勿忘神社

梅酒ソーダ

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勿忘神社

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 群馬県のド田舎の神社にエマ・ワトソンが居る。
 何を言っているか分からないだろうけど今目の前で起きているんだ。エマはちょうど「ハリーポッターと炎のゴブレット」で舞踏会かなんかの時の薄桃色のドレスを着ていて、より一層違和感があった。
 かく言う私は田舎私立高校特有のダサいえんじ色のブレザーを着ていて、髪はボサボサでどすっぴんでみすぼらしい格好。何度も目を擦ったがやっぱり私に向かって微笑むエマが居る。
 
「お呼びですか? ユキホさん」
 えっ、流暢に日本語喋ってる。それになんで私の名前知ってるんだ? 私は驚きを隠せないが、とりあえず頷く。
 
「私はこの神社の神です。今は仮初の姿として貴方の前に現れています。この姿は貴方が理想とする人の現れなのです」
 エマ改め神は丁寧にお辞儀をした。あぁ、なるほど。私が頭がおかしくなった訳では無いのか。確かにエマ・ワトソンは美の化身で、こうなれたらいいのになと思う人なので妙に納得してしまう。ただガワだけだとしても、エマと話すとなると緊張が解けないので他の姿にして欲しかった。
 
「ところで、今日はどんな記憶を供養して欲しいのですか?」
 神は優しい声でそう聞いた。
 
 ここは"“勿忘神社”。記憶を供養する為の神社と言われている。名前だけ聞くと「記憶を忘れないようにする」為の神社っぽいが、「人間側が忘れたい記憶を、神側は忘れないようにしつつ供養してあげるよ」といった由来らしい。紛らわしいな。
 昔からこの神社には言い伝えがあった。消したい記憶を念じながらお賽銭をすると神が現れてその記憶を消してくれると。私は阿呆らしいと思いながら、ダメ元でお賽銭をした結果、今に至る。
 
 私は拳にグッと力を込め、唾を飲み込む。
「親友との記憶を消して欲しいんです、暁千夏(あかつき ちなつ)との記憶全部」
 神はまぁ、と口に手を当てる。
「親友との大事な記憶、本当に消して良いのですか……?」
「いいんです、もうどうせ死んでるから」
 私は傾く陽を見つめた。
 
 千夏と私は幼なじみだ。物心着いた時から何をするにでも一緒で、同じ高校を進学した。
 だけど半年前、千夏は失踪した。私は失踪する前日も部活帰りで一緒だった。なんてことない会話をして、くだらない事で笑って、本当にいつも通りだったのに。あの千夏が自分からどこかへ行ってしまったとは考えにくい。警察は誰かに連れ去られた可能性があるとして調査してくれた。しかし一向に手がかりは掴めず、なんの進捗もないまま時が流れていったのだった。
 誰もがもう死んでしまったのではないかと諦めムードの中、私は駅でビラ配りやSNSで情報提供を粘り強く呼びかけた。それでもやっぱり何も掴めず、私自身疲労が溜まり、精神が不安定な状態になっている。
 
 こんな辛い思いするなら、いっそ忘れてしまえばいい。そう私は思った。でも眠れぬ夜や、ふとした瞬間に思い出してしまって完全に記憶を無くすことが出来ない。それなら神頼みだけど、行く価値はあるとここに来たのだった。
 
「本当はずっと忘れないであげたほうがいいのだろうけど、それじゃ私が前に進めないんです」
 遠くに見える陽はメラメラと燃える闘志のようだった。それが落ちていく様は自分の大事なものが無くなっていくような気持ちになる。
 
 神は少し考え、何かを決心した。
「わかりました。その記憶、供養して差し上げましょう」
 神は何層もあるフリルを揺らしながらお社の中へいざなう。
 私は恐る恐る歩を進め、社の中に入った。掘っ建て小屋位の小さな社なのに、やけに中は広く見える。部屋の四隅にぼんぼりがあり、中心には緑色の光を放つ祠のようなものがある。
 神はその光を懐かしそうに見つめた後、私に向き直った。
 
「さあ、ユキホさん。貴方がこちらに祈り、その想いを私が祠の中に閉じ込めれば儀式は完了します。ですがその前に」
 神は軽く咳払いをする。
 
「記憶とはすなわち魂です。人の肉体に宿るもので、それが貴方にとって大事な記憶であるほど、あなたから離れた時に人としての大事なものが失われてしまうかもしれない。それでも、この儀式を行いますか?」
 神は儀式を行う為の本人の意思を確かめている。かく言う私は少し迷った。千夏はまだ死んでいると決まった訳じゃない。諦めなければまた一緒に笑い合える日が来るかもしれない。でも——
 
「やってください」
 力強くそう言った。神はそうですか、と小さく微笑む。
 
「では、儀式を行います——」

 

 
 
 何処までも続くような青空。寝ぼけ眼でリビングのテレビを見ていると、朝のニュース番組である事件が取り上げられていた。
 
『半年間失踪した少女 見つかる』
 
 へえ、うちの近くでそんな失踪事件があったんだ。
 私は対して気にもせずシンクで手を洗おうとする。すると両親は朝食に使っている箸をポロリと落とし、勢いよく立ち上がった。
 
「千夏ちゃんじゃない!? これ!」
 母は声を荒らげた。父も何度も頷き息が浅くなっている。両親はそのままテレビに食いつくように近づいていく。
 
 ニュースでは失踪した経緯、少女の状態など事細かに取り上げている。両親は鼻水をすすり、「よかったねぇ」と何度も言いながら涙を拭う。
 母は空になったティッシュをとるついでに振り返る。
 
「アンタ! 千夏ちゃんだよ! ほら!」
 母は真っ赤な目で泣き笑いしていた。
 
 
 
「そっか。で、誰だっけ?」
 
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