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第一章 危険に見合った報酬
6. Cyber space of Haffon local network
しおりを挟む■ 1.6.1
翌日、ミリから渡された紙の紹介状を持って俺は王宮へ向かった。
俺としては担当者にメッセージを送っておいてもらえれば十分だったのだが、相手が王宮なので古風な紙の紹介状の方が好感を持たれるのだそうだ。
紹介状の差出人はアリマレマ・トレーディングスと云って、大手ではないが、そう言えば名前を聞いたことがあるな、という程度の中堅どころの貿易会社の名前が書いてあった。
封印が押されているため中身までは確認できないが、ありがたくも古参の貿易商社によって王宮に紹介して戴ける栄誉に預かる新興の運輸業者の名前は、『キリタニ運送』という名前になっているはずだ。
この限りなくダサい思いつきの会社名を結局あの女は押し通しやがった。
王宮に向かっているのは俺一人だった。
ブラソンはホテルの部屋でバックアップだ。
奴が腕っこきのハッカーだという話はさすがにハフォン情報軍に把握されていた様であり、はなからバックアップ要員としてカウントされていた。
「あなた、ノバグね。」
ミリからこの名前を聞いたときのブラソンの複雑な表情は見物だった。
「ノバグ」というのは、ブラソンの故郷パイニエで奴がハッカーとして活動していた頃のハンドルネームなのだそうだ。
その名前をいきなり指摘されたブラソンは、こんな銀河の果てで懐かしい名前を聞かされた誇りと、嫌悪と、諦めと、苦笑いと、その他色々な表情がごちゃ混ぜになって、どういう顔をすれば良いのか分からない様な表情をしていた。
ミリは細かいところまで話したりはしなかったが、このハンドルネームを指摘された時点で逃れることは出来ないとブラソンは観念したらしい。
俺のバックアップとしてシステム関連の作業を行うことを承諾し、逆に作業に必要な大量の機材を即納する様にミリに注文していた。
ハンドルネームをいきなり指摘して、ブラソンの鼻を明かしたかの様にちょっと得意げになっていたミリの表情がにわかに曇ったが、特に文句を言うでもなくメモをとっていた。
ブラソンとしては、やるなら本気でやらせて貰う、という意思表示でもあり、そしてミリもそのメッセージを正しく受け取ったのだろう。
「私たちのために働いてくれるのであれば、あなたが誰であろうが関係ない。たとえ、パイニエではほぼ指名手配級のノバグであってもね。むしろ、あなたがこの方面に非常に有能であることが分かって嬉しいぐらいよ。
「安心して。あなたの故郷の警察にチクる様なことはしないから。報酬を値下げしたりもしないわ。そしてこの仕事が上手く終われば、全て忘れてあげる。救国の英雄を告発するわけにもいかないでしょ?」
そのミリの台詞を聞いたブラソンは、皮肉な笑いを浮かべてミリを見ていた。
多分、俺と同じ結論に至ったのだろう。この先強請られるな、と。
それとも、この仕事が終わったときに俺たちが生きていなければ後腐れは無いわけだ、と。
俺たちのどちらも仕事柄、国家権力というものを全く信用していなかった。都合が悪くなれば、彼らの一方的な都合で裏切られるだろう。
ブラソンもバカじゃない。何か手を打つだろう。
■ 1.6.2
王宮前でビークルから降りた。
王宮総務庁は王宮の裏手に有り、ここから歩くとかなり遠い。先に王宮を見ておきたくていったん正面で降りた。
ネットで調べたところ、観光用の王宮見学コースなどは無い様だった。
銀河種族は文化というものに乏しかった。
観光資源を開発して観光客を呼び込む、という考えには至らないのだろう。
国外から観光客がやってくれば、それに紛れてスパイが大量に入り込む、という考えなのかも知れないが。
観光用コースではないが、敷地の中に区切られている一般に許された通路をゆっくりと歩いて王宮を眺めながら裏手に回る。
王宮自体も、地球にある王宮とはかなり趣が異なっている。
華美な装飾があるわけではない。
白い天然石を積み上げた重厚な作りではあるものの、豪勢に意匠を凝らした屋根や柱があるわけではない。
建物自体も四角いビルディング状の建物が中心で、地球の古城や寺院には付きもののドームや飾り窓が付いているわけでもなかった。
それでも、敷地内には沢山の樹木が植えられており、緑に囲まれた白亜の重厚な建物とのコントラストは美しかった。
イスアナの街全体がかなり緑を多く配してある。
緑の多い街中の、特に深い緑に縁取られた白亜の建造物群は、質素ながらもそれはそれで趣があると言えた。
歩いて行くうちに「王宮総務庁」と書いてある建物に出くわした。まだ王宮自体を1/3程度しか回っておらず、十分な觀光は出来ていないのだが。見つけてしまったものは仕方が無い。
俺は数段の階段を上り、扉を開けた。
さぁ、作戦開始だ。
■ 1.6.3
「私が手伝うことはないの?」
手持ち無沙汰のミリがブラソンに声をかける。
ブラソンは部屋の中に運び込まれた机と機材の山の後ろから声を出す。
「無いね。むしろ手伝って欲しくない。物理的でも論理的でも、接続一つ上手くいっていなくて最後の最後で全部台無し、なんてのはイヤだ。そろそろマサシも王宮に入る。こんな立ち上げなんざさっさと終わらせねえと。」
半分は本音、半分は予防線を張っている。
ミリに手伝わせて、自分の知らないところで妙なものを仕込まれるのもいやだった。
ミリにそろえさせたのは、ID無し、もしくはIDがソフト的に書き換え可能な機材だった。
勿論、非合法品だ。
IDが無い分デバイス同士の相互認識が出来ず、接続は全て手動になる。
その代わり、いったん動き始めれば強い。シビアな攻防となったときに、相手方にデバイスのIDを抜かれないのはデカい。
「急いでいるなら余計に・・・」
「分からないか? 邪魔だと言っているんだ。こうやっておまえの相手をしている時間も惜しい。お前もプロならこっちもプロだ。口出しも手出しも無用だ。余計なことをするな。その辺のものに絶対触るな。」
あまりしつこいと、本当に何か仕込む気なのではないかと疑ってしまう。
MPUと記憶デバイスをペアリングする。
MPU周辺はタイムロスを防ぐために量子通信接続で固めてある。大量に買ってこさせた記録デバイス群も同様だ。
ネットへの量子接続用デバイスと電磁接続デバイスをそれぞれMPUに接続する。さらにMPUにインターフェースをペアリングする。
さて、ここからが本番だ。
モニタを兼ねたインターフェースを頭にかぶり、自分のバイオチップとインターフェースをペアリングし、さらにマッチング作業を行う。
ここのところの作業を丁寧に仕上げておかないと、一番手元のところでボトルネックを作ることになる。
マッチングが終了した後、バイオチップ内に格納しておいたアライメントツールをインターフェース側にロードして走らせる。
インターフェースに伴う微調整の演算を全て機械側にさせるためだ。
どんなに頑張っても、人間の脳の演算速度は機械には敵わない。脳細胞を基盤として成長するバイオチップも同様の制約を受ける。
だから、自動化できる処理は全て機械にやらせるのだ。
全てのアライメントが終了し、MPUからの信号をバイオチップに通す。
そして、自作の構造視覚化PG(プログラム)を走らせる。
インターフェースの起動していないHMDに遮られて真っ暗だった視野に、不意に画像が立ち上がる。
実際に見えているわけではない。インターフェースからの信号をバイオチップを通して視覚野に伝えて映像化している。
さらにインターフェースのHMDを起動する。
仮想視野の中にインターフェースのMPUコマンド画面が開き、まるで空中にコマンドが浮いているかのように見える。
これでMPUもこちらに同調した。
さて、準備は整った。
まずは自分の足元を固める必要がある。
どこからアクセスしているのか逆探知できないように防壁と囮をいくつも配置し、防御壁を立ち上げる。
防御PGを多重に立ち上げておき、万が一の時のための最終防衛線を構築する。
そしておずおずと防御壁の外に触手を伸ばす。
ホテル近くのアクセスポイントを少し「撫でて」みる。このノードは余り速度が出ないようだ。
とりあえず足場として確保し、近くの主幹回線を探す。
多分物理的に少し離れたところにあるのであろう上流の回線を見つけた。量子接続なので物理的距離は通信状態に影響しない。
上流のアクセスポイントを主幹として、ホテル近くの回線をサブに回す。サブ回線とメイン回線の両方に防御/防衛PGをばら撒き、常時監視状態にしておく。
デファクトスタンダードとなっている共通言語のPGは、無理無く走らせることが出来る。
さらにアクセスポイントを探り、20個ほどメイン回線を確保したところで一旦接続を解除し、インターフェースを脱いだところに横から声がかかった。
「上手く行ってる?」
邪険にあしらわれつつもまだ部屋の中に頑張っていたミリが、脚を組んで椅子に座り、こちらを見ている。
「なんだ、まだいたのか。」
システムを立ち上げ始めてからまだそれほど時間は経っていないはずだった。
任務遂行上の義務感から、彼女が成り行きを見守っていたとしても不思議ではない。
ミリは今の変装になってから、少々馴れ馴れし過ぎるほどの性格を演じていた。
その不自然な親しさが鼻につき、必要以上に彼女を冷たくあしらってしまっていることは、ブラソン自身も自覚していた。
だが、それを直すつもりもなかった。
所詮はこの仕事の間だけの依頼人と請負人の関係でしかなく、それに彼女は、彼がもっとも嫌っている国家権力の象徴である組織に属していた。
ブラソンは何か言いたげな彼女の視線を完全に無視し、バスルームに入って身体を軽くした。
これからぶっ続けで何時間潜るか分からない。
マサシが抜き差しならない状態にはまりこみ、何時間もトイレ休憩など取れない可能性だってある。
機材のところに戻りヘッドセットを持ち上げたとき、ミリが真っ赤な顔をしてこちらを睨み付けているのに気付いた。
そういえばハフォンの習慣では、異性の前で断りもなくトイレに行くというのは、とんでもなく失礼な行為だったことを思い出した。
それがどうした。
ブラソンはヘッドセットを持ち上げると頭に被せながら言った。
「暇なら、昼飯の用意でもしておいてくれ。今のところ問題ない。今からが本番だ。」
ミリの返事を聞くこともなく、インターフェースを再び開けて仮想の空間に突入する。
すでに砦のようになった自分の陣地が目の前に広がる。
MPUで直接走らせているPG群が辺りを監視している。
まだこの陣地に誰も気付いてはいない。そして気付かれるようなことがあってはならない。
この砦の防壁上に構築された防衛線を使うような事態に陥ってはならない。
文字通り最終防衛ラインなのだ。
追跡者にここに辿り着かれるだけでも酷い失態と言える。
誰にも気付かれないように動き、こじ開け、かすめ取り、そして攻撃する。
それが自分の仕事だと分かっていた。
首都イスアナローカルネットワークのメインストリームに出る。
少し俯瞰する。
データ通信量の多いラインは太く赤く表示される。
メインストリーム近くにID管理用のサーバPGが必ず存在するはずだった。
効率を追求すれば、どこの国のシステムも基本的なところは似た構造をとる。
少し辺りを見回すと、大小さまざまな形と大きさのシステム群に紛れて、サーバPGらしい赤く輝くひときわ大きな球体が見つかる。
近寄っていって辺りを一回りする。
ざっと見たところかなり出来のいいPGで、付け入る隙が見えない。
突破口を探すのは後回しでいい。
同様のサーバが各大都市に一個ずつあるのが普通だ。
この惑星のネットワーク上にどれだけのID管理サーバがあるかは分からないが、通常一惑星に五十~百程度のIDサーバを置くものだ。
刻々と位置を変える個体ID情報を共有するため、各IDサーバは頻繁に情報のやりとりをしている。この辺りをとっかかりにするつもりだった。
イスアナのネットワーク群からズームアウトする。
物理的なイスアナの街全体とほぼ一致する、イスアナのフラグメント全体が見えるようになり、そしてそこから延びるいくつものデータ流が見える。
いくつかある太いデータ流を辿り、隣の都市に移動する。
大体当たりを付けて都市の中心近くを探すと、先ほどと同様の真っ赤に輝く巨大な球体を見つけた。
タグ付けして、さらに隣の都市に移動する。
何度かそれを繰り返した後は、PGを飛ばしてこの惑星上の残りの全てのIDサーバを捜させる。
しばらく観察して最上位のIDサーバを特定すると、やはり首都サーバが最上位であることが分かった。
いきなり最上位サーバに手を付けるのは無謀だ。
一旦地方都市に飛んでそこのサーバを陥落し、ダミー情報を纏って本体を攻めるのがセオリーだ。
通信量が少ないサーバを割り出して接近する。
さて、この先は微妙な技が必要となる。
近隣の都市の防御の薄い小規模ネットワークにいくつか目星をつけ、何種類ものPGをばら撒いて起動させる。
それらのPGの状態を示すウィンドウが何重にも立ち上がる。
ざっと異常が無いことを確認してウィンドウをまとめて隅に押しやる。
先ほどの辺境IDサーバに再度接近し、一回りする。
先ほどあちこちにばら撒いた、自分の周囲を固めるPG群からいろいろなデータを試し撃ちしてみる。
この程度の撫でるような表面的な攻撃はよくあるエラーデータとして処理され、警報を発するようなことはない。
徐々にシステムの外観がはっきりしてくる。
メンテナンス用と思われる幾つものポートが見え、仮想的に扉の形を取って表示される。
二十ほど表示された扉を一つずつ見て歩く。
パスワードロックやIDチェックなどという防御が、巨大な鍵穴であったり、扉の表面に構築された一種のパズルの様なものとして表現される。
大きな扉ほど大量のデータを一度に扱える、すなわち応答の高いポートだ。
そんなところにいきなり食いつくわけには行かない。
最初は地味なところから初めて、徐々に浸食していき、最後に一気に全体を手に入れる、というやり方がブラソンは好みだった。
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