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049 10月:野営
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陣の設営を終えた時、僕は2つのことを思った。
1つ、日没前の早い段階から設営に取りかかったのは英断だった。
1つ、教科書で得た知識を実際に活かすのはとてつもなく難しい。
「もうクタクタだよ」
「うひゃー! こんなに大変とは思わなかったよー!」
「ですね……。学校でも練習したのに、それでもこれほどとは……」
陣の設営が終わった時には、とうの昔に日が暮れていたのだ。
僕達の手つきはよほど慣れているとは言いがたく、やれ組み立てたテントが安定しないやら、やれ火が点かないやら、どれか1つを取っても苦労した。
ミストラル先生は最後まで傍観を貫き、僕達が何か尋ねたとしても、「お答えできません」の一点張りだった。にもかかわらず、いつの間にやら、自分用のテントを組み立て終えている。
「皆さん、お疲れ様でした」
「やっぱり先生は凄いですね、テントの組み立てる速度がダンチです」
「レイ君、ダンチというのはどういう意味ですか?」
「段違いって意味らしいです。僕も入学してから教わりました」
今は亡きジョーさんの言葉だ。
若者言葉ではないらしく、学校ではまるで耳にしない。
だからこそ、僕は、「ダンチ」というワードが気に入っていた。
他とは違う、なんだか大人になったような、そんな気がするからだ。
「なるほど、参考になります。皆さんもすぐにダンチになれますよ」
ミストラル先生は、ダンチの使い方を間違っている気がした。
が、僕にしたって熟知しているわけではないから、指摘はできない。
「師匠! ご飯にしない? わたしゃお腹ペコペコだよ!」
マリがお腹をさすっている。
心なしか頬はゲッソリしていて、腹から唸るような音が鳴っていた。
それは僕にしても同じ事で、空腹のあまり、力が湧いてこない。
「晩ご飯にしよう! エマ、マリ、準備を頼む!」
「師匠は働かないの!?」
「僕は見回りだ!」
「スライムしかいないのに!?」
「だからって見回りは疎かに出来ない!」
「でもなんで師匠が見回り役なの!?」
「見回りは戦闘力に秀でた者が行う。基本だろ?」
ミストラル先生が「その通りです」と頷く。
先生が頷いた以上、マリはゴネることが出来ない。
「仕方ない! 働きますよーだ! エマ、頑張るよ!」
「はい!」
マリとエマが、テントの前に移動した。
そこに置かれている僕達のリュックをガサガサと漁り、飯盒を取り出す。
陣の設営時とは打って変わり、慣れた手つきで炊爨を行っていく。
「さーて、見回りをするぞー!」
「念の為に私も同行しますね」
「大丈夫ですよ。先生は休んでいてください」
「いえ、同行します。流動性モンスターが出るかもしれないので」
「やだなぁ、怖いことを言わないで下さいよ」
「可能性は限りなく低いですが、ゼロではありませんので」
流動性モンスターとは、バハムートのような縄張りを持たない魔物のこと。
自由に動き回り、神出鬼没で、どこにでも現れる可能性がある。それこそ、街を襲撃することだってあるのだ。
流動性モンスターの最たる特徴は、原則的に強烈な強さだということ。
大半がS級かA級で、〈大阪城〉を単騎で落とせるだけの強さを誇る。
「では、見回りを開始して下さい。後ろに続きます」
「分かりました」
僕は松明を左手に持ち、のどかな丘の見回りを開始する。
頂上に構えた陣の周りを、グルグルと、円を描く様に回った。
1周するごとに、円の範囲を広げていく。
「スライムすら居ないや」
ピョンピョン跳ねていたスライムも、どこかへ消えたようだ。
魔物の大半は夜行性だが、スライムは昼行性だから、おねむの時間である。
「うぎゃ」
何か変な物を踏んでしまい、足を挫きそうになる。
なんだ、と思いきや。
「ピュイイイイイイ!」
睡眠中のスライムだった。
僕に踏まれたことで飛び起きる。
「ええい! こんなところで寝るんじゃない!」
僕はスライムを蹴飛ばし、続けざまに〈サンダー〉を発動。
宙に浮いている状態のスライムを稲妻で貫いてやった。
「ピュイ!?」
「ピュピュイ!」
「ピュイイイイイイ!」
この戦闘によって、他のスライムが目を覚ます。
そこら中からピョンピョンと跳ね始めた。
幸いなことに、どいつもこいつも、陣の外にいる。
「なんだ!? やるのか!?」
右手で杖を構える。
だが、スライムに戦意はなかった。
死を恐れて、一目散に逃げていったのだ。
「見回りはこんなものでいいかな」
ミストラル先生の反応を期待したが、先生は無言だった。
ここでも律儀にルールを守っている。
「先生、戻りますよ」
「分かりました」
設置した柵の付近まで調べたので、中央にあるテントまで戻った。
飯盒の外蓋がブクブクと踊り、僕を待っている。
◇
晩ご飯は、初の野外だからか、格別に美味しかった。
今、僕達3人は、柵の近くに立っている。
ミストラル先生は、焚き火の前で座ったまま動かない。
丘の上から〈大阪城〉を眺める。
遠目にだが、東門と南門の様子まで確認することが出来た。
「2年は分からないが、1年の皆は体力的にきつそうだなぁ」
学生連合軍の作戦は、数カ所から、夜通しで威嚇することのようだ。
橋の手前に陣を張り、松明を掲げ、銅鑼を鳴らしまくっている。
陣の周辺には、大量のかがり火が、等間隔で設置されていた。
外部からの奇襲に備えて、視界を十分に確保しているようだ。
僕達の陣とは規模が違う。マンパワー全開だ。
「ねぇ、夜中もガンガン騒ぐのって、効果あるの?」
マリが尋ねる。
エマは「ありますよ」と頷いた。
「存在感をアピールすれば、こちらの攻撃に警戒して、十分な休息を取れませんから。持久戦で使う手の1つです」
「そうかもしれないが、今回に関しては失敗だと思うよ」
僕が補足する。
「僕達1年は、ただでさえ慣れない野営で気が張っているんだ。あんなにも騒がれたら、こっちだって寝ることが困難だよ。消耗の度合いは、敵よりもこっちのほうが多いんじゃないかな」
「レイさんの仰る通りです」
「じゃあ、効果はあるけど、良くはないってこと?」
マリの質問に、僕とエマが同時に「そういうこと」と肯定する。
語尾に違いこそあれ、まさかのユニゾンで、笑ってしまった。
「僕達は明日に備えて寝るとしよう」
観戦を終え、ミストラル先生に寝る旨を伝える。
先生は僕達に合わせて寝るとのことで、自身のテントに入っていった。
僕達も自分達のテントに入る。
先生は1人で1つのテントを使うが、僕達は3人で1つのテントを使う。
テントの中にはマットが敷いていて、その上には、大きな掛け布団。
寝袋の方が快適だが、動きやすさを考慮して、冒険者は布団を使う。
「やっぱりもう1個テントが欲しかったよ」
3人で並んで布団に入ると、窮屈で仕方なかった。
僕はテントを2つ用意するべきと主張したが、2人が拒んだのだ。
「レイさんと一緒のほうが私は安眠できます」
「私もー! 師匠と一緒に眠れるチャンスは逃さないよ!」
2人が両サイドから抱きついてくる。
僕は仰向けの状態で目を閉じたが、眠れそうにない。
一方、両隣の2人は、あっという間に寝息を立てていた。
2人の寝顔を拝んだ後、僕も目を瞑る。
「これで寝不足になったら、2人のことを呪ってやるぞ」
などと思ったが、数分後には、僕もあっさり眠っていた。
僕達の睡眠速度はダンチだ。
1つ、日没前の早い段階から設営に取りかかったのは英断だった。
1つ、教科書で得た知識を実際に活かすのはとてつもなく難しい。
「もうクタクタだよ」
「うひゃー! こんなに大変とは思わなかったよー!」
「ですね……。学校でも練習したのに、それでもこれほどとは……」
陣の設営が終わった時には、とうの昔に日が暮れていたのだ。
僕達の手つきはよほど慣れているとは言いがたく、やれ組み立てたテントが安定しないやら、やれ火が点かないやら、どれか1つを取っても苦労した。
ミストラル先生は最後まで傍観を貫き、僕達が何か尋ねたとしても、「お答えできません」の一点張りだった。にもかかわらず、いつの間にやら、自分用のテントを組み立て終えている。
「皆さん、お疲れ様でした」
「やっぱり先生は凄いですね、テントの組み立てる速度がダンチです」
「レイ君、ダンチというのはどういう意味ですか?」
「段違いって意味らしいです。僕も入学してから教わりました」
今は亡きジョーさんの言葉だ。
若者言葉ではないらしく、学校ではまるで耳にしない。
だからこそ、僕は、「ダンチ」というワードが気に入っていた。
他とは違う、なんだか大人になったような、そんな気がするからだ。
「なるほど、参考になります。皆さんもすぐにダンチになれますよ」
ミストラル先生は、ダンチの使い方を間違っている気がした。
が、僕にしたって熟知しているわけではないから、指摘はできない。
「師匠! ご飯にしない? わたしゃお腹ペコペコだよ!」
マリがお腹をさすっている。
心なしか頬はゲッソリしていて、腹から唸るような音が鳴っていた。
それは僕にしても同じ事で、空腹のあまり、力が湧いてこない。
「晩ご飯にしよう! エマ、マリ、準備を頼む!」
「師匠は働かないの!?」
「僕は見回りだ!」
「スライムしかいないのに!?」
「だからって見回りは疎かに出来ない!」
「でもなんで師匠が見回り役なの!?」
「見回りは戦闘力に秀でた者が行う。基本だろ?」
ミストラル先生が「その通りです」と頷く。
先生が頷いた以上、マリはゴネることが出来ない。
「仕方ない! 働きますよーだ! エマ、頑張るよ!」
「はい!」
マリとエマが、テントの前に移動した。
そこに置かれている僕達のリュックをガサガサと漁り、飯盒を取り出す。
陣の設営時とは打って変わり、慣れた手つきで炊爨を行っていく。
「さーて、見回りをするぞー!」
「念の為に私も同行しますね」
「大丈夫ですよ。先生は休んでいてください」
「いえ、同行します。流動性モンスターが出るかもしれないので」
「やだなぁ、怖いことを言わないで下さいよ」
「可能性は限りなく低いですが、ゼロではありませんので」
流動性モンスターとは、バハムートのような縄張りを持たない魔物のこと。
自由に動き回り、神出鬼没で、どこにでも現れる可能性がある。それこそ、街を襲撃することだってあるのだ。
流動性モンスターの最たる特徴は、原則的に強烈な強さだということ。
大半がS級かA級で、〈大阪城〉を単騎で落とせるだけの強さを誇る。
「では、見回りを開始して下さい。後ろに続きます」
「分かりました」
僕は松明を左手に持ち、のどかな丘の見回りを開始する。
頂上に構えた陣の周りを、グルグルと、円を描く様に回った。
1周するごとに、円の範囲を広げていく。
「スライムすら居ないや」
ピョンピョン跳ねていたスライムも、どこかへ消えたようだ。
魔物の大半は夜行性だが、スライムは昼行性だから、おねむの時間である。
「うぎゃ」
何か変な物を踏んでしまい、足を挫きそうになる。
なんだ、と思いきや。
「ピュイイイイイイ!」
睡眠中のスライムだった。
僕に踏まれたことで飛び起きる。
「ええい! こんなところで寝るんじゃない!」
僕はスライムを蹴飛ばし、続けざまに〈サンダー〉を発動。
宙に浮いている状態のスライムを稲妻で貫いてやった。
「ピュイ!?」
「ピュピュイ!」
「ピュイイイイイイ!」
この戦闘によって、他のスライムが目を覚ます。
そこら中からピョンピョンと跳ね始めた。
幸いなことに、どいつもこいつも、陣の外にいる。
「なんだ!? やるのか!?」
右手で杖を構える。
だが、スライムに戦意はなかった。
死を恐れて、一目散に逃げていったのだ。
「見回りはこんなものでいいかな」
ミストラル先生の反応を期待したが、先生は無言だった。
ここでも律儀にルールを守っている。
「先生、戻りますよ」
「分かりました」
設置した柵の付近まで調べたので、中央にあるテントまで戻った。
飯盒の外蓋がブクブクと踊り、僕を待っている。
◇
晩ご飯は、初の野外だからか、格別に美味しかった。
今、僕達3人は、柵の近くに立っている。
ミストラル先生は、焚き火の前で座ったまま動かない。
丘の上から〈大阪城〉を眺める。
遠目にだが、東門と南門の様子まで確認することが出来た。
「2年は分からないが、1年の皆は体力的にきつそうだなぁ」
学生連合軍の作戦は、数カ所から、夜通しで威嚇することのようだ。
橋の手前に陣を張り、松明を掲げ、銅鑼を鳴らしまくっている。
陣の周辺には、大量のかがり火が、等間隔で設置されていた。
外部からの奇襲に備えて、視界を十分に確保しているようだ。
僕達の陣とは規模が違う。マンパワー全開だ。
「ねぇ、夜中もガンガン騒ぐのって、効果あるの?」
マリが尋ねる。
エマは「ありますよ」と頷いた。
「存在感をアピールすれば、こちらの攻撃に警戒して、十分な休息を取れませんから。持久戦で使う手の1つです」
「そうかもしれないが、今回に関しては失敗だと思うよ」
僕が補足する。
「僕達1年は、ただでさえ慣れない野営で気が張っているんだ。あんなにも騒がれたら、こっちだって寝ることが困難だよ。消耗の度合いは、敵よりもこっちのほうが多いんじゃないかな」
「レイさんの仰る通りです」
「じゃあ、効果はあるけど、良くはないってこと?」
マリの質問に、僕とエマが同時に「そういうこと」と肯定する。
語尾に違いこそあれ、まさかのユニゾンで、笑ってしまった。
「僕達は明日に備えて寝るとしよう」
観戦を終え、ミストラル先生に寝る旨を伝える。
先生は僕達に合わせて寝るとのことで、自身のテントに入っていった。
僕達も自分達のテントに入る。
先生は1人で1つのテントを使うが、僕達は3人で1つのテントを使う。
テントの中にはマットが敷いていて、その上には、大きな掛け布団。
寝袋の方が快適だが、動きやすさを考慮して、冒険者は布団を使う。
「やっぱりもう1個テントが欲しかったよ」
3人で並んで布団に入ると、窮屈で仕方なかった。
僕はテントを2つ用意するべきと主張したが、2人が拒んだのだ。
「レイさんと一緒のほうが私は安眠できます」
「私もー! 師匠と一緒に眠れるチャンスは逃さないよ!」
2人が両サイドから抱きついてくる。
僕は仰向けの状態で目を閉じたが、眠れそうにない。
一方、両隣の2人は、あっという間に寝息を立てていた。
2人の寝顔を拝んだ後、僕も目を瞑る。
「これで寝不足になったら、2人のことを呪ってやるぞ」
などと思ったが、数分後には、僕もあっさり眠っていた。
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