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015 大討伐戦⑤

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 現状ではどうやっても勝てないと判断した俺達は、撤退を選択した。
 しかし、逃げるというのはそう簡単なものではない。ターン制のRPGみたく逃げるボタンをポチッとしてはい終了、というわけにはいかないからだ。

「お前達は先に行け!」
「「ゴ、ゴブ!? ゴブゴブ!」」
「馬鹿野郎! のろまが一緒だから逃げづらいんだよ!」
「「ゴブゥ!」」

 俺に叱られ、ゴブリンズが一足先に撤退を開始した。
 こちらに背を向け、一目散に<ゴズモ洞窟>の外を目指す。

 俺・ゴブリンズ・オデッサの移動速度はそれぞれ異なる。
 俺の速度を100とした場合、ゴブリンズは半分の50もない。
 正確には10前後が妥当なところだろう。それほどの差がある。
 この状態で全力疾走すると、こいつらはすぐに置いてけぼりとなってしまう。
 だから先に逃がすことにした。残したところで足止めにもならないしな。
 ちなみに、同じ基準でオデッサの速度を数値化すると、200を優に超す。

「子供の安全を第一に考えるとは、優しいお父さんだね!」
「そうだろ? いつからか俺も素敵なパパになってしまったようだ」
「あはは。少ししたらジーク君も逃げてね」
「おう。オデッサさん、無理はしないでくれよ」
「ふふ、お姉さんはまだまだ奥の手を隠しているから大丈夫よ」

 オデッサは<AR>をインベントリにしまい、長剣を二本取り出した。

「かかってきなさい、雄牛ちゃん!」
「モォォォォ!」

 牛頭王アビス・ミノタウロスが斧を振るう。
 オデッサはそれを軽やかに回避すると、反撃の一撃を繰り出した。

「くらいなさい、<ソードキャリバー>!」

 オデッサは二本の剣を斜め十字にして、牛頭王の右足を斬りつけた。
 あれは――<剣士>のスキル<ソードキャリバー>!
 ん? 待て、おかしいぞ。

「いやいや、オデッサさんの職業は<アサシン>と<シーフ>だろ」
「気分よ気分! <剣士>になりきってみたの!」
「せめて魔法石を使うくらいはしろよ」
「えへへ、持っていなくて」

 先程の一撃は、スキルではなくただの攻撃だったのだ。
 道理で何のエフェクトも発生しなかったわけである。
 本物の<ソードキャリバー>なら、もっと光っていたはずだ。

「ジーク君、覚えておきなさい。戦闘は雰囲気を楽しむものよ」
「無茶苦茶だよ、全く」
「それでも強いから問題ないのだ! なっはっは!」

 武器が剣になって以降、オデッサの動きはより鋭くなった。
 敵の攻撃に対して、余裕の表情ですいすいとかわしていく。

「ゴブリンズが撤退してしばらく経ったし、そろそろジーク君も逃げて!」
「分かった! 女性を置いて逃げるのは恥ずかしいが、今はプライドを大事にしている場合じゃないしな。先に逃げさせてもらうよ」
「オーケー! あとはお姉さんに任せ――」
「モォオオオオオオオオオオ!」

 オデッサの言葉を、牛頭王の咆哮が遮る。

「「ちょっ」」

 次の瞬間、俺達は共に絶句した。
 牛頭王が二本目の斧を召喚したのだ。
 俺達がインベントリから武器を取り出すのに似ている。

「まさか雄牛ちゃんも二刀流とはね」
「GYUUUUUUUUUUUU!」

 召喚した斧を左手に持つと、牛頭王は攻撃を始めた。
 武器の数が二本になったことで、攻撃がより激しくなっている。

「くっ……」
「オデッサさん!」
「大丈夫、このくらい――――きゃっ」

 オデッサは牛頭王の攻撃を捌ききれなかった。
 だから二本の剣を使ってガードをするも、派手に吹き飛ばされる。
 10メートル以上離れていた俺よりもさらに後ろへ、ころころと転がった。

「ぐぐっ、ごめんね、ちょっと下手を打っちゃったみたい」

 オデッサは剣を一本しまうと、もう一本を杖代わりにして立ち上がる。

「大丈夫、今度はちゃんと止めるから」
「無茶を言うな! 一緒に逃げるぞ! 負傷した今なら、俺と大差ない速度だろ」
「ふふ、お姉さんのことを評価しすぎだよ。でも逃げる方がよさそうね」

 本当なら「ここは俺に任せて先に行け!」くらいは言いたいものだ。
 それが男というものだが、今の俺がそんなことを言っても意味がない。
 牛頭王の攻撃を防げず、瞬く間に屠られて灰と化すだけだ。

「さぁ、行くぞ、オデッサさん」
「うん!」

 俺達は敵に背を向け、全力で撤退した。

「モォオオオ! モォオオオオオ! モォオオオオオオ!」

 背後から牛頭王が迫ってくる。
 両手の斧を振り回し、俺達をミンチにしようと全力だ。

「あった、鉄格子だ! あそこをくぐれば――」

 前方に鉄格子が見えてくる。
 人間サイズの扉が付いており、当然ながら牛頭王にはくぐれない。

「モォオオオオオオオオ!」
「はぁ……やっぱそうなるよな」
「ひぃいいいいいいいい!」

 牛頭王は鉄格子を斧で吹き飛ばした。
 扉をくぐれなくても、破壊すれば問題ないわけだ。
 暴力的な行動に落胆する間もなく、俺達は走り続けた。

「あれ?」
「追ってこなくなったね」

 壁に付けた目印を頼りに逃げることしばらく。
 牛頭王が俺達を追ってこなくなった。
 追いつけないと判断して諦めたのか?
 いや、その可能性は低い。
 武器をぶんぶん振り回してさえいなければ、余裕で追いつかれていた。
 普通に走った場合、俺達よりも敵の方が遙かに速かったのだ。

「よく分からないけど、とにかく外までは走ろう」
「りょーかい!」

 牛頭王が消えてからも、俺達は走り続けた。
 だが――。

「な、なんで……!」

 俺達の前に、牛頭王が現れたのだ。

「他の道から回り込まれてしまったかぁ」
「やべぇな」

 <ゴズモ洞窟>は迷宮の如きダンジョンだ。
 数え切れない程の分岐により、道が枝分かれしている。
 しかし、俺達はその内の一つしか知らなかった。
 だから、逃げ道に立ち塞がられるのはこの上なくつらかった。

「引き返して別の道を探す?」
「いや、それならまだ戦闘を挑んで切り抜ける方がマシだな」
「だよね、迷子になっちゃうだろうし」
「仕方ない、やるか」
「りょーかい!」

 俺達はインベントリから武器を取り出した。
 俺は<AR>で、オデッサは二本の剣。

「場所が場所だけに回り込むのは無理だな」
「だね! こういう時、ジーク君ならどうする?」
「そうだなぁ……」

 俺はサッと周囲を見渡した。
 俺達が進みたいのは、前にある通路三本の内、真ん中の通路だ。
 それら通路の前には牛頭王が仁王立ちしている。
 最奥部に比べると格段に横幅の狭い場所だから、横を通るのは厳しい。

「先回りして待つような敵だ。釣り出すのも難しいな。ふざけた案とは思うが、一か八かで股下を通り抜けて突破するのが一番じゃないか」

 牛頭王の股下は、俺達が通り抜けられるだけのスペースがある。
 ただ、そこを通るには、二本の斧を凌がねばならない。
 絶好調のオデッサでさえ凌げなかった驚異的な速度の攻撃だ。

「私も同じ考えだよ! じゃあ、二人で戦ってどうにか隙を作ろっか!」
「オーケー。これも何かの縁だし、駄目な時は仲良くやられようぜ」
「いいね、お墓に夫婦って書いてもらえるね」
「見舞いにはゴブリンズが来てくれるだろうよ」
「ふふ、そういうのも楽しいけど、そうならないように頑張ろうね」
「おうよ」

 俺は<AR>のトリガーを引いた。
 それを合図に、牛頭王との戦いが再び始まる。

「あれだけ削ったHPが、殆ど回復してるじゃねぇかよ」

 牛頭王のHPはいよいよ400万に達していた。
 必死に減らした200万の内、半分が回復したことになる。
 やれやれだぜ。

「モォオオ! モォオオ!」
「ぐぬぬ……防ぐだけで精一杯」
「それでも十分すごいさ」

 オデッサが敵の攻撃を防ぐ間、俺は左右に動き回って射撃する。
 牛頭王の注意が少しでもそれるよう、可能な限りのことをする考えだ。
 実際、この攻撃には牛頭王を苛つかせる効果があった。

「GYUUUUUUU!」
「ジーク君!」
「うおっ!」

 牛頭王が左手の斧を投げてきたのだ。
 俺の背丈よりも大きな斧が、横回転をしながらこちらに飛んでくる。
 俺はそれをしゃがんで回避した。

「きゃっ」
「オデッサさん!」
「こっちは大丈夫、それより!」

 牛頭王はオデッサをまたぎ、こちらに突っ込んできた。
 オデッサの前に俺をぶっ殺すつもりのようだ。

「モォオオオオオオオ!」

 起き上がった俺の前で、斧を振り上げる牛頭王。
 オデッサならいけるかもしれないが、今の俺に回避など不可能。
 ありがちな謎の力が覚醒するといった展開もない。

「こんなところで終わっちまうのか、我が人生――」

 どうにもならない。
 俺は抵抗を諦め、目を瞑った。

「ジーク君!」
「――――――――<ホーリーブロック>」

 俺の頭上で激しい金属音が鳴った。

「なんとか間に合ったようね」

 女の声が聞こえる。
 俺はゆっくりと目を開いた。
 そして、声の主を視認する。
 左手に盾を持ち、鎧を纏った女。
 その女のことを、俺は知っていた。

「久しぶりね、ジーク。助太刀するわ」
「サナ!」

 そこに居たのは、B級冒険者のサナだった。
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