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013 メリッサの実力

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 ツバルランドを出て、舗装された道を歩き、ゴブリンの森に行く。
 そのまま舗装された道を道なりにテクテクと歩き続ける。
 ゴブリン洞窟へ向かうには、途中で道を逸れる必要があった。

「この辺でいいかな」

 そろそろ舗装された道から逸れようかという時、メリッサが口を開いた。

「茂みを進んで洞窟に向かう頃ですか?」
「うん。それもだけど、私の実力を見せる頃かなって」

 メリッサが左手を掲げる。
 すると――。

「なっ!」
「ゆ、弓!?」
「急に出たなのー!」

 どこからともなく弓が現れたのだ。
 青白い半透明の弓で、メリッサの左手にスッと収まる。
 俺達の中で、ミフユだけがその弓について知っていた。

「これは……! “魔法武器”ですか?」
「知っていたかー! 流石は冒険者学校の出身者だねー!」
「授業で習っただけで、実物を見るのは初めてですが……」

 メリッサの武器は「魔法武器」と呼ばれる類の物らしい。
 俺達には、その言葉すら聞き覚えがないものだった。

「魔法武器? 何ですか? それ」

 3人を代表して訊いてみた。

「簡単に説明すると、この弓みたいに実体が存在しない武器のことね。実体がないから持ち運びが便利だし、たくさんの武器を装備することも可能よ。その一方で、武器を召喚している間は持続的に魔力を消耗するとか、欠点もあるわね」

 そんな武器があるのか。
 実体のない武器――魔法武器。

「もっとも、一番の欠点は希少価値の高さだけどね。市場で買うなら、質の低い物でも1000万は下らないから」
「い、いっせんまん!? メリッサさんはどうやってそんな武器を……?」
「ふふふ。私は自分で拾ったのさ。羨ましいでしょー?」

 メリッサが弓を見せびらかせてくる。
 最低で1000万もする代物……羨ましいわけがない!

「ま、武器も大事ではあるけど、一番大事なのは本人の力量よ」

 話を切り上げ、戦闘態勢に入るメリッサ。
 弓と同じように矢を召喚し、番え、天に向かって構える。

「見せてあげよう。お姉さんの実力を――〈周辺探知・改〉」

 メリッサの足下から周辺に向かって光の波紋が広がる。
 効果はよく分からないが、おそらく索敵系のスキルだろう。

「28体かー。少ないけど、ここからだとそんなものかな」
「28体?」
「捕捉した敵の数よ」
「そんなにも!? アーシャ、〈ディテクティング〉を使ってみてくれ」
「はいなのー!」

 アーシャのスキルと比較してみることにした。

「どうだ?」
「アーシャには4体しか分からないなの。あっちとあっちに2体ずつなの」

 索敵能力の差を実感した。

「それでも十分よ。お姉さんには敵わないけどね。――さぁ、まだまだいくよ」

 メリッサが次のスキルを発動する。

「〈ロックオンエネミー・改〉」

 今度は何の変化も起きなかった。

「何も起きていないようですが……?」
「見えている範囲ではね」

 何かしらの変化が起きてはいるようだ。
 俺達には分からないだけで。

「解説すると〈周辺探知・改〉で周囲の地形と敵を調べ、〈ロックオンエネミー・改〉で狙いを定めたの。そして、ここからが攻撃よ」

 メリッサが天に向かって矢を放つ。
 放たれた光の矢は、スッと空の中に消えていった。
 そして次の瞬間、上空から光の矢が雨のように降り始めた。

「矢の雨による範囲攻撃スキル〈アローレイン〉よ。普通に使った場合は、ただ雨のように降るだけ。でも、私は〈ロックオンエネミー・改〉で狙いを定めているから――」

 云っている言葉の意味が分かった。
 降り注ぐ無数の矢が軌道を変え、特定の箇所に集中していくのだ。

「――的確に敵を狙い撃つ」

 メリッサが話し終えた瞬間、アチコチから悲鳴が聞こえた。
 それは、ゴブリン達による断末魔の叫びだ。

「まさか、この場に居ながら28体ものゴブリンを……?」
「そういうこと」

 メリッサは武器の召喚を解いた。
 そして、右手を地面に向けて、次のスキルを発動する。

「私が倒したことでドロップしたアイテムは、スキルで回収することが出来る。それが――〈アイテム吸引〉」

 周辺の茂みがカサカサと動き出す。
 その正体は生き物ではなく、未鑑定品の数々だった。
 まるで糸で引っ張られているかのように、勝手に近づいてくる。
 瞬く間に、計10個の未鑑定品がメリッサの足下に集まった。

「戦闘終了!」

 パンパンと手を叩き、未鑑定品の回収を始めるメリッサ。

「すげぇ……」
「な、何が起きたのでしょうか……」
「たくさんのアイテムが集まったなの!?」
「この強さ、それにメリッサという名前……ハッ!」

 ミフユだけが何かに気づく。

「もしかして、“光の射手”メリッサって――」
「いかにも。それは私のことよ。廃れた二つ名だけどね」
「光の射手? メリッサさんって、有名人なんですか?」
「有名ですよ! 光の射手といえばかつてそ――」

 ミフユの口に、メリッサの人差し指が当てられる。
 それによって、ミフユの言葉が途絶えてしまった。

「ごめんね、私、昔の話は好きじゃないの」
「す、すみません」

 どうやら過去の話は訊かれたくないようだ。
 妙な気まずさを感じたので――。

「と、とにかく、メリッサさんの強さは分かった!」

 ――話を強引に進めた。

「俺達なんかより遙かに強いってことが!」
「ふふ、お姉さんと君達の間にはキャリアの差があるからね」

 たしかにそうだ。
 おそらく、メリッサは冒険者歴が数年になるプロの中のプロ。
 対する俺達は、冒険者歴5日目となるズブズブの素人。
 しかし、数年で彼女と同程度の強さに至れるとは思えなかった。

「ゴブリン相手だと強さをひけらかす感じになっちゃったけど、以上が私メリッサ・バロウズの実力よ。期待通りの女だったかしら?」

 期待通りなんてもんじゃない。
 期待以上だ! あまりも強すぎる!

「その顔を見る限り、問題なかったようね。安心した。前にも言ったとおり共同クエストは大歓迎だから、必要な時はいつでも要請してね」

 そう云って、メリッサはウインクするのだった。

 ◇

 メリッサが敵を殲滅したおかげで、茂みの中も平穏だった。
 しばしば道中でゴブリンを見かけたが、ものの見事に死んでいた。
 結局、一度の戦闘も行うことなく、ゴブリン洞窟に到着する。

「私が同行するのはここまでね」
「はい、ありがとうございました」
「こちらこそありがとう。楽しかったわ」

 メリッサが右手で握手を求めてくる。
 ギルドを代表して、その手には俺が応じた。

「頑張ってね、ラウド君」
「メリッサさんもお気を付けて」

 言った後に不適切な発言だと思った。
 メリッサなら、鼻クソをほじりながらでも余裕だろう。
 なんなら目を瞑ったままでも余裕に違いない。

「ふふ、ありがとう。気をつけて帰るね」

 握手を終えた右手で、メリッサが胸の谷間をまさぐる。
 ゴソゴソと手を動かし、胸を揺らしまくった後、アイテムを取り出した。
 〈帰還の魔石〉だ。

「気をつける必要……ないですね」
「あはは。それでも云われると嬉しいものよ」

 突然、メリッサの左手が伸びてきて、俺の後頭部を掴む。
 驚いている間に、俺の顔はメリッサに引き寄せられた。

「良い男になってね。これはお姉さんからの願掛けよ」

 そう云うと、メリッサは俺の右頬にキスをした。

「かぁぁぁ!」

 ユリィの変な声が聞こえる。
 その上、異様な熱気まで感じられた。
 お、俺は、何もしていないぞ!?

「じゃあね。他の皆も、またねー」
「バイバイなのー! メリッサお姉ちゃん!」
「共に行動することが出来て凄く光栄でした、メリッサ様」
「ミフユちゃん、今の私はただの冒険者だから、そういうのはやめて?」
「す、すみません! メリッサ様!」
「様付けも禁止。今後は“さん付け”か、“お姉さん”と呼ぶこと」
「は、はい、メリッサさ……ん!」
「よろしい!」

 メリッサの左手が、俺の後頭部から離れる。
 それと同時に、彼女は〈帰還の魔石〉を使用した。
 一瞬にして光に包まれ、消えてしまう。

「ラウドさん、メリッサさ……んのことですが」

 メリッサが消えたのを確認してから、ミフユが云う。
 詳しいことを教えてくれるつもりのようだ。
 しかし、俺は「いや、いい」と首を横に振った。

「本人が過去の話をされたがっていないから、俺達も訊かないでおくさ」

 冒険者組合におけるメリッサを思い返す。
 いつも一人でテーブル席に座っていたが、声を掛ける者はいなかった。
 有名人なら、もっと誰かしらが声を掛けてもおかしくないはずだ。
 それがないということは……名前だけが一人歩きしているのだろう。
 ミフユにしても実物を知らなかったわけだし、そう考えるのが自然だ。

「ミフユの口ぶりからすると、冒険者界隈には相当な有名人なんだろう。だったら、俺達が知ろうとするまでもなく、いずれ自然と耳に入ってくるさ。それに、話したくなったら本人が話してくれるだろう」
「たしかに」

 ま、なんだってかまわない。
 俺達にとって、メリッサは少し変わった先輩冒険者だ。
 美人で、胸が大きくて、べらぼうに強い、親切なお姉さんなのだ。
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