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011 大討伐戦①

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 軍服の男に案内されて<ギルド>を出ると、ご丁寧に馬車が待っていた。
 客車部分が金をあしらった豪華なものになっている。

「どうぞ、ジーク様」
「お、おう」

 男は客車の扉を開け、中に入るよう促してきた。
 不安な気持ちを抱えながら、ゴブリンズを連れて乗車する。

「む? あんたは乗らないのか?」
「私は御者ぎょしゃを務めますので」
「御者? あぁ、運転手のことか」

 男は客車の扉を閉めると、御者台に座った。
 客車の四方についた窓から、男や周囲の人間がよく見える。

「それにしても、客車の中が俺とゴブリンズだけとはな」

 普通、御者は別に用意しておくものではないのか。
 で、軍服の男は、俺と同じく客車に乗るわけだ。
 道中、俺が男に話しかける。「用件は?」と。
 男はそれに「知らん」とぶっきらぼうに答える。
 気まずい沈黙が流れたところで帝都に到着。
 ……というのが、俺の勝手なイメージだった。

「揺れますのでお気を付けください」
「はいよ――――おわっ、まじで揺れるのな」
「「ゴブッ」」

 男の声と共に、馬車が動き始めた。
 どうやら、揺れるのは最初だけみたいだ。
 すぐに快適な乗り心地となった。

 客車の中には、二人掛けの席が向き合う形である。
 おそらく上座と思われる外側に、俺は座っていた。
 ゴブおは御者台と背中合わせの内側だ。

「ゴブッ! ゴブ! ゴブー!」
「なんだゴブお、外の景色を見るのが楽しいのか?」
「ゴッブゴブ!」

 ゴブおは席に座らず、左右の窓を見ている。
 右の窓を見ていると思ったら、すぐに左側へ。
 そんな調子で、狭い車内を往復していた。

「ゴブゥ」
「はは、お前は相変わらずだな」

 一方、ゴブちゃんは俺の膝に座っている。
 つぶらな瞳を俺に向け、嬉しそうにしていた。

「ゴッブゴブー!」
「お、あれに見覚えがあるのか?」

 俺は右の窓を指しながら言った。
 ゴブおは目をキラキラ輝かせ、何度も頷く。

「よく分かったな。あれは<単眼砦>だ」

 遠目にチラリと見えていたのは<単眼砦>だった。
 サイクロプス・ネオの棲息地であり、今では人気の狩り場だ。

「この道を通るということは、<タイタニア>に向かっているんだな」

 馬車は<ロックハート>の南門を出て、順調に街道を南下していた。
 しばらくして、直線か左折の分岐点に到着すると、迷わず左折を選択。
 そのまま道なりに進むと、<タイタニア>と呼ばれる巨大都市に到着だ。
 数少ない<ロックハート>よりも規模が大きい城郭都市。
 たしかGO時代も、<タイタニア>が帝都扱いだった気がする。

「ゴブゥ……ゴブゥ……」

 顔の下から寝息が聞こえてくる。
 ゴブおが興奮する一方で、ゴブちゃんは眠りについていた。
 馬車の微かな揺れが、ちょうど心地よく感じたみたいだ。
 俺の上半身にもたれて、幸せそうな笑みを浮かべてやがる。

「これからどうなるかも分からないというのに呑気なものだ」

 この中で緊張しているのは俺だけだった。

 ◇

 走り続けることしばらく、再び分岐点に到着した。
 今度は左右に分かれている。
 ただ、どちらを選択してもタイタニアに着く。
 左を選べば西門に、右を選べば南門が待っている。
 馬車は右の道を選んだ。

「ゴブー! ゴブ! ゴブブ! ゴブー!」
「でけぇだろ、これが帝都<タイタニア>だ」

 いよいよ馬車が<タイタニア>に入った。
 街に入ったからだろう、動きが緩やかになる。

 <タイタニア>は大陸で一番大きな都市だ。
 この世界における“都会”なわけだが、施設に驚きはない。
 <ロックハート>もそれなりに発展しているからだ。
 開始地点がもっと辺境にある村とかなら、反応は違ったかもな。

「到着しました、ジーク様」

 軍服の男が馬車を止めた。
 御者台から降りると、客車の扉を開け、出るように促してくる。
 ゴブおを先に降ろした後、ゴブちゃんを叩き下ろして降りた。

「でけぇな」
「「ゴブゥ!」」

 前方には城があった。
 これまで利用したあらゆる施設よりも大きい。
 面積もそうだし、高さも断トツの一位だ。

「皇帝陛下のもとまでご案内させていただきます。どうぞこちらへ」

 男がスタスタと城に入っていく。

「皇帝陛下か、緊張するな。正しい言葉遣いとか分からないぞ。無礼者と言って斬首刑に処されたらどうしよう。土下座したら許してくれるかな?」

 俺は、ブツブツと独り言を垂らしながら続いた。

「ゴブゥ?」
「ん? あぁ、いいよ」

 歩き始めてすぐ、ゴブちゃんが手を繋ぎたがった。
 別に問題ないだろうと判断し、その要望に応えてやる。
 一方、ゴブおは煌びやかな城内に大はしゃぎだ。

「他人様に迷惑をかけるなよ」
「ゴッブゴブゴブ! ゴブブー!」

 やれやれ、これでは親と子もいいところだな。
 しかし、おかげで少しだけ緊張が紛れてきた。
 サンキュー、ゴブリンズ。

「やっぱりここなんだな」

 俺達がやってきたのは、城の最上階にある<謁見の間>だ。
 男は扉を開け、中に入った。
 無言でその後に続くも、緊張感は再び高まっている。

 <謁見の間>の中央には赤い絨毯が敷かれている。
 絨毯は真っ直ぐと伸びていき、最奥部には玉座があった。
 見上げると豪華なシャンデリアが見える。
 俺みたいな庶民には、明らかに場違いな場所だ。

「皇帝陛下、ジーク様をお連れいたしました」

 玉座の手前まで行くと、男は深々と頭を下げた。
 玉座に座っている男が「うむ」という。

 男は見るからに皇帝陛下だった。
 どこで買ったのだと突っ込みたくなるほどの、金色で豪華な衣装を身に纏っている。小太りだが、顔には威厳があり、目には力強さがこもっていた。長々と伸びる髭はきっちりと整えられていて、不潔感はまるでない。

「ご苦労だった、下がれ」
「ハッ」

 軍服の男は敬礼すると、早足でその場を出ていった。

「(この人、相当強いんだろうなぁ……)」

 皇帝陛下を見ながらそう思った。
 何故なら、この場に俺達と皇帝陛下しかいないからだ。
 お付きの兵士もいなければ、お偉いさんがいるわけでもない。
 初対面にも関わらず、見ず知らずの俺とサシで対峙しているわけだ。
 腕っぷしに相当の自信があるのだろう。
 そうでなければ、ただの馬鹿である。

「お主がジークか」
「は、はい、そうです、皇帝陛下」

 ビクビクしながら答える俺。

「銃火器なる前代未聞の武器を生み出し、そのレシピを安価で帝国全土に広めたのはお主で間違いないな?」
「そ、そそ、そうです。いや、違うかも、いや、その」

 緊張のあまりパニックになる。
 やはり処罰されるのか? ここで処される運命なのか?
 俺の胸中に漂う不安が最高潮に達したその時。

「よく来たなぁ天才鍛冶屋のジーク! 余はそなたと会えることを楽しみにしていたのであーる! 遠路はるばる呼び出して悪かったであーる!」

 皇帝陛下は玉座から立ち、俺の前に駆け寄ってきた。
 そして、両手で俺の右手を掴み、目をキラキラと輝かせている。

「銃火器は余も見たが、実に素晴らしかったな! いやは、天晴れじゃ! よくもまぁあれほどの代物を思いついたものだ! 感心したであーる!」
「は、はぁ……」

 事態が今一つ飲み込めない。
 だが、多少は分かったことがある。
 皇帝陛下が怒っていないということだ。
 むしろ逆で、銃火器を大絶賛している。

「そうかしこまらなくてよい! このエドワード・ユリウス、お主とは身分の差を抜きに仲良くなりたいものであーる! だから無礼講を望んでいるのであーる!」

 この時、俺は初めて皇帝陛下の名前を知った。
 エドワード・ユリウスと云うらしい。それでユリウス帝国なのか。

「で、では遠慮なく、くだけた言葉遣いをさせていただきますが……」
「もっとくだけてもよいぞ!」
「いえ、今はこれで。それよりですね、陛下はどうして俺を呼ばれたのですか?」

 エドワードの調子に合わせていると日が暮れてしまいそうだ。
 そう判断した俺は、角が立たないように配慮しながら話を進めた。

「そうじゃった、そうじゃった。お主を呼んだのは他でもない。近く予定している大討伐戦で銃火器の力を貸してほしいのであーる!」
「大討伐戦?」
「なんだ、知らぬのか?」
「ええ、世俗には疎いもので」

 大討伐戦なんて言葉は、GO時代に聞いたことがなかった。
 この世界独自のクエスト、或いはイベントか。

「流石は銃火器の発明者であーる! 芸術品とすらいえる洗練されたデザインに、簡単に扱える操作性、それに加えて驚異的な攻撃力、全てを兼ね備えた作品を世に生み出すだけのことはあるのであーる!」

 エドワードが勝手な誤解をもとに歓喜する。
 俺は「ど、どうも」と苦笑いを浮かべた。

「それより大討伐戦というのは?」
「そうじゃった、そうじゃった」

 話の脱線を阻止して、先に進ませる。

「ロックハートで活動しているのなら知らぬのも無理はないが……最近、国土の東側でモンスターの軍勢による領土侵攻が相次いでいるのであーる! 今の時点では、まだ軍用施設しか被害に遭っておらぬが、このままでは都市まで侵攻してくるのも時間の問題じゃ。そこで、兵士のみならず、冒険者からも参加者を集い、大規模な反撃に打って出ようと思うのであーる」
「それが……大討伐戦」
「その通りであーる」

 モンスターが領土に侵攻するという話は聞いたことがない。
 これまでの経験上、モンスターの活動は決められたエリアに限られていた。
 たとえば草原に棲息しているゴブリンと戦闘になった場合、草原内しか追われない。一歩でも草原から出ると、途端に諦めて戻っていくのだ。

 気にはなるけれど、深く考える必要はないだろう。
 普通に過ごしている限り、モンスターから逃げるようなことはない。
 逃亡を要する相手の場合、往々にして逃げ切れずに殺されるからな。

「事情は分かりました。すると俺の役目はモンスターとの戦闘に備えて、より強力な銃火器のレシピを用意することでしょうか?」
「それも用件の一つであーる」
「というと、他にもなにか?」
「そうじゃ。ジーク、お主は戦闘の腕も立つらしいな。<ギルド>に問い合わせて調べたところによると、サイクロプス・ネオやトール・ネオといったボスモンスターを楽々と倒すとか」
「ええ、まぁ」
「その腕を見込んでお願いじゃ。領土侵攻を続ける敵軍のボスを倒してもらえぬか」

 より強力なレシピの提供とボスの討伐か。

「レシピは分かりますが、どうして俺にボスの討伐を依頼するのですか? 大討伐戦をするのでしたら、全員で攻め込んでボスを倒せばいいのでは?」
「そうもいかぬのじゃ。ボスを倒さぬ限り、雑魚は何度も素早くリスポーンするのであーる。これまで苦戦していたのはそれが原因でのぉ」
「それほどすぐにリスポーンするのですか?」
「約一分といったところじゃな。雑魚のレベルは50で、HPは2000程度じゃ。これが千にのぼる規模でおって、一分で蘇る」
「たしかにそれはきつい……」

 なるほどな。
 話を聞く限りでは、思っていた以上に厳しそうだ。

「我が国にも優秀な将官はいるのじゃが、兵士というのは連携することで力を発揮する存在じゃからな。少数でボスに急襲をかけるということには不向きなのじゃ。それでこのような頼みとなったわけだが、どうか帝国の為に力を貸してほしいのであーる」
「ボスの情報は分かりますか? 返答はそれ次第になりますね。自分の命が惜しいということもありますけど、何より安易に承諾して失敗するわけにもいきませんので」
「ボスは牛頭王ごずおう<アビス・ミノタウロス>じゃ」

 驚いたことに、知らない名前のモンスターだった。
 間違いなくGOには存在していないタイプだ。
 名前からある程度の容姿は想像できるが……。

「レベルと弱点部位、それに弱点属性などもわかりますか?」
「レベルは85で、弱点の属性は氷じゃ。すまぬが部位は分からぬ」
「いえ、それだけ分かれば十分です」
「ではやってくれるか?」
「はい。ただし、少し時間をください。俺のレベルは70でして、今の状態ではボスにダメージを与えることが出来ません。レベル上げや戦闘準備の期間として一週間ほど頂きたいです」

 エドワードが「かまわない」と即答する。

「元々、大討伐戦の決行は二週間後を想定しておった」
「なるほど、ならば問題ありませんね」

 こうして、俺はユリウス帝国を侵攻する敵と戦うことになった。

「レシピは今日中に完成させます。数は100枚ほどでよろしいですか?」
「うむ! 頼もしいのであーる!」
「ありがとうございます。それでは、俺はこれで」
「期待しているのであーる! 快諾してくれてありがとうであーる!」

 俺はエドワードにお辞儀すると、謁見の間を後にしようとした。
 その時「そうじゃ、忘れておった!」とエドワードが声を上げる。

「ボスの討伐じゃが、潜入するのに開錠スキルが必要となる故、高レベルのシーフを雇っておる。当日はそのシーフと共に行動することになるのであーる!」

 一瞬だけ、俺の眉間に皺が寄った。
 命懸けの任務でどこの誰かも分からない奴と一緒とは。
 だが、すぐに「大丈夫だろう」と結論付けた。

 こんな危険な任務を引き受けるような輩だ。
 ただレベルが高いというわけでもあるまい。

「シーフと一緒ですね、分かりました。ではこれで失礼します」
「うむ! 今度、余専用の銃火器を作ってほしいであーる!」

 皇帝エドワード・ユリウス。
 銃火器に魅せられた陽気な男。
 思ったよりも話し易くて助かった。

「大討伐戦……GOにはなかったイベントだ。ハイリスクだが、やらないと損だよな。死なないように気を付けて、精一杯暴れてやろうぜ」
「「ゴブーッ!」」

 未知の戦いに思いを馳せながら、俺は城を後にした。


 ――月日が流れ、2週間後。
 いよいよ、大討伐戦の日がやってきた。
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