ハーレムの女なのに新しい夫ができました

ぶたこ

文字の大きさ
上 下
3 / 6
紅焔京

1

しおりを挟む
 あの後は何事もなく、麗らかな午後を読書をして過ごし早めにベッドに入ってぐっすり眠るといういつもの日常だった。朝になると私専属の使用人が部屋のカーテンを開けに来る。そうして差し込んでくる太陽たちの光で目覚めるのだ。

清心セイシン、今日は出かけるね」
「仰せのままに」

 使用人は腰を折って礼をすると退室していった。彼の名前は清心と言って、老年の鬼神族だ。服装は鬼神族特有の和服擬きで、裸足なので足音がしにくい。退室したと思っていても、いつも気付かないうちに側に立っていたりする。ちなみに家の中で裸足なのは鬼神族の文化で、私も裸足だ。
 私は煌光族なので鬼神族のような和服は着なくても良いことになっている。と言っても、気付いたら森にいた私は煌光族の伝統的服装なんか知らないので、街の服屋さんで好きな服を特注して着ている。今着ているのは寝間着にしているカップつきキャミワンピだ。肌触りがよくて歩くときに足にするするまとわりついてくるのが気持ちいいお気に入りの服だ。

「うーん、今日も良い天気」

 早朝の冷たい空気を胸に吸い込んで伸びをする。朝食もここで食べよう。

「奥様」
「ん? ありがとう」

 そうしてバルコニーの椅子に座っていると音もなく戻ってきた清心が肩掛けを羽織らせてくれる。これは紅焔がくれた着物みたいな生地の肩掛けで、豪華な華の絵が施されたやつだ。無地のキャミワンピには釣り合ってないけど、朝は必ず持ってきてくれる。
 朝食はご飯に味噌汁、焼き魚に菜っ葉のお浸し。日本食が恋しくならなくて助かる。

「美味しい」
「ありがとうございます」
「はい、今日のお駄賃」
「謹んでお受けいたします」

 私は用意しておいたコインを清心に差し出す。彼は膝をついて両手でコインを受け取った。使用人は紅焔が雇っているので、私からも何か給与的なものを上げたいと思って始めたことだ。そうでないと、清心はあくまでも紅焔のものって感じがして嫌じゃん。お駄賃あげてるからって私のものになるわけじゃないんだけど気持ち的に。 

「今日はどの服にしようかな」

 朝食を終えた私は隣部屋に移動して服を物色した。隣部屋は物置のような衣装部屋のような感じで、私の持ち物は全部そこにぶちこんでいる。
 紅焔から貰った着物擬きも眺めつつ、今日は気分じゃないので洋服を着ることにした。

「やっぱりワンピースが一番楽」
「奥様、今日はどちらに」
「久しぶりに猟業所に行こうかな」

 猟業所というのは魔物の狩猟を専門とする人々をまとめるところだ。いわゆる組合というかギルドってやつ。私もそこに登録しているので、時々気が向いたら猟に出かけたりしている。
 家、と言うかお城の外に出ると、眼下には城下町が広がっている。お城はお山の上にあるので素晴らしい絶景だ。高い塀に囲まれているせいで、部屋からは見られない。

「本日も歩いていかれるのですか?」
「うん、たまには足も使わないとね」

 森で生き抜くためにそれなりの戦闘力を身に付けている私だけど、紅焔と結婚してからはひたすら食っちゃ寝しているので体力の低下が危ぶまれる。そこで、出かけるときはなるべく歩くようにしているのだ。真面目な清心が毎回用意してくれる人力車を断るのはもう慣れた。

「サリーナ!」

 出発しようとしたところへ背後から私を呼び止める声が聞こえる。この声は紅焔だな、と思って振り返ろうとしたら右腕を引き掴まれて後ろへよろめく。

「奥様!」

 よろめくままにドンと紅焔の胸に寄りかかる形になった。清心が少し焦った顔をした後、じろりと紅焔を睨む。

「殿」
「ッ……すまん」

 清心に睨まれた紅焔はたじろいで謝ってくる。私の方へ俯いて顔を寄せるので、清心にではなく私に向かって謝っているのだと分かる。ちょい悪のくせにこういうところがあるので憎めない。それでいて硬派とか訳分からん。
 驚いただけで別になんともなかったので、私は手を伸ばして彼の角を撫でた。彼の角はほんの飾りくらいの大きさなので指先でちょんとするくらいだけど。それが許しの合図だ。

「サリーナ……」

 彼を見上げている私に紅焔は何かを言いたそうなもどかしげな表情をする。それを見てピンと来た。きっと勇者くん関係だな。

「……行くのか、あいつのところへ」
「散歩してくるだけだけど。彼のハーレムの場所知らないし」
「……そ、うか」

 紅焔は不必要なほどシリアスな雰囲気だったけど、彼の言葉をなんとなく予想していた私は被せるように否定した。ファーガスは待っててほしいと言ってたのでそもそもまだハーレムを持ってない可能性すらある。それなのに何を言っているのだろう。まあ、前世持ちの私には分かっている。女に興味がないくせに、勇者くんに負けるのは嫌なのだこの男は。前世の価値観からすると最低でも、私から見れば可愛い。

「そんなに心配しなくても、私がこの快適なお家を手放すはずないでしょ」

 なんだか私まで最低なことを言っているみたいに見えるのは誤解だ。夫のハーレムを褒めるのはこの世界の愛情表現だから。その証拠に紅焔は目に見えてホッとした表情を見せた。すぐに咳払いしてキリッとした顔に戻しながら私から離れたけど。

「じゃあね」
「ああ、気を付けてな」

 そうして、私はやっと出発することができた。

 お山の周りをぐるぐると取り巻いている道は両側に雑木林があり、下からお城まで真っ直ぐ登るのも難しくなっている。緑があって涼しいし、散歩道にはぴったりだ。
 お供は清心だけ。彼は蛇の目傘と呼ばれる和傘を私の上に差して日除けにしてくれている。

「普段は顔も見せないくせに、勇者様が来た途端にこうなんだから。バカねー」

 特に反応を見せない清心に勝手に話しかけながら歩く。こう見えて意外と聞いてくれていて、時折ポツリと返事をしてくれたりするので面白い。私の独り言が多いのは彼のせいでもあるかもしれない。

「奥方様……」
「……奥方様だ……」

 お山の下まで降りてくると通行人が私に気付く。無視するのもあれなので軽く手を振ると、彼らはパッと腰を折って挨拶してくれる。いつものことだ。

 鬼神族の町は紅焔京と呼ばれていて、かなり栄えている。紅焔と同じ名前なのは『紅焔』という名前が代々引き継がれる名前だからだ。紅焔京を治めるお殿様の名前は紅焔様と決まっている。確か今の紅焔が十五代目とかだった気がする。

 目的地の猟業所はお山の麓にあるためすぐに辿り着いた。大事な施設は大抵お城の周りにある。
 清心が暖簾を上げてくれたのを潜ると中から怒鳴り声がした。

「おうおうおう! この俺様に喧嘩を売ろうとは、覚悟はできてんだろうなあ!」
「申し訳ありません! そのようなつもりではっ」

 見れば体格の良い鬼神族の男が同じく鬼神族のこちらは細身の男の首根っこを捕まえて怒鳴り散らしている。恐らく細身の方は猟の依頼をしに来た方で、大きい男の気に障ることでもしたのだろう。鬼神族は他の種族より体格がよく戦闘力に優れているが、その中でもピンからキリまでいる。よく治められた町なのに、鬼神族の性分なのかこんなことは良くある。
 私が近づいていくと猟業所の中にいた従業員や猟師たちが気付いてこちらを見る。だけど怒り狂った男は気付かない。

「奥様、私が」
「平気平気」

 清心が納めようとしてくれるのを手で遮って、私は大きい鬼神族の背後に立った。

「ね、何をそんなに怒ってるの?」
「……ッ!」
「私が代わりに聞いてあげるから、その人を下ろしてあげて」

 男を後ろから抱きすくめるようにして両腕を腹に回し背伸びして耳打ちすると、彼はビクッと肩を跳ねさせて動きを止めた。私の手にある小刀が彼の心臓付近に当たっているので動けなくなるのは当然だ。
 男はそっと持ち上げていた細身の男を下ろし、地面に足をつけた彼は途端に首元を押さえて咳き込んだ。

「あ、あんたは」
「こんにちは」
「控えおろう! こちらにおわすは十五代目紅焔様の奥方、サリーナ様であらせられる!」

 怒っていた男がそろりとこっちを振り向いたので私はさっと離れて小刀をしまった。すると、清心が突然大声を上げて私の前に出る。時代劇を思い出して面白いので、そんな場合じゃないのにいつもニコニコしてしまう。

「ご、ご無礼をお許しください!!」

 男が土下座するのに合わせて、周囲の人々もザザッと両膝をついてお辞儀してくれた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

高身長お姉さん達に囲まれてると思ったらここは貞操逆転世界でした。〜どうやら元の世界には帰れないので、今を謳歌しようと思います〜

水国 水
恋愛
ある日、阿宮 海(あみや かい)はバイト先から自転車で家へ帰っていた。 その時、快晴で雲一つ無い空が急変し、突如、周囲に濃い霧に包まれる。 危険を感じた阿宮は自転車を押して帰ることにした。そして徒歩で歩き、喉も乾いてきた時、運良く喫茶店の看板を発見する。 彼は霧が晴れるまでそこで休憩しようと思い、扉を開く。そこには女性の店員が一人居るだけだった。 初めは男装だと考えていた女性の店員、阿宮と会話していくうちに彼が男性だということに気がついた。そして同時に阿宮も世界の常識がおかしいことに気がつく。 そして話していくうちに貞操逆転世界へ転移してしまったことを知る。 警察へ連れて行かれ、戸籍がないことも発覚し、家もない状況。先が不安ではあるが、戻れないだろうと考え新たな世界で生きていくことを決意した。 これはひょんなことから貞操逆転世界に転移してしまった阿宮が高身長女子と関わり、関係を深めながら貞操逆転世界を謳歌する話。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

女性の少ない異世界に生まれ変わったら

Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。 目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!? なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!! ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!! そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!? これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...