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2章 爆発な事件

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 事業所の応接室に、エルンストと並んで座る。
 向かいには、事業所長と騎士団支部長だけでなく、なんと男爵まで同席している。
 怖い。男爵様には後で伝えてくれればいいのに。
 あの男爵令息のウィルフリードさんだったらむしろ話が通じそうで有り難かったのだけど。
 仕方ない。腹を決めて息を吸い込む。

「まず、私は犯罪捜査でなく、科学的見地の立場でお話させて頂くことをご了承ください」
 一同頷いたのを見て言う。
「--爆発は、事故の可能性が高いと思われます」
 一同の顔が強ばる。そうだよね。事業所長と騎士団支部長は内部の労働者の犯行、男爵は隣国の攻撃と主張してたんだもんね。

「爆薬の誤爆だと?」
「いえ。『粉塵爆発』です」
 一同虚を突かれたような顔をする。初耳らしい。事業所長位は知ってて欲しかったけど。

「坑道等の密閉空間の空気中に、一定以上の濃度で可燃性の粉末を含んでいると、ちょっとした火花で爆発を起こします。
これを『粉塵爆発』、石炭の粉の場合は『炭塵爆発』ともいいます。炭鉱で稀に起こります。また、小麦粉の製粉工場で起こった例もあります」
 事業所長が顔をしかめる。
「石炭の塊や粉が燃えるのは当然だ。しかし燃えるのと爆発は違うだろう!
まして、粉同士の間に空気が沢山あるなら、塊より燃え辛い筈だ。そんな馬鹿なことがあるか!」

 あまり身近にない現象だからイメージし辛いかな。
 馬車でエリザベートに出題した鍋とコップと小石のクイズのように、『極端な例』を考えると直感的に理解しやすい。

「石炭の粉よりずっと小さな粒の爆発なら、皆さんもご存知かと思います。
ガス爆発を想像してみてください。ガスも、突き詰めれば、可燃性の小さな粒のようなものといえます。
メタンガスは、メタンの粒が空気中に混じって沢山浮いたような状態です。
火花などで一部の粒に火がつくと燃え、その火で隣の粒も燃え……と一瞬にして連鎖反応で広がり、熱エネルギーと二酸化炭素と水蒸気が一気に放出されます。
急激なエネルギー放出と体積膨張、これが『爆発』です。石炭の粉や小麦粉はメタンの粒よりずっと大きいですが、同様の現象です」
 メタンは気体分子なので粒というと不正確だし、火が着くというより化学反応の熱エネルギーで……とか、科学オタクとしては色々もっと正確に話したくてムズムズするけど、そこまで説明すると却って分かり辛いだろうから省く。

「爆発が起こったのは、比較的古い坑道の換気孔と、工場で石炭を篩い分けする工程の機器でした。石炭の粉が長い年月で積もって、且つ舞い上がりやすい条件でした」
 坑道の中は部外者立入禁止なので、ウィルマに頼み、粉が溜まる箇所や特徴を調べて来て図面に落とし込んで貰った。どこがどんな条件になりやすいかよく知っていて、的確に調べて来てくれた。有難い。
 工場の方は、機器の図面を調べたり、爆発後新しく入れた同型機の内部を開けて見せて貰ったりした。エリザベートと二人、顔が石炭で真っ黒になってエルンストに笑われた。

「そして再発防止策ですが。石炭粉を定期的に掃除するようにして下さい。機械には集塵機をつける方法もあります。
どうしても全部は掃除しきれないので、坑内に定期的に水を撒いて粉が舞い上がるのを抑えたり、不燃性である石灰粉を撒く手法もあります。空気中に不燃性の粉が一定以上含まれれば、可燃性の粉があっても爆発を抑制できます」

 騎士団支部長が苦虫を噛み潰した顔で言う。
「……粉塵爆発とやらの可能性があることは分かった。でも他の可能性もあるのではないか? 不満を持つ労働者も何人も調査に上がっている」
 やはり犯罪者説を取りたいらしい。

「私は犯罪の専門ではないので、科学的条件で可能性の高さを比較するという観点でしかお話しできません。
なのであくまで可能性の話ですが……意図的犯行の可能性は低いと思われました。
坑道や工場の図面を検証すると、もっと簡単で効果的にダメージを与える場所や時間帯が沢山あることが分かりました。意図的犯行ならばかなり稚拙です。坑道を知る内部の労働者なら尚更。
それから、他の爆発原因の可能性も検討しましたが、やはり粉塵爆発の可能性が一番高いように思われます」

 爆薬が、保管条件や不良品の問題で自然発火することはある。しかし自社分析では異常はなかったそうだ。
 事件後事業所長が怒って爆薬の在庫をメーカーに返品たが、メーカーも分析して異常はなかったし、今まで不良品の事故は起こっていないと言っているとのこと。
 しかし事業所長は、盗難にしろ誤爆にしろ、爆発の再発防止のため事件解決まで場内に爆薬を置かない方針だそうだ。
 いずれにしても、何でわざわざ機器の中とか面倒で意味不明な場所に爆薬を置いたのかという不自然さがある。

 男爵が不機嫌そうに言う。
「この爆発事件の他にも、最近事故が増えている。一つ一つは小さなものだが、何者かが私の事業を妨害しようと不穏分子が動いている懸念がある」
 事故の増加自体は、コーエンやウィルマが話していたことで、事実と思われる。
 男爵は、隣国の陰謀説を採っていたなとベルティーナは思い出す。上手く説得できるだろうか。ヘタレな心臓をなだめ透かしながら息を吸い込み。

「その原因にも、仮説があります」
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