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006 有名人と悪戯ゴブリン

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 モンスターは倒しても時間が経つと再度出現する。
 どこからともなく、ポッと出てくるのだ。
 この再出現を“リスポーン”と呼ぶ。

 リスポーンまでの時間は、モンスターによって異なる。
 ただ、往々にしてボスモンスターのリスポーンは長かった。
 ボスの中では最速のサイクロプス・ネオでさえ半日はかかる。
 そんなわけで、一日に倒せるボスの数は一体が限界だった。

 だが、一人でボスを倒し続ければ、すくすくと成長するものだ。
 あっという間に、俺のレベルは40になった。
 階級も上がっていて、いつの間にやらDランク。

「新進気鋭のサイクロプスキラーだ」
「謎の“銃火器”って武器を使うらしいぜ」
「一人でサイクロプス・ネオ? 流石に嘘でしょ」
「まだ十代半ばくらいだし、ありえねーって」

 <ギルド>に行けば、あちらこちらで俺の話が起きる。
 その程度には有名になっていた。

「(そろそろ銃火器を売り込んでいいかもな)」

 他人が我がレシピで作られた銃を用いて敵を倒した場合、取得経験値の1パーセントが俺に入る仕組みだ。
 この仕様を惜しみなく活かす為、俺は自身の銃火器を大陸全土に普及しようと考えていた。

 人の多くが、他人の押し売りを毛嫌いする。
 仮に「銃火器マジやばいっすよ! 買って!」とグイグイ攻めたところで、大体の人間は難色を示すだろう。
 銃火器を広めるには、相手から求められるほどに興味をひく必要があった。

 既に多くの人間が関心を示している。
 だが、まだ弱いと思う。最後のひと押しが欲しい。
 即断即決で「買うしかない!」と思わせるくらいの一撃が。

「サ、サナだ!」
「マジ? あのB級冒険者の?」
「ミユとシノもいるぞ!」

 <ギルド>に三人組の女が入ってきた。
 周囲の反応から察するに、かなりの有名人みたいだ。
 ゴブリンズとテーブル席に座りながら、遠巻きに女を見る。

「いないかな?」

 女の一人が<ギルド>内を隅から隅へ眺めていく。
 そして、俺と目が合ったところで「いたいた」と視線を止めた。
 まさか俺に用事か? いや、流石にそれは自意識過剰だな。
 そんな風に思っていると、三人組の女は俺の前にやってきた。

「君、最近話題の一つ目キラーだよね? 二体のゴブリン連れだし」

 三人の内、リーダーと思わしき女が話しかけてきた。
 俺より鉄鋼の鎧を纏った、茶色い髪をした女だ。
 前髪は顎のラインで揃えていて、後ろは編んで結んでいる。
 俺より少し年上、おそらく20歳前後といった感じ。

「一つ目キラーを自称したことはないが、おそらく俺のことだろうな」

 相手が有名人だろうと気負いはしない。
 ただ、チラチラとこちらを窺う周囲の視線は痒いものがあった。

「ふふ、なかなかクールね」
「世辞はいいさ、用件を言ってくれ」
「じゃあ端的に言うけど、私達とPTを組まない?」
「え? 俺と?」

 先程、誰かがこいつらをB級と言っていた。
 B級はレベルにすると100を超える。
 GOなら中の下だが、この世界では相当な高レベルだ。
 そんなベテランがどうして俺を誘うのか。

「そうよ。サイクロプス・ネオを一人で狩りまくる強さと聞いて興味が湧いたの。見た感じずっとソロでやっているみたいだから、PTが嫌なら後ろで見学させてくれるだけでもありがたいのだけど」

 女は軽い笑みを浮かべながらこちらを見ている。
 凛とした力強い眼差しだ。

「PTか……」
「嫌なら無理して組まなくてもかまわないよ」

 俺は一瞬だけ考え、「嫌じゃない」と答えた。

「組むのは問題ないけど、その前に二つ確認しておきたいことがある」
「なにかな?」
「まず、俺のレベルは40だ。そちらの目的は俺の戦闘ぶりを見ることにあるようだが、敵が強すぎるとダメージが通らなくなるので倒せない。俗に『レベル差補正』と呼ばれるやつがあるからな」
「問題ないよ。貴方のレベルに合わせた敵を選ぶ予定だったから」

 こちらのレベル合わせて選ぶというのなら問題ない。

「オーケー。二つ目はどこで戦うかだ。俺はもう一つの職業が鍛冶屋ということもあって、戦う敵に応じた武器を使うようにしているんだ。例えばサイクロプスなら火属性の武器って感じでね」
「なるほどね。噂になるだけあって、事前の準備からぬかりないわけね」
「そうしないと死ぬからな」
「それもそうね。で、場所だけど<雷神丘らいじんきゅう>でいかがしら? 棲息している敵は――」

 俺は「トールだな」と先読みして言った。

「正解、よく知っていたね」
「地理には多少の自信があるものでな」
「あはは。一応言うと、トールは土属性が弱点よ」
「そうだな。部位は背中と顔が弱かったはず」
「その通り。もしかして戦ったことある?」
「前世でね」

 当然ながら、女には意味が伝わらなかった。
 だからだろう、「そっかー」と適当に流される。
 こちらとしてもそれ以上の反応は期待していない。

「二つ目の質問に対する回答は以上だけど、問題はないかしら?」
「大丈夫だよ」
「急な申し出なのに快諾してくれてありがとう。PTに招待するね」

 女が黒目をスイスイと動かし、何度か瞬きする。
 指ではなく視線による操作でメニューをいじっているようだ。
 視線操作は、戦闘中などの手が使えない時に使うことが多い。
 手に比べて難しい上に、不慣れな者がやるとドッと疲れる。
 平時から活用している辺り、この女は相当な実力者で間違いない。

『サナからPTの招待を受けています』

 視界に『承諾』と『拒否』の選択肢が表示される。
 俺は『承諾』をポチッと押した。
 その瞬間、視界の右隅に三人の情報が表示される。

『サナ レベル:152 職業:剣士/守護者』
『ミユ レベル:85 職業:ウィザード/プリースト』
『シノ レベル:60 職業:アーチャー/ドルイド』

 また、PTメンバーの頭上に名前が表示された。
 案の定、俺と話していた女がサナだ。

 サナの右に居て、紫色のローブを着た眼鏡の女がミユ。
 ピンクの長い髪を三つ編みして腰の辺りまで伸ばしている。
 ローブ越しでも余裕で分かる程の巨乳だ。
 齢はサナよりも年下、俺と同じくらいか。
 眼鏡のせいか、大人しそうな印象を受ける。

 ミユと反対側、サナの左に居るのがシノだ。
 金色の長い髪をしていて、おそらく俺よりも年下だ。
 太腿がちらちら見えるくらいの赤と白のワンピースを着ている。
 下は黒のニーハイと、三人の中では断トツで露出度が高い。

「PTを組んだから名前は分かると思うけど、一応自己紹介するね。私がサナ、このPTのリーダーよ。こっちがミユで、こっちがシノ」

 ミユが「よ、よろしくお願いします」とぎこちなく頭をペコリ。
 シノは「よろしくです!」と溌剌としていた。
 俺は「よろしく」と言って立ち上がり、名乗り返す。

「俺はジーク。この甘えん坊がゴブちゃんで、やんちゃ坊主がゴブおだよ。たぶん、俺以外の人間には頭上の名前表示がないとどっちがどっちか分からなくなると思うけど」
「ゴブー!」
「ゴッブゴブゴブ!」

 俺に続いて、ゴブちゃんとゴブおも立ち上がる。

「ゴブリンと同じレベルってことは、ずっと一緒に過ごしているんだ?」

 サナの問いに「まぁね」と頷いた。

「すごい愛だね。ゴブリンが好きなの?」
「そんなことないよ」
「ゴブゥ……!」

 ゴブちゃんが頬を膨らませ、俺の服を引っ張ってくる。

「いや、そんなことあった。ゴブリンが大好きなんだ」

 嬉しそうに「ゴブッ!」と頷くゴブちゃん。
 やれやれ、俺はため息をついた。

「あはは、本当に仲良しだね」
「ペットというより子供みたいな感じだけどな」
「いいと思うよ、そういうの。改めてよろしくね、ジークパパ」
「からかうのはよしてくれ。まぁ、よろしく、サナさん」
「サナでいいわ。他の二人も呼び捨てで」
「オーケー」

 サナと握手する。

「ゴブー!」
「わお! 私と握手したいの!?」
「ゴッブゴブゴブ!」

 俺達の真似をして、ゴブおが握手を促す。
 促された相手はシノだ。

「いいよー! ゴブお、可愛いね!」

 シノがゴブおの手に応えようとする。
 ゆっくりと伸びる彼女の右手。
 そして、二人が仲良く握手をかわす――と思ったその時。
 ゴブおが手をスッと下げた。

「「「えっ」」」

 女性陣が同時に声を出す。
 俺は「まずい!」と直感した。

「ゴッブー!」

 ゴブおはニヤニヤしながらシノの足元に詰めると、あろうことか両手でワンピースの裾を捲り上げたのだ。見えそうで見えない絶対領域が崩壊し、シノの下着が盛大に見えてしまった。
 周囲の<冒険者>を含む、その場の全員が唖然とする。

「ゴブッ」

 そんな中、ゴブおは俺に向かって親指をグッと上げた。
 その表情は「やったぜ!」とでも言いたげだ。

「こ、ここ、この、変態!」
「ゴブーン」

 火傷しそうな程に顔を真っ赤にしたシノが、ゴブおに最強のゲンコツをお見舞いする。ゴブおの身体が地面に叩きつけられた。自業自得だ。

「ゴ、ゴブ……」

 苦悶の表情で見上げるゴブお。
 反省したか、と思いきや。
 今度はニヤァとニタつき始めた。
 ゴブお、今度は下から中を覗いているのだ。

「ひぃぃぃぃぃぃぃ!」

 シノがゴブおの頭を右足で踏みつける。
 更に、俺の頭にもゲンコツをお見舞いしてきた。

「ど、どうして俺まで……」
「子供の失態は親の責任です!」

 そう言われると返す言葉もない。
 俺は深々と息子の不手際を謝った。

「あはは、賑やかね。これなら道中も楽しく過ごせそう」
「楽しくなんかありませんから!」

 楽し気に笑うサナ。
 ミユもクスクスと静かに笑っていた。
 手を口に当てていて、どことなくおしとやか。
 シノは真っ赤に染まった顔をぶんぶんと振った。

「さて、話も落ち着いたことだし、早速行きましょうか」
「オーケー。でも、先に雑貨屋で素材を買わせてほしい」
「もちろん」

 俺達は雑談をしながら<ギルド>の外に歩いていく。

「まさかあのガールズパーティーに一つ目キラーが参加するとは」
「いいなぁ、俺もサナさんのPTに招待されてみたいぜ」
「俺はミユちゃんと組みたい! 可愛いし、何より胸がでかい!」
「おい、それはセクハラ発言だろ、賛成だけどさ」

 周囲がざわついている。
 注目を浴びるのは悪い気がしなかった。
 サナは知らぬ顔で、ミユは恥ずかしそう。

「ゴッブゴブゴブー!」
「く、来るな! 近づくな!」
「ゴブーン」

 シノは、ニヤニヤしながら迫りくるゴブおを蹴り飛ばす。
 ゴブちゃんは俺と手を繋いでいるので上機嫌。

「PTか……久々だな」

 GO時代にPTを組んだことはある。
 しかし、それは数年前のことだ。

 銃火器普及の為でもあるが、純粋に先が楽しみだった。
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