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3章

勇者 その20

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 もう、あの爺さん引き渡した方がいいかもなどとチラリと考えてしまった時、ザルドさんが後ろから小声で話しかけてきた。

「なあヒデ。俺が今から行ってあのオッサンの首を取ってこようか?」
その話に頷きそうになる。
「うん?って違う違う。ダメです」
ヤバイ、一瞬その方が良いかと思って頷きそうになっちゃったよ。あぶねー。

ザルドさんは舌打ちをして戻っていった。
まあ、みんな同じ気持ちなのかな?

カドルさんはこちらを睨み付ける様に見ていたがため息を一つついてから話す。
「まあ、夜になってコッソリ忍び込んでも無駄じゃからな。ワシらがここを見張っているからな。話は終わりだ」
そう言って再度席を立つ。

ん?何で夜にコッソリとかそんな話をするんだ?それだけ自信があるのか?
いや、なんかおかしい?ここで話を切り上げてはダメだ。

「ま、待ってください」

 俺は急いで声をかけたが今度は立ち止まる事なく去ろうとする。

ダメだ。何がダメなのかわからないが何とかしないと。

「ま、待って。じゃあ、最後に聞かせて下さい」
その言葉にやっと足を止めて振り向いてくれる。

「何じゃ?もう話す事は無いはずだが?それともあのイカレタ騎士の首でも取って来るのか?」
「あー、そうじゃないですけど。あなた方はこんな事をして貴族であるあの騎士が出て来ると考えているんですか?」

 俺はとにかく話をして時間を引き延ばし、その間に考えなければならない。何がとは言えないが、何か違和感がある。

「さてな、ワシらはこんな機会が来るのを待っていたんじゃよ。上手くいけば国中にこの話が広まるかもしれんからな」
「でも、その後あなた達も無事では済まないですよ?貴族に逆らうんですから」

この世界の貴族は色々方で守られている。俺達平民が真っ向から立ち向かっても、何にもできないくらい子供でも分かる。
カドルさんはニヤリと笑い答える。
「フン、もとより無事など考えておらんよ。ワシらはあのイカレタ騎士に一矢報えればそれでいいのじゃ」

ああ、そうか。そういうことか。無理な要望を言って何とかこの事を公にしたいんだ。きっと勇者であるケヴィンさんから国王にこの事を報告してくれる事を望んでいるんだ。

 自分達がスラムの病人達を人質にして自分達の要求を無理に問うさせようとした極悪人として。

 そして何故こんなことをしでかしたのかという所で十年前の事も公にしようとしているんだ。こちら側が要求通りにするかどうかなど最初から関係なかったのか。
それならこの人達は死ぬ気だ。

何時?

……今日の夜だ。だからさっき夜に来るように促したんだ。
スラムの病人達を早く治してもらう為に。

 目を瞑って考えていた俺は目を開けてカドルさんを見る。俺の目を見てカドルさんの顔が満足げに笑っていた様に見えた、しかしそう見えたのは一瞬で直ぐにしかめっ面になる。

 やはり行かせてはダメだ。どうする?最初からこの事が無かったことにすれば、貴族に逆らったとかが有耶無耶に出来るか?

 今回の事件を知っているのはここにいるブノワさんと今の領主様だけだし、あとケヴィンさんが国王に報告する時一言言わないでもらえばいいだけだし何とかなるよね。

「カドルさん、それに後ろの皆様も聞いて下さい。俺は今回の病魔の出現で死者を一人も出したくないんですよ」
「そんな事はワシの知ったこ……」
カドルさんの話をさえぎるように俺が大きな声で言う。
「それは貴方がたをも含めてみんなです。誰も死んでほしくない。一歩外に出ればモンスターが襲ってきたりするこの世界で、人同士の争いで命を落として欲しくないのです。なので、俺の勝手であなた方の計画を潰させてもらいます」

 俺はそう言い終わるとその場に膝をついて魔法に集中する。

そう、あのMMOの白魔法士の固有魔法、バットステイタスどころか戦闘不能になった者までも復活させる魔法だ。
小声で公式に載っていたうろ覚えの呪文を少し変えて唱える。

「慈愛の女神よ。この病で倒れし者達をお救い下さい」
本当はこの病ではなく倒れし仲間達をお救い下さい。だったかな?
そんな事を考えていたらなんかもの凄い勢いでMPが吸い取られていく感じがするんだけど……
これチョットヤバくない?

遠くから守護獣達の声が聞こえてきた。
「え?ちょっ、ちょっと。これマズいでしょ?」
「凄い勢いで主様のMPが減ってるよ?」
「そんな事言ってる場合じゃないわよ。ご主人様の中に戻るわよ」
ライジン、フウジン、ミズチが慌てて俺の中に入って来る。

おかげでMPの補充が出来たけど、まだまだすごい勢いでMP減ってるんですけど?

あ、これヤバい気が遠くなりそうとか思った時、背中が温かくなってきた。

キャリーさんとケヴィンさん、ビャッカさんまでもがMPの補充をしてくれていた。そんな事できるんだ。知らんかったわ。俺がのんきにそんな事を考えていたらビャッカさんが話しかけてきた。
「貴方は何を召喚しようとしているの?このままだと貴方の生命まで取られるかもしれない。でも、もう止める事は出来ない、私達のMPがきれたら覚悟して」

あぁー、思いつきでまずい事やっちまったかなー。まあ、最悪この魔法が成功してくれれば、みんな助かるしいいかな。

そう思っているとまた気が遠くなってきた。その時俺の周りが上から差し込む光で真っ白になった気がした。

目を開けるとどこかで見たような気がする女性が俺を支えている。
「まったく、私を顕現させるなんて無茶しすぎですよ」

そう言う美女の顔をよく見るのだが、何処であったのか思い出せない。何となく地球の女神様に似てるような?あれ?この人が持ってる杖ってチョロイン女神サマが持ってるのに似てる??
え?あ、そうだ、教会だ、教会の石像だ。え?じゃあ、これがチョロイン女神サマの営業の時の格好って奴かよ。

詐欺だーーー。




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