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はるまつでんぱち
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生きていれば、誰しも秘密を抱えている。それは君も同じなのだろうか?
君と出会ったのはいつだっただろう。ずっと子供の頃から知ってる気もするけど、初めて話したのは私が高校二年生の時だった。
部活帰りに学校近くのコンビニでダベったあと、駅に向かう。現在二十時。電車が来るまで十五分くらい余裕があった。PASMOをかざして駅構内に入るが、人は一人もいない。いつもどおり私は木製のベンチに腰掛け電車を待つ。
田舎の辺鄙な無人駅。蔦が繁る木製の駅舎と白い駅看板。シンプルでノスタルジックで、ダサくて。周りにはきらびやかなビルや人なんてなく、あるのはどこまでも続く田畑と畦道。ティーンエイジャーにとっては退屈で仕方の無い場所である。
春の暖かい空気が私を包む。夜空にはキラキラと星が光っていた。カーディガン、要らなかったかな。私はおもむろにカーディガンを脱いだ。
「うわ、人だ」
私の隣から声が聞こえた。ハッとその方向へ振り向くと、私と同い年くらいの男の子が立っていた。音もなく突然現れたから私は固まってしまう。心臓に悪すぎる登場である。
見たことない顔。田舎だからだいたい学校にいる生徒の顔は分かる。だけどこの人はさっぱり分からない。とはいえ駅には街灯が一個しかないので、暗くてぼんやりとしか顔が見えなかった。
「どうも……」
人だ、と言われてどう答えていいか分からずとりあえず会釈する。男の子は、あ、いやいやとへりくだりながら隣に座った。
「こんな時間に人がいるの、珍しいなって思って、すみません」
街灯の光で顔がしっかり見えた。切れ長の目に八重歯が特徴的。韓国アイドルでいそうだな、と思ってしまうくらい顔が整っていて、肌が白い。思わず数秒見つめてしまった。男の子は不思議そうに私を見る。
「あの、俺の顔になんかついてますか?」
私はハッとして目線を逸らす。
「すみませんすみません! いや、ここら辺で見ない顔だなぁとか思っちゃって、知り合いにいたっけ~? とか考えてて見つめちゃいましたっ!」
焦って早口で話す。あー、ごめんなさいこんな芋みたいな女が見つめてしまって。気持ち悪いよねごめんなさい。
「あぁ、そういうこと。俺、高校生じゃないしね」
男の子はケロッとした表情で答えた。多分私を高校生だと分かったのは、私が制服を着ているからだろう。男の子は黒いパーカーにジーンズを着ていた。
「……初対面の人に聞かれて不快だったら申し訳無いんですけど、地元の人ですか? それとも観光で来たとかですか?」
こんなイケメンと同じ駅を使っていたら必ず気づくはず。しかも同い年では無いと来たら、他の高校の生徒、という線も消える。
「俺は地元の人だよ。ずっと前からいるよ」
ニコ、と笑って男の子は答えた。ずっと前から、という言い回しになんだか違和感を感じたけどますます気になってきた。
「おいくつですか?」
「三百七十歳」
「お兄さん、真顔で嘘つくのやめてもらっていいですか」
「はは、ほんとだけどなぁ?」
男の子は目を細めて笑う。クールそうな見た目なのに冗談を言うのはかなりギャップ。しかも笑うと八重歯が良く見えて、くしゃっと顔が緩んで眼福だ。
ブォォン。
電車の汽笛が鳴り響く。もう電車が着くみたいだ。私は手荷物を持って立ち上がるが、男の子は立ち上がる素振りがない。
「乗らないんですか?」
「俺はこの一本後に乗るよ」
「一本後って、一時間以上待つことになりますよ?」
「いいのいいの、ほら、もう電車来るから」
私は男の子に背中を押され、無理くり電車の方向へ向かせられた。
どうして一本後に乗るのか、不思議でしょうがなかった。だけど初対面の人にそこまで詮索してもしょうがなかい。とはいえ顔の良さに興奮して、結構質問してしまった気がするが。私は首を傾けながら微笑む彼におじぎだけして、電車に乗るのだった。
*
その次の日。部活が終わったら真っ直ぐ家に帰ると決めていたので、昨日よりもずっと早く駅に着いていた。遠くの山にカラスと夕日が見える。ゆうやけこやけの歌が脳内に流れて口ずさんでみた。
「ご機嫌ですね」
あの声が聞こえる。声の先には昨日と同じ彼がいた。
「すみません、誰もいないと思ってて」
誰もいないことを確認してから歌ってたのに、音もなく彼はいつの間にかいる。私はちょっと不気味だな、と思ったけど、彼の顔の良さでま、いっか、と違和感をしまう。
「その曲、最近の流行りなんですか?」
手を背中で組みながら、彼は私に近づく。
「いえ、どちらかと言えば童謡とか、古臭い感じの歌だと思います、ゆうやけこやけって……」
「ああ、そうなの。どうも色んなことに疎くてね。教えてくれてありがとう」
彼ははにかみながら頭をかいた。都会的な雰囲気があってかっこいいのに、世間知らずなところもあるのがかわいいと思ってしまうのは顔で全てを許してしまっている自分がいるからだろうか。
「そういえば、お兄さんのお名前ってなんなんですか?」
聞きたいことは色々あるけど、名も知らないというのは宜しくない気がしてきた。
「ああ……。常木(つねき)だよ」
「……下の名前は?」
「君結構臆することなく聞いてくるよね、まあいいけど。うーん、コジロウって名前がしっくり来るかなぁ」
常木コジロウ。古風な名前にギャップ萌えを感じる。コジロウがしっくり来るというのはどういうことなのだろう。
「コジロウは本名じゃないんですか?」
「まあ、そんなとこ。その名前が気に入ってるから、それを本名としとくよ」
警戒されていからあえて偽名を教えてるのか、はたまたコジロウがかなりの変人なのか。嘘をついているようでついていなさそうな、なんだかとても独特な空気感だ。でもますますコジロウの事が気になってくる。
「君の名前は?」
コジロウが私に問う。私は悪戯心でコジロウを真似て、偽名を使ってみることにした。
「小野井(おのい) ミラ、だよ」
有名な日本の女優の名前。さすがに偽名だと気づくはず。
「へぇ、素敵な名前だね」
コジロウはなんの疑問も持たずに受け入れる。……もしかして信じちゃってる? でも何となく、別にコジロウの方も本名を言ってないんだし、ネタばらしはいいか、と本名を告げなかった。それにしてもコジロウは、本当に世間のことを何も知らないんだな。
ブォォン。
電車の汽笛が鳴る。夕日に照らされて、黄色い車体が染まっているようにも見えた。
「じゃ、俺はこれで」
コジロウは立ち上がり駅を出ようとする。
「え、ちょっと。乗らないんですか?」
「乗らないよ」
「私と一緒に乗るのが嫌なんですか?」
「違う違う。そういう訳じゃないから」
コジロウは大きな手を私の頭に乗せる。ポンポン、と二回。私は驚きと照れが隠せず、「ええ?」と阿呆な声が出てしまった。
「またね、ミラ」
*
「ツネキ、コジロウ……? 聞いたことないな。それ、ほんとにイケメンだったの? 名前だけだとおじいさんにしか思えないんだけど」
私は友人のアオイにコジロウのことを話した。だけど案の定知らない。それはそうだ。コジロウは偽名で、もしかしたら常木の方も偽名かもしれないから何一つ確かな情報がないから。でもあれだけきれいな顔の男性が田舎の駅を使っていたら、JKなんてたちまち噂にするに違いない。
「やっぱり知らないよね、うーん」
私は頭を悩ませながら、紙パックのミルクティーにストローを突っ込んでごくごく飲む。教室の窓際、カーテンがゆらゆら揺れて、春の生暖かい風が運ばれる。窓際でバーカウンターにでもいるかのように、溝に腕をかけながら話すのが私たちのスタイル。
「そのコジロウって人、いつもアンタが駅で待ってる時に現れるんでしょ。ストーカーとかじゃないよね? ちょっと怖い」
アオイが眉をしかめてストローをかじる。でも直ぐに閃いたような顔をして、
「でもイケメンにストーカーされるならいいか」
とニッコリしてきた。恐ろしいことにJKという生き物は顔が良ければなんでも許してしまう。別に深刻な話では無いからいいけど、本気で悩んでいたらどうするつもりなのか。
「そういえばさ、アンタん家の方の山、テーマパーク出来るらしいじゃん」
アオイがおもむろにスマホを弄り、画面を見せてくる。
二十✕年 冬 ネバードリームランド オープン予定
ネットの記事にはテーマパークのイメージイラストと、この地を選んだ理由とか何とか書かれていた。知らなかった。オープンしたら行きたいな。
「大学生になったら、一緒に行こうね」
アオイはウインクをし、ジュースを飲み干したのか、そのまま教室を出ていったのだった。
*
それから何日かして、私は春休みに入った。部活で試合があるから親に車で送り迎えをしてもらったりする都合、駅を使うことがまばらになった。
コジロウはどうしているのだろう。彼のことを何も知らないけど、気になってしまう自分がいた。恋なのかどうか迷ってしまうような、不思議な気持ち。それでもこんなに彼のことで頭がいっぱいになるのなら、これは恋と呼ぶことにしよう、と一人で決めた。
そんな日々が続いた、四月一日。私は久しぶりに駅を使って出かけるところだった。今日こそ、コジロウが出てくるところを見てやるんだ。いつもは音もなく背後にいるから。
と、心の中で意気込みベンチに腰掛ける。伸びをして空を見上げると、柔らかな日差しと澄み渡る青空。
あったかいなぁ、ぽかぽかだ。
ちょうど良い温度と日差しで、眠ってしまいそうになる。花粉さえなければ最高の季節だ。
「お出かけかい?」
空色のキャンパスに突如現れるコジロウの頭。一瞬光がコジロウで隠れて暗くなる。
「うわ、コジロウ」
私は覗き込まれたことに驚いて、背もたれに預けていた体重を戻してしゃんと座る。
「はは、びっくりした?」
コジロウはくしゃりと笑い、隣に座る。
「そういえば俺、引っ越すことになったんだよね」
コジロウは何処か遠くを見つめそういった。突然のことに私はどう返していいか分からなかった。
せっかく仲良くなり始めたのに、と思う一方、コジロウの事は何も知らないし、知らない方が美しい別れ方なのかな、とも思う。それでもやはり寂しい。
「そうなんですね、何か理由とかあるんですか?」
「んー、俺の住んでる所がテーマパークになっちゃうからさ」
コジロウの横顔には少し哀しみが滲んでいた。口角は上げているけど、目元に元気がない。テーマパーク建設によって、元々住んでいた人達は立ち退きがあるから、コジロウもきっとそれに該当するのだろう。呑気に「テーマパークが出来たら行きたいな」と言っていた自分が少し恥ずかしくなった。
「それは……お気の毒です。次はどこに住むとかもまだ決めてないですよね」
「決めてないよ。でもミラと会えるのも今日で最後かもね」
コジロウは力なく微笑んだ。菜の花が風で揺れている。
「あの、良ければ、LINE交換しませんか、これで最後は嫌です」
私は勇気をだしてそう言った。コジロウは少し面食らったのか、目を見開き、また微笑む。
「それ、よく分からないけど俺に興味があるのかな?」
大人の余裕があって悔しいけど、そうだから。後悔したくないから。
「そうです。だから教えてほしいです」
私は思わず立ち上がって、コジロウをじっと見据えながら頼み込んだ。コジロウのさらさらの黒髪が、風に吹かれている。私を見上げるコジロウは少し悩みながら、ふう、と息を吐いた。
「俺、実は人間じゃないからさ、気持ちは嬉しいけど受け取れないよ」
コジロウは突然そんなことを言い出した。
「……へ?」
「だから俺のことはもう忘れて、年頃の男の子達と仲良くしてあげてね」
コジロウはよいしょ、っと言って立ち上がる。頭一つ分大きいコジロウを見上げると、くすっと笑いだした。何がおかしいのか分からず首を傾ける。
「ふふふ、なーんてね。今日は嘘をついていい日なんだろ?」
コジロウは八重歯を見せて笑う。嘘をついていい日……、四月一日……。あっ。
「今日、エイプリルフール! もぉ! びっくりしたじゃないですか!」
私が肩をどつくとコジロウはケタケタ楽しそうに腹を抱えて笑う。私もつられて笑ってしまった。
「じゃあ、今までの話は全部嘘ですか? それとも人間じゃないってところだけですか?」
コジロウはひとしきり笑って息をつく。
「どうだろうね? ミラに任せるよ」
コジロウの琥珀色の瞳がきらりとひかる。光に照らされると宝石みたいで綺麗だ。
「ほら、電車きたよ」
コジロウが指さす方からは、黄色い車体が近づいてくる。
「今日は電車に乗らない。コジロウについてく」
ちょっと困らせたいなと思い、私は力強くそう言うと、コジロウはニコッと笑った。
「じゃあ俺に着いてきな、追えるもんならね」
コジロウは軽い足取りで改札に向かってかけて行く。私は少し遅れて足を動かした。
改札の門へ五メートル先のコジロウが入って一瞬見えなくなる。私も駆けてすぐに追いついた、はずだった。
いない。人の影はなく、あるのは田端と山々。私は辺りを見回すがコジロウはどこにもいなかった。
「あっ! コジロウ! どこ行ってたんだよ!」
子供らしき声が聞こえてくる。声の方向には小学生男児が茂みに向かってしゃがんで話していた。
私はその子の方へ向かって走る。
ザザザザザ。
「あっ、待てよ!」
私の駆ける音に合わせるように、茂みの音がどんどん離れていく。男の子も小さな身体で追いかけようとするが、すぐに諦めた。
私も息が切れて足を止める。
ザザザザザ。
また音がする。今度は背後から。
振り返るとそこには一匹のキツネがいた。小麦色の身体をこちらに向けて、じっと見ている。琥珀色の瞳がきらりと光ったような気がした。
あの日以来、コジロウには会っていない。あのキツネはコジロウだったのか分からない。だけどまた一人で駅で待っていたらいつかコジロウは来てくれるかもしれないと、今日もどこかで彼の姿を探すのだった。
君と出会ったのはいつだっただろう。ずっと子供の頃から知ってる気もするけど、初めて話したのは私が高校二年生の時だった。
部活帰りに学校近くのコンビニでダベったあと、駅に向かう。現在二十時。電車が来るまで十五分くらい余裕があった。PASMOをかざして駅構内に入るが、人は一人もいない。いつもどおり私は木製のベンチに腰掛け電車を待つ。
田舎の辺鄙な無人駅。蔦が繁る木製の駅舎と白い駅看板。シンプルでノスタルジックで、ダサくて。周りにはきらびやかなビルや人なんてなく、あるのはどこまでも続く田畑と畦道。ティーンエイジャーにとっては退屈で仕方の無い場所である。
春の暖かい空気が私を包む。夜空にはキラキラと星が光っていた。カーディガン、要らなかったかな。私はおもむろにカーディガンを脱いだ。
「うわ、人だ」
私の隣から声が聞こえた。ハッとその方向へ振り向くと、私と同い年くらいの男の子が立っていた。音もなく突然現れたから私は固まってしまう。心臓に悪すぎる登場である。
見たことない顔。田舎だからだいたい学校にいる生徒の顔は分かる。だけどこの人はさっぱり分からない。とはいえ駅には街灯が一個しかないので、暗くてぼんやりとしか顔が見えなかった。
「どうも……」
人だ、と言われてどう答えていいか分からずとりあえず会釈する。男の子は、あ、いやいやとへりくだりながら隣に座った。
「こんな時間に人がいるの、珍しいなって思って、すみません」
街灯の光で顔がしっかり見えた。切れ長の目に八重歯が特徴的。韓国アイドルでいそうだな、と思ってしまうくらい顔が整っていて、肌が白い。思わず数秒見つめてしまった。男の子は不思議そうに私を見る。
「あの、俺の顔になんかついてますか?」
私はハッとして目線を逸らす。
「すみませんすみません! いや、ここら辺で見ない顔だなぁとか思っちゃって、知り合いにいたっけ~? とか考えてて見つめちゃいましたっ!」
焦って早口で話す。あー、ごめんなさいこんな芋みたいな女が見つめてしまって。気持ち悪いよねごめんなさい。
「あぁ、そういうこと。俺、高校生じゃないしね」
男の子はケロッとした表情で答えた。多分私を高校生だと分かったのは、私が制服を着ているからだろう。男の子は黒いパーカーにジーンズを着ていた。
「……初対面の人に聞かれて不快だったら申し訳無いんですけど、地元の人ですか? それとも観光で来たとかですか?」
こんなイケメンと同じ駅を使っていたら必ず気づくはず。しかも同い年では無いと来たら、他の高校の生徒、という線も消える。
「俺は地元の人だよ。ずっと前からいるよ」
ニコ、と笑って男の子は答えた。ずっと前から、という言い回しになんだか違和感を感じたけどますます気になってきた。
「おいくつですか?」
「三百七十歳」
「お兄さん、真顔で嘘つくのやめてもらっていいですか」
「はは、ほんとだけどなぁ?」
男の子は目を細めて笑う。クールそうな見た目なのに冗談を言うのはかなりギャップ。しかも笑うと八重歯が良く見えて、くしゃっと顔が緩んで眼福だ。
ブォォン。
電車の汽笛が鳴り響く。もう電車が着くみたいだ。私は手荷物を持って立ち上がるが、男の子は立ち上がる素振りがない。
「乗らないんですか?」
「俺はこの一本後に乗るよ」
「一本後って、一時間以上待つことになりますよ?」
「いいのいいの、ほら、もう電車来るから」
私は男の子に背中を押され、無理くり電車の方向へ向かせられた。
どうして一本後に乗るのか、不思議でしょうがなかった。だけど初対面の人にそこまで詮索してもしょうがなかい。とはいえ顔の良さに興奮して、結構質問してしまった気がするが。私は首を傾けながら微笑む彼におじぎだけして、電車に乗るのだった。
*
その次の日。部活が終わったら真っ直ぐ家に帰ると決めていたので、昨日よりもずっと早く駅に着いていた。遠くの山にカラスと夕日が見える。ゆうやけこやけの歌が脳内に流れて口ずさんでみた。
「ご機嫌ですね」
あの声が聞こえる。声の先には昨日と同じ彼がいた。
「すみません、誰もいないと思ってて」
誰もいないことを確認してから歌ってたのに、音もなく彼はいつの間にかいる。私はちょっと不気味だな、と思ったけど、彼の顔の良さでま、いっか、と違和感をしまう。
「その曲、最近の流行りなんですか?」
手を背中で組みながら、彼は私に近づく。
「いえ、どちらかと言えば童謡とか、古臭い感じの歌だと思います、ゆうやけこやけって……」
「ああ、そうなの。どうも色んなことに疎くてね。教えてくれてありがとう」
彼ははにかみながら頭をかいた。都会的な雰囲気があってかっこいいのに、世間知らずなところもあるのがかわいいと思ってしまうのは顔で全てを許してしまっている自分がいるからだろうか。
「そういえば、お兄さんのお名前ってなんなんですか?」
聞きたいことは色々あるけど、名も知らないというのは宜しくない気がしてきた。
「ああ……。常木(つねき)だよ」
「……下の名前は?」
「君結構臆することなく聞いてくるよね、まあいいけど。うーん、コジロウって名前がしっくり来るかなぁ」
常木コジロウ。古風な名前にギャップ萌えを感じる。コジロウがしっくり来るというのはどういうことなのだろう。
「コジロウは本名じゃないんですか?」
「まあ、そんなとこ。その名前が気に入ってるから、それを本名としとくよ」
警戒されていからあえて偽名を教えてるのか、はたまたコジロウがかなりの変人なのか。嘘をついているようでついていなさそうな、なんだかとても独特な空気感だ。でもますますコジロウの事が気になってくる。
「君の名前は?」
コジロウが私に問う。私は悪戯心でコジロウを真似て、偽名を使ってみることにした。
「小野井(おのい) ミラ、だよ」
有名な日本の女優の名前。さすがに偽名だと気づくはず。
「へぇ、素敵な名前だね」
コジロウはなんの疑問も持たずに受け入れる。……もしかして信じちゃってる? でも何となく、別にコジロウの方も本名を言ってないんだし、ネタばらしはいいか、と本名を告げなかった。それにしてもコジロウは、本当に世間のことを何も知らないんだな。
ブォォン。
電車の汽笛が鳴る。夕日に照らされて、黄色い車体が染まっているようにも見えた。
「じゃ、俺はこれで」
コジロウは立ち上がり駅を出ようとする。
「え、ちょっと。乗らないんですか?」
「乗らないよ」
「私と一緒に乗るのが嫌なんですか?」
「違う違う。そういう訳じゃないから」
コジロウは大きな手を私の頭に乗せる。ポンポン、と二回。私は驚きと照れが隠せず、「ええ?」と阿呆な声が出てしまった。
「またね、ミラ」
*
「ツネキ、コジロウ……? 聞いたことないな。それ、ほんとにイケメンだったの? 名前だけだとおじいさんにしか思えないんだけど」
私は友人のアオイにコジロウのことを話した。だけど案の定知らない。それはそうだ。コジロウは偽名で、もしかしたら常木の方も偽名かもしれないから何一つ確かな情報がないから。でもあれだけきれいな顔の男性が田舎の駅を使っていたら、JKなんてたちまち噂にするに違いない。
「やっぱり知らないよね、うーん」
私は頭を悩ませながら、紙パックのミルクティーにストローを突っ込んでごくごく飲む。教室の窓際、カーテンがゆらゆら揺れて、春の生暖かい風が運ばれる。窓際でバーカウンターにでもいるかのように、溝に腕をかけながら話すのが私たちのスタイル。
「そのコジロウって人、いつもアンタが駅で待ってる時に現れるんでしょ。ストーカーとかじゃないよね? ちょっと怖い」
アオイが眉をしかめてストローをかじる。でも直ぐに閃いたような顔をして、
「でもイケメンにストーカーされるならいいか」
とニッコリしてきた。恐ろしいことにJKという生き物は顔が良ければなんでも許してしまう。別に深刻な話では無いからいいけど、本気で悩んでいたらどうするつもりなのか。
「そういえばさ、アンタん家の方の山、テーマパーク出来るらしいじゃん」
アオイがおもむろにスマホを弄り、画面を見せてくる。
二十✕年 冬 ネバードリームランド オープン予定
ネットの記事にはテーマパークのイメージイラストと、この地を選んだ理由とか何とか書かれていた。知らなかった。オープンしたら行きたいな。
「大学生になったら、一緒に行こうね」
アオイはウインクをし、ジュースを飲み干したのか、そのまま教室を出ていったのだった。
*
それから何日かして、私は春休みに入った。部活で試合があるから親に車で送り迎えをしてもらったりする都合、駅を使うことがまばらになった。
コジロウはどうしているのだろう。彼のことを何も知らないけど、気になってしまう自分がいた。恋なのかどうか迷ってしまうような、不思議な気持ち。それでもこんなに彼のことで頭がいっぱいになるのなら、これは恋と呼ぶことにしよう、と一人で決めた。
そんな日々が続いた、四月一日。私は久しぶりに駅を使って出かけるところだった。今日こそ、コジロウが出てくるところを見てやるんだ。いつもは音もなく背後にいるから。
と、心の中で意気込みベンチに腰掛ける。伸びをして空を見上げると、柔らかな日差しと澄み渡る青空。
あったかいなぁ、ぽかぽかだ。
ちょうど良い温度と日差しで、眠ってしまいそうになる。花粉さえなければ最高の季節だ。
「お出かけかい?」
空色のキャンパスに突如現れるコジロウの頭。一瞬光がコジロウで隠れて暗くなる。
「うわ、コジロウ」
私は覗き込まれたことに驚いて、背もたれに預けていた体重を戻してしゃんと座る。
「はは、びっくりした?」
コジロウはくしゃりと笑い、隣に座る。
「そういえば俺、引っ越すことになったんだよね」
コジロウは何処か遠くを見つめそういった。突然のことに私はどう返していいか分からなかった。
せっかく仲良くなり始めたのに、と思う一方、コジロウの事は何も知らないし、知らない方が美しい別れ方なのかな、とも思う。それでもやはり寂しい。
「そうなんですね、何か理由とかあるんですか?」
「んー、俺の住んでる所がテーマパークになっちゃうからさ」
コジロウの横顔には少し哀しみが滲んでいた。口角は上げているけど、目元に元気がない。テーマパーク建設によって、元々住んでいた人達は立ち退きがあるから、コジロウもきっとそれに該当するのだろう。呑気に「テーマパークが出来たら行きたいな」と言っていた自分が少し恥ずかしくなった。
「それは……お気の毒です。次はどこに住むとかもまだ決めてないですよね」
「決めてないよ。でもミラと会えるのも今日で最後かもね」
コジロウは力なく微笑んだ。菜の花が風で揺れている。
「あの、良ければ、LINE交換しませんか、これで最後は嫌です」
私は勇気をだしてそう言った。コジロウは少し面食らったのか、目を見開き、また微笑む。
「それ、よく分からないけど俺に興味があるのかな?」
大人の余裕があって悔しいけど、そうだから。後悔したくないから。
「そうです。だから教えてほしいです」
私は思わず立ち上がって、コジロウをじっと見据えながら頼み込んだ。コジロウのさらさらの黒髪が、風に吹かれている。私を見上げるコジロウは少し悩みながら、ふう、と息を吐いた。
「俺、実は人間じゃないからさ、気持ちは嬉しいけど受け取れないよ」
コジロウは突然そんなことを言い出した。
「……へ?」
「だから俺のことはもう忘れて、年頃の男の子達と仲良くしてあげてね」
コジロウはよいしょ、っと言って立ち上がる。頭一つ分大きいコジロウを見上げると、くすっと笑いだした。何がおかしいのか分からず首を傾ける。
「ふふふ、なーんてね。今日は嘘をついていい日なんだろ?」
コジロウは八重歯を見せて笑う。嘘をついていい日……、四月一日……。あっ。
「今日、エイプリルフール! もぉ! びっくりしたじゃないですか!」
私が肩をどつくとコジロウはケタケタ楽しそうに腹を抱えて笑う。私もつられて笑ってしまった。
「じゃあ、今までの話は全部嘘ですか? それとも人間じゃないってところだけですか?」
コジロウはひとしきり笑って息をつく。
「どうだろうね? ミラに任せるよ」
コジロウの琥珀色の瞳がきらりとひかる。光に照らされると宝石みたいで綺麗だ。
「ほら、電車きたよ」
コジロウが指さす方からは、黄色い車体が近づいてくる。
「今日は電車に乗らない。コジロウについてく」
ちょっと困らせたいなと思い、私は力強くそう言うと、コジロウはニコッと笑った。
「じゃあ俺に着いてきな、追えるもんならね」
コジロウは軽い足取りで改札に向かってかけて行く。私は少し遅れて足を動かした。
改札の門へ五メートル先のコジロウが入って一瞬見えなくなる。私も駆けてすぐに追いついた、はずだった。
いない。人の影はなく、あるのは田端と山々。私は辺りを見回すがコジロウはどこにもいなかった。
「あっ! コジロウ! どこ行ってたんだよ!」
子供らしき声が聞こえてくる。声の方向には小学生男児が茂みに向かってしゃがんで話していた。
私はその子の方へ向かって走る。
ザザザザザ。
「あっ、待てよ!」
私の駆ける音に合わせるように、茂みの音がどんどん離れていく。男の子も小さな身体で追いかけようとするが、すぐに諦めた。
私も息が切れて足を止める。
ザザザザザ。
また音がする。今度は背後から。
振り返るとそこには一匹のキツネがいた。小麦色の身体をこちらに向けて、じっと見ている。琥珀色の瞳がきらりと光ったような気がした。
あの日以来、コジロウには会っていない。あのキツネはコジロウだったのか分からない。だけどまた一人で駅で待っていたらいつかコジロウは来てくれるかもしれないと、今日もどこかで彼の姿を探すのだった。
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空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
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