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狩人

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「行っちまったな」
「うん」
「何を話してたんだ?」
「秘密!」

 アデマーさんは貴族のメダルのことは知らないようだったし、お忍びのウージェン様が貴族だと広まったら滞在するのに困ると思うので俺は話さないことにした。あのメダルは見せるだけでもレオンの町長さんとかに融通をきかせてもらうことができるのに、それをしなかったんだからそういうことなんだろう。本当に気高い人だなあ。

 俺たちは市場で売ってるサンドイッチを買って食べて日が傾く前に帰ることにした。まだ昼だけど何が起こるか分からないので早めに帰るに越したことはない。
 そうして荷造りをしていると身なりのいい男性が声をかけてきた。どうやらアデマーさんの知り合いで商業組合の人らしい。俺はまた貴族かと思った。

「ラウルさんか」
「どうでしたか今日の売れ行きは」
「ぼちぼちです」

 レオンの街では舐められてるって言ってたアデマーさんだけど、ラウルさんには気を許しているらしく熊の毛皮が売れたことや魔力結晶が売れ残ったことなんかを話した。ラウルさんは凄く人当たりの良さそうな優しい顔で話を聞いている。

「貴方たちには申し訳ないと思っています。私が何か力になれたらよかったのですが」
「いやいや、ラウルさんの責任じゃありませんよ。俺たちの街には何も特別なものがありませんから仕方がないんです」

 眉尻を下げて話すラウルさんに対しアデマーさんは手を振って否定している。どうやらレオンの街で冷遇されている俺たちの狩人組合のことを話しているようだ。フェリペさんが俺に耳打ちしてきた。

「この人は俺たちとも気兼ねなく付き合ってくれる数少ない商業組合の人なんだ」
「ふーん」

 二人とも随分ラウルさんを信頼している様子だ。ただ俺はなんとなく感じるものがあって彼のことを警戒した。前世の記憶だと、こういういかにも人当たりの良いトゲのない会話ができる人こそ、プロの詐欺師だったりしたものだ。良い人そうって言うと語弊があると思う。実際、騙す瞬間までは良い人だからだ。他の人にはできない献身をして絶対の信頼を得てから騙す。だから騙された人も『あの人に限って』とか『何か理由がある』とかって言って騙されたことを認めないことが多い。
 俺が正真正銘の子供だったら分からなかったと思う。でもラウルさんの笑顔と申し訳なさそうな顔に、前世で知り合いだったお局さんの雰囲気を感じてしまったからどうしようもない。あのお局さんは本当に怖かった。優しい口調と人当たりの良さそうな笑顔、そして一緒に仕事する時も気が楽になる助言をしてくれたりして、最初、俺はマジで良い人だと思っていた。だけど、違った。彼女にロックオンされた人間はとことん虐められた。しかも、普通の虐め方じゃない。間違ったことは言わず巧みに正論で責めるものだから、どんなに虐めていても被害者の方が悪者にされる。凄くずる賢くて嫌な人だった。

 まあ、それは俺の前世の記憶だからラウルさんが絶対にそうだというわけじゃない。人は見かけによらないって言うし、偏見は駄目だ。
 そうして無理やり自分を納得させようとしていたらラウルさんが言った。

「良かったらその魔力結晶、私が買いましょうか?」
「良いんですか?」
「ええ、熊の目玉は珍しいですし私もありがたいです」

 買い叩こうとしてるんじゃないかと思って俺はつい警戒を強めてしまう。馬鹿だな俺は。アデマーさんが信頼してる人がそんなことをするわけがないじゃないか。前世は前世。今世とは関係がない。
 動揺している俺を他所に二人の会話は続いていく。

「ただ、今の時期はレオンでも冒険者組合が頑張ってましてね。街で必要な魔力結晶は足りている状態なんです」
「そうなんですか」
「ですから、あえて高いお金を出して買おうとする人は少ないでしょう」
「なるほど、それじゃ売れなくても仕方がないですね」
「でも、持っていて損はありませんし私なら購入できます。本来の価値からは下がりますが一つ20万ソルでどうですか?」
「に、20万?!」

 あ、駄目だこの人、詐欺師だ。金額を聞いて俺は確信した。喜びの声を上げるアデマーさんとは逆に俺は頭が冷えていく。俺だって正確な金額は知らない。本にも実際にいくらで売られているかなんて書かれていなかった。でも20万ってことはないと思う。
 だって、その金額ならウージェン様だって買えたに違いないじゃん。いくら持ち合わせがないって言っても、金貨2~3枚くらいならお付きの人が持ってたはずだ。鉄貨が1万ソル、銀貨が10万ソル、金貨が100万ソルだから。もし20万ソルなら金貨1枚あれば余裕で買えた。そんなウージェン様が買えないって言ったんだから、少なくとも一つは桁が違う金額のはず。
 ただ、俺は迷った。この人はプロだから嘘は吐いてないと思う。恐らく、本当のことを言ってないだけで、レオンで魔力結晶が足りているのも高いお金を出してまで必要としている人がいないのも事実。そしてこの田舎町で売るのだから都で売るのよりも低価格になるのだって当然だ。そして俺たちはここよりも田舎の街出身、多少買い叩かれたって真実を知ることはない。むしろ、いつもよりお金が入って喜んでしまうくらいだ。きっと少しだけお金にがめついだけで、ラウルさんがアデマーさんたちにとって良い取引相手なのは本当のことなんだろう。他の商人たちにはもっと酷い目に遭わされている可能性もある。

 俺が何も言わなければ、ラウルさんとアデマーさんたちの友情が壊れることはない。

「よし、この人に買ってもらおう、レネ」
「……俺、売りたくない。ごめんなさい」
「何?!」

 でも、つい断ってしまった。ラウルさんが不思議そうに首を傾げて俺を見た。その顔はやっぱり悪い人には見えなくて、俺が間違っているのかなって気持ちになる。でも20万で売るなら、ウージェン様に売りたかった。
 そうだよ、今思えば、あの時に彼らがいくら持っているのか聞けばよかったんだ。それで値引きしてその金額で売りますって言えばよかった。タダで売るか、メダルと交換にするかの2択にする必要はなかった。

「おい、レネ。ラウルさんがせっかくこう言ってくれてるのに」
「良いんですよ、彼にとって私は初めて会う人間ですから、何か気に入らないことでもあるんでしょう」

 ラウルさんはアデマーさんを優しくとりなしてくれたがその言い方は俺を悪者にする言い方だった。お局さんと同じ。自分は優しいから許すが相手が悪いことをしている、と言う時の言い方。
 俺は前世を思い出して悲しくなったけど、アデマーさんのためにもラウルさんを敵に回すのは良くないと思った。だから、この場でラウルさんを批難するのは止めた。彼は良い人じゃないけど、悪い人でもない。少なくとも前世のお局さんや他の商業組合の人に比べたら、アデマーさんたちを虐めてない分マシだ。

「実はさっき、これを買いたいって言ってくれた人たちがいて。一つ20万ならその人たちも買えたんじゃないかと思って」
「さっきの子供連れの奴のことか」
「うん。あの人たちは魔力結晶がもっと高いと思ってたみたいだったし」
「あー、確かに貧乏人には見えなかったがな」
「なるほど、そういうことですか」

 ラウルさんは顎に手を当てて納得したように頷いた。俺は何か言われるかもしれないと思って戦々恐々とした。が、ラウルさんはあっさり引き下がってくれた。

「それならその方々に譲りましょう。私のような田舎の商人よりも高く買ってくれるかもしれません」
「ごめんなさい、ラウルさん」

 ラウルさんは『田舎の商人』と言う部分を強調して、後で自分の出した値段が低すぎると非難されても逃げられるようにしたみたいだった。本当に賢くて世渡りが上手そうで、前世を覚えているだけの平凡な俺は怖くて仕方がなくて、震えながら謝った。

「良いんですよ、そんな顔をしないでください。その代わり、また良い物が手に入ったら私に売って下さいね」

 ラウルさんは俺の頭をポンと撫でてにこやかに去って行った。最後まで全然裏を見せなくてマジでプロの詐欺師だった。怖すぎる。もう会いたくない。
 アデマーさんは溜息を吐いて頭を掻きながら言った。

「つってもよ、レネ。あいつらがどこ行ったか分かるのか?」
「自分たちで魔力結晶を探すって言ってたし、林の方にいると思うんだ。門のところの兵士の人に聞いてみようよ」
「子供連れだぞ? そんな危ない真似するか?」
「俺も子供だよ」
「おまえは別だろうが」
「あの子も別かもしれないじゃん。それにアレクシさんが物凄く強いのかも」
「アデマー、どうせ今から帰るところだ。聞くだけ聞いてやればいいだろう」

 難色を示すアデマーさんにフェリペさんが声をかけてくれて、門番の人に話を聞くことができた。ゲームでのウージェン様は魔力結晶を探して獣を狩っているところで主人公と出会うから、俺の予想は間違っていないはず。出会い方がゲームと違うのは移動方法が違ったからだろうと思われる。ゲームの主人公は幼いころから街の外で修行していて、隣町まで一人で出かけたりしていた。俺もしているけど、現実で隣町に入るとなるとゲームとは違った制約があるから仕方がない。ゲームでは身分証明とかしなくても街に入れたからな。

「ああ、その二人ならここから北の方に向かったぞ」

 兵士さんが教えてくれたのは俺たちの街の方角だった。

「やっぱり」
「それなら帰り道に会えるかもしれんな」
「アデマーさん、上から見てきてもいいかな?」
「は? いや、駄目だ。他の街の城壁に登るなんて、兵士に捕まるぞ」
「でも上から見たら見つけられるのに」
「レネ、諦めろ。城壁は認められた者しか登れないものなんだ」

 城壁の上を指さして提案した俺をアデマーさんはもちろん、フェリペさんまで止めたので、城壁に登って探すのは諦めた。上から視力を強化して探したら見つけられると思ったのに。城壁って勝手に登ったら駄目なんだな。
 仕方がないので帰り道に二人を探すことにした。ゲームの主人公が出会ったくらいだから街までの道のりの近くにいるはずだ。俺はフェリペさんに二人を見つけたら止まってくれるように約束して出発した。

 本当は浮遊して空から探したり探知魔法で探すことも考えた。けど、空から探すのも探知魔法を使うのもちょっと目立ちすぎる。姿を隠蔽してこっそり空から探して『あっちにいる!』って伝えるとしてもなんで分かったんだって話になるし、探知魔法は貴族のお付きであるアレクシさんに察知されてしまう可能性がある。俺の魔法なんてありふれたものではあるけれど、さすがに7歳が空を飛んだり探知魔法で人探しをしたりなんて話は聞いたことがない。
 たぶん貴族なら7歳でもできると思う。でも平民は駄目だ。俺は前世の記憶のおかげでむちゃくちゃ練習したからできるけど、普通の平民はそんなに切羽詰まって魔法を練習したりしないんだ。やろうと思えばみんなできると思う。ただ、やろうと思うことが普通じゃないってことだ。

 せめて視覚と聴覚を強化して探しながら進むことにした。
 行きと同じで動物は少ない。邪魔をしてくる動物は前方でアデマーさんが処理してくれている。俺は集中して左右の林を探す。耳も澄ませて獣以外の声が聞こえてこないか探った。
 すると、俺たちの街までの道を四分の一ほど進んだところで右前方に紺色のマントが翻るのを見た。

「フェリペさん! いた! 右前方の林の中!」
「何? どこだ!」

 俺は馬車の屋根から飛び降り脚力を強化して馬車に先行した。

「こっち!」
「おい、レネ!」

 ウージェン様たちは林の中で獣を狩っていた。馬車でも入っていける位置にいたので二人を拾って街に引き返せば良い。
 俺が走っていくと、こちらに背を向けたアレクシさんが大きな鹿を切り倒したところだった。そして、その流れのまま振り向き、俺に向かって素早く剣を向けてきた。

「何者だ!」
「俺だよ! レネ!」
「君は……」
「レネ!」

 同じく剣を持ったウージェン様がアレクシさんの陰から顔を覗かせた。驚いて目がまん丸になって、透き通った青い虹彩が光を弾いている。やっぱりウージェン様も戦えるんだな。

「良かった、見つけられて」
「どうしたの、こんなところに。僕らを探して?」
「実は魔力結晶のことで話があって」

 アレクシさんが一旦剣を収めつつ俺を注意深く見ている気がする。そりゃ怪しむよな。でも俺としてはウージェン様を助けられたらそれで良い。追いついてきた馬車に手を振って、二人に乗るように言った。

「ここじゃ動物が多くて危ないし、馬車に乗ってよ」
「レオンの街で話そう」

 アデマーさんが荷台を指して二人を促す。ウージェン様とアレクシさんは一度顔を見合わせて意思疎通した後、ウージェン様が頷いて返事をした。

 そうして二人を乗せ、レオンの街の城壁近くまで戻ってきた俺たちは、門があるところからは少し離れた場所に馬車を止めた。この辺りなら獣も人もいない。気兼ねなく話すことができる。
 俺は二人に魔力結晶のことを話した。

「一つ20万ソルですって?! そんなバカな!」
「アレクシ、僕は詳しい値段を知らないけど、そんなに安い物なの?」
「ありえません。どんなに小さなものでも200万はくだらない代物です。熊の魔力は強力で長持ちしますから」
「200万?!」

 戸惑っていたアレクシさんだったけど魔力結晶の値段のことを話したら物凄い勢いで憤慨し始めた。買い叩かれていると思ったのは、やっぱり俺の気のせいじゃなかったんだな。値段を聞いたアデマーさんたちも困惑している様子だ。俺は自分の勘が当たったことにホッとしつつ、ラウルさんが悪者にならないようにフォローに回った。

「たぶんだけど、都で売るのと田舎で売るのとじゃ値段が違うんじゃないかな?」
「それにしても……!」
「レオンの街じゃ今は魔力結晶を買う人が少ないらしいんだ。貴重なものだけど田舎じゃそんなに必要とされないし」
「アレクシ、我々とは事情が違うんだよ」
「しかし、ウー……ッ」

 アレクシさんはウージェン様の名前を呼び掛けて口を噤んだ。俺は知ってるけど、アデマーさんたちは知らないしな。

「とにかく、その値段ならアレクシさんたちが買えるんじゃないかと思って」
「確かに一つ20万なら、目玉2つと爪10本全て買ってもおつりがくるくらいの持ち合わせはあります」
「じゃあ全部買う? お友達価格で値引きして200万ソルにしてあげるよ」

 一つ20万で12個240万ソルってことになるけど、金貨3枚出されると60万ソルのおつりを渡さなきゃならなくなる。でも俺たちに60万ソルなんてお金はない。かと言って、おつりがないなんて言うとウージェン様ならおつりはいらないと言ってしまいそうなので、『お友達価格』を強調して商品を詰めた小袋をウージェン様に手渡した。彼がちゃんと家に帰りつくまで、お金はあるに越したことはないだろう。節約してもらわねば。

「お友達価格?」
「うん。友達になった印に安くしてあげる」

 ちょっと苦しい言い訳な気もするけど、俺は7歳だし大丈夫だ。ウージェン様は俺が渡した小袋を見つめて、それから顔を上げて笑った。

「それなら僕も自己紹介しないといけないね」

 ウージェン様は紺色のフードを脱いで、顔を俺たちに晒した。アデマーさんたちが後ろで息をのんだ気配がする。金髪に青い目は珍しいし、ウージェン様くらいになると艶々に手入れされた髪と肌が一目見て平民じゃないって教えてくれる。

「僕の名前はウージェン・アリアーヌ・ミシェーレ。レオンには事情があって寄ったんだけど車に使用していた魔力結晶が使えなくなってしまって困っていたんだ」
「貴族のご子息様でしたか!」

 アデマーさんとフェリペさんが慌てて地面に膝を突く。ウージェン様は微笑んで手を振った。

「止めてください、僕はかしずいてもらうような立場じゃありません。それに今回は皆さんに助けてもらったんですから。レネ、ありがとう。これで家に帰れるよ」
「ううん、すごく困ってたみたいだったから助けられてよかった」
「私からも少しいいですか?」

 ウージェン様にお礼を言われてちょっと照れていたらアレクシさんが彼の隣へ来て俺に向かって膝を突いた。

「レネ殿、私の主人のことを助けていただき本当にありがとうございます」
「えっ、そんな大袈裟な」
「いいえ、大袈裟ではありません。あの市場で出会ったのが貴方でなければ、きっと違った結果になっていたことでしょう。このご恩は忘れません」

 アレクシさんもフードを脱いだかと思うと胸に手を当てて俺に頭を下げた。フードを脱いだ彼は長めの青い髪を後ろで一つに縛った端正な顔の青年だった。耳に白いピアスを着けている。
 俺は困惑した。なんだか不必要に盛大な感謝をされている気がする。冷静に考えてみて欲しい。俺は魔力結晶をちょっとお安く提供しただけだ。いくら貴重品とは言え、探して見つからないものじゃあるまいし。ゲームでだって獣狩りでちゃんと見つかってた。

 そもそもアレクシさんはなんで俺を警戒しないんだろう。俺は多少怪しまれる覚悟でウージェン様を追いかけたのに、全然全く怪しまれないから逆に不安になってきた。さっき初めて会って少し会話しただけなのに、街の外まで追いかけてきて『友達』認定してくる奴とか絶対怪しいだろ。自分のことながら貴族であるウージェン様にあまりにも馴れ馴れしい。
 俺としては、7歳だし、かしこまった話し方ができる方が逆に変かと思ってこういう話し方にしているけど、アレクシさんの立場なら『このお方をどなたと心得る?!』とか言って俺を叱ってもおかしくないよな。というか叱るべきじゃない? なんで普通に感謝してるんだ?
 それとも実際は俺を怪しんでいるけど、だからこそ泳がせようとしているとか? そういうことなのか? どんなに俺が怪しくても貴族のお付きがあからさまに怪しむ素振りを見せるわけにはいかないってこと? プロの余裕? 俺には分からないように警戒しているんだろうか。うーん、そんな気もしてきた。

「えっと、ウージェン様」
「ウージェンって呼んでよ。お友達でしょ?」
「えっ、でも」
「良いから」
「う、ん、分かった。ウージェン、恩とか、そういう風に思わなくて良いからな」
「どうして?」
「だって、変だよ。俺は自分で狩った獲物を売りたい人に売っただけだもん。恩を感じるほど感謝されることじゃないよ」
「でも、僕のためにあそこまで追いかけてきてくれたんでしょ?」
「それは、そうだけど。帰り道だったし。これは恩とかそういうのじゃないと思う」
「僕は助けてもらったら恩返ししたいよ」

 俺は思わず閉口した。
 ウージェン様は小さい頃からウージェン様だった。そんな彼を目の当たりにするにつけ俺は段々恥ずかしくなってきた。だってウージェン様にとって俺は二言三言会話しただけの通りすがりの平民に過ぎないんだぞ。そんな人間にいきなり友達宣言されたにもかかわらず、普通に受け入れて隠していた名前まで教えてくれて絶対恩を返すとまで言ってくれている。アレクシさんはどうか分からないけど、ウージェン様は本気だと思う。
 俺はそんなつもりじゃなかったんだ。ゲームで知ってるキャラクターだったから親近感があったっていうか、マジで友達をちょっと助けるくらいの気持ちで。めちゃくちゃ軽い気持ちだったんだよ。
 一瞬言葉を失った俺をウージェン様はじっと見ていたけど、ふと口を開いて言った。

「レネって本当に気高い人なんだね」
「何言ってるんだよ。気高いのはウージェンの方だろ! 俺は普通だよ」
「レネみたいな友達ができたって言ったらきっとお父様とお母様も喜んでくれると思う」
「ウージェン、『気高い』の意味ちゃんと知ってる?」
「知ってるよ。気高い人は尊いふるまいができる人のことだよ」

 尊いふるまい……? いや、どういうこと? 他人を助けようとしたことかな。でも、そんなこと言ったら俺の街の人みんな気高いことになっちゃうぞ。ウージェン様って天然が入っているのだろうか。ゲームではそんな感じじゃなかったと思うんだが。推しじゃなかったし、俺が詳しく知らないだけだろうか。

「と、とにかく! 俺はウージェンに恩を感じて欲しくないんだよ」
「うーん、レネがそうして欲しいなら努力するけど」
「……そんなに難しいことか?」
「受けた恩は絶対に忘れるなって僕の家の家訓でもあるし」
「俺のは忘れていいの!」
「どうして?」
「えっと、だから……そう! 友達だからだよ!」

 ウージェン様はマジで家族ぐるみで義理堅い生き方を推奨しているんだな。良いことだけどさ、それってこの年齢から叩き込まれなきゃならないことなの? 俺のしたことは恩と呼べるほどのことじゃないって説明してるのに、全然分かってもらえる気配がないから、結局、友達を理由にすることしか思いつかなかった。
 『友達』ってところ、そんなに強調したくなかったのに。ちょっとしたなりゆきって言うか、言葉のあやだったのに。これじゃ、めちゃくちゃウージェン様とお近づきになりたい奴みたいじゃん。余計、怪しいだろ。どうしたらいいんだ。7歳だから良いのか? 許される? 初対面から友達になるのって普通か?
 心の年齢が7歳じゃないから全然分からん。

 頭の中がぐるぐるしている俺はそれを表情に出さないので必死だった。ウージェン様はちょこんと首を傾げているのが凄く可愛い。

「友達だと恩を忘れてもいいの?」
「そうじゃないけど、友達なら助けたいって思うのが当然だから、これくらいのことを一々覚えててお返ししたりしないってこと。友達でいれば、いつか俺がウージェンに助けてもらうことがきっとあるから、今日のことを忘れてても大丈夫なんだよ」
「!! そうか! 本当だね!」
「なるほど、レネ殿の言いたいことが分かった気がします」

 そこまで説明してウージェン様はやっと納得してくれた。なんだかアレクシさんまで一緒になって青天の霹靂みたいな反応をしている。
 こんなこっ恥ずかしい説明をさせられることになろうとは。アデマーさんたちはどう思っただろう。恥ずかしくて顔が見られない。

 ともかく納得してもらえたので、それで二人とは別れることになった。俺たちも早く帰らないと暗くなってしまう。俺はアレクシさんから金貨を2枚受け取った。

「レネはどこに住んでるの?」
「あの門から北に向かったロクテルって言う街だよ」
「じゃあ、今度遊びに行くね」
「えっ、何にもないよ?」
「レネがいるじゃない」
「う、うん」

 俺はもう恥ずかしくてポーカーフェイスじゃいられなくて顔が赤くなったことを覚ったけど、ウージェン様は平然とニコニコしている。さすが攻略対象ウージェン様。あんな恥ずかしいセリフを堂々と言うなんて、ウージェン様だからなせる業だ。

「じゃ、またね」
「うん」

 そのままお互いに手を振って別れたけど俺はこれで良かったのか悶々と悩むことになるのだった。
 帰るため馬車に乗り込む前にアデマーさんが呟いた。

「お貴族様ってのは一々大袈裟なんだなあ」
「うん……」

 良かった。アデマーさんは俺の味方だった。
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