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029 大防衛戦:掃討戦②

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 ミフユが敵の名を叫んだ次の瞬間――。

「石だァ!」

 俺も叫んだ。
 戦う気なんてさらさらない。
 ここは逃げの一手あるのみ。

「「「はい!」」なの!」

 俺達は懐より〈帰還の魔石〉を取り出した。
 躊躇うことなく、石を使おうとする。
 しかし――。

「逃がさぬ。人間共よ。〈ジャミングフィールド〉展開」

 デスサイズが左手をこちらに向けて、何かを発動した。
 それにより、周辺一帯の地面が漆黒の闇に染まってしまう。

「それが何かは知らんが撤退させてもら――あれ?」

 石が発動しなかった。
 いつもなら転移するはずなのに。
 どういうわけか使えないのだ。

「お兄様、石が……」
「もしかして、奴に妨害されているのか?」
「そ、それじゃあ、私達は」

 唖然とする俺達。
 その様を見た敵が低い声で笑う。

「だから逃がさぬと言ったろう」

 高位の魔物だからか、俺達と同じ言葉を話す。
 しかも、それなりに知性を備えているようだ。

「お前の云う〈ジャミングフィールド〉ってやつか?」

 だから訊いてみた。
 魔物に話しかけるなんておかしな話だが。
 すると――。

「いかにも」

 言葉が返ってきた。

「お兄様、〈けむり玉〉を」

 ユリィが次なる逃げの手段を提案してくる。
 モンスターの目を一時的にくらます〈けむり玉〉の使用だ。
 逃げの一手としては名案だが、その前にすることがある。

「あんた、デスサイズだよな?」
「いかにも。我は“死神”デスサイズ。業の深い人間を狩る者」

 この敵とは会話が可能だ。
 ならば――“交渉”の余地がある。

「聞いてくれ、デスサイズ」
今際いまわの言葉か。聞いてやろう。話せ」
「ずばり言う。俺達を逃がしてくれ」
「なんだと?」

 驚くデスサイズ。
 それに――。

「お兄様!?」
「ラウドお兄ちゃん!?」
「ラウドさん!?」

 仲間達も驚愕していた。
 当然の反応だ。
 モンスターに命乞いなど聞いたことがない。

 我ながら何をしているのだろう、と思う。
 しかし、〈帰還の魔石〉が使えない今、これが最善の選択肢だ。
 とてもではないが、〈けむり玉〉で逃げ切れるとは思えなかった。

「驚くのも無理はないさ。とりあえずコレを見てくれ」

 ユリィにギルドカードを出させる。
 カードを受け取ると、デスサイズに向けて投げた。

「なんだ? これは?」

 左手でカードを受け取り、確認するデスサイズ。
 人間の投げた物を平気で受け取る辺り、自信が窺える。
 俺達相手なら余裕で殺せると思っているのだろう。

「人間の文字は読めるか?」
「読める」
「なら話は早い。ランクの所にFと書いてあるだろう」
「うむ」
「それは下から2番目……つまり経験の浅い雑魚って意味だ」
「何が云いたい?」
「お前の云うところの“業の深い”に該当しないんじゃないかって話だ」
「ほう」

 デスサイズが俺の言葉に興味を持っている。
 もしかすると話術で切り抜けられるかもしれない。

「だから、俺達を見逃してくれないか? 業の浅さに免じてさ」
「なるほど。面白いことを云う。人間のくせに見所がある」

 デスサイズがカードを投げ返してくる。
 それを掴むと、ユリィに渡した。

「ならばお前以外の3人は見逃そう。その代わり……」
「「「「――!」」」」

 俺以外?
 すると、俺はどうなるんだ?
 俺だけ殺すのか?

「お前は我の眷属となれ。それが条件だ。人間よ」
「眷属って、奴隷ってことか?」
「少し違う。だが、我に従うという点においては同じ」
「そうか。それで仲間達は見逃してくれるんだな?」
「約束しよう。その3人は殺さない」

 俺だけの犠牲で仲間達が助かる。
 裏切られる可能性は考えにくい。
 奴がその気なら、俺達は既に死んでいる。
 それほどまでに、彼我の戦力差が感じられた。
 戦うまでもない。戦えば死ぬことになるだろう。
 ならば、仲間達だけでも……。

「分かった。その条件で――」
「駄目です! お兄様!」

 言葉を遮ったのはユリィだ。
 横から飛び出して、目の前に何かを投げつけた。
 その何かが地面に当たると、半透明の煙がその場を多う。
 人間にとって半透明に見える煙ということは――〈けむり玉〉だ。

「お兄様を犠牲にするなんてこと、私には出来ません!」
「ラウドお兄ちゃんがいないと駄目なの!」
「そうですよ! ラウドさん! 諦めないでください!」

 ユリィが俺の腕を掴んで走り出した。
 他の2人も必死に走っている。
 仲間達の言葉で、心を覆う闇に光が灯された。

「我にこのような子供だましが通用すると思ったか?」

 一縷の光が、再び闇に飲み込まれてしまう。
 逃げた先に、デスサイズが一瞬で回り込んだのだ。

「もう一度問おう。我の眷属となって3人の仲間を救うか。愚かにも我に挑み、4人共ここで死ぬか。選べ」

 最後の手段も通用しなかった。
 もはや観念するしかなさそうだ。
 せめて仲間達だけでも、と口を開こうとする。
 しかし、それより先に、仲間達が動き出した。

「答えは決まっています!」

 ユリィが斬りかかる。

「皆で帰るなの!」

 アーシャが〈ファイヤーボール〉を放つ。

「誰も犠牲にはなりません!」

 ミフユが妨害スキルを連発する。
 〈ダークネス〉で視界を遮り、〈蔦の足枷〉を身体に絡める。
 更に〈グラビティダウン〉でデスサイズに重力の圧をかける。

「みんな……」

 仲間達の諦めない姿勢に心を打たれる。

「死ぬ時は一緒です! お兄様!」

 ユリィの言葉が決定打となり、完全に心が固まった。

「そうだ。そうだったな。死ぬ時は一緒だ」

 もう迷いはない。

「皆で逃げるぞ! ユリィ!」
「はい、お兄様!」

 ユリィが新たな〈けむり玉〉を投げる。

「お主なら良い眷属になれたものを。所詮は人間よ」
「俺がいないと駄目だって皆が云うもんでな。悪いな」

 俺達は全力で走った。
 〈ジャミングフィールド〉の範囲外を目指して。

「うおおおお!」

 皆で走る。
 すると、前方から――。

「おい、アレを見ろ!」
「デスサイズじゃないか!」
「対象発見! 倒すぜ!」
「こんなところにいたか!」
「僥倖ゥ!」

 幸いにも冒険者の集団が現れた。
 その数は10人を超える。心強い。

「悪いが俺達は逃げる! あとは頼んだ!」

 集団に向かって叫ぶ。
 相手が了承したのを確認し、その横を突っ走る。

「いくぜ、お前ら。デスサイズを狩って名を馳せるぞ!」
「「「「「おう!」」」」」

 俺達と入れ替わりでデスサイズに突っ込んでいく冒険者達。
 戦おうと思える時点で、俺達よりも遙かに格上なのは間違いない。
 ならば、勝敗はともかくとして、時間稼ぎにはなるはずだ。

「もう少しだ! 走れぇぇぇぇぇ!」

 〈ジャミングフィールド〉の境目が近づいてきた。
 それを超えれば〈帰還の魔石〉が使えるようになるはずだ。

「あと少し……! あと少しなんだ……!」

 必死に走る。
 仲間達もきっちりついてきている。
 ウィンドシューズを履いていない2人も遅れていない。
 よし、これなら、誰一人欠けることなく無事に――。

「惜しかったな」

 絶望の声が聞こえる。
 次の瞬間、〈ジャミングフィールド〉の境界線が拡張された。
 凄まじい速度で拡がっていき、たちまち境目が見えなくなる。
 そして――デスサイズが目の前に現れた。

「なっ……どういうことだ!?」

 振り返る。
 そこには、冒険者達の死体が転がっていた。
 どいつもこいつも胴体から真っ二つに切断されている。
 一目で死んでいると分かる状態だ。

「あれだけの数を……あっさり……」
「も、もう駄目なのー」
「あと少しだったのに……お兄様……」
「まだだ! ユリィ! アーシャ! ミフユ! やるぞ!」

 絶対に諦めない!
 逃げられないのであれば、戦うしかない!

「うぉおおおおおおお!」

 スキル〈滅多斬り〉を発動する。
 自分の目ですら捉えきれない速度の斬撃だ。

「効かぬ」

 当然ながら通用しなかった。
 巨大な鎌で悠然と防ぐデスサイズ。

「まだだぁ!」

 俺に使える攻撃スキルは〈滅多斬り〉しかない。
 だから、何度も何度も〈滅多斬り〉を発動する。
 防がれても、防がれても、防がれても。

「はぁぁぁぁぁ!」

 ユリィが横から斬り込む。
 その攻撃さえも、デスサイズは余裕で防ぐ。
 巨大な鎌をいとも軽やかに動かして。

「大人しくしなさい!」

 ミフユが妨害スキル3種を発動して行動を阻害する。

「小賢しい!」

 しかし、これも通用しない。
 デスサイズが左手で振り払うと、全ての妨害スキルが消えた。

「それでも諦めないなの!」

 アーシャも攻撃スキルを連発する。
 それらは鎌ではなく、左手で防がれてしまった。
 言い方を変えれば左手に直撃したのだ。
 なのにまるで効いていない。

「嗚呼、惜しい。実に惜しい。この人間を殺すしかないとは」
「なに余裕ぶってんだよ! かかってこいよ! 反撃してみろ!」
「良かろう。ならば望み通りにしてやる。今際の言葉にお主の名を教えろ」
「今際の言葉じゃねぇが教えてやるさ。俺はラウド・ブライトだ」
「ラウド・ブライト。その名、覚えておいてやろう。サラバだ」

 デスサイズが鎌の石突――下の部分――で俺を小突いた。
 軽く突かれただけなのに、俺は盛大に吹き飛び、木に激突する。
 全身をかつてない衝撃と激痛が襲った。

「お兄様!」

 一瞬にして距離を詰めてくるデスサイズ。
 瞬きする間もなく、視界を死神が覆った。

「ラウドお兄ちゃん!」
「ラウドさん!」

 吹き飛ばされた拍子に腕が折れたようだ。
 思うように動かない。
 〈滅多斬り〉の連発によって魔力も空のようだ。
 防御スキルの〈シールド〉も発動出来ない。
 為す術がないとはまさにこのことだ。

「終わりだ、変わり者の人間よ」

 デスサイズが鎌を構える。

「クソッタレが」

 俺は目を思いっきり見開いた。
 動けなくなっても、諦めていないことを示す。
 ローブの内に秘めた死神の顔を睨み付ける。

「死ね――ラウド・ブライト!」

 デスサイズの鎌が、俺の首に迫ってきた。
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