると、そのフラグメントに接続しているほぼ全ての端末から一斉攻撃を受ける事になる。
 身動きとれなくなったところを敵の接続を遡り、IDとアクセスポイントを丸裸にする。
 そのようなトラップサーバを二十ほど経由する。
 準備は整った。
 
 紫色の明滅する輝点に向けてあからさまに集中攻撃を食らわせる。
 猛烈な攻撃に曝された敵は、最初のうち戸惑い、そしてどこから攻撃されているかに気付く。
 この時点で攻撃PGに食われるような低レベルな奴は敵では無い。
 四つの敵の内、一つが脱落した。
 そいつが使用している端末は今頃、攻撃プログラムに食い荒らされて見るも無惨な事になっている事だろう。
 長い時間をかけて色々なツールを導入し、環境を整え、手塩にかけて自分用に育て上げた端末が、一瞬で白痴同然のガラクタに変わる。
 スキルも無いくせに追跡者の真似事をする奴が悪い。
 
 残る三人がこちらに向けて突進してくる。
 引き続き嵐のような攻撃を浴びせながら、撤退する。
 後退するブラソンは、最初のトラップに到達する。
 まずは、小手調べだ。
 フラグメントサーバから大量の攻撃を加えながら、ブラソン自身はそのフラグメントから抜ける。
 大量の攻撃を加えるという高負荷をかけられているフラグメントサーバからは、多くのIDがアクセス落ちを起こしており、ブラソン自身もそのようなアクセス落ちの一人に見せかけて、フラグメントを抜けて次のトラップに移って、高みの見物を決め込む。
 
 三つの紫色の輝点が、猛然と先ほどのフラグメントサーバに突撃する。
 紫の輝点が赤く明滅するサーバのマーカーと重なった瞬間、フラグメント全体が妖しく赤く輝く。
 フラグメントに接続している数百の端末から一斉に飽和攻撃を受けて、二つのIDが瞬時に蒸発するように脱落した。
 同時にIDとアクセスポイントが特定される。
 王宮諜報局と、王宮軍。場所は、王宮の中から。
 まぁ、そうだろうな、と思う。
 多分、残る1つもそのどちらかの筈だ。
 すぐに飽和攻撃を食らわせても良いのだが、少々意地の悪い悪戯心が芽生えた。
 お前、どこまで耐えられる? 俺にどこまで接近できる? お前の死力を尽くして見せてみろ。
 二十を越えるサーバを使って縦深陣のような防御を築いてある。
 お前は幾つ目まで突破できる?
 
 残る最後の一IDに向けて、現在立っている二番目のサーバから攻撃を加える。
 同じ攻撃ではおもしろくない。
 今度の攻撃には今までよりも少々手荒に、直接相手端末を喰い潰すようなものが含まれている。
 IDを剥かれたら一巻の終わりだ。
 
 敵IDはそれらの攻撃を何とかしのぎ、今のブラソンの立ち位置に向けて突進してくる。
 同時にこちらのサーバを潰そうと、飽和攻撃をねらったと思われる大量の攻撃PGが放たれた。
 ブラソンはまたサーバ一つ分退却する。敵はこちらのIDもアクセスポイントも分かっていない。
 攻撃がやってくる方向から、踏み台にしているサーバだけを特定しているだけだ。
 つまり、ブラソンが静かにサーバから抜けて他のサーバに移ってしまえば、全ての攻撃は空振りに終わる。
 今までブラソンが居たサーバに大量の攻撃PGが食らいつく。
 特に迎撃処置をとっていなかったので、サーバは外部から飽和攻撃を受けた状態になり、悲鳴を上げている。
 今頃このフラグメントの管理者は、いわれのない外部からの突然の猛攻撃に悲鳴を上げていることだろう。
 敵IDがサーバにたどり着く。
 先ほどと同様にフラグメントの全端末から一斉攻撃を受ける。
 ただし今度のフラグメントは先ほどの三倍の規模がある。
 三倍の同時攻撃を受けて敵も相当な負荷を受けているだろうが、敵がダウンするよりも先にサーバが落ちた。
 ブラソンは舌打ちしながら、次の攻撃を始める。
 
 今いる隣のサーバから攻撃を開始する。今度は襲いかかるPGのほとんどが、敵IDの接続元のサーバを攻撃する。
 自分のIDを守るための防御陣は展開しているだろうが、ゲートサーバまで防御している奴は少ない。そんなことは、所属するフラグメントのシステム管理者の仕事だからだ。そしてそのシステム管理者は、今まさにブラソンが行っているような仮借のない攻撃を受けることは想定していないだろう。
 先のダウンしたサーバを離れて、今ブラソンがいる隣の攻撃元サーバに飛ぼうとした敵IDは、どうやらそこで自分の接続元サーバが攻撃を受けていることに気づいたららしい。目に見えて突進の速度が落ちた。
 
 さらに反対側の隣のサーバからも攻撃を開始する。これで攻撃の強度は二倍になった。まだ耐えられるか?
 敵IDの動きが殆ど止まった。明らかに、攻撃を捌くのに四苦八苦している様子が分かる。
 ここまでか。では止めだ。
 ブラソンは、さらに今自分がいるサーバからの攻撃を追加する。
 まさに暴風雨のような攻撃を受けて、さしもの敵IDも蒸発した。
 ご愁傷様、だ。
 王宮諜報局。場所は王宮。
 どうやら、王宮はクーデター組織によって殆ど魔窟の様な状況になっているようだった。
 
 余計な悪戯をしていて時間を食ってしまった。マサシが危機だ。
 ミリのIDにマサシが危ないというメッセージを打ち、ブラソン自身は王宮へ飛んだ。
 王宮のネットワークはすでに支配下にある。易々と王宮の中に入り込む。
 マサシのIDを見つけた。
 王宮の中をどこかに移動しているようだ。
 状況からして、どこかに連行されている、という表現の方が正しいのかも知れない。
 
 王宮の物理的地図を展開し、ネットワークと重ね合わせる。
 マサシのIDは、内宮と呼ばれる深部へと到達し掛かっていた。
 内宮とは、王族とその周りの者、一部の政府高官しか侵入を許されていないところのはずだった。
 なぜそんなところにマサシが居るのか。あまり愉快な状況は想像できない。
 王宮内のデバイスに干渉して、マサシの姿を確認しようとする。
 しかし、今マサシが移動している地点の周りには、カメラやスキャナといったデバイスは全く存在しないようだった。
 
 そんな筈はない。王宮の中だ。
 無数の監視カメラが死角無く設置され、一歩歩くごとにスキャナに引っかかってもおかしくない警備レベルの施設の筈だ。
 ブラソンは少し焦る。
 だが、支配できるようなデバイスが周辺に見つからない。
 
 そうしているうちに、マサシのIDはかすれるようにおぼろな輝点に変わっていき、そしてついにはネットワーク上から消失した。
 ミリから『マサシは無事?』という、現状から考えるといささか間の抜けたメッセージを受け取ったのはそのすぐ後だった。
 
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