14 / 18
14 拭暁
しおりを挟む
ドンドン。
地下階入口と使用人通路の境にある戸が叩かれた。戸の前には物を積んでバリケードにしている。
ヴェルディーン達に緊張が走る。
ヴェルディーンは音を立てぬよう戸の近くへ進む。手には剣。嗜み程度でも剣の心得があるのはここでは自分だけだ。これは自分の役目だ。
戸の外に耳を済ませる。すると、信じられない声がした。
「私はクレシュだ。そこにヴェルディーン達はいるか?」
まさか。彼女はまだ数日は帰って来ない筈だ。しかしこの声は彼女だ。
--期待しすぎて幻聴を起こしているのか。
「屋敷の襲撃者は全て倒した。もう大丈夫だ、出てきてくれ」
慌てて使用人達も集まりバリケードを緩めた。細く開けた隙間から確かにクレシュであることを確認すると、凄い勢いでバリケードを取り除いた。
「クレシュ……!!」
「ヴェルディーン、無事だっ……」
「怪我しているじゃないか!」
感動の再会はヴェルディーンの悲痛な声で霧散した。
確かにクレシュはボロボロだった。いかに強くとも、2対1で数戦すれば傷は負う。しかしクレシュの認識ではかすり傷ばかりだ。
全体にボロボロなのは、長時間馬を走らせた埃や疲労のせいも大きい。
「大したことはない。それよりヴェルディーンは無事なんだな?皆も」
「無事だよ。--あぁすまない。皆、よく頑張ってくれた。外に出てくれ」
ヴェルディーンは後ろを振り返って皆に言い、そして彼らが気を使わぬよう、自分達が先に立ち階段を抜け地上階に出た。
人々は暗く狭い空間から解放され外の空気に触れ、安堵のため息を吐いた。
使用人の数人は特に急いで走り去った。地下には手洗いがなかったため、切実な危機が訪れていたのだった。
時刻は日の出前だか、空は既に薄明るい。ディアはルーゼル団長の元へ報告と犯人回収の要請に行ってくれた。
ヴェルディーンはクレシュの手当てを主張したが、最低限の安全確保ができてからだと彼女は拒んだ。こうした判断は彼女の方がプロなので従うしかない。
クレシュはヴェルディーンと使用人有志達の手を借り、カーテンのタッセル等で取り急ぎ拘束していた侵入者達を縄でしっかり拘束し直し、地下の薪置き場へ監禁する。何せあそこは丈夫で、何かをしっかり仕舞うのに良い。
更に、庭の武器を回収して木箱に集めて回る。白々とした朝日の中、点在する武器を落ち穂拾いのように集める様はシュールだ。
道に繋いだままだった馬は厩番が迎えに行ってくれた。影の功労者には、新鮮な青草のみならず角砂糖も与えられ労われた。
それからやっと、ヴェルディーンはクレシュを休ませることに成功した。
女性使用人が手当てをしてくれて、体の汚れを落とし清潔な部屋着に着替えさせられた。
「いや、すぐ騎士団から人が来るから、制服を…」
「一番休まなければならないのは貴女だ。2日半の道をその半分で飛ばしてきて、そのうえ徹夜であれだけの戦闘をしたんだ。騎士団の人も分かってくれる。応対はまず私や他の者でやる。きっと後で貴女にも出てもらわなければならないけど、今はまず食べて眠って」
クレシュの部屋も荒らされていたので、無事だった客間のベッドへ叩き込み、スープを渡す。
眠る直前なので栄養はあるが消化のよいものだけだ。
ヴェルディーンや使用人達も大半は一睡もしていないので仮眠が必要で、その前にと料理人達が大急ぎで作ってくれた。
潜んでいた地下階には食料貯蔵庫があったので、チーズやハムなどを夜食に食べることができたが、温かいスープは緊張で疲れはてた皆の心を癒した。
なお、使用人部屋は戸の鍵は壊されていたものの殆ど荒らされておらず、彼らは自分の部屋で眠ることができた。
犯人の目的が金品でなくヴェルディーンだったので、隠れ場所がない程小さな使用人部屋は戸さえ開けば一目で彼がいないことが分かるので、荒らす必要がなかったのだ。
ベッドに座ってスープを飲むクレシュにヴェルディーンは頭を下げる。
「助けに来てくれてありがとう。こんな言葉で言い表せない位、感謝している」
ヴェルディーンが拐われ、歪んだ政争の傀儡に使われていたら。使用人達が傷つけられたら。
そう思うだけで背筋が凍る。ヴェルディーンのそんな絶望をクレシュは魔法のように打ち砕いた。
それを可能にしたのは、彼女の聡明さと、騎士として鍛え上げられた力。それは彼女自身が人生の中で築き上げてきたものだ。
そんな彼女をヴェルディーンは尊敬して止まない。
「天から遣わされた守護天使に思えたよ。我らが勇者はいくつ奇跡を起こすんだ」
「大袈裟な」
クレシュは真っ直ぐな賛美を受け、照れ臭さを苦笑で誤魔化した。
クレシュは満たされた気持ちになる。彼がこんな人だから、自分は力を発揮できた。
クレシュが戦うことを、ヴェルディーンは否定しない。
危ないから、女性だからやめろと、クレシュの人生や技量を無邪気に否定するようなことを決して言わない。ましてや、男の自分より活躍すると不機嫌になるということも絶対にない。
クレシュがクレシュそのものである本質を、彼は当たり前に受け入れ肯定し、心から称賛してくれる。それがどれ程クレシュに力を与えてくれることか。
「こんなに早く帰って襲撃に間に合って、しかもこれだけの戦果を上げて。十分奇跡だよ」
「間に合わないかと私もハラハラした。間に合ったのは幸運だった」
クレシュは、出張先でヴェルディーン誘拐計画を知り急遽帰還したことを話した。
自分が襲撃されたり毒が盛られた話は関係ないからしなかったが、これは後に、何故話さなかったと彼から散々叱られることになった。
「クレシュにばかり戦わせてすまない」
ヴェルディーンが痛みの籠った声で言う。彼女が戦っているすぐ傍で自分は隠れていたと知り、彼は落ち込んだ。
あの時外の様子を知りようがなかったとはいえ。いや、行っても足手まといだったかもしれないが。
「いや。ヴェルディーンの『戦わない』という戦いは見事だった。被害者なし。皆を隠してくれたお陰で、私も誰かが傷つく心配なく思う存分に戦えた。それは大きい。これは共に勝ち取った勝利だ」
非戦闘員にとって、敵襲の中で耐え続けるのはとても厳しいことだ。よく皆を統率し守りきってくれた、と労うと、ヴェルディーンは「勇者に誉められると自惚れそうだ」と微笑んだ。
「クレシュと、もう二度と会えないかもしれないと思った」
ヴェルディーンは静かに目を伏せる。
襲撃者の目的は分からなかった。ヴェルディーンは、殺されるかもしれないと覚悟した。生きたまま誘拐されても、その先自由に過ごせる日々は戻らないだろう。
「人間、いつ何が起こるか分からないし、言いたいことは普段から言っておかなきゃと痛感した」
「そうだな」
クレシュは武人で危険な仕事も多いから、その気持ちはよく分かる。無口な割に意外と率直な物言いをするのもそのせいかもしれない。
「クレシュ、愛している」
「……」
クレシュの頭が一瞬真っ白になった。理解が追い付かない。
ヴェルディーンは真剣な眼差しでクレシュを見つめて言った。
「実質的に独身のままでいい、と約束して結婚して貰ったのに申し訳ないけれど、私はクレシュのことが好きになってしまった。
誠実で真っ直ぐで、世界にも私にも沢山の奇跡を起こす貴女を、心から尊敬していている。とても大切な存在だ。形だけでなく、私は貴女の伴侶でいたい」
クレシュは感情が表に出にくい。無表情のまま凍りついて、顔色も変化に乏しい。しかし心の中は大荒れだ。
ヴェルディーンが襲撃されると聞いた時、冷静を心がける自分が激情のままに怒鳴り付けたのと同じ位、大荒れだ。
--あぁそうだ。自分もまた、彼のことが大切で大切で仕方ないのだ。
そうか、きっとこの気持ちは、彼と同じなのだ。
「できれば、貴女にも私をそんな対象に思ってもらえたらと願う。--今は無理でも、ゆっくり考えて貰えないか」
クレシュの沈黙を困惑と捉え、いつものように穏やかな笑みを作って逃げ道を作ってくれる。--全く、この人は。
「私もだ」
「え?」
「私も、ヴェルディーンを大切に思っている。その、伴侶として生きていけたら、私も嬉しい」
クレシュはこうした言葉が得意でない自覚はある。しかし、ヴェルディーンが心を預けて大切な言葉を伝えてくれたのだから、自分も応えねばなるまい。
自分よりクレシュの気持ちを尊重して引いてくれた、優しいこの人を大切にするために。
「本当に?無理してない?」
「していない」
「私のことが好き?」
クレシュは口を開け、その言葉を言おうとしたが、パクパクするだけで何故か声にならない。普段の自分の語彙とかけ離れすぎて、脳が混乱しているようだ。
もう少し、こう、脳に馴染むまで時間が欲しい。
ヴェルディーンはその様子を見て察してくれたらしい。本当に、人の心の機微に敏い人だ。彼はクスリと微笑んで言う。
「じゃ、何も言わなくていいから。抱き締めてもいいかな?」
ぎこちなく頷くクレシュを、ふんわりとヴェルディーンが抱き締める。
筋肉の塊で、ちょっとやそっとでは壊れなさそうなクレシュの大きな体を、そっと、卵を綿でくるむように大切に。
一度は失うかもしれないと恐怖した、互いの温かい体温を感じ、心にじんわりと染み入ってくるものがある。
おずおずと、クレシュも不器用にヴェルディーンの背中に手を回す。
ヴェルディーンは嬉しくて、その感触を背に感じながら微笑んだ。
地下階入口と使用人通路の境にある戸が叩かれた。戸の前には物を積んでバリケードにしている。
ヴェルディーン達に緊張が走る。
ヴェルディーンは音を立てぬよう戸の近くへ進む。手には剣。嗜み程度でも剣の心得があるのはここでは自分だけだ。これは自分の役目だ。
戸の外に耳を済ませる。すると、信じられない声がした。
「私はクレシュだ。そこにヴェルディーン達はいるか?」
まさか。彼女はまだ数日は帰って来ない筈だ。しかしこの声は彼女だ。
--期待しすぎて幻聴を起こしているのか。
「屋敷の襲撃者は全て倒した。もう大丈夫だ、出てきてくれ」
慌てて使用人達も集まりバリケードを緩めた。細く開けた隙間から確かにクレシュであることを確認すると、凄い勢いでバリケードを取り除いた。
「クレシュ……!!」
「ヴェルディーン、無事だっ……」
「怪我しているじゃないか!」
感動の再会はヴェルディーンの悲痛な声で霧散した。
確かにクレシュはボロボロだった。いかに強くとも、2対1で数戦すれば傷は負う。しかしクレシュの認識ではかすり傷ばかりだ。
全体にボロボロなのは、長時間馬を走らせた埃や疲労のせいも大きい。
「大したことはない。それよりヴェルディーンは無事なんだな?皆も」
「無事だよ。--あぁすまない。皆、よく頑張ってくれた。外に出てくれ」
ヴェルディーンは後ろを振り返って皆に言い、そして彼らが気を使わぬよう、自分達が先に立ち階段を抜け地上階に出た。
人々は暗く狭い空間から解放され外の空気に触れ、安堵のため息を吐いた。
使用人の数人は特に急いで走り去った。地下には手洗いがなかったため、切実な危機が訪れていたのだった。
時刻は日の出前だか、空は既に薄明るい。ディアはルーゼル団長の元へ報告と犯人回収の要請に行ってくれた。
ヴェルディーンはクレシュの手当てを主張したが、最低限の安全確保ができてからだと彼女は拒んだ。こうした判断は彼女の方がプロなので従うしかない。
クレシュはヴェルディーンと使用人有志達の手を借り、カーテンのタッセル等で取り急ぎ拘束していた侵入者達を縄でしっかり拘束し直し、地下の薪置き場へ監禁する。何せあそこは丈夫で、何かをしっかり仕舞うのに良い。
更に、庭の武器を回収して木箱に集めて回る。白々とした朝日の中、点在する武器を落ち穂拾いのように集める様はシュールだ。
道に繋いだままだった馬は厩番が迎えに行ってくれた。影の功労者には、新鮮な青草のみならず角砂糖も与えられ労われた。
それからやっと、ヴェルディーンはクレシュを休ませることに成功した。
女性使用人が手当てをしてくれて、体の汚れを落とし清潔な部屋着に着替えさせられた。
「いや、すぐ騎士団から人が来るから、制服を…」
「一番休まなければならないのは貴女だ。2日半の道をその半分で飛ばしてきて、そのうえ徹夜であれだけの戦闘をしたんだ。騎士団の人も分かってくれる。応対はまず私や他の者でやる。きっと後で貴女にも出てもらわなければならないけど、今はまず食べて眠って」
クレシュの部屋も荒らされていたので、無事だった客間のベッドへ叩き込み、スープを渡す。
眠る直前なので栄養はあるが消化のよいものだけだ。
ヴェルディーンや使用人達も大半は一睡もしていないので仮眠が必要で、その前にと料理人達が大急ぎで作ってくれた。
潜んでいた地下階には食料貯蔵庫があったので、チーズやハムなどを夜食に食べることができたが、温かいスープは緊張で疲れはてた皆の心を癒した。
なお、使用人部屋は戸の鍵は壊されていたものの殆ど荒らされておらず、彼らは自分の部屋で眠ることができた。
犯人の目的が金品でなくヴェルディーンだったので、隠れ場所がない程小さな使用人部屋は戸さえ開けば一目で彼がいないことが分かるので、荒らす必要がなかったのだ。
ベッドに座ってスープを飲むクレシュにヴェルディーンは頭を下げる。
「助けに来てくれてありがとう。こんな言葉で言い表せない位、感謝している」
ヴェルディーンが拐われ、歪んだ政争の傀儡に使われていたら。使用人達が傷つけられたら。
そう思うだけで背筋が凍る。ヴェルディーンのそんな絶望をクレシュは魔法のように打ち砕いた。
それを可能にしたのは、彼女の聡明さと、騎士として鍛え上げられた力。それは彼女自身が人生の中で築き上げてきたものだ。
そんな彼女をヴェルディーンは尊敬して止まない。
「天から遣わされた守護天使に思えたよ。我らが勇者はいくつ奇跡を起こすんだ」
「大袈裟な」
クレシュは真っ直ぐな賛美を受け、照れ臭さを苦笑で誤魔化した。
クレシュは満たされた気持ちになる。彼がこんな人だから、自分は力を発揮できた。
クレシュが戦うことを、ヴェルディーンは否定しない。
危ないから、女性だからやめろと、クレシュの人生や技量を無邪気に否定するようなことを決して言わない。ましてや、男の自分より活躍すると不機嫌になるということも絶対にない。
クレシュがクレシュそのものである本質を、彼は当たり前に受け入れ肯定し、心から称賛してくれる。それがどれ程クレシュに力を与えてくれることか。
「こんなに早く帰って襲撃に間に合って、しかもこれだけの戦果を上げて。十分奇跡だよ」
「間に合わないかと私もハラハラした。間に合ったのは幸運だった」
クレシュは、出張先でヴェルディーン誘拐計画を知り急遽帰還したことを話した。
自分が襲撃されたり毒が盛られた話は関係ないからしなかったが、これは後に、何故話さなかったと彼から散々叱られることになった。
「クレシュにばかり戦わせてすまない」
ヴェルディーンが痛みの籠った声で言う。彼女が戦っているすぐ傍で自分は隠れていたと知り、彼は落ち込んだ。
あの時外の様子を知りようがなかったとはいえ。いや、行っても足手まといだったかもしれないが。
「いや。ヴェルディーンの『戦わない』という戦いは見事だった。被害者なし。皆を隠してくれたお陰で、私も誰かが傷つく心配なく思う存分に戦えた。それは大きい。これは共に勝ち取った勝利だ」
非戦闘員にとって、敵襲の中で耐え続けるのはとても厳しいことだ。よく皆を統率し守りきってくれた、と労うと、ヴェルディーンは「勇者に誉められると自惚れそうだ」と微笑んだ。
「クレシュと、もう二度と会えないかもしれないと思った」
ヴェルディーンは静かに目を伏せる。
襲撃者の目的は分からなかった。ヴェルディーンは、殺されるかもしれないと覚悟した。生きたまま誘拐されても、その先自由に過ごせる日々は戻らないだろう。
「人間、いつ何が起こるか分からないし、言いたいことは普段から言っておかなきゃと痛感した」
「そうだな」
クレシュは武人で危険な仕事も多いから、その気持ちはよく分かる。無口な割に意外と率直な物言いをするのもそのせいかもしれない。
「クレシュ、愛している」
「……」
クレシュの頭が一瞬真っ白になった。理解が追い付かない。
ヴェルディーンは真剣な眼差しでクレシュを見つめて言った。
「実質的に独身のままでいい、と約束して結婚して貰ったのに申し訳ないけれど、私はクレシュのことが好きになってしまった。
誠実で真っ直ぐで、世界にも私にも沢山の奇跡を起こす貴女を、心から尊敬していている。とても大切な存在だ。形だけでなく、私は貴女の伴侶でいたい」
クレシュは感情が表に出にくい。無表情のまま凍りついて、顔色も変化に乏しい。しかし心の中は大荒れだ。
ヴェルディーンが襲撃されると聞いた時、冷静を心がける自分が激情のままに怒鳴り付けたのと同じ位、大荒れだ。
--あぁそうだ。自分もまた、彼のことが大切で大切で仕方ないのだ。
そうか、きっとこの気持ちは、彼と同じなのだ。
「できれば、貴女にも私をそんな対象に思ってもらえたらと願う。--今は無理でも、ゆっくり考えて貰えないか」
クレシュの沈黙を困惑と捉え、いつものように穏やかな笑みを作って逃げ道を作ってくれる。--全く、この人は。
「私もだ」
「え?」
「私も、ヴェルディーンを大切に思っている。その、伴侶として生きていけたら、私も嬉しい」
クレシュはこうした言葉が得意でない自覚はある。しかし、ヴェルディーンが心を預けて大切な言葉を伝えてくれたのだから、自分も応えねばなるまい。
自分よりクレシュの気持ちを尊重して引いてくれた、優しいこの人を大切にするために。
「本当に?無理してない?」
「していない」
「私のことが好き?」
クレシュは口を開け、その言葉を言おうとしたが、パクパクするだけで何故か声にならない。普段の自分の語彙とかけ離れすぎて、脳が混乱しているようだ。
もう少し、こう、脳に馴染むまで時間が欲しい。
ヴェルディーンはその様子を見て察してくれたらしい。本当に、人の心の機微に敏い人だ。彼はクスリと微笑んで言う。
「じゃ、何も言わなくていいから。抱き締めてもいいかな?」
ぎこちなく頷くクレシュを、ふんわりとヴェルディーンが抱き締める。
筋肉の塊で、ちょっとやそっとでは壊れなさそうなクレシュの大きな体を、そっと、卵を綿でくるむように大切に。
一度は失うかもしれないと恐怖した、互いの温かい体温を感じ、心にじんわりと染み入ってくるものがある。
おずおずと、クレシュも不器用にヴェルディーンの背中に手を回す。
ヴェルディーンは嬉しくて、その感触を背に感じながら微笑んだ。
0
お気に入りに追加
33
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】もったいないですわ!乙女ゲームの世界に転生した悪役令嬢は、今日も生徒会活動に勤しむ~経済を回してる?それってただの無駄遣いですわ!~
鬼ヶ咲あちたん
恋愛
内容も知らない乙女ゲームの世界に転生してしまった悪役令嬢は、ヒロインや攻略対象者たちを放って今日も生徒会活動に勤しむ。もったいないおばけは日本人の心! まだ使える物を捨ててしまうなんて、もったいないですわ! 悪役令嬢が取り組む『もったいない革命』に、だんだん生徒会役員たちは巻き込まれていく。「このゲームのヒロインは私なのよ!?」荒れるヒロインから一方的に恨まれる悪役令嬢はどうなってしまうのか?
【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
女王様に恋する騎士は身分違いに悩むが、問題はそこではなかった
杏 みん
恋愛
さる王国で、女王の護衛騎士を勤めるレオナルド。彼は可憐な女王に淡い恋心…もとい濃ゆ過ぎる愛情を抱いていた。しかし相手は大国の主。身分違いの想いに悩むレオナルドだったが、ある日、実は身分以上の障害がある事を、女王本人の口から知らされる…。
【完結】婚約破棄寸前の悪役令嬢に転生したはずなのに!?
もふきゅな
恋愛
現代日本の普通一般人だった主人公は、突然異世界の豪華なベッドで目を覚ます。鏡に映るのは見たこともない美しい少女、アリシア・フォン・ルーベンス。悪役令嬢として知られるアリシアは、王子レオンハルトとの婚約破棄寸前にあるという。彼女は、王子の恋人に嫌がらせをしたとされていた。
王子との初対面で冷たく婚約破棄を告げられるが、美咲はアリシアとして無実を訴える。彼女の誠実な態度に次第に心を開くレオンハルト
悪役令嬢としてのレッテルを払拭し、彼と共に幸せな日々を歩もうと試みるアリシア。
【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない
曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが──
「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」
戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。
そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……?
──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。
★小説家になろうさまでも公開中
神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!
カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。
前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。
全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる