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4巻
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それから三日後、俺とキャリーさんとミラの三人は工場に向かっていた。ついに白粉の試作品が完成したのだ。ポールさんは一日で完成させると言ってたけど、やっぱり難しかったみたい。それだけマルーツの商品が優れているってことだろうな。
工場に到着すると、すでに関係者が全員集まっていた。
「おはよう。ゴメン、俺待ちだった?」
そう声をかけたら、そろばんを弾いていたヒューイさんが振り返る。
「いや、今単価の計算をしてる最中だから、ちょうど良かったよ」
「そうか、良かった。ポールさん、ウィルさん、お疲れ様です」
ヒューイさんの隣にいた薬屋親子に挨拶すると、ポールさんがヒゲを撫でながら朗らかに言う。
「いや、まだまだこれからじゃよ。とりあえず使い心地を優先させたものと値段を抑えたものの二種類を作ったのじゃがな」
ここで計算を終えたらしいヒューイさんが、結果を報告してくれる。
「値段重視のほうは、マルーツの化粧品と同じくらいの価格にできそうだね。上手くいけば少し安くできるかも。使い心地を重視したほうは、少しだけど値段が高くなっちゃうね」
うーん、コストを重視してもマルーツと同じくらいなのか。ともかく、次は使い心地だな。
「キャリーさん、この二つを肌に塗ってみてくれる? 腕でいいから」
「わかりましたわ。まずは使い心地を重視したほうを……」
事前に用意してあった水に白粉を溶いて、混ぜながら粘度を調整するキャリーさん。やがて満足いく具合になったのか、ひと掬い指で取って腕に付けた。
もう一つの白粉も同じように水に溶いて、腕に付けて試している。
「どちらもお化粧ノリが良いですわね。安いほうが若干伸びにくい気がするくらいですわ。お師匠様、マルーツのお化粧品をお持ちですよね? お貸しください。今のマルーツは使ったことがないですから、試してみないとわかりませんわ」
「わかった。化粧を落とすときにお湯の湯気を吸い込まないように気を付けてね」
キャリーさんがうなずいて、俺から受け取ったマルーツの白粉を塗り、それぞれの色を見比べる。
「マルーツのものが一番鮮やかですわね。今の流行はわかりませんけれど、お年を召した方は白粉を濃く塗る傾向にあります。逆に若い方なんかは薄く塗ったり、血色良く見せるためにピンク色にして使ったりしていましたわ」
「フム、使い心地はどうじゃ?」
「塗ったばかりだと、正直どれも大差ないですわね」
「同程度か……二つとも伸びにこだわるより、肌に負担をかけないように造ったんじゃが」
「毎日お化粧をする貴族の人たちには、そちらのほうが喜ばれるでしょうが……このレベルだと、大きな強みにはならないと思いますわ」
キャリーさんとポールさんが話し合っている最中、俺はローさんから先日集めてもらった情報を聞いていた。
「まず、化粧品業界におけるマルーツ商会は独走状態ですね。この国ではもちろん、他の国でも間違いなくトップクラスです」
「うーん、想像以上に大きいんだな」
「まあ、商人ならマルーツの名前を知らない人はいないですよ。それで、鉛白を使い始めたのは今回の新製品と一つ前の商品からみたいです。以前は植物を原料にしていたそうですが、鉛白のほうが供給が安定していて安く提供できるため、原料を切り替えたそうですよ」
「短い間にずいぶん調べてきたね」
驚いてそう口にしたのだが、ローさんはこともなげに言う。
「まあこれくらいは当然です。相手がとにかく有名ですし」
「なるほど……マルーツ商会って、この国に本拠地があるの?」
「そうです。城下町に本館がありますよ」
「マルーツ商会やこの間取引したエル商会もそうだけど、一流どころはみんな城下町に店を構えてるね」
「そりゃあそうですよ。商売をしている人間はほとんど全員、いつか城下町に店を出すのが夢なんですから。そうだ、そういえば今話題に上ったエル商会の会頭とマルーツ商会の会頭って同郷の親友なんです。成功者の二人を巡っては、色々な逸話がありますよ」
エル商会の会頭っていうと、以前知り合ったケネスさんか。自分だけじゃなくて、友達まで大商会の会頭ってすごいな。
「ほほー、そうなんだ。でも、そんなにすごそうな人なのに、鉛白が危険なものだって知らなかったのかな? それとも知ってて売っているとか?」
「たぶん、本当に知らないんだと思います。マルーツ商会の会頭は女性を大切に思ってることで有名で、『昔の化粧品は女性の肌のことを何も考えていない。女性はいつまでも健康で美しくあるべき』という信条で、新しい化粧品を次々と生み出したと聞いてますから」
なるほど……じゃあ鉛白の危険性さえわかってもらえれば、商品を自主回収してくれるかも。だけど中には商会の売り上げが減るってごねる人もいるだろうし……待てよ?
そのとき、俺の頭に一つの案が浮かんだ。でも、この考えを実行したら、ここにいるみんなを裏切ることになっちゃうよ……
5 仲間
あれこれ考えていたとき、少しうなだれたポールさんが話しかけてきた。
「ヒデ君すまんな。思いつく限りのことはやったんじゃが、結局マルーツの商品の性能を上回ることはできんかったわい」
「何言ってるんですか、ポールさん。あとは任せてください。きっとマルーツに負けないくらい売ってみせますよ」
俺の言葉に、眉間にしわを寄せてポールさんが言う。
「ヒデ君こそ何を言ってるんじゃ? 相手がどれだけの規模で商売をしてるか聞いておるじゃろ」
「ええ、聞いてます。でも、せっかくここまで作り上げてくれたのに……」
俺がそう言うと、ポールさんはため息をついた。
「君が湿布薬を作る計画をワシに話してくれたとき、国単位で腰痛の人を救いたいと言ったことを覚えておるかの?」
「もちろん、覚えてますよ」
「では、ワシが何を言いたいかわかるじゃろ? いや、ヒデ君も本当は大勢の人を救う方法が一つしかないと気づいておるよな?」
どうやら、ポールさんは俺が考えていることをお見通しのようだ。
「う、でも、みんながここまで――」
俺が渋っていると、ヒューイさんが呆れたように話しかけてきた。
「俺、昨日もヒデさんにずいぶん弱腰だって言ったよね。他人を救おうとするときのヒデさんは、一直線に向かっていくはずだよ。この試作品は素晴らしい出来だが、マルーツを圧倒することはできなかった。それを踏まえてヒデさんの意見を聞きたい」
みんなが真剣な表情で俺を見つめる。
俺は意を決して、ここに集まった人の顔を見回しながら口を開いた。
「ヒューイさん、申し訳ない。この化粧品をヒールファクトリーで販売することはできないです。ポールさん、ウィルさん、開発してくれて本当にありがとうございます。これだけの出来なら、絶対に説得できます」
「説得? 何を言ってるんですか、ヒデさん?」
よくわかっていない様子のエド君が尋ねてきた。
俺は自分の考えをエド君に伝える。
「この試作品を、マルーツの白粉の代替品にしてもらえるように説得する。つまり、この白粉はマルーツの商品として売ろうと思うんだ」
「えぇっ!?」
驚くエド君に対して、ヒューイさんは冷静に自分の意見を述べる。
「もしかしたらそうじゃないかって思ってたよ。工場やスラムの人たちのことは気にしなくて大丈夫。湿布薬の売り上げは順調だし、スラムの人たちの生活水準もちゃんと上がってるからね」
続いて、ウィルさんも力強く後押ししてくれた。
「マルーツの化粧品はさすがの出来だった。でも、俺と親父が作ったものだって、決して引けを取るようなものじゃないと自負している。ぜひ役立ててくれ」
「ありがとう二人とも。やっぱりこの案が最善だと思う。そのほうがより大勢の人を救えると思うから」
その言葉に、ポールさんが朗らかに笑う。
「フォフォ。そうじゃ、ヒデ君はそうでなければのう」
そのとき、エド君が慌てて話しだした。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。ここまでできた商品をうちで売らないんですか? 商品の出来はマルーツのものにも引けを取らないんでしょ? それなら、絶対売れますよ」
「エド、うちで扱ったとして、お前の見込みではどれぐらい売れると思う?」
エド君を諭すようにヒューイさんが言った。
「え? そ、それは……マルーツの半分くらいは売れるんじゃないでしょうか?」
「うーん、まあ、エル商会が手を貸してくれたら、それくらいかな? でも、マルーツはまた鉛白を使った新製品を出してくるぞ。間違いなくうちより優れた商品をね」
その言葉を聞いて、ハッとするエド君。どうやらわかったみたいだ。
「そ、そうですよね……でも、せっかくポールさんとウィルさんが作ってくれたのに、悔しいです」
ウィルさんがエド君の肩を叩きながら笑った。
「ハハハ、エド君、ありがとう。でも、ヒデさんなら必ず一番良い形で生かしてくれるさ」
「はい、必ず生かしますよ。そうと決まれば、まずはケネスさんに連絡しないとね」
「次の荷物の引き取りはまだ当分先だよ?」
ヒューイさんがそう言ってくれたが、若様を通じて連絡を取れると思うから、たぶん問題ない。
「当てがあるから大丈夫。試作品だけもらって、先に戻るね。ミラとキャリーさんも一緒に来てくれる?」
俺が言うと、二人は大きくうなずいた。
キャリーさんが嬉しそうに声をかけてくる。
「ホホ、お師匠様、目の輝きがさっきとは大違いですわね。朝は元気がなかったので、良かったですわ」
「ハハ、ありがとう。キャリーさんも見抜いてたんだね」
「お師匠様はいつも向こう見ずに走っていましたからね、何故かこの件は自信なさそうだったのが気になっていただけですわ」
「フフ、そうだね。とにかく、みんなありがとう。今回はみんなが作ってくれた道を走らせてもらうよ」
そう言い残し、ミラとキャリーさんと一緒にドアから飛び出してギルドに向かった。
転生してから、ヒールの力で色々な人を救ってきた。でもそれは、この世界全体から見ればほんの一握りにも満たない数だろう。一人でできることなんて、高が知れている。
でも今度は仲間たちの力のおかげで、もっと多くの人を救えるかもしれない。
さっきまでは、なんとしても街の人たちに鉛白入りの白粉の使用をやめてもらわなければと、マルーツに負けない商品を生み出してもらう予定でいた。そのあとは単に地球での手法を真似して、王都に巨大な看板を立てたり、お洒落関係の雑誌と併売したりして宣伝さえすればマルーツよりたくさん売れるはず、という浅はかな考えしかなかったのだ。
ヒールファクトリーで売ることばかり考えていたせいで、本当の目的を見失っていた。
身体に良くないものをこの世界からなくすこと。みんなは俺がその目的のためだけに動くはずだと信じ、背中を押してくれたのだ。
そのことが嬉しくてしょうがなかった。きっと俺は今、笑いながら走っているだろう。だけど、笑うことも走ることも止められなかった。
ギルドに着いて診療所のドアを開けると、何故か若様と親衛隊のヴァネッサさんが待機していた。若様っていつもタイミングが良い気がするんだけど、なんでだろ? たまに俺の行動を見張ってるのかって錯覚しちゃうよ。
「やあ、ヒデ君。何か話があるんじゃないかと思って来たんだけど」
「ハハ、驚きました。その通りですよ若様」
呼吸が落ち着くのを待って、これまでの事情を話す。
若様は疑うことなく俺の話を聞いてくれた。
「なるほど。ヒデ君の話でなければ、『そんな馬鹿な』の一言で片付けていただろう。それだけマルーツの化粧品は信用があるからね」
「はい、だから鉛白の使用をやめさせるために、マルーツの会頭に直接会って話をしたいんですよ。代替品はもう準備してあります」
「さすがヒデ君だね。そこまで用意をしているなんて」
「いや、この計画を思いついたのも代替品を用意してくれたのも、仲間のおかげなんですよ。俺は最初、なんとかマルーツより多く売って少しでも被害を抑えようって考えていただけなんです」
「それは難しいね。マルーツの販売力は、どこの国でも五本の指に入るんじゃないかな?」
「はい。だから仲間も俺が次にこの道に進むってわかっていたみたいで、後押ししてくれたんですよ」
「フフ、良い仲間を持ったね。僕も今のほうがヒデ君らしいと思うよ」
「はは、そうですか?」
「とにかく、マルーツの会頭との面会はなんとかしておくよ。会える日が決まったら知らせに来るね」
「はい、お願いします。できれば同じ商人であるケネスさんが手を回したことにしてもらいたいのですが」
「なるほど、そのほうがいいね。了解したよヒデ君。じゃあ、急いで手はずを整えるから今日は一旦戻ることにしようかな。じゃあね」
そう言うと、もう次の瞬間には若様たちはテレポートで消えていた。
よし、あとは会頭と交渉するだけだ。きっとケネスさんみたいにすごそうなオーラを持ってるんだろうな。ちょっと会うの怖いな~。
6 交渉前日
アポをお願いしてから数日が過ぎた頃、とうとう若様が診療所に来てくれた。
「ヒデ君、マルーツ商会の会頭と会える日が決まったよ」
「本当ですか? お手数をおかけしました」
「いや、僕はケネスに頼んだだけだから、大したことはしてないよ。決まったことだけ伝えるね。場所はエル商会の商談室で、時間は明日の昼過ぎ。ヒデ君たちは何人で行くの?」
「俺だけのつもりですけど、もし時間が取れそうなら、試作品を作ってくれた人に頼んで付いてきてもらうかもしれないです」
「うん、わかった。明日迎えに来るから準備しておいてね」
気軽そうに言った若様に、俺は頭を下げる。
「すいません、若様。こんなことを頼んでしまって」
「フフ、ヒデ君に頼られるのは気分が良いからね、ドンドン頼ってよ」
「若様はいつもそう言ってくれますが、無理なものや嫌なことは断ってくださいね」
俺が言うと、若様は呆れた顔になった。
「ヒデ君はいつも、僕にしかできないことを頼むんだから、力になりたいと思うのは当然さ。それに何度も言うけど、ヒデ君には返しきれないほどの恩があるからね」
「またそれを言う。若様と俺との仲なんだから、気にしなくていいって言ったでしょ?」
「その言葉、そっくりそのままお返ししよう。じゃあ、また明日来るね」
短く別れの言葉を言い、若様はテレポートしてしまった。
しばらくすると、診療所のドアがノックされた。続いてドア越しにハルナの声が聞こえる。
「ヒデ兄、お話は終わった?」
「うん、終わったから開けていいよ」
ドアが開かれ、ハルナが顔を覗かせる。
「朝ご飯できたってママさんが言ったから、呼びに来たの」
「はーい、今行くね。お腹減った~」
診療所を出て一緒に酒場に向かう途中、ハルナが話しかけてきた。
「ヒデ兄、また何かややこしいことになってるの?」
「なんだよ『また』って。フフ、大丈夫だよ。今の俺には仲間がいっぱいいるからね」
「私たちだって何かお手伝いするよ」
「うん、頼りにしてる。ゲン、トラン、ハルナ、ミラの四人がこの街に来てから一番付き合いが長いから、一緒にいてくれるだけで癒されるよ」
そう言いながらハルナの頭を撫でた。
ハルナはニコニコしながら言う。
「あ、それならわかる。ここに来ればヒデ兄がいてくれるって思うと、ホッとする感じがするの」
「ハハ、じゃあ一緒だな。朝になればハルナたちが来るって思うと俺もホッとするぞ」
「フフ、一緒だね」
酒場に行くと、いつもの席に座っていたゲンがこちらに気づき、声を張り上げる。
「ヒデ兄、早く早く! 先に食べちゃうよ!」
「お、ゴメンゴメン。今行くよ」
早足で席に着いて、みんなで両手を合わせた。
「「「「「いただきます」」」」」
ご飯を食べてから、ゲンたちはクエストに出かけていった。
ミラとキャリーさんに診療所のお留守番を頼んで、俺は面談の日取りが決まったことを伝えにポールさんのお店へ出かける。
すっかり慣れた道を歩き、店に到着。いつものようにモニカさんに挨拶してポールさんの部屋に向かい、ドアをノックして中に入った。
「ヒデ君おはよう。どうしたんじゃ、こんな朝から?」
「おはようございます。マルーツ商会の会頭に会える日が決まったので、その報告に来たんです」
「もう決まったのか。連絡を取る方法があると言っておったが、早いのう」
「フフ、急なんですけど、会うのは明日です。場所はエル商会の商談室ですね」
俺が言うと、ポールさんは「そうか」と思ったよりあっさりうなずく。
「驚かないんですか?」
「フーム、まあ普通に聞けばツッコミどころが満載じゃが、ヒデ君が言うならばそこまでではないな」
「残念、ポールさんの驚く顔は見られないのか。実は知り合いにテレポートを使える人がいるから、その人に連れていってもらうんです」
「ほほー、なるほどのう」
「それで、できればポールさんにも一緒に付いてきてほしいな~と思いまして」
そう言ったら、ポールさんは何故か遠い目になった。
「フム、やはり縁かのう……」
「え?」
縁ってなんのことだ?
尋ねてみようかと思ったが、その前にポールさんが咳払いをして言葉を続けたため、聞けなくなってしまう。
「いや、承知した。それなら、明日の今くらいにヒデ君の診療所に行けばよいのかの?」
「あ、はい。お願いします」
「王都は久し振りじゃのう」
ポールさんが懐かしそうに言った。
そういえばラウラから、ポールさんは昔、王都にいたって聞いたことがあるな。ちょっと聞いてみるか。
「ポールさんって、王都に住んでたんでしたっけ?」
「フォフォ、お師匠様に弟子入りしていた数年間だけじゃがな」
「王都ってどんなところなんです? 俺、行ったことがなくて。今回も会合が終わったらそのままテレポートで戻る予定だから街なんか見られないし」
「そうじゃな……とにかく人が多くて物価が高い。他はあんまりここと変わらんよ。まあ、ワシは出不精じゃったから詳しいことはわからないがのう」
「おお、真面目な弟子だったんですね」
「フォッフォッフォ、研究ばっかりしとったから金がなかっただけじゃよ。今思えばどうやって生活できていたのか不思議なくらいじゃわい」
その後も色々と話を聞き、お昼前にポールさんの店を出た。
一旦ギルドに戻って、キャリーさんとミラと三人で昼食を食べに屋台広場に行く。たまにはギルド以外の昼ご飯も食べたいからね。
広場でビッグホーンの串焼きを食べている途中、行き交う人々を観察してみたが、すっぴんの人ばかりだった。
「こうやって見回すとお化粧してる人って少ないね。っていうかいない?」
俺が言うと、キャリーさんが答えてくれる。
「こういった場所にはお化粧なんかして来ませんわ。汗をかいてしまったらお化粧は落ちてしまいますもの」
「あ、そうか、そうだよね。じゃあ、貴族の人はパーティー中に汗をかいちゃったらどうするの?」
「パーティー会場には普通、お化粧を直す部屋が隣接していますわ」
なるほど、それは知らなかった。
それにしても、汗か……地球の女の人も化粧崩れには悩んでいたのかな? コマーシャルで汗に強い化粧品は見たことあるけど……
キャリーさんはさらに化粧についてのプチ情報を教えてくれる。
「昔は、肌を白く見せるために血を抜いていた人もいたそうですわ」
「え? あ、なんか聞いたことあるかも」
「私がお化粧をしていた頃は、赤みがあって健康的な肌が美しいとされていましたわね」
異世界でも流行の移り変わりは激しいみたいだ。
キャリーさんからお化粧事情の話を聞きながら、またギルドに戻る。
診療所のドアを開けたら、中に若様と護衛のヴァネッサさん、それにケネスさんがいた。大事な話をしたいとのことだったので、キャリーさんとミラにはママさんのところで待っていてもらうように言い、若様に向き直る。
「ヒデ君、突然ゴメンよ。ケネスがどうしてもヒデ君と先に話がしたいそうなんだ」
「いえ、構わないですよ。ケネスさん、どうしました?」
そう尋ねると、ケネスさんは申し訳なさそうに口を開く。
「すみません、ヒデさん。単刀直入に聞きますが……マルーツ商会から発売している化粧品は、本当に危険なものなのですか?」
「はい、危険なものです」
「そうですか……マルーツ商会では今、化粧品が在庫切れの状態のようですから、交渉時期としてはいいかもしれませんな」
俺が答えると、ケネスさんは疑いもせずにそう言った。
「あれ? 自分で言うのもなんですが、信じるんですか?」
「ああ、ヒデさんがウソを言ってないことはわかりますからね」
さらりと言うケネスさん。やっぱりこの人、何か嘘を見抜くスキルを持ってるんだな。初めて会ったときに感じたのは間違ってなかった。もしかしたら、ケネスさんの口添えがあればすんなり事が進むかな?
「だが、それを奴が信じるかは別ですよ?」
しかし、ケネスさんはこちらの考えていることをわかっているように付け加える。
「この件はヒデさんとマルーツ商会の話し合いですから。同席はしますが、私はあくまで会頭のマルーツの友人として参加するだけです」
そうだ、説得は俺自身がしないとな。他の人に甘えちゃ駄目だ。
両手でほっぺを強く叩き、気持ちを切り替える。
「そうでしたね。明日は誠意をもって、マルーツさんとお話ししますよ」
「フフ、良い目をしていますね。昔のマルーツと同じ目です。これは余計な気を回す必要はありませんでしたね。ヒデさん、お邪魔しました」
「え? いえ、こちらこそお構いもしませんで」
ケネスさん、もう帰るのか。大事な話っていうのは、白粉が本当に危ないかどうかの確認だけだったのか?
そう思ったのは若様も同じみたいで、怪訝な顔をしてケネスさんに確認する。
「ケネス、もういいのかい?」
「はい、マルーツの化粧品が危険なものだと確証が取れましたし、ヒデさんの決心も見られましたしね。明日が楽しみになってきましたよ」
「ケネスが楽しみなんて、嫌な予感しかしないんだけど……そうだヒデ君、僕も明日、ヒデ君の友人として同席するからね」
若様がこちらを見てそう言った。若様がいてくれるなら百人力だ。
「フフフ、頼もしいです。では、また明日」
「うん、じゃあね」
挨拶とともに、三人はテレポートで消えていった。
さて、キャリーさんたちを迎えに行って、明日の用意でもするかな。
応援ありがとうございます!
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