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020 7月:クーラースプレー

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「じゃあ、アマネのPTが負けたら何かあげるから!」

 メイリーン先生が物で釣ってきた。

「なんでも好きな物のをあげるよ! だからお願い!」

 どうしてそこまで戦いたいのか、僕には分からなかった。
 少し気にもなるけれど、暑くて暑くて、訊く気が起きない。

「どうしてそこまで戦いたいの?」

 と思っていたら、マリが代わりに訊いた。

「信じられないからよ。一般クラスにウチの子が負けるなんて。
 それに、1組が同年代に負けるなんて、絶対にあってはならない。
 将来、〈上級冒険者名簿〉に名を連ねる者達なんだから」

 要するにプライド的な問題だ。
 僕にとって、これほど理解出来ないことも珍しい。
 なにせ、僕のプライドは常にバーゲンセール中だからね。

「だからお願いよ、レイ君。戦わせてくれない?
 アマネのPTに勝てたら、好きな物をあげるからさ」

 すると、男子の誰かがニヤニヤしながら言った。

「メイリーン先生を好きに出来る権利を貰えよー!」

 なんたる発言だ。
 僕は思わず、権利を行使する自分の姿を想像してしまった。
 メイリーン先生を僕の部屋に呼び出し、ベッドに寝かせ、跨がり、大きな胸に手を伸ばす自分の姿を。そして、屈辱にまみれた顔で、僕を見ながらも、抵抗する素振りは見せず、されるがままのメイリーン先生を。

「師匠! 汗! 汗!」

「うお、うおおお……!」

 汗が加速してしまった。
 滝のように、という表現すら生ぬるいくらいに噴き出ている。
 暑さと、変な想像による興奮と、周囲の目を気にした恥ずかしさから。

「ふふっ、男の子ね。別にかまわないよ。アマネのPTは負けないから」

「「「「うおおおおおおおおおおおおお!」」」」

 2組と3組の男子が興奮する。
 よく見ると、田中が密かに鼻血を出していた。
 1組の男子もこっそり興奮しているようだ。

「もうこれ以上、僕を暑くするのはよしてくれ。今にも失神しそうなんだ」

「たしかに師匠、倒れちゃいそう!」

「大丈夫ですか? レイさん」

「大丈夫じゃないよ。むしろなんで大丈夫なんだ、皆は」

 比喩ではなく実際に頭がクラクラしてきた。
 と思ったら、次の瞬間、全身の熱が一気に冷めていく。
 身体がすごくひんやりし始めた。

「これでマシになった?」

 メイリーン先生だ。何かしてくれたらしい。

「何をしたんですか?」

「〈ブリザード〉と〈ウィンドシールド〉の魔法を合成して、レイ君の周囲に漂わせたの」

「メイリーン先生は魔法使いだったんですね。〈魔法合成〉が使えるとは」

「いいえ、魔法は嗜む程度よ。それより、話は戻るけど、アマネのPTに勝ったらこれをプレゼントするってことでどうかしら?」

 先生が、胸の谷間より細長いスプレー缶を取り出した。

「これは〈クーラースプレー〉という魔法具で、吹きかけると、レイ君に掛けた合成魔法と同じ効果を得られるの。それも半日よ」

 説明が終わった瞬間、魔法が解けて、暑さが蘇る。
 そこへすかさず、メイリーン先生がスプレーを噴射した。
 僕の身体がまたしても涼しさに包まれる。

「これがあれば夏でもローブを着ることが出来るわよ」

 凄まじい条件だ。
 僕は「そんなものがあるなら先に言え」と叫びたくなった。

「どう? アマネのPTとグレードマッチをしてくれるかしら?」

「勝てばそれがもらえるんですよね?」

「そうよ。勝てばね?」

 答えは決まっていた。

「やります!」

 絶対に負けられない。
 これは僕のプライドを賭けた戦いだ。

 ◇

 部外者が観客席に移動して、準備が整った。
 今回も僕達は後攻だ。エマが決めた。

「私がリーダーのアマネよ、よろしくね」

 戦う前に、アマネが握手を求めてきた。
 僕は名乗りながら、その手に応じる。

「もしかして、半蔵さんの妹だったりする?」

「半蔵? 誰よそれ」

「僕の知り合いなんだけど、違うなら気にしないで」

 アマネは赤の忍び装束を着ている。
 それを見て、僕は半蔵さんを思い出したのだ。
 しかし、よくよく見ると、半蔵さんとはまるで違っていた。
 腰に忍者刀を装備しているし、髪だってオレンジのセミロングだ。

「それにしても、リーダーが女って珍しいね」

 アマネのPTは女1男3の構成で、リーダーはアマネだ。
 こういうPTの場合、往々にして、リーダーは男が務める。

「強ければ性別なんて関係ないのよ」

「カッコイイセリフだ。良いと思うよ」

 素直に思ったことを言っただけなのだが、

「え、そう? ありがと」

 アマネは頬を赤らめて、妙に照れていた。

「いい感じになっていないで始めるわよ」

 メイリーン先生が手を叩いて急かす。
 やれやれ、ミストラル先生と違ってせっかちさんだ。
 アマネのPTは慌てて武器を構えた。

「私に勝ったらデートしたげる」

「僕はクーラースプレーで十分だよ。ごめんね」

「ふふ、私になびかないなんて、クールな男ね、気に入ったわ」

 僕のPTがフィールドの隅に移動する中、アマネがグレードを指定する。

「メイリーン先生、グレード20でお願いします」

 場に衝撃が走った。
 2組と3組の観戦者が驚愕する。

「20だって!?」

「いきなり20ってマジかよ!?」

「山本のPTはたしか15かそこらだっただろ?」

「16で終わったはず!」

「20ってそれよりも上じゃん!」

 エマとマリも驚いているようで、特にマリは「うひゃあ」と声を上げていた。

「準備はいい?」

 メイリーン先生がグレード10の魔物を2体召喚する。

「大丈夫です!」

「それでは、始め!」

 合図とともに戦いが始まる。
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