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031 ミユとの訓練

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 翌日、目を覚ますとレベルが100になっていた。
 記憶の限り90から100レベルの間にまともな狩りはしていない。
 いやはや、戦わずして得る経験値は美味である。

「それにしても……3億かぁ」

 所持金を確認してうっとりする。
 宝くじに当たったような気分だ。
 しかし、こんな大金あっても使うことがない。

「ネガティブオプションのない超コスト武器でも作ろうかな?」

 なんてことを呟き、即座に「いやいや」と自分で否定。

「あえて無駄遣いをする必要はないな」

 自分のセリフにウンウンと頷いて同意する。
 ゴブリンズがまだ寝ているとはいえ、独り言が酷いな。

 ベッドに寝転んだまま、時刻を確認する。
 まだ朝の8時40分だ。
 休みなのに早起きしてどうする。
 俺は二度寝を決め込んだ。

 ――トントン。

 そんな時、扉がノックされる。
 すぐに起き上がって出たいが、そうもいかない。
 ゴブちゃんが俺の腕に抱きついているからだ。
 忍法枕で変わり身の術をするには、しばしの時間を要する。
 仕方ない、ここは――。

「どなたか知らないけど、用があるなら入ってきてくれ」

 寝転んだまま返事をすることにした。

「はい、わかりました、失礼します」

 丁寧な言葉と共に扉が開いていく。
 入ってきたのはミユだった。
 シノも一緒かと思いきや、一緒ではない。
 どうやら一人のようだ。

「おはよう、ミユ。朝からどうかしたか?」

 ゴブちゃんに枕を抱かせながら、ミユに尋ねる。
 この作業は細心の注意を要するので、視線はゴブちゃんに釘付けだ。
 規則正しい「ゴブゥ……ゴブゥ……」の寝息が途絶えないよう警戒する。

「すみません、早すぎましたよね。お忙しいようですし、後でまた尋ねさせていただければ……」
「いや、問題ないよ。用件を言ってくれ」

 どうにか、ゴブちゃんに枕を抱かせることに成功した。
 これでもう問題ない。
 俺は起き上がると、足下で眠るゴブおをゴブちゃんの横に置いた。
 それから、そーっとベッドから出る。

「今日、もしお暇でしたら一緒に<訓練>を出来ればと思いまして」
「あぁ、それで制服を着用していたのか」
「はい」

 日曜にもかかわらず、ミユは普段と同じ服を着ていたのだ。
 胸部がはち切れそうなブレザーとシャツ。
 一切の露出がないのに、凄まじい色気を放っていた。

「別にかまわな――いや、ちょっと待ってくれ。念のため、こいつらに許可を取ってからにするよ。土日はかまってやるって言っていたから、勝手に承諾するとご立腹になりよるんだ」
「いえ、それでしたら無理にお付き合いしていただかなくても問題ありません」

 ミユは頭をペコリと下げた。
 申し訳なさそうな表情を浮かべている。
 俺は即座に「いやいや」と手を横に振った。

「せっかく誘ってもらったんだし、できるだけ承諾出来るよう努力するよ。こいつらが起きるのは10時頃だから、とりあえずそれまでは適当に過ごすってことでいいかな?」
「わかりました。あの、よろしければ、一階の食堂で朝食をご一緒しませんか?」
「いいねー、賛成だよ」

 こうして、俺達は一階の食堂に向かった。

 ◇

 食堂で朝食兼雑談を楽しみ、ゴブリンズの起床時間になると部屋に戻った。

「――というわけで、今日はミユと<訓練>したいんだけどかまわないか?」
「「ゴブ! ゴブブのブー!」」

 ゴネるかと思いきや、ゴブリンズは快諾した。
 昨日たくさん一緒に過ごしたから、満足なのかもしれない。

「寮内をぶらついてもいいけど、他の人に迷惑をかけるなよ」

 この学校に<テイマー>は俺しかいない。
 故に、ゴブリンズは誰の目にも俺のペットだと明らかだった。
 それはつまり、自由に歩き回らせても安全であることを意味する。
 なぜなら、俺はエドワード皇帝に寵愛されているからだ。
 おかげさまで、ゴブリンズをいじめるような奴は誰も居ない。

「では行こうか」
「はい。本日はよろしくお願いします、ジークさん」
「こちらこそ」

 俺も制服に着替え、ミユと二人で校舎に向かった。

 ◇

 三階の訓練室に行くと、既に何人かの生徒が居た。
 その中には、俺以外で唯一の男子“レオン”の姿もある。

「ジーク……!」

 レオンはちょうど端末に入るところだったが、俺に気づくと動きを止めて、攻撃的な視線を送ってきた。

「名前で呼ばれるようになって嬉しいよ」
「一度勝ったくらいで調子に乗るんじゃねぇぞ」
「別に調子には乗っていないだろ」
「ふん」

 ジークは仮想空間へ消えていった。
 相変わらずの敵対心に苦笑いだ。

「俺達もやるか」
「わかりました」

 会話もそこそこに、俺とミユも仮想空間に転移した。

「さて、<訓練>といっても色々あるわけだが、どうしようか」

 <仮想訓練システム>の<訓練>モードでは、実力測定の時に行った五項目のトレーニングを行うことが出来る。すなわち<攻撃><防御><機動><索敵><技術>だ。

「<魔法石>を使った跳躍を練習したいのですが、その場合だとどれが適当なのでしょうか?」
「それだとここで練習するのがいいかも。<機動>が一番近いけど、あれは高く飛ぶというより速く走る為のものだし」
「わかりました。では、あちらに移動しませんか? この場所だと転移してきた人の迷惑になりかねませんので……」

 ミユが前方を指した。
 100メートル程進んだ所に、切り株がポツンとある。
 草原の上に佇む唯一の切り株だ。

「そうだな、あそこでやろう」

 ミユの提案を承諾し、俺達は切り株の前に移動した。

「<魔法石>による跳躍のこと、前も言っていたよな? そんなに苦手なのか?」
「はい、練習はしているのですが、なかなか上手くいかなくて……。ジークさんはすごく上手ですよね。これ以上ないってタイミングで、跳躍と着地の両方とこなしているように思いました」
「俺もまだまださ。とりあえず、一緒にやってみるか」
「はい、お願いします」

 俺達は「せーの」の掛け声と共に跳躍した。
 二人並んでの垂直跳びだ。

「高い……。流石です、ジークさん」
「いやいや、ミユも十分な高度だろ」

 俺の記録は11メートルかそこら。
 一方、ミユの記録は7メートルくらいだ。
 たしかに俺には劣るが、問題があるとは思えない。

「きゃっ」

 高度が低い分、ミユが先に着地した。
 着地に失敗したようで、バランスを崩して転倒している。

「ふぅ」
「お見事です、ジークさん」
「ありがとう」

 俺は難なく成功した。鍛錬の賜物だ。
 もはや、意識しなくても着地は失敗しない。
 実用的なレベルだと、自分では思っていた。

「俺のほうが後に着地したからよく分からなかったけど、タイミングがずれたみたいだな。足とか挫いていないか? 問題があったら入り直せよ」

 仮想空間内で負った怪我は、出ると即座に完治する。
 だから、怪我でパフォーマンスが低下したら、入り直すのが一般的だ。

「大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「おうおう。今度は見ているから、ミユが一人でやってみ」
「いいのですか?」
「かまわんよ、大したことじゃないさ」
「優しいですね、ジークさん」
「別に普通だよ。さ、やってみるんだ」
「わかりました、いきます」

 ミユは再び跳躍した。
 この時に気づいたのだが、スカートの中が丸見えだ。
 下から眺めているのだから当然である。

「どうしよ……」

 俺は小さい声で呟き、目のやり場に悩んだ。
 目をそらすと、ミユの跳躍を見ていないことになる。
 しかし、そらさなければ、スカートの中を見ていることになる。
 どちらに転んでも悪い風にとれる展開だ。
 出たとこ勝負の丁半博打なら見るしかない。
 ええい、ままよ!

 俺は決意を固め、ミユを凝視した。
 華奢で美しい脚やら、何やらが見える。
 何がとは云わないが、ピンク色だった。

「きゃっ」

 ミユが再び着地で失敗する。
 バランスを崩し、転倒しかけた。
 俺は慌てて飛び出し、彼女の身体を支える。

「すみません。あ、ありがとうございます」

 背中を俺に支えられた状態で、ミユが言った。
 失敗したことが恥ずかしいのか、顔が真っ赤に火照っている。

「いいよ。それより危なかったな。マジで足首を痛めてないか?」
「はい。おかげさまで、どうにか大丈夫です」
「ならよかった」

 傾いたミユの背中を起こし、自分の足で立たせる。
 あまりベタベタと触っていて、セクハラと思われても困るからな。

「あの、私の着地、何が問題なのでしょうか? 自分ではちょうどいいタイミングで<魔法石>を使えていると思うのですが、どうしても衝撃を殺しきることができず、バランスを崩してしまいます……」

 表情にさほどの変化はないものの、どことなく悔しそうだ。
 おそらく、何度も試行錯誤をして、それでも上手くいかないのだろう。
 そういったことが想像に容易い雰囲気を醸し出していた。

「今見た感じ、着地に失敗している理由は二つある」

 凝視していただけあって、俺には理由がよく分かった。
「教えてください」とすがるような目で見てくるミユ。
 相手がアリサなら焦らすが、ミユなので即座に答えた。

「まずは純粋に<魔法石>の使うタイミングが悪い。跳躍の時は遅すぎるし、着地の時は早すぎる。<魔法石>の効果はかなり弱いから、地面にすれすれの位置で使わないと駄目なんだ」
「タイミング……自分ではいいと思ったのですが、まだまだですか」

 残念そうに肩を落とすミユに、「仕方ないよ」と慰める。

「ギリギリになればなるほど、危険度は増すからね。大成功と大失敗は紙一重だから、その少し手前で成功させようというのは悪くない判断だし、ミユのタイミングは決して論外というレベルではない。だから、転倒しても大怪我をしないで済んでいるんだ」

 これは本当のことだ。
 <魔法石>による着地は、たとえるならチキンレースである。
 成功度を示す数値が徐々に上がっていき、100を超えると0になるのだ。
 オデッサみたいな超人は常に98以上を出すが、そんなのはただの超人に過ぎない。一般的な人間は、もっと手前の80から90あたりで止めるのが安全だ。
 そういった観点からいえば、ミユのタイミングは何の文句もなかった。本人が「タイミングはちょうどいいと思う」と自負するのも頷けるし、その発言に間違いはない。

「ミユの場合、問題なのはタイミングよりも脚力だな。着地の衝撃に、踏ん張る力が追いついていないんだ。<魔法石>で衝撃を抑えたとしても、衝撃が完全になくなるわけではないからね」

 ミユは口に手を当て、「なるほど」と小さく呟いた。

「<魔法石>を使った着地って、普通の着地と感覚が違うじゃん? なんかグニャーってした感じというかさ、そういうのあるでしょ?」
「はい、分かります」
「あの感覚に慣れることが大事なんだと思うよ」
「脚力について、今まで疑問を抱いたことはありませんでした。なんだかモヤモヤが晴れたような気がします。ありがとうございます」

 そう言って俺を見るミユの表情は、本当に晴れ晴れとしていた。

「あの、ご迷惑だとは思うのですが、もう一度見ていただけませんか? 今度はご指摘いただいた点に気をつけて挑戦してみますので、それで、上手くいかなかったらまたアドバイスしていただけるとありがたいのですが……」

 ミユがここまで強く言ってくるのは珍しい。
 いつもは何かと遠慮するタイプだからだ。
 そんな彼女が言うのだから、断るわけにはいかない。

「いいよ。一度ではなく、ミユが満足するまで何度でも付き合おう。ただ、その前に一ついいか?」
「はい」

 首を傾げるミユに、俺はスカートの中が見えることを説明した。
 言わないでおこうか迷ったが、言うことにしたのだ。
 黙って見続けるのは、なんだかよろしくない気がする。
 それに、俺が逆の立場なら、言ってもらいたいからね。

「そ、そうですよね。下からだと、その、丸見え……ですよね?」

 ミユは耳を真っ赤にして、恥ずかしそうな上目遣いで俺を見てきた。
 こちらもなんだか恥ずかしくて、目が合うと思わずそらしてしまう。

「対処法としてはスカートの下に何か穿くとか、ジャンプの高度を下げる辺りが有力かな」
「他の衣装といえばローブを持っていますが、あれの中は今よりも短いスカートですので……。でも、ジャンプの高度も下げたくないです」

 しばらく黙考に耽った後、ミユが「決めました」と言った。

「ジークさんによこしまな気持ちがないのは分かっていますし、これは私がお願いして付き合っていただいているトレーニングですから、見えてしまうことは気にしません。すごく恥ずかしいですが、仕方のないことですし、その、ジークさんになら、別にいいかな……なんて」

 話し終えるにつれて、ミユの語尾は弱まっていった。
 それと同時に、俺の口はポカンと開いていく。

「つ、つまり、スカートの中が見える状態で継続するってことか?」

 ミユの発言はそういうことになる。
 俺の頭がおかしいのかとも思ったが、おかしくないはず。

「はい。ジークさんさえよろしければ、ですが」

 もちろん俺はよろしいさ。
 スカートの中が見えることによるデメリットは何もない。
 むしろ眼福とか僥倖といった言葉が脳裏によぎるくらいだ。

「別に問題ないよ、俺は」
「では、よろしくお願いします」
「あ、あぁ、よろしく」

 妙にそわそわした雰囲気が漂う。
 ミユは顔を赤くして俯いている。
 一方、俺の顔も赤くなっていた。
 鏡がないので、正確にはわからない。
 だが、確実に紅潮していると断言できる。
 湯気がでそうなほどに顔が熱いのだ。

「………………は、始めますね」

 俺は激しく詰まらせながら「おう」の二文字を絞り出した。
 その言葉を確認すると、ミユが再び跳躍を始める。

 そうして再び見えるピンク色。
 眼福だが、ここで鼻血を出す訳にはいかない。

「きばれよ、着地」
「はい!」

 上昇が終わり、下降に入るミユ。
 今回はこれまで以上に気合い十分の様子。

「きゃっ」

 しかし、失敗。
 <魔法石>のタイミングは改善されている。
 しかし、押し寄せる衝撃を乗り切ることはできなかった。

「うおっと――――あっ」

 バランスを崩すミユを、慌てて支える俺。
 だが、咄嗟のあまり、右手があらぬ所を触ってしまった。
 初めてミユを見た時、誰もが注目する巨大な胸だ。
 しかも、勢い余って一瞬だけ揉んでしまった。
 もちろん、何も言われる前に慌てて離す。

「ご、ごめん。咄嗟だったから」

 悪意がなくとも、圧倒的平謝り。
 それでも、ミユの顔は瞬く間に紅潮していく。
 まずい、まずいぞ。
 俺の胸中は、かつてない感触の余韻に浸ることなく、不安でいっぱいだった。

「いえ、私が失敗したからこうなってしまったわけで……。むしろ、すみません。せっかくアドバイスを頂いたのに、失敗してしまいました」

 口で「仕方ないよ」と言いつつ、心の中で「ホッ」と安堵する。
 よかった、特に問題が起きることなく乗り切ることができた。

「つ、次からは、バランスを崩しても支えないでおくね。さっきみたいなことがあったら申し訳ないし」
「いえ、その、よろしければ、支えていただけると嬉しいです……。さっきのも、別に嫌というわけではありませんでしたし……なんて言うと何か変ですが、その、倒れたら怪我をするかもしれませんし……いや、そうじゃなくて、えっと、とにかく、お願いします」
「お、おう、ミユがそういうなら、そうしよう」

 再び妙な雰囲気を漂わせながらも、トレーニングを再開する。
 ミユの着地が成功するように祈りながらも、頭の片隅では「先程の僥倖が再び舞い降りますように」と願う俺であった。
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