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先生

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 ルーナガート魔導学校はその名の通り魔法を教える学校だ。12歳以上の皇国民であれば誰でも入学できる。文字通り誰でもだ。クロス様のように12歳になったらすぐに入学する貴族が一番多い反面、そうでない学生さんもいる。平民はもちろん、老年の退役騎士とか歳を取って暇になった人なんかも学生さんをしていたりする。門戸が限界まで広い学校なのだ。
 学校の創立者が皇国の伝説的な魔法使いである賢者ライムンドで、彼自身が平民だったことを念頭にすべての皇国民に機会を与えるべく設立されたらしい。

「魔導の神髄を探求し皇国に恵みをもたらす人材を育成する……教育課程は歴史、実践訓練、精霊語、魔力操作、生物学など、か」

 魔導学校の募集要項にはそのようなことが書かれている。冒険者組合でも見かけたことがあるし、身近なところだと本屋さんで配布されている。大事なクロス様をお守りする仕事だから事前に調べられることはしておこうと貰って来たものだ。手に入れた募集要項の中身は応募条件が1行だけで、その他のスペースは魔導学校の絵と説明だった。そして2枚目に入学願書が添えられている。
 それを眺めていると、クロス様と学園生活をしても良かったかもしれない、なんて思い始めてきた。というか、なんでそうしなかったんだろう、俺。クロス様の騎士になることしか考えてなかった。お城に就職して手柄を立てればその機会があるかもなんて考えて、そればっかり目指してた。馬鹿だ。クロス様が入学するタイミングは知ってたんだからそれに合わせて願書を提出していれば、今頃一緒に机を並べて勉強したり課外授業に向けて作戦を練ったりしていたかもしれないのに。

「くっそ、失敗した……」

 願書を握りしめて呻いている俺にカシミロさんが声を掛けてきた。

「レネ大隊長? 何か問題でもありましたか」
「あ、カシミロ副隊長。いや、こっちのことだから気にしないでくだ……気にしないで」

 実はカシミロさんは補給部隊である第35中隊の隊長でありつつ、第7大隊の副隊長でもあった。階級は中尉である。だから本来は俺よりも上の立場で上司のはずなんだけれど、以前から中隊長として対等に接して欲しいと言われていた上、今回俺が大隊長になった際には部下として他の者と同様に扱うよう念を押されていた。俺は出世したとはいえ少尉なのでまだカシミロさんの方が階級は上なんだけどな。まあでも、階級が上の人でも役職が余っていなければ平の騎士をする場合もあるみたいだし、よくあることなんだろう。
 俺がやっていた第31中隊の隊長には別の師団にいた中尉が着任することになって、少尉である俺の下に就くことを嫌がって一悶着あった。でもカシミロさんが

「レネ大隊長、貴方の方が上司なのですからケジメをつけなければ。階級を言い訳にして隊長の命令に背くなんてことがあっては任務に支障をきたしますし、騎士団の名誉ひいては国民の命にもかかわります」

と、青筋を立てながら俺にビシッと言うよう求めてきたので、俺は件の中隊長と決闘することになった。それに無事勝利をおさめ、その人とも仲直りして今に至る。第7大隊の他の騎士たちはこの間の大討伐を共に頑張った仲なので、最初からすんなり受け入れてくれた。パブロ君なんか

「隊長が呼び出された時からそうだと思ってました!」

って言って、他の騎士と一緒になってめちゃくちゃ祝福してくれた。年上の同期なのにいつも褒めてくれてほんと優しいよなあ。

「それは魔導学校の募集要項ですね」

 カシミロさんが俺の手元を覗き込む。

「はい……じゃなかった、うん。今度、魔導学校の学生さんの引率をすることになったからどんなところなのか少し調べてみようと思って」
「ああ、毎年恒例のあれですか」
「知ってるんだ」
「有名な行事ですからね。レネ大隊長は今年入団したばかりですから知らないのも無理はありません。それなのに数か月で私を追い越してしまったのには驚くばかりです」
「ハハハ……」
「そんな顔をしないでください。実力で勝ち取った座ではないですか」

 カシミロさんは俺が上司になったことを全く気にしていないみたいで、凄く優しく微笑んで俺を励ましてくれるので、余計にいたたまれない気持ちになる。でも、彼の気持ちは嬉しい。

「うん、ありがとう」
「それで、件の行事ですが知らなかったということはレネ隊長が希望なさったわけではなさそうですね」
「魔導学校の方から打診されたみたいなんだ。ソースイミヤのクロス様と知り合いだから」
「ソースイミヤ?!」

 カシミロさんはソースイミヤと聞いて珍しく大声を上げた。皇国で一番偉い貴族だからな。さすがに吃驚するよな。

「で、では、やはりあの噂は本当だったのですか?」
「あの噂って?」
「レネ大隊長が騎士選抜試験を受ける際、ミシェーレ家とソースイミヤ家の二つの家から推薦を受けたという噂です」
「えっ、それって噂になってるの? たしかにそうだけど」
「おお……!」

 俺が肯定するとカシミロさんはキラキラした目で俺を見た。誰でも参加できる騎士選抜試験には貴族からの推薦があると試験結果にかかわらず自動的に騎士に内定できるという制度がある。しかも選抜試験を勝ち進んで結果を残すと『騎士』の一つ上の階級『上等騎士』を貰える。俺はその制度を使って上等騎士で入団した。ちなみにパブロ君の階級が騎士である。
 別に最初からそのつもりだったわけではない。普通に騎士選抜試験を受けるつもりでいた俺を知ったジェニーが

「じゃあ、推薦してくれるようにパパに頼んでみるね!」

と、言って推薦状をくれたのだ。まあ、貰えるものは貰っておこうと思っていたら、どうやって知ったのか同じタイミングでソースイミヤ家からも推薦状が送られてきた。冒険者組合に綺麗な刺繍付きの外套をつけたソースイミヤの使者が訪れて俺に渡すよう持ってきたのだと聞いた。クロス様ってば俺の活動を見守ってくれてたのかな。

 カシミロさんはキラキラした目はそのままに俺に詰め寄るようにして言葉を続ける。

「素晴らしいです! 隊長の実力を正しく評価してくれる貴族家があるとは! しかもその二家は名高い家系ではありませんか!」

 どうやらカシミロさんは二家から推薦された俺が凄いと言うより、俺を評価している二つの家が凄いって言ってるみたいだ。たしかに、俺って平民だもんな。実力だけ見て推薦してくれたジェニーとクロス様には感謝しないといけない。

「ありがたいことだよね」
「いえ、ですがそれも当然のことです。隊長は平の騎士に納まるような器ではありません」
「そ、そうかな?」
「もちろんです」

 カシミロさんは納得したみたいにうんうんと頷きながら俺を褒めてくれる。嬉しいけどそこまで言われると照れちゃうな。

「しかし、ここだけの話、あの行事はあまり歓迎される任務ではありませんが大丈夫ですか?」
「そうなの?」
「ええ。魔導学校の生徒は元々貴族が多いですが成績優秀者となるとほとんどが高位貴族になります。貴族は高位であればあるほど気難しかったり気位が高かったりするものですから、我々のような末端の騎士では上手く対応できないこともあるのです。そのため、護衛の任務は希望者から選抜されると言っても毎回人員割れしてしまう状態で、報酬額がかなり高く設定されています。実際、金銭に困ることのない騎士団からはほとんど希望者がなく、冒険者中心の護衛集団になることが多いようです」
「ふーん、そうなんだ。じゃあ、クロス様やジェニーは特別なんだね」
「クロス卿にはお会いしたことがありませんが、ウージェン卿は高位貴族としてはかなり温厚な方ですね」
「クロス様も優しい人だよ。だから今回は大丈夫じゃないかな。そもそも護衛するだけだし」
「たしかにレネ大隊長なら心配ないかもしれません」

 いつも穏やかなカシミロさんが言うくらいだから位の高い貴族は本当に気難しいんだろうな。ミスとかしようものなら大変な勢いで怒られたりするのだろうか。
 前世のゲームでも同じような仕事の依頼があった。受けるタイミングはもちろんプレイヤーに任されているけれど、定期的に冒険者組合に依頼が出されていた。ゲームでは魔導学校の学生さんも一緒に動物の出現する林を移動する。学生さんももちろん魔法で攻撃できるけど基本的に動作が遅く攻撃を受けやすいので、プレイヤーは彼らが倒れないよう守りながら戦うことになる。ゲーム上では魔法の発動に呪文を唱えるのでそれに時間がかかっていたのと、そもそも魔法が発動せず失敗したりすることもあった。学生さんだからな。
 ただ、いざゲームの世界が現実になってみると、そんなことあるかなって思わなくもない。この世界では必ずしも魔法に呪文は必要ない。平民だって平気で手から水を出したりできる世界なのだ。そんな世界で特に優秀だって言われている学生さんがだよ? 簡単な魔法のために一々呪文を唱えたり、ましてや詠唱を間違えたりするものだろうか。クロス様は特別だとしても、その他の学生さんだってそこそこ優秀ならそんなことはありえないと思う。まあゲーム上の演出だから、現実では何か違う形で困難が起こるのだろう。それがカシミロさんの言う気難しい貴族なのかもしれない。



***



 1か月後、俺は魔導学校の正門前にいた。依頼は毎年半年前から出すらしいけど、俺に打診が来たのが1か月前だったのだ。たぶん、大討伐の帰りにクロス様と会えたからそのおかげなんだろう。めちゃくちゃラッキーだったな。

「第5騎士団から参りましたレネ・ルフィーナ少尉です。課外授業の引率を依頼されております」
「伺っています。案内の者を付けますので第3中央講義室へどうぞ」
「ありがとうございます」

 魔導学校は第4騎士団の区域にある。鉄でできた巨大な門の隣に門番のいる小さな部屋があって、そこに話して入れてもらう。入校の許可が下りると巨大な門の下側にある、人だけが通れる小さい扉から中に入れる。魔導学校にも学生寮があるため敷地はかなり広いようだ。俺が知ってる高校の10倍……いや50倍くらいはありそうだ。学校を囲っている塀の1辺が結構長い。通ってるのは貴族だもんな。寮の部屋とか広いんだろうな。
 とは言え、歩いて回れる範囲ではあるので門から校舎まで馬車を使って移動する程ではない。端から端まで行くには自転車とかあれば助かるだろうなと思うくらいだ。

「こちらです。レネ・ルフィーナ少尉をお連れしました」

 第3中央講義室は騎士団の会議室と同じくらい広い部屋だった。横長のデスクが階段状に作りつけられていて、俺が入った入り口は一番前の黒板らしきものがあるところの横だった。案内の人は中にいた先生らしき人物に俺を紹介して去って行った。

「お待ちしておりました」
「レネ・ルフィーナ少尉です。本日はよろしくお願いします」
「レネ少尉が最後ですので、少し早いですが始めましょう。あちらへおかけください」

 どうやって挨拶するのが正解か分からないので、とりあえず騎士団式に左腕を後ろに右手を胸の前で相手に見せるいつもの敬礼をしてみた。先生は特に反応しなかったので騎士である俺はこれで正解なんだろう。示された場所の方を見れば、冒険者らしき格好をした人たちが十数人座っている。階段状になっている沢山の席の一番下の右側だ。その横長の机の左端、階段に接した席とその隣が空いている。どうやらそこが俺のための席のようだ。
 まだ時間には余裕があるはずだから俺が最後だとは思わなかった。冒険者の人たちは随分早めに来たんだな。そう考えながら席に向かう途中、部屋の中央付近の席にかの人を見つけた。クロス様だ。俺は思わず笑顔になってしまうのを堪えつつ視線だけを向けて挨拶を試みる。すぐに目が合った。入室した時から見てくれていたようだ。

 席に着くと既に座っていた冒険者の人たちが俺に会釈してくれた。名誉組合員の俺もさすがに他の冒険者全員を知っているわけじゃない。今回の仕事で顔見知りはいないようだった。

「では、都外での実地訓練について説明します。これから皆さんには事前に選別された5組に分かれて皇都の西にある林に向かっていただきます。冒険者の皆様にはそれぞれの学生組に対し一組ずつ付いてもらい護衛してもらいます。騎士団から来ていただいたレネ少尉には1組の護衛に付いていただきます」

 先生は中年くらいの少しふくよかな女性だ。話しぶりや表情を見ると厳しそうな雰囲気である。静かに先生の話を聞いていた学生さんたちは俺の担当の話を聞いて少しざわついた。たぶん1組がクロス様の組なんだろう。

「静粛に! レネ少尉は騎士としてだけでなくソースイミヤ卿にも認められた確かな魔法の実力をお持ちです。まだ学生である皆さんに比べればはるかに高い地位に就任しておられます。貴族の子女であろうとレネ少尉には敬意を持って接することを忘れないように! もちろん冒険者の方々にも同じく丁重に接してくださいね。あなた方を守って下さるのですから」

 学生さんたちはちょっとざわついただけなのに先生が物凄い剣幕で怒ってくれるものだから少し驚いた。ソースイミヤ卿って言うのはクロス様のことじゃなくてクロス様のお父さんのことだ。認められてるって言うと語弊がある感じがするけど、騎士団へ入るにあたって推薦してくれたのは確かだから間違ってはいない。
 先生が冒険者の人たちにも言及しているところを見るに、カシミロさんが言ってたように護衛の人の言うことを聞かず好き勝手してしまう学生さんが毎年いるのだろう。
 まあでも、よく考えたら貴族の学生さんは12~15歳頃のはずだから多少大人の言うことを聞かないことがあっても仕方がないと思う。

「ではレネ少尉、護衛の皆さんを代表して一言お願いします」
「え、俺……私ですか?」
「はい、どうぞこちらにお立ち下さい」

 俺は何にも聞かされてなかったのに、突然先生に挨拶を振られて吃驚してしまった。隣を見ると一つ席を空けて座っている男性の冒険者さんが『貴方しかいない』とでも言うかのように頷いてくる。騎士は国家公務員なので、冒険者の人たちに比べれば国の偉い人ってことになってしまう。だからこの中で言えば俺が代表みたいになるのは仕方がない。だけど挨拶をいきなり振るのは止めて欲しいな。そんなことを言っても仕方がないので、言われた通りにするけども。
 俺は席から立ち上がって、黒板の前にある教壇に立った。

「ルーナガート魔導学校の皆さん、私は第5騎士団から参りました第3師団第7大隊所属レネ・ルフィーナ少尉です。近頃は獣の大発生により都市間の通行も妨げられていましたが、先日第5騎士団全体で大討伐を行いこの皇都の城壁外は通常の状態へ戻ったと言って差し支えありません。しかし、本来城壁外は危険な状態が通常です。我々が護衛に就くとは言え、優秀な皆さんでも予測できない危険が伴います。一人で獣を討伐できる自信があったとしても、またその経験があったとしても、本日は我々護衛の指示に従っていただきたいと思います。そして、獣の討伐経験がない方は安心してください。我々が必ず守ります」

 挨拶ってこんなもので良いよな。あんまり長々と話しても退屈だし。当たり障りがなさ過ぎた気もするけど。

「レネ少尉、ありがとうございました。それでは皆さん、組ごとに馬車で城門まで移動してください」

 挨拶を終えると先生に促され、俺たちは学校の用意してくれた馬車に乗って第4騎士団が守る城門へ移動した。乗ると言っても、護衛の俺たちは馬車の外側に掴まる形だ。おかげで、同じ組なのにクロス様には声をかける隙もない。
 先生とは城門までで別れることになった。城壁外へ出てからは組ごとに別れて林へ向かうことになる。一組ごとに少しずつ時間を空けて出発する。まずは俺の担当する1組からだった。

「レネ少尉、依頼を受けてくれて感謝する」
「クロス卿! いいえ、大変光栄なことです。この日を楽しみにしておりました」

 城門の外へ出る前、それぞれの組に分かれて自己紹介を行う際にクロス様の方から声を掛けてくれた。一応、騎士団に依頼された仕事で来ているので、あの時のように個人的な接し方をするべきではないと思い公式に使う呼び方をする。それでもこうやって会えたのが嬉しくて、他の人には聞こえないように風の魔法を使って彼の耳にだけ内緒話を届けた。

『やっと一緒に冒険できますね』

 それを聞いて、クロス様は目を僅かに見開いてから薄っすら微笑んでくれる。

「うん」

 そうして小さく頷く13歳の仕草がいじらしくてめちゃんこ可愛くて艶やかな黒髪が煌いて俺の両目を刺す。
 かんわいい! 俺も嬉しいですクロス様! 初めて、いや2回目の共同作業、楽しみですね!

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