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04 日々

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「ドレス?」
 クレシュは冷たい灰色の目をカッと見開いた。怖い。
 ヴェルディーンは慣れたもので、クレシュらしいユニークな反応だなぁと顔を綻ばせる。

 クレシュは社交界が苦手だ。平民出身で縁がなかったし武骨な自分と対極のものだ。しかし爵位を頂いた以上、避けて通れないことは理解していた。
 ヴェルディーンはクレシュのために茶会や夜会の招待は殆ど断ってくれていた。
 しかし、「この夜会は行った方がいいと思う」と差し出されたのは、王家主催の夜会の招待状だった。
 成程、これは断れまい。
 いずれ遅すぎない時期に、叙爵と夫婦のお披露目にどれかには出席しなければならなかったから、丁度いいだろうとクレシュは腹をくくった。

 しかしドレス、…ドレスか。
「騎士団の礼服ではまずいだろうか。格式ある式典は全てあれで通したんだが」
 トラウザース姿で基本型が普段の制服とあまり変わらないから慣れている。
「あぁ、教会での結婚の宣誓もそうだったよね……」
 ヴェルディーンは遠い目をした。何故だ。
「夜会でも、男性だと騎士団礼服姿も見かけたことあるかな。でも夫婦で参加する女性の衣装としては見たことないな……。クレシュはドレスは着たくないの?」
「断ることが許されるなら、王命でもなければ避けたい。1ヶ月山に籠って食料現地調達で魔物討伐した方が楽だ」
「そんなになんだ……」
 ヴェルディーンが頬杖をついて顔を伏せる。困らせてしまったらしい。

 クレシュは昔からドレスやスカートを殆ど着たことがない。邪魔で動き辛く似合わない。
 女性がトラウザーズを履くことに強い反発のある地方の村に騎士団が宿営した時、強制的に古着のスカートを履かされたことがあるが、皆言葉を無くし、その後トラウザーズ姿で男装することが許された。
 クレシュは強面なだけでなく、男性平均身長より背が高く肩幅もあり筋肉質でドレスが似合わない。そもそもサイズがあちこち合わない。

「ドレスは似合わないし動き辛い。職業柄か動きが制限されるのは落ち着かない。露出の多い服も心もとなくて苦手だ」
 それに戦闘や訓練で負った傷が全身にあるので、見る側もぎょっとしそうだ。
 ヴェルディーンは頬杖をついたまま眉根に皺を寄せ考え込んでいる。
 そんな彼を見てクレシュは苦笑して言った。
「だが、爵位を受けた以上、夜会に出るのもドレスを着るのも仕事のうちだと理解している。ちゃんとドレスを着るから安心してくれ」
 ヴェルディーンを困らせたい訳ではないのだ。
 ドレス姿の怪物を隣に置くのとどちらの方が困るかの判断はヴェルディーンに委ねよう。そう思う程度には悲壮な覚悟だった。

 ヴェルディーンは頬杖をついた手を離し顔を上げて言った。
「クレシュに似合うドレスは必ず作れるよ。要はデザインの問題だ。小柄な人向けのデザインをサイズだけ大きくしたらバランスが崩れて魅力を失うけど、初めからクレシュのためにデザインすれば必ず似合うよ。
だから、似合わないから着たくないというなら、似合うドレスをプレゼントしようと思っていた。
でも、似合う似合わない以前の問題で嫌なんだね? なら着ることないよ。私も強いたくない。クレシュがクレシュのままで気持ちよく過ごせることが大事だから。一緒に別の方法を考えよう?
夜会のルールはそもそも、失礼がないようにという目的のものだから、目的さえきちんと押さえればいい。形式は後付けのものだ」

 クレシュは呆然とした。上流階級の常識に反する望みなど、否定されるだろうと諦観があった。こんな風に、クレシュの心に寄り添い真摯に考え動いてくれるとは思わなかった。
 クレシュの胸にじわじわと温かいものが染み込んでくる。

「でも、他の貴族から反発を受けるんじゃないか?」
 ただでさえ平民の騎士女性と王子の婚姻。その上衣装まで定型をはずれるなら。
「そうだね。そこは承知の上で」
 大胆なことを言う元王子は太く笑う。
「ルールや常識は世に合わせて変わっていくものだ。
今当たり前になっている衣装やマナーも、100年前には眉をひそめられただろう。私のように男で髪を伸ばす者は未だ少数派だし、クレシュのいる女性騎士団も私達が生まれた頃には存在しなかった。
こうした変化には必ず、新しく一歩を踏み出す人がいた。私達はその恩恵を受けているんだ」

 それからヴェルディーンはわざと悪そうに笑う。
「それに私達は何せ救国の勇者と元王子だ。人は悪く言いにくい。新しい一歩を踏み出すのが立場が弱い者だと潰されやすいから、私達のような者が道を拓くのも、強き者としての役割だよ。
力を使って理不尽な横車を押すようなことは厳に慎むべきだけど、今回のことは人を理不尽な束縛から解放する方向のものだから、力の使い方として悪くないと思う。後世にはきっとクレシュが拓いた道を歩く人が沢山いるよ」
 服ひとつとっても、ヴェルディーンは世がどうあるべきか俯瞰し、そのために自分すべきことを考え行動する。その思考は理不尽を排し公正を重んじて一貫している。
 そういえば結婚を受け入れた理由の話でもそうだった、と思い出す。
 ヴェルディーンはこういう人だ、と噛み締める。そんな彼をクレシュは尊敬している。


「夜会は申し訳ないけれどはずせない。でも衣装は変えよう。クレシュの希望を教えて。デザイナーに相談して案を作って貰って、それからまた詰めていこう」
 そしてクレシュは、動きやすいのとか胸や背中がスースーしないのとか、踵が細くない靴とか、ふざけたような、しかしクレシュにとっては切実な希望を伝えた。ヴェルディーンがペンで手帳に書き込んでいく。

 それを見ながらクレシュは悩んだ。
 クレシュは伯爵家当主なので、本来自分がヴェルディーンに衣装を贈るべきだろう。
 しかし自分は服飾センスが壊滅的な上、妥当なデザイナーや工房のあてもない。付け焼き刃で調べて手配することはできるだろうが、珍妙な衣装で恥をかいてしまうのは彼だ。
 恥を忍んでヴェルディーン自身に手配のあてを相談すると、彼は一瞬呆けた後大笑いした。
 そして、クレシュの衣装と対にしたいから一緒に手配させてくれと言ってくれた。
 誠に申し訳ない。


 後日屋敷に招かれたデザイナーは、小柄で針のように細いベテランの年配女性だった。
 注文内容を聞いて驚いたが、すぐ頭を切り替えて要望に沿う提案をしてくれて話を詰めていった。
 ヴェルディーンが席を外した時、クレシュは体の体積が自分の半分もなさそうなデザイナーに相談した。
「実は、ヴェルディーンにせめて宝飾品を贈りたいと思っている。それが似合うデザインにしてくれ」
「どんなものかお決まりですか?色や大きさだけでも」
 クレシュが考えている石や色味を説明すると、彼女は大雑把なデザイン案の絵に目を落とし考えた。
「ではクラバットピンはいかがでしょう。色味からして、白いクラバットの上が映えるかと。その場合、クラバット自体はシンプルなものにしてピンを引き立てるようにしますね」
 流石プロ。クレシュは感謝の意を伝えた。


 後に勇者夫妻の斬新な衣装で一躍時の人となったデザイナーは、後年親しい人達に語った。
 勇者伯爵は威厳ある立派な方だったが、どこか微笑ましく、不敬なことながら自分の娘のように感じたと。
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