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021 嫉妬と馬車

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 レイナの提示した加入条件。
 それが「俺と2人きりで数日間のデートをしたい」というもの。
 奇妙だが難しい内容ではなかったので、俺は引き受けた。

 ――次の日。
 レイナと合流するべく、俺達は冒険者組合に来ていた。
 俺達というのは、俺に、アーシャに、ミフユ。
 そして、朝から唇を尖らせて不機嫌さ全開のユリィだ。

「なぁユリィ、そんなに怒らなくてもいいじゃないか」
「別に怒っていませんから! お兄様の馬鹿!」
「……やっぱり怒っているじゃん」
「怒っていません! もう知りません!」

 ユリィが何に怒っているのか、俺には分からなかった。
 よく分からないが、きっと俺が何かしてしまったのだろう。

「おまたー!」

 組合で待っていると、レイナがやってきた。
 純白の修道服は、組合の中だと明らかに浮いている。
 他の者は革なり鋼なりで作られた防具が多いからな。

「さ、デートを楽しもうぜー?」

 当たり前のように腕を組んでくる。
 俺の左腕に、レイナの両腕がガッチリと絡まった。

「ひぃぃぃぃぃ!」

 またしても発狂するユリィ。
 これはデートの後が恐ろしくてたまらない。

「そんじゃー、ラウドを借りるねー!」
「ぐぎぎぃ……」
「はいなのー! 楽しんでくださいなの!」
「わ、わかりました。お気を付けて……です」

 レイナとのデートが終わるまで、3人とは別行動だ。
 ユリィ達には、適当に休むか森でゴブリン退治をするように言ってある。

「行こっか、ラウド」
「お、おう、そうだな。3人とも、あまり無理するなよ」
「任せてなの! アーシャが2人を守るなの!」
「ラ、ラウドさんこそ、無理はなさらないでくださいね」
「ふんっ! お兄様なんか知るものですか!」

 受付カウンターに向かう3人達。
 俺とレイナは、出口に向かって歩き出した。

「あっらー、ラウド君じゃない!」
「どうも、メリッサさん」

 外に出ようとしたところで、メリッサと鉢合わせになる。
 メリッサは素早くレイナを見た後、視線を俺に向けてニヤけた。

「君も隅に置けない男だねー! こんな可愛い彼女がいたなんてさぁ!」
「いや、彼女じゃないんですが……」
「なーラウド、なんだ? このおばさん。友達か?」

 レイナが訊いてくる。
 彼女の発したあるワードに、メリッサが反応した。

「おば、おばさん!?」
「おうよ! 若作りしているとしたら30くらいか? おばさん」
「失礼な! まだ24だから! 若作りもしていないから!」
「たはー! 24でそのハレンチな格好はねぇぜー! おばさん!」

 メリッサは何も答えない。
 俯き、その場でプルプルと震えだした。
 しばらくして、鬼の形相で顔を上げる。

「この私に良い度胸ね、小娘。表へ出な」
「おーこわ。冗談だって! そう怒らないでくれよなー?」

 レイナは、笑いながらメリッサの背中をポンポンと叩いた。
 そして、何食わぬ顔で別の話題に切り替える。

「あんた強そうだし、よかったらラウドのギルドに入らねー?」
「はぁ!? あれだけ喧嘩売っといて今度は勧誘!?」

 メリッサが愕然とする。
 俺も、レイナの調子には驚いていた。

「別に喧嘩なんて売ってねーって。で、どうよ? ギルド。私も入るぜ?」
「悪いけど、今はまだその気じゃないから。お誘いは嬉しいけどお断りするわ」

 メリッサが真面目に答える。

「いつかその気になった時にはもう空いていないかもしんねーぜ?」

 レイナが不敵な笑みを浮かべ、メリッサの目を見る。

「それならそれで。そういう運命だったってことでしょ?」
「かぁー、達観してるねぇ! さすがはおばさんだ!」
「ま、また! もう許さない! ラウド君、その子を貸しな」
「えっ、ええっ!?」
「こっえー! ラウド、逃げるぞー!」
「ちょ、おわっ!」

 俺の腕が、レイナに思いっきり引っ張られる。
 半ば強引に、俺は外へ向かって走り出すことになった。

「ちょっと! 待ちな! 逃げるなー!」

 メリッサの怒声が聞こえてくる。
 それが怖くて、俺の身体はブルブルと震えた。
 一方、レイナは。

「なっはっは! あのお姉さん・・・・、おもしれーなー!」

 滅茶苦茶楽しそうにしているのだった。

 ◇

 組合を出た俺達は、馬車に乗った。
 馬車の運賃はそれなりに高いのだが、今回はレイナの奢りだ。
 昨日拾った未鑑定品の数々を売って儲けたからとのこと。
 ちなみに、彼女が殲滅したおかげで、〈ハクスラ〉の方は散々だった。

「馬車ってすげーなー! 人生初だぜ!」
「実は俺も初めて乗るんだよね、馬車」

 馬車は金持ちの乗り物だ。
 俺みたいな貧乏人には縁がない。
 だから、レイナの気持ちは理解出来た。

 馬車の中はそれほど広くない。
 俺達2人が並んで座っただけで、客席はやや窮屈。
 それでも、勝手に進んでくれて快適なので、気にはならない。

「で、どこに向かっているんだ?」

 レイナが馬車に出した指示は、進行方向だけだ。
 だから、馬車は西門を出て、道なりに草原を進んでいる。

「私の住んでいる村さ。ウドロ村っていうんだ。知ってるか?」
「名前だけは。森の中にある小さな村だよな?」
「そう! それそれ!」

 ウドロ村は、俺の故郷と同じで、貧困層の集まる村だ。
 ツバルランドの西にある草原を抜けた先の森の中に存在している。
 地図で見た感じだと、街の西南に位置していた。

「これから街で生活するじゃん? だから荷物を取りに帰ろうと思ってさー」
「なるほど。俺には引っ越し作業を手伝わせるというわけだな」
「ま、そういう側面もあるっちゃある! デートがしたいってのも本当さ」

 レイナが身体を寄せてきた。
 ただでさえ密着気味なのに、完全に密着してしまう。
 俺の右腕に胸を押し当て、上目遣いでこちらを見る。

「私じゃ嫌かい?」
「い、嫌じゃないが……」

 ゴクリ。
 自分の唾を飲み込む音が聞こえた。
 これほど女に密着された経験がないから緊張する。

「なっはっは! そんじゃ、デートを楽しもうぜー?」

 レイナはニヤリと笑い、少しだけ身体を離した。

「お客さん、どこまで進むんだい?」

 御者を務める男が、こちらに背を向けたまま尋ねてくる。

「私がストップって言うまでさ」
「それじゃあ答えになってませんぜ。そろそろですかい?」
「もうしばらく先だよ。森まで向かいな。金払ってやんないよ?」
「やれやれ。わかりやしたよ」

 御者が手綱をちょこちょこっと操作した。
 馬の動きが少し速まって、振動が増した気がする。

「そういえば、もう猫を被らないのか?」

 気になっていたので尋ねてみる。
 初めて会った時、レイナは猫を被ろうとしていた。
 俺達が彼女の独り言を聞いていたから、本性を現したのだ。
 ところが、今日は誰に対しても猫を被っていない。

「めんどっちいしなー! 素の自分でいくことにしたんだ」
「そうなのか。もったいないなぁ」
「もったいない? なんでさー?」
「口調がもう少しお淑やかなら、きっとモテまくりだと思うよ」

 純白の修道服は清楚さの塊だ。
 加えて、彼女は非常に整った顔立ちをしている。
 大半の男が魅力に感じるはずだ。

「嬉しいこと云ってくれるねー! でも、私はモテなくていいのさー」
「そうなのか。どうしてだ?」
「あんまりモテまくったら主が嫉妬しちゃうじゃん?」
「は、はぁ……」

 レイナにとっての主ってなんなんだろう……。
 俺の修道女に対するイメージは、崩壊するばかりであった。
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