理系屋さん~理系女子と騎士のほのぼの事件簿~

小西あまね

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2章 爆発な事件

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 コーエンに連れられ工場の敷地へ入ると、人がごった返していた。鉱山の爆発事故の話はもう広まっているのだろう。
 コーエンの騎士団の制服のお陰で道を空けてもらい、作業室の一つに入った。
 作業台の上が片付けられ図面を広げ、労働者達が頭を寄せ合い、活発すぎる勢いで議論していた。ここが事故対応本部になっているらしい。

 そこに思いがけない人物がいた。
 艶やかな長い焦げ茶の髪を一つ結びにした、穏やかそうな白晰の美貌。男爵令息ウィルフリードだ。
 ごった煮な人々の中、姿勢のよい立ち姿でそこだけ涼やかな空気が流れているかのように目立つ。
 彼がコーエンに連れられたベルティーナに気付き、目線で招かれ近くへ行く。
「ありがとう来てくれて。貴女の意見も聞きたかったんです。皆で知恵を出し合う必要があるので」
 相変わらず丁寧な物腰の紳士だ。
 鉱山のことなら労働者達の方が専門家だが、ベルティーナも何か役に立てるならぜひ参加したい。

 しかし、そういう場なら必ずいなければならない筈の人物が見当たらない。
「--事業所長は?」
「父の付き添いの名目で医務室に行ってもらってます。正直、一刻を争うこの場に彼がいても邪魔になるだけだから」
「付き添い? 男爵に何か?」
「爆発騒ぎに驚いて、走って転んで怪我をした。場内は足場が悪いし、石炭の粉があちこちに積もって滑りやすいのに。しかも年だから骨折したらしくて」
 ベルティーナは薄情にも『うわぁ、この非常時に余計な手間が』と真っ先に頭を掠めたが、口に出しては、それは大変でしたね、と言うにとどめた。

 事故対応はなんと、ウィルフリードが指揮をとっていた。そして現場監督はウィルマで、図面を囲む人々の真ん中できびきびと発言している。
 坑道内部には少なくとも8人が閉じ込められているらしい。生死は不明。
 既に崩落部分には人をやり、瓦礫の撤去を進めているが、狭くて沢山の人は送り込めない。それに二次災害の可能性があるため慎重に作業する必要がある。
 その作業と並行して、ここでは事故の全体像を把握する情報収集をしたり、他に早さ、安全性、有効性が高い救助方法がないか検討したりしているそうだ。


 最も鉱山に詳しい経験者達を優先して作業台のすぐ回りに置いて議論しているので、ベルティーナは少し離れた所にコーエンと立つ。
「--エルンストはどうして坑道に入ったのでしょう。部外者立入禁止だった筈なのに。」
「事業所長が難癖つけたからでしょう」

 報告会で男爵が退室した後、事業所長は、坑道をベルティーナ達が直接確認せず、聞き取りを根拠にしたことにも難癖をつけた。所詮頭の悪い労働者が言っているだけのことで、根拠にならないと。
 立入禁止という工場側のルールを守るにはそれしかなかったと言うと、特別に申請したら入れてやったのにそれをしなかったお前達が悪い、と事業所長は嘯いた。
 勿論そのような例外規定は存在しない筈だが、事業所長は自分の権限でやれると言い張った。
 なら俺が入っていいんだな、勿論いいぞ、と売り言葉に買い言葉……という展開だったらしい。
 コーエンが止めに入った頃は最早口喧嘩になってしまいベルティーナの手を離れてしまったので、あまりよく聞いていなかった。

 コーエンは苦笑しながら言う。
「貴女の名誉を回復したい。貴女の優れた功績が、きちんと労働者達や世の中のために生かされないなんて間違っている、と大変憤っていましたから」
 ベルティーナは目が熱くなって、涙が溢れないように瞬きした。
「エルンストらしいですね」
「うん、エルンストらしい」
 そんな彼だからこそ、ベルティーナもコーエンも彼を好ましく思うのだ。


 爆発原因は現時点不明。しかし爆薬は事業所長が返品して現在ここにないので、粉塵爆発かガス爆発か。崩落音等で誤認されただけで、爆発でなく単純な落盤事故である可能性も排除できないとのこと。

 エルンストは粉塵爆発の裏付けをしようとしていたのだから、石炭粉が溜まった辺りを調べようとしただろう。そこが崩落したのなら、粉塵爆発の可能性がそれなりに上がる。

 粉塵爆発の直後は、一酸化炭素中毒が起こる危険がある。
 密閉空間で起こる爆発なので、可燃性の粉が一斉に燃える時、酸素を使い果たして不完全燃焼するためだ。
 爆発から助かっても、一酸化炭素中毒で亡くなってしまう例も多い。
 生存者はいるのか。そして、今生きていたとしても--救助が間に合うのか。気ばかり焦る。


「換気孔から声が聞こえた!」
 駆け込んできた人の声に、作業室の人間が一斉に振り返る。
 鉱山の山中には、内部の坑道から抜ける換気孔がいくつかある。そこから煙が出たり換気ダクト周囲が崩落していたりと、何か内部の状況がわかる情報が得られるかもしれない、と調べに行っていた者達だ。
 まず少年が気付き、一緒にいた大人も確認したという。
「人の声で間違いないか?」
「うん。最初は風の音と区別がつかなかったんだけど。なんか聞いたことかあるメロディだったんだよ。それで、あれって思って耳を澄ませたら、歌だった。こっちからも呼び掛けてみたけど、それは聞こえてないみたいだった」
「--生きている人間がいる!!」
 場にさざ波のように希望が走った。
 その換気孔が通じる場所に生存者がいるなら、どこから救出にいけばいいか、と即座に検討が始まる。

 大人達が作業台に頭を寄せあい、締め出された少年にベルティーナが声をかける。
「お手柄だね。歌だってよく気づいたね」
「うん。教会でよく聞く讃美歌の曲で聞き慣れてるから間違いない。ララーラ、ラララーってやつ。でも歌詞は全然違った。犬の耳と腹の匂いがのどっちがいいとか、仔犬の尻尾がどうとか…」
 ベルティーナの肩が跳ね上がった。
「『仔犬の振る尻尾がいかに尊いか』……?」
「うん、そう!」
 拳を握りしめる。
「エルンストの歌だ……!」

 学生時代、二人でふざけて、モフモフを讃える歌を作った。
 二人共作曲の才能はなかったので、讃美歌の曲を使った。
 讃美歌は、一つの曲が複数の歌詞に使われるものが沢山あり、替え歌の習慣があるとすら言われたりする。
 そんな曲はメロディが単純で使いやすいので拝借した。今思うとなかなか罰当たりだ。

 --エルンストが生きている。ベルティーナに力がみなぎってきた。
 作業台では検討が進んでいる。
「声が聞こえた換気孔からするとこの辺りに生存者がいる。--ここから内部に入れればいいんだけど」
 ウィルマが図面を指差す。
 坑道が通じていない山肌部分だ。いや、坑道出入口を示す四角のマークにバツがついている。
「そこを開通させる方が時間がかかるんじゃないか。今は爆薬がないんだ」
「あぁ……事業所長が全部返品しちまったから…」
 何だろう。『爆薬があれば、いい救助方法がある』かのような話をしている。
 --ベルティーナは、頭の中の記憶と知識をフル回転で検索する。うん、爆薬は何とかなるかもしれない。なら自分が役に立てるかも。
 息を吸い、殺気だつ程に真剣に議論している人達の輪に入る。

「恐縮ですがご教示ください。このバツ印の所に何があって、何が支障になっているんですか?」
 半分以上の人に睨まれ、ウィルマも一瞬息を飲んだ。うん、一刻を争う時に素人の口出しに付き合う余力がないのは分かるけど、怯んでいられない。
「そこは、上から滑り落ちた固い岩で蓋をされたような形状になっている」
 反発する者が口を開く機先を制するように急いで、ウィルマが答えてくれる。
「その蓋の先は坑道に繋がってて、昔何度か、出入口として使えないか検討されたことがある。
でも、蓋から坑道まで数十mは地盤の関係で地下水が染みだして足場が悪いし、内部も固い岩が張り出して通路に使えるほど広げるのも難しいし、鉱石を積んでの出入りに使えないんで放棄された。
蓋の岩は、坑道に雨水が入らないようにするのに丁度いいからそのまま蓋にしている。ここを救助の出入口にするなら、この蓋を割るか、ずらすかする必要がある」

 爆薬があれば早いけど今は在庫がないため、取り寄せるにしても手作業で岩をどけるにしても、数日かかるという。
「爆薬を使うとしたら、坑道に可燃性ガスが残ってて、誘爆する危険はないですか?」
「幸か不幸か蓋の内側数十mは水浸しだ。爆薬を山肌側に使えば大丈夫。でも爆薬は--」

「私が用意できるかもしれません」
 ベルティーナは汗の滲む拳を握って言った。


◇◆◇◆◇◆

 暗闇の中で、エルンストは何度目かのため息を吐く。

 自分の他に老若男女7人がいる。
 二次災害を避けるためと、いざと言う時に取っておくため、カンテラの火を消している。真の闇の中、圧迫感ある地中で皆よくもちこたえている。大きな怪我をした者がいないのが不幸中の幸いだ。
 手分けして道を探したが、現時点地上に繋がる道はなく救助待ちだ。
 ならばせめて緊張を和らげようと、モフモフの歌を歌ったら笑われた。いや、緊張が和らいでくれれば本望なのだが。
 ベテラン達が、換気孔は生きてるから酸欠は気にせず歌っていいぞ、むしろ歌えと言ったのに。微妙に納得いかん。
 五感がほぼ絶たれた環境にいるのは精神的に厳しいことなので、定期的にモフモフの歌を歌っている。簡単なので、覚えた者達が次第に一緒に歌ってくれるようになった。

 エルンストは余り怖いとは感じていなかった。鉱山労働者達の方が、現実的なリスクを身近に知っているため恐ろしく感じるかもしれない。
 俺、なんか自分が死ぬ気がしないんだよな、とエルンストは思う。いや、そんな訳ないことは知ってるけど。俺が脳筋だからか。
 なんか、ベルティーナが凄いこと考えついて助けてくれそうな気がする。ベルティーナでも何ともならないなら、誰にもどうにもならないんだろうと諦めがつくと言うか。

 そこまで考えて、ベルティーナは心配しているだろうな、と思う。

 「それでも、地球は回っている」と呟いたベルティーナの心情を思った。
 一緒に宵の明星を見て、天動説の話をしたあの日を思い出す。ベルティーナにあんな思いを二度とさせたくは無かったのに。
 自分が彼女を引っ張り出したこの『理系屋』の仕事では、そんな思いを絶対させまいと思った。彼女が真っ当に報われてほしくてやっていることだからだ。
 何とか彼女の正当さを証明しようと坑道に入って--こんなことに。
 却って心配かけて迷惑をかけてしまう。

 俺が死んだら、ベルティーナは泣くだろうな、と思う。自惚れではなく、ベルティーナがそういう奴だからだ。
 そして責任の一端なんか感じて、一生気に病むかもしれない。
 いや、それはダメだ。絶対生きて帰らなくては。

 --彼女が幸せでありますように。
 それが、何もない暗闇で願う、一番強い願いだった。


 --大きな轟音がした。
 近くの壁から数個の小石が崩れ落ちドキリとする。更に2度、3度。
 崩落がまた始まったのかと皆息を詰めて身構えたが、また沈黙が訪れた。暫く待ってそれ以上音が続かないようだと判断し、しゃがみ込んでいた者のうち数人がカンテラに火を入れ、音の方向へ様子を見に行った。やがて、外の声が聞こえると興奮ぎみに帰ってきた。
 坑道を外れ、地下水の染みでる岩の隙間に体をねじ込むようにして進む、道とは言えないような道の先は岩板の行き止まりで、そこにひびが入っていた。そのひびから、微かに喧騒が聞こえる。
 そこから更にかなりの時間がかかったが、やがて掘削の音と共にひびが広がり隙間ができ、励ます声が聞こえるようになり--岩板の一部が、人一人通れる程の大きさの穴を空けて崩れた。
 
 外に出ると、日は沈み既に暗く、人々の掲げるカンテラがエルンスト達を照らした。
 宵の空に輝く金星のように、涙が出るほど美しく強い光だった。
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