夜空に瞬く星に向かって

松由 実行

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第一章 危険に見合った報酬

14. 追跡者

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■ 1.14.1
 
 
 ブラソンは、一度破壊した防御壁をまた構築する作業を行っていた。
 今度はMPUもそれほど高速なものではないし、記憶用デバイスも民間企業でごく普通に用いられるような一般的な容量と速度のものだった。
 しかしこの惑星上の主幹ネットワークを実質上すでに手に入れているため、前のものほどハイパワーなデバイスはもうほとんど必要ないのだ。
 今行っている防御壁の構築作業はまた一からやり直しとなったが、ネット上の本拠地防護壁の構築と防衛機能の設置さえ終わってしまえば、すでに手に入れたIDやあちこちに隠し埋め込んであるバックドアを使って大概のことは一般的な速度のMPUで十分可能だ。
 
 今手元にある自分で手に入れたMPUは情報軍に揃えてもらった前のものに比べて非力だが、それで十分だった。
 超高性能のMPUはネットワークを陥落させるために必要であって、一度墜ちたネットワークであればそれほど速度が無くとも問題無い。
 手慣れた手順で防御壁を構築し、監視PG、防御PG等を配置する。
 ほとんど趣味の世界なのだが、防御壁に埋め込まれた監視PGの外観は固定砲台そっくりで、襲撃してくる第三者やPGを迎え撃つための防御PGは、その固定砲台から撃ち出される砲弾のような外観をしている。
 あまり趣味に走って装飾をしすぎてしまい、その視覚効果を再現するためにMPUやチップのリソースを使ってしまって処理速度低下を起こすわけにはいかない。
 しかし、プログラムの外観がどれもこれも球や直方体ばかりでは気分が乗らないし、見間違いを起こし易いのも確かだった。
 
 自陣の構築を終わって、最初に手を着けたのはマサシの存在の確認だった。
 すでに突破している王宮のローカルネットワークに侵入し、マサシのIDを探す。
 マサシのIDは簡単に見つかったが、建物の内部はノードやアクセスポイントが立体的に絡み合っており、物理的に王宮内の何処にいるのかよくわからなかった。
 王宮のネットワーク上で見つけた最新の宮城内部立体図と重ね合わせ、マサシの現在位置が常に分かるようにしておく。
 情報ネットワーク的には現在アクセスしているアクセスポイントが現在位置だが、人間が存在している現実世界はそうではない。
 こうやって現実での現在位置を把握する必要がある。
 なによりブラソン自身、さすがにこうしておかないとマサシの現在位置を把握できない。
 どれだけ情報機器に近い存在のネットワーク上の住人になろうが、やはり現実世界に生きる人間の脳なのだ。
 
 マサシを示す輝点の動きをしばらく観察していたが、時々ふらふらと一人で勝手に宮城内を動いている所を見ると、特に拘束はされていないようだったので安心する。
 同じ部屋に何度も出入りしているのは、たぶん宮城内に自室を与えられたのだろう。
 巧く取り入っているようだ。相棒の見事な成功に思わず小さく笑ってしまう。
 
 マサシのIDに対し再び異常監視用のPGを張り付け、王宮から外に出る。
 先ほどの襲撃で中断させられた、クーデター関連情報の収集を行わねばならない。
 マサシが重要な情報をもたらしてくれたおかげで、決起日が10日前後と分かった。
 あとは正確な時刻の特定と、蜂起する部隊の規模の特定を行わねばならないのだが、残念ながらブラソンは未だネットワーク上にこれと言ってめぼしい情報を見つけられていなかった。
 相棒に負けないように俺も働かないとな、と、機嫌良く少し笑いながらブラソンはハフォン星の基幹ネットワークの大きな流れの中に潜り込む。
 
 ブラソンは、視野の端に小さく開いた黄色いウィンドウに襲撃の前から気づいていた。
 気づいていたが、無視していた。
 確認されたIDは四種。
 いずれも同じアクセスポイントを利用しているのは、ちらと眼を走らせただけで分かった。
 追っ手がかかっている、という警告が表示されているのだった。
 黄色い表示のままであるのは、まだこちらが特定されたものと見なされていない印だった。
 
 すでに手は打ってある。
 特定された瞬間に、基幹システムに直結で繋がっており高速が期待できる民間企業ネットワークに繋がった端末の幾つかから、色々なプログラムが自動で飛び出すように仕掛けてある。
 ブラソンには警告が飛び、相手には防御攻撃型のプログラムが飛び、ダミーがネット上に散らばる。
 これだけ長時間こちらを特定できていないという事は、大した腕の追跡者ではないのだろうが、いつまでもつきまとわれるのにはいらいらさせられる。
 早めに手を打つ方がよいかも知れない、と思って相手を特定する。
 
 幾つかある情報軍の拠点の一つからそのIDは延びていた。
 四つとも同じアクセスポイントを使用しているという事は、四人とも情報軍の関係者だろう。
 要するに、こちらの動きに鈴をつけたい情報軍が追跡者を放ってきたという事なのだと理解した。
 しかし、あまりに技術が稚拙だった。
 この程度であれば彼自身が相手をすることなく、自作のプログラム群が遊び相手になってやれば十分だろう。
 バイオチップを忌み嫌うためか、基本的にハフォンのネット技術は低い。構築されたシステムも、それを使役するオペレータ達も、だ。
 
 情報軍の追っ手という事で少し興味を引かれたブラソンは、そのIDをしばらく観察した。
 四つのIDの内、今現在ネットワーク上で活動しているIDは一つだけだった。
 基幹システムのメンテナンスエリアに入ったり、王宮ローカルネットワークの管理区域に入ったりして、何とか彼の足跡を見つけようとしているのが手に取るように分かった。
 しかしこのやり方では、いつまで経っても彼の尻尾を掴むことは出来ないだろう。
 まるで見当違いの事をやっていた。
 見たところやはり余り害がなさそうなので、そのまま放置することにした。
 黄色のウィンドウを閉じる。
 それよりも、彼を追いかけるのにたった四人しか用意しなかった情報軍の認識の甘さに苦笑いした。
 パイニエにいるときには軍警の対(アンチ)ハッキング部隊数十人で構成された部隊に追い回されたものだった。
 
 俺ののことを甘く見過ぎているのか、それともそもそも最初から諦めているのか?
 いずれにしても、随分な思い違いをした情報軍から、達成することの出来ない任務を押しつけられたオペレータが少々哀れに思えてきた。
 王宮の管理区域に出入りするその小さな黄色い輝点に「がんばれよ」と声をかけてブラソンは王宮を離れた。
 勿論、生身のブラソンが発したその声はネット越しに相手に届く筈はなかった。
 
 
■ 1.14.2
 
 
 キュロブを含めたクーデター派の要人が、始終のべつ幕無しに移動している訳では無い。
 クーデター派の要人用パイロットとしてキュロブに召し抱えられた形の俺だったが、一日の殆どの時間をキュロブの下の雑用係として過ごしていた。
 キュロブの指示で何かの物品をどこかに届けたり、何かを取りに行ったりという、ネットワーク越しでは片が付かない案件について、キュロブの指示に従って雑用をこなす役割だ。
 王宮内の片隅に自室を与えられ、文字通り起きてから寝るまで容赦なく投げ付けられる仕事をこなしていた。
 キュロブが寄越す仕事の関係上、王宮の中のいろいろな場所に出入りするようになったが、しかし数日経ってもまだクーデターに関する情報は何も手に入れられていなかった。
 事が事だけに、適当なところに重要な情報が放置されている訳は無く、そう簡単に情報が手に入る筈は無いだろうと分かっては居ても、クーデター決行日が繰り上がった事を知っているだけに、日に日に焦りが募ってきていた。
 
 キュロブに召し抱えられて三日目、突然格納庫に呼び出された俺は、キュロブから命じられた荷物を総務庁に放り出すと、指示のあった格納庫に急いだ。
 
「遅い。指示があったらすぐに来い。」
 
 まったく無茶を言ってくれる。
 勿論、そんな文句は口に出しもしないし、表情にも表さない。
 なんといっても俺はダナラソオンに洗脳され奴に心酔しているので、奴に近しい者達の指示命令にはきわめて従順に従ってしまうのだ。
 
「申し訳ありません。先ほど言いつけられた荷物の配達をしておりました。」
 
「良いわけは不要だ。シャトル1号機を起動しろ。ダナラソオン師がお見えになったら、すぐに出る。」
 
 キュロブは俺の言い訳を見事にスルーして、新しい仕事を指示してきた。
 しかし、シャトルを起動しろと言われても、俺はこのシャトルを操縦したことがない。
 確かに主にパイロットとして仕事をすることになっているが、操縦したこともないシャトルをいきなり起動しろとはいくら何でも無茶すぎるだろう。
 と思いつつ、シャトルの起動マニュアルを検索する。
 銀河中何処でも似たような機体が惑星周辺宙域の移動用シャトルとして使われている。
 細かな仕様の違いはあるものの、似たような目的に使役される機体の構造と機能はどれも似通っているものだ。
 数十万年もの間繰り返されたモデルチェンジの末、似たような機能の機械は何処の国でも似たような形状と操作に落ち着く。
 何とかなるだろうと安易に考えつつ、目的のシャトル操縦マニュアルをキュロブの下で働くようになってアクセスを許された、王宮内ローカルネットワークの中に見つけた。
 
 部下に色々指示を出しながら立ち話をするキュロブ達から離れ、二機ある内の手前のシャトルに近づく。
 手順書に従い、外部コンソールを呼び出して自分のIDをパイロット登録する。
 シャトルから王宮の管制システムに問い合わせが行き、すぐに認証されてパイロットとして登録される。そのままコンソールを使って、シャトル起動シーケンスを開始する。
 
 ハフォン人はチップをほとんど使わないが、シャトルはチップ持ちに対応しているようだった。
 俺のIDが登録されたとたん、シャトルのシステムがチップ信号入力待ちとなり、接続プロトコルを送ってやると易々と俺のチップを認識して、直接操作できるようになった。これで色々と楽になる。
 30mほどあるシャトルの機体中央より少し機首側にある小型の人員用ハッチを開いてタラップを登り機内に入る。
 シャトルの起動シーケンスが半自動で決まりきったルーチン作業を次々とこなしていく。
 外部パワーの導入、管制システムの起動、パワーコアの起動、ジェネレータの起動、外部パワーの切り離しと、機体各部のセルフチェック、システムスキャンとメンテナンス状況の確認、各種センサーのアライメントと、機体動作部の動作テスト。
 俺が操縦席に付く頃には、起動シーケンスはあらかた終わっており、操縦席前面にしつらえられたHUDにはチェック完了項目がザラザラと流れていた。
 
 さすが王宮軍が保有しているシャトルだけあり、メンテナンス状態は完璧のようだった。
 チェック項目に一つとしてネガティブが付くことなく、チェックシーケンスが終了し、シャトルの起動シーケンスが完了するのと、俺がパイロットシートに着席するのが同時だった。
 外部モニタを入れ、キュロブ達が相変わらず立ち話をしている辺りをモニタする。ダナラソオンはまだ到着していないようだった。
 銀河系全体の一般常識として、政府高官などの偉そうな人間がなぜか好む出入り口である、シャトル後部の大型ハッチを開く。
 機体後部両側に出っ張っているジェネレータユニット格納部の間に挟まれるように存在する大型のハッチの扉が下向きに開き、そのまま接地して搭乗用斜路スロープとなる。
 ハッチが開く音を聞いたキュロブ達が、シャトル脇まで移動してくる。このままハッチを開いておけば、そのうち勝手に乗り込んでくるだろう。
 
 俺はシャトルの機能を把握するのに忙しかった。
 いくら似通った機能、似通った操作方法とはいえ、オートパイロットの設定方法などは国によって、どころか機種によって大きく異なる。
 お偉い方々を不機嫌にさせないためには、連中が搭乗して行き先を告げたらすぐに発進できるようにしておかねばならない。
 オートパイロットの設定などでまごついていたら、間違いなく乗客の皆様のご機嫌を損ねてしまうだろう。
 
 俺がシャトルの操作法の基本的なところをあらかた把握するのと、ダナラソオンが合流したキュロブ達の集団が搭乗してくるのはほとんど同時だった。
 
「マサシ、まずはハフォネミナの225番ピアに行ってもらえるかな。」
 
 操縦席の左側は航海士席で、その後ろから一般乗務員用の席が三列に九席ある。
 その一番前の列にキュロブとダナラソオンが座り、ダナラソオンが俺に行き先を指示してきた。
 
「はい、ダナラソオン様。畏まりました。」
 
 俺はチップからの直接指示で後部ハッチを閉め、シャトルの離陸シーケンスを起動し、それと同時に格納庫の上部開放要求を王宮管制に伝える。
 頻繁に格納庫からの出入りがあるわけではないので、王宮管制は王宮軍が兼務しているようだった。
 格納庫の屋根、つまり上部扉が開放されるのを待って、ゆっくりとシャトルを浮かせる。
 高度100m程度まで上昇する間に、パワーコアの安定性とジェネレータへのパワー供給が安定していることを再確認する。
 シャトル各部の機密確保を確認し、同時にシャトル周囲空域の安全を確認したのちに、格納時には折り畳まれていた安定翼と放熱板を展開し、同時にデブリシールドをシャトルの周囲に展開する。
 
 安定翼と放熱板がゼロ位置に固定されるまでの時間を使ってシャトルの自動操縦システムをイスアナ都市交通管制と接続し、ダナラソオンから指示された行き先であるハフォネミナピア#225までの自動操縦をセットする。
 安定翼と放熱板の展開、シャトル周囲へのデブリシールドの展開が終了し、通常飛行可能の短い電子音が鳴った。
 
「出発いたします。」
 
 一言断り、自動操縦スタートの信号をシャトルの飛行管制システムに送信する。
 断りはしたが、ダナラソオンはキュロブとなにやら話し込んでおり、その他諸々の連中もそれぞれ会話しているため、俺の出発宣言など誰も聞いてはいない。
 そもそもシャトル内部は慣性制御されており、余程の強い衝撃が無い限りは乗員が加減速を感じることは無い。
 シャトルは何の衝撃もなく滑るように動き始め、機首を空に向けると徐々に増速していった。
 ハフォネミナピア#225まで約4万5000km。このシャトルは余り加速性能は高くない。20分程度の飛行だ。
 
 空の色がハフォンに特徴的な緑がかった水色からどんどん濃い藍色に変わっていき、高度30,000mを越えた辺りから星が見え始める。
 高度60,000mを越えると、フロントウィンドウから見えるのはもう空ではなく、星が輝く宇宙空間となった。
 後方には、平面から徐々に球に変化していくハフォンが見える。
 久々の宇宙空間だった。
 銀の砂を一面に散らしたような宇宙空間を眺めていると心が落ち着く。
 ああ、やはり俺は船乗りなんだな、と思った。
 
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