おばあちゃんコンビニ店員岩永さんの日常

梅酒ソーダ

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平等なパレード

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 秋は少しだけお寝坊さんになる。やっぱり気候が丁度良くなってきてすごしやすいからかしら。いつもだったら目覚ましより前にうっすらと意識があるのに、最近だと芋虫のようにもぞもぞと目覚ましを止める。
 寝ぼけ眼でカーテンを開けると、夏よりも優しい日差し。日が昇るのも早くなってきたわね。
 私は今日も仕事に向かうべく身支度を済ませ、ひんやりとした弱い風に頬を撫でられながら、職場へ歩を進めた。
 


 
 
「今日から修行僧がいらっしゃるの?」
「そうみたいっす。なんでも、ちょーギャルなんだとか」
 私はバックヤードでハヤテ君と世間話をしている。彼は噂話をキャッチするのが早いので、老人の私にとってはいい情報源になっているの。
 
「どんな見た目であれ、しっかりお仕事をしてくれるならいいわ。……にしても、今の時期珍しいわね」
 
 私たちが言う「修行僧」とは、「社員になる予定のアルバイトの方が、他店で短期間働くこと」をいう隠語。ハヤテ君が勝手にそう呼ぶようになり、私達も浸透してしまった。社員になるためにはいくつもの基準があり、それを図る為に派遣される。教師で言う「教育実習」みたいなものだ。
「確かに、だいたい年度が変わる前の三月あたりで来たりしますけどね」
 ハヤテ君の言う通り、だいたいそのくらいの時期に修行僧が来ることが多い。だから秋口の今来るのはかなり異例だ。
 
「まあ、何がともあれ来てくれたら温かく迎えてあげましょう。きっとその方も不安だと思うから」
「ウス」
 
 
 *
 
 
 お昼のピークも過ぎ、ようやく一息つく時間になる。さあ、この時間にすっからかんのホットスナックを揚げてしまって、タバコの補充もしてしまおう。
 
「岩永さん、今大丈夫?」
 振り返ると、店長と見知らぬ金髪の女性。もしかして、この方がハヤテ君の言っていた「ちょーギャル」かしら。どうやら顔合わせをさせたいみたいで、レジの端っこに三人詰めつつ話す。
 
「ええ、大丈夫ですよ」
「良かった。こちら今日から二週間社員研修として一時的に派遣になった、金剛(こんごう)シチコさん」
 
「よろしくお願いします」
 金剛さんは深々と頭を下げた。顔を上げた彼女の顔は丁寧に化粧を施している。元々かなりハッキリした目鼻立ちっぽいけど、より際立たせるように努力しているのね、素敵だわ。
「よろしくお願いします。私はアルバイトの岩永です」
 私も礼をする。それから軽く話したあと、店長と金剛さんはバックヤードに戻って行った。
 
「金剛ちゃん、ちょー可愛くないっすか」
 いつの間にかハヤテ君が私の隣にいる。
「確かに、身なりを彼女なりに整えていらっしゃって、素敵だったわね」
「でしょ! しかもなんかあんな感じの見た目なのにすごい落ち着いてていいっすよね。俺もっとキャピキャピしてるのかと思いました。まだ様子見してんのかな?」
 ハヤテ君はいつもより鼻息荒目になっている。しかも何故か得意気だ。
「ありゃ地元にコワモテ彼氏いそうっすよね~」
 ハヤテ君は一人でずっと喋っていて、愉快な子だわ。

 

 

 金剛さんが来てから数日。
 彼女は派手な見た目とは裏腹に真面目に業務をこなす。見た目で判断はしてはいけないけど、ギャップがあってそれもまた良いのでしょう。ハヤテ君はずっとメロメロみたい。だけど遠くから眺めるだけで話しかけようとはしないから、不思議よね。
 だけど仕事のオンオフがしっかりしているのか、あまりフレンドリーに話してくるタイプでは無いみたい。基本的にあちらから話しかけてくることは無いし、ましてやプライベートの話は一切ない。まあ、二週間でここを去ることになるのだから、下手に仲良くなってもしょうがないと割り切ってるのかもしれないわね。
 
 退勤した私はバックヤードのロッカーで身支度をしながら帰る準備をしていた。そこに丁度彼女がやって来た。遅番でこれから出勤なのでしょう。
 
「おはようございます」
 彼女はイヤホンを外しながら私に挨拶し、スマホを取ろうとした時だった。
 
「あっ」
 スマホのイヤホンジャックからイヤホンが抜ける。途端、大音量で音楽が流れた。
 
『But ya gotta be a ghost!  A ghost, a ghost a ghost♫』
 
 彼女は慌てて音量を下げようとする。が、ボタンを間違えたのか音楽はどんどん大きくなる。
「あっ、違う違う」
 今度はしっかりと音を消せたみたい。よほど慌てていたのか、彼女はやや息切れしていた。少し変な間があり、私はちょっと笑ってしまった。彼女も苦笑いする。
  
「すみません、うるさくて」
「いえいえ、大丈夫ですのよ。ところで、素敵な曲ね、今の時期に雰囲気があっているわ」
 ほんの数小節しか流れていなかったけど怪しげな雰囲気がハロウィンのような感じだった。すると途端に彼女はこれまで見た事ないくらい目を輝かせた。
 
「ですよね! これはスプーキー"Boo!"パレードっていう、ディズニーランドで大人気のハロウィンの曲なんです! ゴーストの仮装をしたミッキーたちが練り歩くんですけどそれはもう良くて良くて——」
 
 ……あら? この感じ、デジャブだわ。
 金剛さんはいつもの仕事中の雰囲気とはうってかわり、イキイキと話し始める。まあ、止まらない止まらない。これは、ハヤテ君と同じニオイがするわ。
 私が呆気に取られただ微笑むことしか出来ないでいると、置いてけぼりにしている事に気がついたのか、ハッとして直角のお辞儀をした。
 
「すみませんすみません! つい、熱が入ってしまいました」
 金髪のサラサラとした髪が揺れる。
 
「いいのよ、お好きなのでしょ? もっと聞きたいけど、これからお仕事だろうからまた今度聞かせて」
「はい、ありがとうございます」
 
 金剛さんは細かくペコペコと頭を下げて、バックヤードを出ていった。それと入れ違いでハヤテ君が入ってきた。
 私はポンっと彼の肩に手を置き、こう言った。
 
「貴方と金剛さん、意外と似たもの同士かもしれないわ」
 
 

 
 
 金剛さんが派遣されてから一週間が経った頃。金剛さんとディズニーの話を休憩中にしていた時に、たまたまハヤテ君も聞いてから彼と三人で話すことが多くなった。
 ハヤテ君は最初の頃は遠くから眺めていたものの、今は自分から金剛さんに話しかけに行くようになっている。彼女もディズニーのお話を聞いてくれるハヤテ君のことを良く思ってくれているみたい。とにかく、若者たちが仲良くなって言って、心が温かいわ。
 
 そんなこんなで日々を過ごしてたある日。金剛さんが突拍子もない提案をした。
 
「このメンツでディズニー行きませんか?」
 
 ハヤテ君と私は一瞬固まる。
 
「是非岩永さんにもスプブ……スプーキー"Boo!"パレードを見てほしいんです」
 目力の強い大きな瞳が、じっとこちらを見つめる。ずっと見ていると吸い込まれそうだわ。
 
「俺は……?」
「ハヤテ君は、その、カメラマン要員?」
「俺の扱い雑じゃない……?」
 ハヤテ君は隣でへこみだしている。私は構わないのだけれども、こんな老いぼれを連れて、彼女らは大変じゃないのかしら。
 
「私は同世代の方達よりは体力はある方だけども、こういうのは貴方達若い子同士で行く方が色々楽なんじゃないかしら」
 金剛さんは私がそう言うと、はあー、とため息をつく。
 
「パレード楽しむのに歳とか関係ないですから! パレードを楽しめるようなタイムスケジュールとか場所取りはアタシに任せてください」
 金剛さんはドン、と漢らしく胸を叩く。おお~とハヤテ君はわざとらしく拍手。
「それとも、お身体やっぱりしんどいですか……?」
「いや、そんなことは無いのだけれど……」
 
 結局私は彼女に押されてしまい、今度のお休みに三人でディズニーランドに行くことになったのだった。
 
 

 
 
 ディズニーランドなんて何年ぶりかしら。確かランドができた頃に行った気がするけれど、それも朧気であまり記憶にないわ。
 それに金剛さんから「スプブはまずなんの情報もなく見た方が面白いです、あえて調べたりしないで来てください!」と言われたので何も知らないまま、いまに至る。
 ハヤテ君と金剛さんは電車でランドに直接向かい、私はバスを使ったので、現地で連絡を取り合いながら落ち合った。
 
 ハロウィン期間は年間を通じてもかなり混雑する時のようで、人が溢れかえっていた。それでも嫌な気持ちにならないのは、お迎えしてくださる従業員の方達の素晴らしい笑顔と、このディズニーランドという世界観がそうさせてくれるのだろう。
 
「私は場所取りするんで、お二人はその間アトラクション乗りつつ食糧と水分を確保して来てください!」
 金剛さんはテキパキと仕切る。別行動になるのは行く前にお互い了承済み。しかも金剛さんは私でも分かるように紙のガイドマップを用意してくれて、その中に付箋で『一言メモ』を書いてくれた(今は無きTODAYという紙の地図で、それをわざわざ貸してくださったのよ)。リアルタイムのアトラクション待ち時間はハヤテ君にお任せする。
 こういう細やかな気遣い、事前の準備をしっかりする子なの、素晴らしいわ。きっと社員になっても模範となるお仕事をしてくれるんでしょうね。
 
 数時間私たちはアトラクションを楽しみ、ハロウィン限定のチュロスと、ハンバーガー、ソフトドリンクを買って彼女の場所へ戻った。
 
「お疲れ様です! ご飯ありがとうございます! もうそろそろ始まりますよ!」
 金剛さんは何時間もここで待っててくれたのに、とても笑顔で出迎えてくれた。何回かハヤテ君を通じて「ハヤテ君とチェンジして回る? もちろん、私が待つのもいいわ」と提案したのだけれど、「いえ! 待つのも楽しいし、なかなかお二人は来られる機会も無いはずなので楽しんできてください!」と断られてしまっていたのだ。ハヤテ君は露骨に『金剛ちゃんと二人になりたかったなー……』と呟いていたけれど、『私じゃ満足出来ないの?』と圧を加えて口を閉じさせておいたわ。
 
「は! スプブの音が聞こえる! さあ! しっかり見てくださいね!」
 金剛さんはキラキラの瞳でそう言った。
 
 しばらくすると黒いスーツのような衣裳や、紫色の猫のような衣裳をまとったダンサーの方達が列を成して現れる。皆さん世界観に沿うような表情作りが出来ていて、さすがプロだわ。
 そしてフロートに乗せられたキャラクター達が次から次へと現れる。時々金剛さんの解説を頂いて、手なんか振ってみたりした。するとグーフィーがこちらをみてリアクションを返してくれた。
 
「ギャーッ! グーフィー……ッ!」
 金剛さんはよほど嬉しかったのか胸を押えながら悶絶。確かにキャラクターに反応していただけると、嬉しいわね。
 
 そしてミッキーが現れる。後ろには甲冑姿のダンサーも乗っているのが見えた。
 すると突如甲冑さん達に操られるような動きをしたと思ったら、フロートが停止した。
 
「これですこれこれ! ミッキーの停止位置を取るために場所取りしてたんですよ!」
 どうやらこのパレードではある時に停止をするらしく、各キャラクターの停止位置で壮絶な場所取り合戦が行われるようだ。
 ややミッキーの中心からはズレているものの、遮るものなくバッチリミッキーを見ることが出来た。これも金剛さんのおかげね。
 
 そしてまた動き出し、大名行列は奇妙な音楽とともに熱を帯びていく。
 久しぶりにディズニーランドに来たけれど、これを無料で見られるなんて素晴らしいわ。皆が夢中になるのもよく分かる。
 しばらく私も上質なショーを見る気持ちで楽しく見ていると、あっという間に最後尾の方達がいらしてしまった。
 ホネが透けているような衣裳のダンサーの方達が通り過ぎると、さっきまでパレードをしていたことが嘘だったかのように、一気に道に人が溢れかえる。そしてあっという間にパレードは終わってしまった。
 
「終わってしまったわね……」
 私が名残惜しく一行の背を見ながらそう言うと、金剛さんは
「ほんとに素敵ですよね。何回でも見たくなります。私もこの時期の為にお金沢山貯めますもん」
 テキパキとレジャーシートを片付け身支度を済ませる彼女。
 大人になって中々行く機会がなかったし、あまり興味も持っていなかったから、今日とてもいい刺激を受けられた。それも彼女が誘ってくれたからだ。
 
「金剛さん、今日お誘いしてくれて本当にありがとう」
 私は心からそう伝えた。金剛さんは照れくさそうに「いえいえ」と言い、少し考えるような素振りをした。
 
「パレードって、人々に平等に幸せをくれるものだと思うんですよね」
 思いもよらない言葉だったので、ハヤテ君は驚いている。私も話の続きを待った。
 
「普段人って色んな偏見とか持ったり、持たれたりするじゃないですか。髪色だけでヤンキーに思われたり、初対面の人と話すのが苦手なだけなのに、スカしてるとか。若いのに企業に就職しないでフリーターしててカワイソウなやつだなとか。正直クソですよ」
 金剛さんは拳に力がこもっている。
「でも、パレードって、見ている間は誰もが平等! 誰でも楽しんでいい! 一緒に幸せな気持ちになって、嫌なこと忘れられるんですよ」
 そう言って微笑む彼女。……きっと彼女は、これまで色々他人から言われたことがあって、傷つくことが沢山あったのだろう。それを誰にぶつけるでもなく、ポジティブな方へ昇華していけるのは誰にでもできることじゃない。本当に強い子ね。
 
「今の時期に社員試験受けてるのも、うるせー奴らを見返すなら早い方がいいと思ってしてるんです。フリーターとして色んな仕事をするのもいいけど、頑張りを認められて、誇りを持って仕事をしている姿を見せたい」
 彼女はそう言いきった。
 
「素晴らしい考えね。きっと貴方なら、立派な社員になって、責任ある立場になっても変わらずやっていけるはずよ」
 私はそういった。少し胸がむず痒くなって、二人で笑った。
 
「俺、金剛さんのことめっちゃ誤解してたわ。ほんとにごめん」
 ハヤテ君は謝った。金剛さんは笑って許してて和やかな空気が流れたのだった。
 
 
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