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048 10月:陣の設営

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 僕達が北門を離れてすぐ、他の大隊が攻撃を再開した。

「2番隊と3番隊、突撃!
 ――4番隊と5番隊、構え! 突撃!
 ――――1番隊、行くぞ! 6番隊も続け!」

 6つの大隊を3つのグループに分けて、波状攻撃をしている。
 1本の橋の上を、じわり、じわり、と進もうと考えているようだ。
 果たしてその時間差攻撃に意味はあるのだろうか、と気になった。

 結果が判明する。意味はなかった。失敗だ。

 これは1番隊の隊長が提案した渾身の作戦である。
 失敗したとなれば、休憩後、2番隊の策を試すだろう。

 2番隊の策は、北・東・西の3方向から同時に突撃するもの。
 今の無意味な波状攻撃よりはマシだが、結果は変わらないと思う。
 敵の戦力に対して、学生連合軍の戦力がまるで足りていない。

「師匠、私達はどうやって攻めるの?」

 敗走する連合軍をチラ見しながら、マリが訊いてきた。

「状況に応じて決めるよ。とりあえず、今日のところは様子見だね」

「えっ、攻めないんですか?」

 エマが驚いている。

「既に日が暮れ始めているし、他の人達が攻略しそうな素振りもないからね。南門に着いたら、陣を張って野宿に備えるよ」

 合同レイド攻略の期限は、あと数日残っている。
 期限いっぱいまで待つつもりはないけれど、慌てるつもりもない。

「テントを張るなら」

 南と東の石橋があるちょうど間くらいで、ミストラル先生が言う。
 しかし、先生はそこで口をつぐみ、続きを言おうとしない。

「どうしたんですか?」

「テントを張る場所について意見しようと思ったのですが」

「是非お願いします」

「駄目です。今回は、生徒だけで挑むものなので。どこでどのように陣を構築するか、ということについても、全て、生徒だけで決めることとなっています。先ほどは、それを忘れて、うっかり口を出しそうになりました」

 本当に、ミストラル先生は律儀だ。
 僕達しかいないのだから、意見したって何も問題ない。
 先生は教育者の鑑だな、と改めて思う。

「あそこにテントを張ろうか」

 僕は外堀から約500メートル離れた所にある丘を指した。
 勾配がやや強い丘で、頂上の高さは、〈大阪城〉の城門より高い。
 頂上に陣取ることが出来れば、南門の向こうまでよく見えるだろう。
 それどころか、東西の門に関する状況だって、把握出来るかもしれない。
 敵の動向を知ることが出来れば、安心して夜を過ごせる。

「師匠、あの丘はちょっと遠すぎない?」

「遠いけど、陣を築く場所としては最適だと思う」

 エマが「たしかに」と同意する。
 僕はミストラル先生に尋ねた。

「先生、あそこにテントを張ってもいいですか?
 マリの言う通り、〈大阪城〉から少し遠いのですが」

「問題ありません」

「なら決定だ」

 僕達は目的地を丘に定めて移動した。

 ◇

 丘には少ないながらも、魔物が棲息していた。
 G級モンスターのスライムだから、全然、怖くはない。

 それでも、魔物は魔物だし、外なので、きっちりと陣を築く。
 テントを張り、焚き火を作り、周囲を木の柵で囲み、罠を仕掛ける。
 必死に陣を構築する僕達を傍目に、スライムはのほほんとしていた。

 スライムはそれほど好戦的な魔物ではない。
 こちらから仕掛けなければ、襲ってこないのが一般的だ。
 それでも僕達は、ガッチガチに警戒して、陣を築いていく。
 滑稽な話だが、これが冒険者というもの。と自分に言い聞かせた。

 陣の設営作業を行うのは、僕達3人だけだ。
 ミストラル先生は、律儀にルールを守り、傍観に徹している。
 しかし、ただ眺めているだけではない。

 近づいてきたスライムの相手をしているのだ。
 腰を屈め、右の人差し指で、ツンツン、ツンツン、とつついている。

「ピュイー! ピュイー!」

 つつかれたスライムは、嬉しそうに鳴き、飛び跳ねている。
 ぴょんぴょん、ぴょんぴょん、先生の前で跳ね続けている。
 僕は気が気でならなかった。

「ミストラル先生、襲われますよ」

「大丈夫です」

「先生が大丈夫って云うなら、大丈夫なんだろうけど……」

 チラチラと先生を見ながら、作業を続けていく。

「ピュイー!」

「今はテントを張っているところです」

「ピュピュイー!」

「木の柵は、皆さんが近づかないようにする為のものです」

 先生がスライムと会話している。

「ミストラル先生、スライムの言葉が分かるのですか?」

 エマが尋ねる。

「分かりません」

 先生は即答した。
 勘で答えているだけらしい。

「先生って、魔物と触れあうのが好きなんですか?」

 僕が訊く。

「別に、好きでも嫌いでもありません。
 ただ、この子とは、仲良くなれそうな気がします。
 テイマーのスキルを習得していないので、感情は分かりませんが」

 テイマーとは、魔物を使役して戦うクラスだ。
 スキルの中には、魔物の心を読むものが存在している。
 先生が言っているのはそのことだろう。

 それにしても、先生とスライムは、なんだか良い感じだ。
 仲睦まじい雰囲気が出ていて、ペットと言われても信じられる。
 たしかに、このスライムとは、仲良くなれそうな気がする。

「本当に襲ってこないんですね」

 と、僕が言った瞬間、スライムが心変わりした。
 何かが気に障ったらしく、ドピュッと液体を放ったのだ。

「「「先生!」」」

 どろっとした粘着性の液体が、先生の全身にかかる。
 放たれた時は透明だった液体が、付着すると白く濁り始めた。
 ミストラル先生の身体に、白いドロドロの液が纏わり付く。

「落ち着いてください、私は大丈夫です」

 先生は布キレを召喚して、上半身の液体を拭き取っていく。
 胸の谷間に貯まった液体を拭き取るのには、なかなか苦労していた。
 僕は、もっと苦労してくれ、と密かに願っていた。

「困った子ですね」

 ドキッとする。
 僕に言ったのかと思った。
 それは気のせいで、スライムに言っていた。

「ピュー! ピュー!」

 先生の前で激しく飛び跳ねるスライム。
 仕掛けてきたのだから怒っているはずだが、怒気は感じられない。
 と、思ったら、いきなりタックルをしでかす。
 もちろん、ミストラル先生には通用せず、左手で止められた。

「ピュイ!?」

 スライムの頭を左手で押さえるミストラル先生。
 そのまま逃げないように固定して、何をするのかと思えば。

 ドスッ。

 矢を召喚し、右手で持ち、スライムに突き刺した。
 スライムは断末魔の叫びを上げる間もなく、絶命する。
 死んだスライムは、光の泡となって、消えていった。

「仲良くなれるかと思ったのですが、気のせいでした」

 先生が言う。
 その身体には、未だに、白濁とした液が付着している。
 かなり拭き取られていたが、こびりついた分はそのままだ。

 穢された先生の姿を見て、僕は妙に興奮した。
 思春期の男ってこういうものだろう、と自分に言い聞かせる。

「攻撃を受けちゃうなんてびっくりしましたよー!」

「でも無事でよかったです、安心しました」

 マリとエマが言う。

「災難でしたね、先生」

 僕はまるで思っていないことを口にする。
 本心では、よくやったぞスライム、と思っていた。

「レイ君、本当にそう思っていますか?」

「モ、モモ、モチロンデスヨ、ヤダナァ、ハハハ」

 僕の目が泳ぎ、エマとマリがため息をついた。
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