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とりあえずビール
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大人になれば、勝手にお酒が好きになり、勝手にアルコールに慣れると思っていた。
だけど実際はそんなことはなく、飲まなきゃ慣れないし、「あ、今日お酒飲みたいな」と思うことなんて年に数える程しかない。なんなら日本茶やコーヒーの方が飲みたいと思う時の方が圧倒的に多い。
私は、未だに「とりあえずビール」が出来ない。だって苦くて美味しくないし、疲れた時は激甘ジュースを飲んだ方が脳みそに糖が送られてる感じがして好きだもの。
だけどたまに、挑戦はする。それは祖父の影響でだ。
祖父は酒に飲まれてしまうタイプの典型例。なのに毎日「金麦」を飲んでいた。小学生のころ、学童に行っていなかった私は、母の仕事が終わるまで祖父の家に預けられていたが、ニュースエブリーが始まる頃に「カシュッ」とビールを開ける音をよく聞いていた。
祖父は美味そうにその苦い酒を飲む。ツマミはマグロの刺身、さきいか、ナッツ、柿の種が多かった。時々美味しそうに飲むなあと眺めていると、「飲むか」とはにかんだ笑顔をして勧めてきたことがある。もちろん未成年だから飲むのはダメなことを承知していたし、「大人になってからじゃなきゃ口にしちゃダメ」という自制心もあったので断っていた。
好き勝手な暮らしが祟ったのか、私が高校生くらいになる時には色んな病気をしていた。病気が悪化してきた頃はさすがに飲むのを控えたりしていたみたいだが、良くなるとすぐまた金麦を飲み出す。私は祖父のワガママで、他人に迷惑をかけているのに頑なに謝らないところにほとほと呆れていたので、「アル中かよ」と心の中で見下していた。
私が大学生になり、ガンが悪化してビールはおろか、食事もままらならなくなったときには、毎日見ていられないくらいに辛そうにしていた。薬が効いてきて、険しい顔が取れてすやすやと眠っている時、寝言で
「とりあえずビール」
と呟いていた。それが祖父の元気(?)な姿を見た最後の時だった。
祖父が亡くなってから、私は何度か夢を見た。身内が死ぬのは初めてで、相当精神的に落ち込んだのもあるのだろう。焼却炉に入れられる花に囲まれた祖父の棺のシーンを何度も見ていた。
だけど、ある日から夢に出てこなくなった。ちょうど四十九日を過ぎた頃、私は青空の下、花畑に囲まれた無人駅のホームでぽつんと一人座っている。するとどこからか祖父が現れたと思ったら、祖父はかなり見た目が変わっていた。
黒髪オールバックだったのが茶髪のノーセットヘアに。チェックの長袖シャツを着ていたのが、質の良さそうなブラウスに。なんというか、第二の人生を謳歌しているみたいな、柔らかい雰囲気になっていた。驚いた私は話しかけると、
「俺は向こうで上手くやってる。だから心配するな」
と、見たことないくい優しい顔をしていた。それから祖父は古めかしい列車が到着したらそれに乗って、花畑の先へ行ってしまった。不思議と「行かないで」とは言わなかった。
その夢を見たあとは、ぱたりと出てこなくなった。きっとあの列車は、天国行きだったのだろう。最期に会いに来てくれてよかった。
祖父が亡くなったあと、時々金麦を買ってみたりしている。グビっと飲むと、やっぱ苦い。全然美味しくない。だけどこのアルコールと苦い香りが、祖父との思い出を繋ぐ大事なものになっている気がする。
もう少し歳を重ねたら、美味しいと思えるのだろうか。
私が「とりあえずビール」と思える日はまだ遠そうだ。
だけど実際はそんなことはなく、飲まなきゃ慣れないし、「あ、今日お酒飲みたいな」と思うことなんて年に数える程しかない。なんなら日本茶やコーヒーの方が飲みたいと思う時の方が圧倒的に多い。
私は、未だに「とりあえずビール」が出来ない。だって苦くて美味しくないし、疲れた時は激甘ジュースを飲んだ方が脳みそに糖が送られてる感じがして好きだもの。
だけどたまに、挑戦はする。それは祖父の影響でだ。
祖父は酒に飲まれてしまうタイプの典型例。なのに毎日「金麦」を飲んでいた。小学生のころ、学童に行っていなかった私は、母の仕事が終わるまで祖父の家に預けられていたが、ニュースエブリーが始まる頃に「カシュッ」とビールを開ける音をよく聞いていた。
祖父は美味そうにその苦い酒を飲む。ツマミはマグロの刺身、さきいか、ナッツ、柿の種が多かった。時々美味しそうに飲むなあと眺めていると、「飲むか」とはにかんだ笑顔をして勧めてきたことがある。もちろん未成年だから飲むのはダメなことを承知していたし、「大人になってからじゃなきゃ口にしちゃダメ」という自制心もあったので断っていた。
好き勝手な暮らしが祟ったのか、私が高校生くらいになる時には色んな病気をしていた。病気が悪化してきた頃はさすがに飲むのを控えたりしていたみたいだが、良くなるとすぐまた金麦を飲み出す。私は祖父のワガママで、他人に迷惑をかけているのに頑なに謝らないところにほとほと呆れていたので、「アル中かよ」と心の中で見下していた。
私が大学生になり、ガンが悪化してビールはおろか、食事もままらならなくなったときには、毎日見ていられないくらいに辛そうにしていた。薬が効いてきて、険しい顔が取れてすやすやと眠っている時、寝言で
「とりあえずビール」
と呟いていた。それが祖父の元気(?)な姿を見た最後の時だった。
祖父が亡くなってから、私は何度か夢を見た。身内が死ぬのは初めてで、相当精神的に落ち込んだのもあるのだろう。焼却炉に入れられる花に囲まれた祖父の棺のシーンを何度も見ていた。
だけど、ある日から夢に出てこなくなった。ちょうど四十九日を過ぎた頃、私は青空の下、花畑に囲まれた無人駅のホームでぽつんと一人座っている。するとどこからか祖父が現れたと思ったら、祖父はかなり見た目が変わっていた。
黒髪オールバックだったのが茶髪のノーセットヘアに。チェックの長袖シャツを着ていたのが、質の良さそうなブラウスに。なんというか、第二の人生を謳歌しているみたいな、柔らかい雰囲気になっていた。驚いた私は話しかけると、
「俺は向こうで上手くやってる。だから心配するな」
と、見たことないくい優しい顔をしていた。それから祖父は古めかしい列車が到着したらそれに乗って、花畑の先へ行ってしまった。不思議と「行かないで」とは言わなかった。
その夢を見たあとは、ぱたりと出てこなくなった。きっとあの列車は、天国行きだったのだろう。最期に会いに来てくれてよかった。
祖父が亡くなったあと、時々金麦を買ってみたりしている。グビっと飲むと、やっぱ苦い。全然美味しくない。だけどこのアルコールと苦い香りが、祖父との思い出を繋ぐ大事なものになっている気がする。
もう少し歳を重ねたら、美味しいと思えるのだろうか。
私が「とりあえずビール」と思える日はまだ遠そうだ。
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