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011 大討伐戦①
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軍服の男に案内されて<ギルド>を出ると、ご丁寧に馬車が待っていた。
客車部分が金をあしらった豪華なものになっている。
「どうぞ、ジーク様」
「お、おう」
男は客車の扉を開け、中に入るよう促してきた。
不安な気持ちを抱えながら、ゴブリンズを連れて乗車する。
「む? あんたは乗らないのか?」
「私は御者を務めますので」
「御者? あぁ、運転手のことか」
男は客車の扉を閉めると、御者台に座った。
客車の四方についた窓から、男や周囲の人間がよく見える。
「それにしても、客車の中が俺とゴブリンズだけとはな」
普通、御者は別に用意しておくものではないのか。
で、軍服の男は、俺と同じく客車に乗るわけだ。
道中、俺が男に話しかける。「用件は?」と。
男はそれに「知らん」とぶっきらぼうに答える。
気まずい沈黙が流れたところで帝都に到着。
……というのが、俺の勝手なイメージだった。
「揺れますのでお気を付けください」
「はいよ――――おわっ、まじで揺れるのな」
「「ゴブッ」」
男の声と共に、馬車が動き始めた。
どうやら、揺れるのは最初だけみたいだ。
すぐに快適な乗り心地となった。
客車の中には、二人掛けの席が向き合う形である。
おそらく上座と思われる外側に、俺は座っていた。
ゴブおは御者台と背中合わせの内側だ。
「ゴブッ! ゴブ! ゴブー!」
「なんだゴブお、外の景色を見るのが楽しいのか?」
「ゴッブゴブ!」
ゴブおは席に座らず、左右の窓を見ている。
右の窓を見ていると思ったら、すぐに左側へ。
そんな調子で、狭い車内を往復していた。
「ゴブゥ」
「はは、お前は相変わらずだな」
一方、ゴブちゃんは俺の膝に座っている。
つぶらな瞳を俺に向け、嬉しそうにしていた。
「ゴッブゴブー!」
「お、あれに見覚えがあるのか?」
俺は右の窓を指しながら言った。
ゴブおは目をキラキラ輝かせ、何度も頷く。
「よく分かったな。あれは<単眼砦>だ」
遠目にチラリと見えていたのは<単眼砦>だった。
サイクロプス・ネオの棲息地であり、今では人気の狩り場だ。
「この道を通るということは、<タイタニア>に向かっているんだな」
馬車は<ロックハート>の南門を出て、順調に街道を南下していた。
しばらくして、直線か左折の分岐点に到着すると、迷わず左折を選択。
そのまま道なりに進むと、<タイタニア>と呼ばれる巨大都市に到着だ。
数少ない<ロックハート>よりも規模が大きい城郭都市。
たしかGO時代も、<タイタニア>が帝都扱いだった気がする。
「ゴブゥ……ゴブゥ……」
顔の下から寝息が聞こえてくる。
ゴブおが興奮する一方で、ゴブちゃんは眠りについていた。
馬車の微かな揺れが、ちょうど心地よく感じたみたいだ。
俺の上半身にもたれて、幸せそうな笑みを浮かべてやがる。
「これからどうなるかも分からないというのに呑気なものだ」
この中で緊張しているのは俺だけだった。
◇
走り続けることしばらく、再び分岐点に到着した。
今度は左右に分かれている。
ただ、どちらを選択してもタイタニアに着く。
左を選べば西門に、右を選べば南門が待っている。
馬車は右の道を選んだ。
「ゴブー! ゴブ! ゴブブ! ゴブー!」
「でけぇだろ、これが帝都<タイタニア>だ」
いよいよ馬車が<タイタニア>に入った。
街に入ったからだろう、動きが緩やかになる。
<タイタニア>は大陸で一番大きな都市だ。
この世界における“都会”なわけだが、施設に驚きはない。
<ロックハート>もそれなりに発展しているからだ。
開始地点がもっと辺境にある村とかなら、反応は違ったかもな。
「到着しました、ジーク様」
軍服の男が馬車を止めた。
御者台から降りると、客車の扉を開け、出るように促してくる。
ゴブおを先に降ろした後、ゴブちゃんを叩き下ろして降りた。
「でけぇな」
「「ゴブゥ!」」
前方には城があった。
これまで利用したあらゆる施設よりも大きい。
面積もそうだし、高さも断トツの一位だ。
「皇帝陛下のもとまでご案内させていただきます。どうぞこちらへ」
男がスタスタと城に入っていく。
「皇帝陛下か、緊張するな。正しい言葉遣いとか分からないぞ。無礼者と言って斬首刑に処されたらどうしよう。土下座したら許してくれるかな?」
俺は、ブツブツと独り言を垂らしながら続いた。
「ゴブゥ?」
「ん? あぁ、いいよ」
歩き始めてすぐ、ゴブちゃんが手を繋ぎたがった。
別に問題ないだろうと判断し、その要望に応えてやる。
一方、ゴブおは煌びやかな城内に大はしゃぎだ。
「他人様に迷惑をかけるなよ」
「ゴッブゴブゴブ! ゴブブー!」
やれやれ、これでは親と子もいいところだな。
しかし、おかげで少しだけ緊張が紛れてきた。
サンキュー、ゴブリンズ。
「やっぱりここなんだな」
俺達がやってきたのは、城の最上階にある<謁見の間>だ。
男は扉を開け、中に入った。
無言でその後に続くも、緊張感は再び高まっている。
<謁見の間>の中央には赤い絨毯が敷かれている。
絨毯は真っ直ぐと伸びていき、最奥部には玉座があった。
見上げると豪華なシャンデリアが見える。
俺みたいな庶民には、明らかに場違いな場所だ。
「皇帝陛下、ジーク様をお連れいたしました」
玉座の手前まで行くと、男は深々と頭を下げた。
玉座に座っている男が「うむ」という。
男は見るからに皇帝陛下だった。
どこで買ったのだと突っ込みたくなるほどの、金色で豪華な衣装を身に纏っている。小太りだが、顔には威厳があり、目には力強さがこもっていた。長々と伸びる髭はきっちりと整えられていて、不潔感はまるでない。
「ご苦労だった、下がれ」
「ハッ」
軍服の男は敬礼すると、早足でその場を出ていった。
「(この人、相当強いんだろうなぁ……)」
皇帝陛下を見ながらそう思った。
何故なら、この場に俺達と皇帝陛下しかいないからだ。
お付きの兵士もいなければ、お偉いさんがいるわけでもない。
初対面にも関わらず、見ず知らずの俺とサシで対峙しているわけだ。
腕っぷしに相当の自信があるのだろう。
そうでなければ、ただの馬鹿である。
「お主がジークか」
「は、はい、そうです、皇帝陛下」
ビクビクしながら答える俺。
「銃火器なる前代未聞の武器を生み出し、そのレシピを安価で帝国全土に広めたのはお主で間違いないな?」
「そ、そそ、そうです。いや、違うかも、いや、その」
緊張のあまりパニックになる。
やはり処罰されるのか? ここで処される運命なのか?
俺の胸中に漂う不安が最高潮に達したその時。
「よく来たなぁ天才鍛冶屋のジーク! 余はそなたと会えることを楽しみにしていたのであーる! 遠路はるばる呼び出して悪かったであーる!」
皇帝陛下は玉座から立ち、俺の前に駆け寄ってきた。
そして、両手で俺の右手を掴み、目をキラキラと輝かせている。
「銃火器は余も見たが、実に素晴らしかったな! いやは、天晴れじゃ! よくもまぁあれほどの代物を思いついたものだ! 感心したであーる!」
「は、はぁ……」
事態が今一つ飲み込めない。
だが、多少は分かったことがある。
皇帝陛下が怒っていないということだ。
むしろ逆で、銃火器を大絶賛している。
「そうかしこまらなくてよい! このエドワード・ユリウス、お主とは身分の差を抜きに仲良くなりたいものであーる! だから無礼講を望んでいるのであーる!」
この時、俺は初めて皇帝陛下の名前を知った。
エドワード・ユリウスと云うらしい。それでユリウス帝国なのか。
「で、では遠慮なく、くだけた言葉遣いをさせていただきますが……」
「もっとくだけてもよいぞ!」
「いえ、今はこれで。それよりですね、陛下はどうして俺を呼ばれたのですか?」
エドワードの調子に合わせていると日が暮れてしまいそうだ。
そう判断した俺は、角が立たないように配慮しながら話を進めた。
「そうじゃった、そうじゃった。お主を呼んだのは他でもない。近く予定している大討伐戦で銃火器の力を貸してほしいのであーる!」
「大討伐戦?」
「なんだ、知らぬのか?」
「ええ、世俗には疎いもので」
大討伐戦なんて言葉は、GO時代に聞いたことがなかった。
この世界独自のクエスト、或いはイベントか。
「流石は銃火器の発明者であーる! 芸術品とすらいえる洗練されたデザインに、簡単に扱える操作性、それに加えて驚異的な攻撃力、全てを兼ね備えた作品を世に生み出すだけのことはあるのであーる!」
エドワードが勝手な誤解をもとに歓喜する。
俺は「ど、どうも」と苦笑いを浮かべた。
「それより大討伐戦というのは?」
「そうじゃった、そうじゃった」
話の脱線を阻止して、先に進ませる。
「ロックハートで活動しているのなら知らぬのも無理はないが……最近、国土の東側でモンスターの軍勢による領土侵攻が相次いでいるのであーる! 今の時点では、まだ軍用施設しか被害に遭っておらぬが、このままでは都市まで侵攻してくるのも時間の問題じゃ。そこで、兵士のみならず、冒険者からも参加者を集い、大規模な反撃に打って出ようと思うのであーる」
「それが……大討伐戦」
「その通りであーる」
モンスターが領土に侵攻するという話は聞いたことがない。
これまでの経験上、モンスターの活動は決められたエリアに限られていた。
たとえば草原に棲息しているゴブリンと戦闘になった場合、草原内しか追われない。一歩でも草原から出ると、途端に諦めて戻っていくのだ。
気にはなるけれど、深く考える必要はないだろう。
普通に過ごしている限り、モンスターから逃げるようなことはない。
逃亡を要する相手の場合、往々にして逃げ切れずに殺されるからな。
「事情は分かりました。すると俺の役目はモンスターとの戦闘に備えて、より強力な銃火器のレシピを用意することでしょうか?」
「それも用件の一つであーる」
「というと、他にもなにか?」
「そうじゃ。ジーク、お主は戦闘の腕も立つらしいな。<ギルド>に問い合わせて調べたところによると、サイクロプス・ネオやトール・ネオといったボスモンスターを楽々と倒すとか」
「ええ、まぁ」
「その腕を見込んでお願いじゃ。領土侵攻を続ける敵軍のボスを倒してもらえぬか」
より強力なレシピの提供とボスの討伐か。
「レシピは分かりますが、どうして俺にボスの討伐を依頼するのですか? 大討伐戦をするのでしたら、全員で攻め込んでボスを倒せばいいのでは?」
「そうもいかぬのじゃ。ボスを倒さぬ限り、雑魚は何度も素早くリスポーンするのであーる。これまで苦戦していたのはそれが原因でのぉ」
「それほどすぐにリスポーンするのですか?」
「約一分といったところじゃな。雑魚のレベルは50で、HPは2000程度じゃ。これが千にのぼる規模でおって、一分で蘇る」
「たしかにそれはきつい……」
なるほどな。
話を聞く限りでは、思っていた以上に厳しそうだ。
「我が国にも優秀な将官はいるのじゃが、兵士というのは連携することで力を発揮する存在じゃからな。少数でボスに急襲をかけるということには不向きなのじゃ。それでこのような頼みとなったわけだが、どうか帝国の為に力を貸してほしいのであーる」
「ボスの情報は分かりますか? 返答はそれ次第になりますね。自分の命が惜しいということもありますけど、何より安易に承諾して失敗するわけにもいきませんので」
「ボスは牛頭王<アビス・ミノタウロス>じゃ」
驚いたことに、知らない名前のモンスターだった。
間違いなくGOには存在していないタイプだ。
名前からある程度の容姿は想像できるが……。
「レベルと弱点部位、それに弱点属性などもわかりますか?」
「レベルは85で、弱点の属性は氷じゃ。すまぬが部位は分からぬ」
「いえ、それだけ分かれば十分です」
「ではやってくれるか?」
「はい。ただし、少し時間をください。俺のレベルは70でして、今の状態ではボスにダメージを与えることが出来ません。レベル上げや戦闘準備の期間として一週間ほど頂きたいです」
エドワードが「かまわない」と即答する。
「元々、大討伐戦の決行は二週間後を想定しておった」
「なるほど、ならば問題ありませんね」
こうして、俺はユリウス帝国を侵攻する敵と戦うことになった。
「レシピは今日中に完成させます。数は100枚ほどでよろしいですか?」
「うむ! 頼もしいのであーる!」
「ありがとうございます。それでは、俺はこれで」
「期待しているのであーる! 快諾してくれてありがとうであーる!」
俺はエドワードにお辞儀すると、謁見の間を後にしようとした。
その時「そうじゃ、忘れておった!」とエドワードが声を上げる。
「ボスの討伐じゃが、潜入するのに開錠スキルが必要となる故、高レベルのシーフを雇っておる。当日はそのシーフと共に行動することになるのであーる!」
一瞬だけ、俺の眉間に皺が寄った。
命懸けの任務でどこの誰かも分からない奴と一緒とは。
だが、すぐに「大丈夫だろう」と結論付けた。
こんな危険な任務を引き受けるような輩だ。
ただレベルが高いというわけでもあるまい。
「シーフと一緒ですね、分かりました。ではこれで失礼します」
「うむ! 今度、余専用の銃火器を作ってほしいであーる!」
皇帝エドワード・ユリウス。
銃火器に魅せられた陽気な男。
思ったよりも話し易くて助かった。
「大討伐戦……GOにはなかったイベントだ。ハイリスクだが、やらないと損だよな。死なないように気を付けて、精一杯暴れてやろうぜ」
「「ゴブーッ!」」
未知の戦いに思いを馳せながら、俺は城を後にした。
――月日が流れ、2週間後。
いよいよ、大討伐戦の日がやってきた。
客車部分が金をあしらった豪華なものになっている。
「どうぞ、ジーク様」
「お、おう」
男は客車の扉を開け、中に入るよう促してきた。
不安な気持ちを抱えながら、ゴブリンズを連れて乗車する。
「む? あんたは乗らないのか?」
「私は御者を務めますので」
「御者? あぁ、運転手のことか」
男は客車の扉を閉めると、御者台に座った。
客車の四方についた窓から、男や周囲の人間がよく見える。
「それにしても、客車の中が俺とゴブリンズだけとはな」
普通、御者は別に用意しておくものではないのか。
で、軍服の男は、俺と同じく客車に乗るわけだ。
道中、俺が男に話しかける。「用件は?」と。
男はそれに「知らん」とぶっきらぼうに答える。
気まずい沈黙が流れたところで帝都に到着。
……というのが、俺の勝手なイメージだった。
「揺れますのでお気を付けください」
「はいよ――――おわっ、まじで揺れるのな」
「「ゴブッ」」
男の声と共に、馬車が動き始めた。
どうやら、揺れるのは最初だけみたいだ。
すぐに快適な乗り心地となった。
客車の中には、二人掛けの席が向き合う形である。
おそらく上座と思われる外側に、俺は座っていた。
ゴブおは御者台と背中合わせの内側だ。
「ゴブッ! ゴブ! ゴブー!」
「なんだゴブお、外の景色を見るのが楽しいのか?」
「ゴッブゴブ!」
ゴブおは席に座らず、左右の窓を見ている。
右の窓を見ていると思ったら、すぐに左側へ。
そんな調子で、狭い車内を往復していた。
「ゴブゥ」
「はは、お前は相変わらずだな」
一方、ゴブちゃんは俺の膝に座っている。
つぶらな瞳を俺に向け、嬉しそうにしていた。
「ゴッブゴブー!」
「お、あれに見覚えがあるのか?」
俺は右の窓を指しながら言った。
ゴブおは目をキラキラ輝かせ、何度も頷く。
「よく分かったな。あれは<単眼砦>だ」
遠目にチラリと見えていたのは<単眼砦>だった。
サイクロプス・ネオの棲息地であり、今では人気の狩り場だ。
「この道を通るということは、<タイタニア>に向かっているんだな」
馬車は<ロックハート>の南門を出て、順調に街道を南下していた。
しばらくして、直線か左折の分岐点に到着すると、迷わず左折を選択。
そのまま道なりに進むと、<タイタニア>と呼ばれる巨大都市に到着だ。
数少ない<ロックハート>よりも規模が大きい城郭都市。
たしかGO時代も、<タイタニア>が帝都扱いだった気がする。
「ゴブゥ……ゴブゥ……」
顔の下から寝息が聞こえてくる。
ゴブおが興奮する一方で、ゴブちゃんは眠りについていた。
馬車の微かな揺れが、ちょうど心地よく感じたみたいだ。
俺の上半身にもたれて、幸せそうな笑みを浮かべてやがる。
「これからどうなるかも分からないというのに呑気なものだ」
この中で緊張しているのは俺だけだった。
◇
走り続けることしばらく、再び分岐点に到着した。
今度は左右に分かれている。
ただ、どちらを選択してもタイタニアに着く。
左を選べば西門に、右を選べば南門が待っている。
馬車は右の道を選んだ。
「ゴブー! ゴブ! ゴブブ! ゴブー!」
「でけぇだろ、これが帝都<タイタニア>だ」
いよいよ馬車が<タイタニア>に入った。
街に入ったからだろう、動きが緩やかになる。
<タイタニア>は大陸で一番大きな都市だ。
この世界における“都会”なわけだが、施設に驚きはない。
<ロックハート>もそれなりに発展しているからだ。
開始地点がもっと辺境にある村とかなら、反応は違ったかもな。
「到着しました、ジーク様」
軍服の男が馬車を止めた。
御者台から降りると、客車の扉を開け、出るように促してくる。
ゴブおを先に降ろした後、ゴブちゃんを叩き下ろして降りた。
「でけぇな」
「「ゴブゥ!」」
前方には城があった。
これまで利用したあらゆる施設よりも大きい。
面積もそうだし、高さも断トツの一位だ。
「皇帝陛下のもとまでご案内させていただきます。どうぞこちらへ」
男がスタスタと城に入っていく。
「皇帝陛下か、緊張するな。正しい言葉遣いとか分からないぞ。無礼者と言って斬首刑に処されたらどうしよう。土下座したら許してくれるかな?」
俺は、ブツブツと独り言を垂らしながら続いた。
「ゴブゥ?」
「ん? あぁ、いいよ」
歩き始めてすぐ、ゴブちゃんが手を繋ぎたがった。
別に問題ないだろうと判断し、その要望に応えてやる。
一方、ゴブおは煌びやかな城内に大はしゃぎだ。
「他人様に迷惑をかけるなよ」
「ゴッブゴブゴブ! ゴブブー!」
やれやれ、これでは親と子もいいところだな。
しかし、おかげで少しだけ緊張が紛れてきた。
サンキュー、ゴブリンズ。
「やっぱりここなんだな」
俺達がやってきたのは、城の最上階にある<謁見の間>だ。
男は扉を開け、中に入った。
無言でその後に続くも、緊張感は再び高まっている。
<謁見の間>の中央には赤い絨毯が敷かれている。
絨毯は真っ直ぐと伸びていき、最奥部には玉座があった。
見上げると豪華なシャンデリアが見える。
俺みたいな庶民には、明らかに場違いな場所だ。
「皇帝陛下、ジーク様をお連れいたしました」
玉座の手前まで行くと、男は深々と頭を下げた。
玉座に座っている男が「うむ」という。
男は見るからに皇帝陛下だった。
どこで買ったのだと突っ込みたくなるほどの、金色で豪華な衣装を身に纏っている。小太りだが、顔には威厳があり、目には力強さがこもっていた。長々と伸びる髭はきっちりと整えられていて、不潔感はまるでない。
「ご苦労だった、下がれ」
「ハッ」
軍服の男は敬礼すると、早足でその場を出ていった。
「(この人、相当強いんだろうなぁ……)」
皇帝陛下を見ながらそう思った。
何故なら、この場に俺達と皇帝陛下しかいないからだ。
お付きの兵士もいなければ、お偉いさんがいるわけでもない。
初対面にも関わらず、見ず知らずの俺とサシで対峙しているわけだ。
腕っぷしに相当の自信があるのだろう。
そうでなければ、ただの馬鹿である。
「お主がジークか」
「は、はい、そうです、皇帝陛下」
ビクビクしながら答える俺。
「銃火器なる前代未聞の武器を生み出し、そのレシピを安価で帝国全土に広めたのはお主で間違いないな?」
「そ、そそ、そうです。いや、違うかも、いや、その」
緊張のあまりパニックになる。
やはり処罰されるのか? ここで処される運命なのか?
俺の胸中に漂う不安が最高潮に達したその時。
「よく来たなぁ天才鍛冶屋のジーク! 余はそなたと会えることを楽しみにしていたのであーる! 遠路はるばる呼び出して悪かったであーる!」
皇帝陛下は玉座から立ち、俺の前に駆け寄ってきた。
そして、両手で俺の右手を掴み、目をキラキラと輝かせている。
「銃火器は余も見たが、実に素晴らしかったな! いやは、天晴れじゃ! よくもまぁあれほどの代物を思いついたものだ! 感心したであーる!」
「は、はぁ……」
事態が今一つ飲み込めない。
だが、多少は分かったことがある。
皇帝陛下が怒っていないということだ。
むしろ逆で、銃火器を大絶賛している。
「そうかしこまらなくてよい! このエドワード・ユリウス、お主とは身分の差を抜きに仲良くなりたいものであーる! だから無礼講を望んでいるのであーる!」
この時、俺は初めて皇帝陛下の名前を知った。
エドワード・ユリウスと云うらしい。それでユリウス帝国なのか。
「で、では遠慮なく、くだけた言葉遣いをさせていただきますが……」
「もっとくだけてもよいぞ!」
「いえ、今はこれで。それよりですね、陛下はどうして俺を呼ばれたのですか?」
エドワードの調子に合わせていると日が暮れてしまいそうだ。
そう判断した俺は、角が立たないように配慮しながら話を進めた。
「そうじゃった、そうじゃった。お主を呼んだのは他でもない。近く予定している大討伐戦で銃火器の力を貸してほしいのであーる!」
「大討伐戦?」
「なんだ、知らぬのか?」
「ええ、世俗には疎いもので」
大討伐戦なんて言葉は、GO時代に聞いたことがなかった。
この世界独自のクエスト、或いはイベントか。
「流石は銃火器の発明者であーる! 芸術品とすらいえる洗練されたデザインに、簡単に扱える操作性、それに加えて驚異的な攻撃力、全てを兼ね備えた作品を世に生み出すだけのことはあるのであーる!」
エドワードが勝手な誤解をもとに歓喜する。
俺は「ど、どうも」と苦笑いを浮かべた。
「それより大討伐戦というのは?」
「そうじゃった、そうじゃった」
話の脱線を阻止して、先に進ませる。
「ロックハートで活動しているのなら知らぬのも無理はないが……最近、国土の東側でモンスターの軍勢による領土侵攻が相次いでいるのであーる! 今の時点では、まだ軍用施設しか被害に遭っておらぬが、このままでは都市まで侵攻してくるのも時間の問題じゃ。そこで、兵士のみならず、冒険者からも参加者を集い、大規模な反撃に打って出ようと思うのであーる」
「それが……大討伐戦」
「その通りであーる」
モンスターが領土に侵攻するという話は聞いたことがない。
これまでの経験上、モンスターの活動は決められたエリアに限られていた。
たとえば草原に棲息しているゴブリンと戦闘になった場合、草原内しか追われない。一歩でも草原から出ると、途端に諦めて戻っていくのだ。
気にはなるけれど、深く考える必要はないだろう。
普通に過ごしている限り、モンスターから逃げるようなことはない。
逃亡を要する相手の場合、往々にして逃げ切れずに殺されるからな。
「事情は分かりました。すると俺の役目はモンスターとの戦闘に備えて、より強力な銃火器のレシピを用意することでしょうか?」
「それも用件の一つであーる」
「というと、他にもなにか?」
「そうじゃ。ジーク、お主は戦闘の腕も立つらしいな。<ギルド>に問い合わせて調べたところによると、サイクロプス・ネオやトール・ネオといったボスモンスターを楽々と倒すとか」
「ええ、まぁ」
「その腕を見込んでお願いじゃ。領土侵攻を続ける敵軍のボスを倒してもらえぬか」
より強力なレシピの提供とボスの討伐か。
「レシピは分かりますが、どうして俺にボスの討伐を依頼するのですか? 大討伐戦をするのでしたら、全員で攻め込んでボスを倒せばいいのでは?」
「そうもいかぬのじゃ。ボスを倒さぬ限り、雑魚は何度も素早くリスポーンするのであーる。これまで苦戦していたのはそれが原因でのぉ」
「それほどすぐにリスポーンするのですか?」
「約一分といったところじゃな。雑魚のレベルは50で、HPは2000程度じゃ。これが千にのぼる規模でおって、一分で蘇る」
「たしかにそれはきつい……」
なるほどな。
話を聞く限りでは、思っていた以上に厳しそうだ。
「我が国にも優秀な将官はいるのじゃが、兵士というのは連携することで力を発揮する存在じゃからな。少数でボスに急襲をかけるということには不向きなのじゃ。それでこのような頼みとなったわけだが、どうか帝国の為に力を貸してほしいのであーる」
「ボスの情報は分かりますか? 返答はそれ次第になりますね。自分の命が惜しいということもありますけど、何より安易に承諾して失敗するわけにもいきませんので」
「ボスは牛頭王<アビス・ミノタウロス>じゃ」
驚いたことに、知らない名前のモンスターだった。
間違いなくGOには存在していないタイプだ。
名前からある程度の容姿は想像できるが……。
「レベルと弱点部位、それに弱点属性などもわかりますか?」
「レベルは85で、弱点の属性は氷じゃ。すまぬが部位は分からぬ」
「いえ、それだけ分かれば十分です」
「ではやってくれるか?」
「はい。ただし、少し時間をください。俺のレベルは70でして、今の状態ではボスにダメージを与えることが出来ません。レベル上げや戦闘準備の期間として一週間ほど頂きたいです」
エドワードが「かまわない」と即答する。
「元々、大討伐戦の決行は二週間後を想定しておった」
「なるほど、ならば問題ありませんね」
こうして、俺はユリウス帝国を侵攻する敵と戦うことになった。
「レシピは今日中に完成させます。数は100枚ほどでよろしいですか?」
「うむ! 頼もしいのであーる!」
「ありがとうございます。それでは、俺はこれで」
「期待しているのであーる! 快諾してくれてありがとうであーる!」
俺はエドワードにお辞儀すると、謁見の間を後にしようとした。
その時「そうじゃ、忘れておった!」とエドワードが声を上げる。
「ボスの討伐じゃが、潜入するのに開錠スキルが必要となる故、高レベルのシーフを雇っておる。当日はそのシーフと共に行動することになるのであーる!」
一瞬だけ、俺の眉間に皺が寄った。
命懸けの任務でどこの誰かも分からない奴と一緒とは。
だが、すぐに「大丈夫だろう」と結論付けた。
こんな危険な任務を引き受けるような輩だ。
ただレベルが高いというわけでもあるまい。
「シーフと一緒ですね、分かりました。ではこれで失礼します」
「うむ! 今度、余専用の銃火器を作ってほしいであーる!」
皇帝エドワード・ユリウス。
銃火器に魅せられた陽気な男。
思ったよりも話し易くて助かった。
「大討伐戦……GOにはなかったイベントだ。ハイリスクだが、やらないと損だよな。死なないように気を付けて、精一杯暴れてやろうぜ」
「「ゴブーッ!」」
未知の戦いに思いを馳せながら、俺は城を後にした。
――月日が流れ、2週間後。
いよいよ、大討伐戦の日がやってきた。
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欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
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小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活
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【改稿版】休憩スキルで異世界無双!チートを得た俺は異世界で無双し、王女と魔女を嫁にする。
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ホットランキング最高位2位でした。
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異世界あるある 転生物語 たった一つのスキルで無双する!え?【土魔法】じゃなくって【土】スキル?
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農民が土魔法を使って何が悪い?異世界あるある?前世の謎知識で無双する!
土砂 剛史(どしゃ つよし)24歳、独身。自宅のパソコンでネットをしていた所、突然轟音がしたと思うと窓が破壊され何かがぶつかってきた。
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『あ、やべ!』
そして・・・・
【あれ?ここは何処だ?】
気が付けば真っ白な世界。
気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ?
・・・・
・・・
・・
・
【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】
こうして剛史は新た生を異世界で受けた。
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そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。
スキルによって一生が決まるからだ。
最低1、最高でも10。平均すると概ね5。
そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。
しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。
そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで
ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。
追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。
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前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。
但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。
転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。
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俺は農家の4男だぞ?
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