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012 F級クエスト

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 自分で言っておいてなんだが、俺は全力で待ったを掛けた。

「冷静に考えたのか? 止めた方がいいぞ。ウチはブラックギルドだぞ」
「ブラックなんですか?」
「おうよ。月給制じゃないし、福利厚生なんか存在しない。休みも不定休だ」
「それは……凄いですね」

 そう、残念な意味で凄いのだ〈ハクスラ〉は。
 なにせ設立の経緯からして残念過ぎるからな。
 グレーに近い黒とかではなく、黒の中の黒だ。

「冒険者学校を出ている君なら、他にいくらでも良い所があるんじゃないか?」
「勧誘の声を掛けてはいただきましたが……」
「だろう? そっちの方が環境は良いと思うぜ?」

 悲しいけど、それが現実だ。
 しかし、ミフユは首を横に振った。

「それでも、私はラウドさんのギルドに入りたいです」

 ユリィとアーシャが「おお!」と感動する。

「どうしてウチなんだ? 昨日のことで恩義を感じているからか?」
「それもありますが、なによりも皆さんがすごく楽しそうだから……」
「ほう」

 楽しそう、か。
 たしかにその意見は間違っていない。
 ユリィはともかくとして、アーシャも馴染んでいる。
 楽しそうというか、実際に楽しい。

「他所のギルドは、その、ビジネスライクな感じが強くて……。月給制とか福利厚生とか、たしかに魅力的なのですが、なんというか、その、えっと、私はもっとこう、えっと……」

 もじもじしながら、必死に言葉を考えるミフユ。
 しばらくして、「すみません」と頭を下げてしまう。
 適切な言葉が浮かばなかったようだ。

「云わんとしていることは分かったよ」
「つ、伝わりましたか?」
「要するにアットホームさに惹かれたんだろ?」
「そうです! それです!」

 ウチは超が付くほどの弱小ギルドだ。
 だから、他所と違って仕事上の付き合いでは済まない。
 そのことが、アットホームな雰囲気を生んでいたようだ。
 ミフユに指摘されるまで、全く気がつかなかった。

「敵の妨害しか出来ませんが……入れて頂けませんか?」

 ミフユが上目遣いで見てくる。
 眼鏡のレンズに薄らと俺の顔が反射していた。
 鼻の下が伸びていると、自分でも分かる。
 そらユリィに脛を蹴られるわけだ。

「ミフユがいいなら、こっちとしては願ってもないことさ」
「本当ですか!?」
「ただしもう一度言っておくが……ウチはブラックだぜ?」
「かまいません!」

 こうして、俺達のギルドに新たなメンバーが加入した。
 冒険者学校の卒業生で、妨害の専門家こと“ミフユ・ソラシエ”だ。

 ◇

 その後、俺達は酒場でミフユの歓迎会を開いた。
 ご馳走に舌鼓を打ち、互いのことを話して親睦を深めた。

 ――翌日。

 冒険者になって5日目。
 でもって、ギルドを設立して5日目。
 遂に、俺達はFランククエストに挑戦するのだった。

「〈ハクスラ〉にご紹介出来るクエストとしては、以下の物がございます」

 冒険者組合の受付カウンターにて。
 これまでは1枚しかなかったクエスト票が複数枚置かれた。

「いよいよ仕事を選べるわけだ」
「ワクワクしますね、お兄様!」

 Gランクの“いつもの”は除外して、Fランクのクエスト票に目を向ける。

=====1枚目=====
【クエスト】オーク討伐
【ランク】F
【内容】ゴブリン洞窟に棲息するオークを1体以上倒す
【報酬】討伐したオーク1体につき15,000ゴールド(最大10体まで)
【備考】ゴブリン洞窟にはゴブリンも棲息している

=====2枚目=====
【クエスト】ゴブリン討伐
【ランク】F
【内容】ゴブリン洞窟に棲息するゴブリンを1体以上倒す
【報酬】討伐したゴブリン1体につき5,000ゴールド(最大20体まで)
【備考】ゴブリン洞窟にはオークも棲息している

=====3枚目=====
【クエスト】ピエリナ草の調達(個人)
【ランク】F
【内容】ピエリナ草を10個調達する
【報酬】30,000ゴールド
【備考】期限指定:3日以内

=====4枚目=====
【クエスト】ロスベガスまでの護衛(個人)
【ランク】F
【内容】対象をロスベガスまで護衛する
【報酬】20,000ゴールド
【備考】期限指定:本日中

 国からの依頼は、相変わらずの討伐。
 個人からの依頼は、アイテムの調達と隣町への護衛だ。

「どちらになされますか?」

 受付嬢が訊いてくる。

「うーむ、どれにしようか」

 判断に困るところだ。
 興味本位で個人クエストを受けてみたい。
 しかし、草の調達はよく分からないし、護衛も不安だ。
 それに、討伐クエストで新しい武器を試したいという気持ちもある。

「どうしたどうしたー、何を悩んでいるのさー?」

 受付カウンターで悶々としていると、メリッサがやってきた。
 冒険者稼業における先輩だ。唯一頼れる存在でもある。

「どのクエストを受けるか悩んでいまして」

 思い切って事情を話してみる。
 メリッサは最後まで静かに聴いた後、手を叩いた。

「そんなの決まってるじゃない!」

 そう云うと、彼女は2枚のクエスト票をピックアップした。

「コレとコレでしょ」
「ゴブリンとオークの討伐ですか」
「もち!」

 それはゴブリン洞窟に棲息する魔物の討伐クエストだった。

「どうして討伐系がいいんですか?」

 尋ねてみた。
 俺の隣で、他の3人も興味深そうに頷く。
 メリッサは「それはねー」と得意気に答えてくれた。

「最初に確認しておくけど、ロスベガスに用事なんてないでしょ?」
「はい、特にありません」
「なら護衛は論外ね。除外。次に草の調達だけど、草は持ってる?」
「いえ、1つも持っていませんね」
「でしょ? ならコレも除外。すると残っているのは?」
「ゴブリン洞窟の魔物討伐」
「そのとーり! 討伐対象の棲息地が同じだから効率もいいし」
「なるほど、そういう風に考えるわけですか」

 個人クエストは、あくまで“オマケ”としてこなすわけだ。
 ロスベガスまでの護衛なら、自分がロスベガスに行きたい時に受注する。
 ピエリナ草の調達なら、既にピエリナ草を持っている時に受注する。

 その上、今回の討伐クエストは、どちらも目的地が同じだ。
 両方を同時にこなすというのは、たしかに効率的である。
 Fランクになったことで、最大で3つのクエストが受注可能だ。
 それを活かさない手はない。

「よし、ゴブリンとオークの討伐にしよう。異論は?」
「ありません、お兄様!」
「ラウドお兄ちゃんにお任せしますなのー!」
「私も問題ありません」

 決定だ。
 俺達は〈オーク討伐〉と〈ゴブリン討伐〉を受注した。
 個人クエストも興味があるところだが、それはまた次の機会だ。

「助言してくれてありがとうございます、メリッサさん」
「任せんしゃいな! ただ、気をつけたほうがいいよ」
「といいますと?」

 メリッサの表情が真剣になる。
 それを受けて、俺達の表情も強張った。

「ゴブリン洞窟の敵は、ゴブリンの森より強いからね」
「そうなんですか」
「油断していると普通に死ねるよ」

 脅かしているわけではなさそうだ。
 本気で警告してくれている。
 だから、俺も真剣な表情で尋ねた。

「俺達の所持アイテムはこんな感じなんですが大丈夫ですかね?」

 メリッサにアイテム事情を話して確認する。

「石は各自で持っているし、煙もある。怪我用のポーションが1個しかないのは、誰かが回復スキルを使えるから?」
「そうです。ユリィが〈ヒール〉を」
「ならオーケー。魔力ポーションは全部で5個かぁ。最下級だけど、5個もあれば大丈夫かな」

 問題ないということで安心する。
 ちなみに、魔力ポーションは4個がミフユの所持品だ。
 他にも、彼女は〈帰還の魔石〉を1個持っていた。

「ラウド君って慎重派なんだね」
「そんなことが分かるのですか?」
「アイテムを見れば分かるよ。新米の子らってわりと攻めたがるから、攻撃に役立つ物ばかり買う傾向があるの。でも君は真逆。安全性を重視している。まるでベテランの冒険者みたいよ。実に素晴らしい」

 なんだか嬉しかった。
 思わず照れ笑いを浮かべてしまう。

「ゴブリン洞窟までの場所は分かる?」
「はい、ゴブリンの森にあるんですよね?」
「そうそう。折角だし、洞窟まで付き合ってあげるよ」
「えっ、それは共同クエストってことですか?」
「違う違う。私が受けるのはこっち」

 メリッサが1枚のクエスト票を指でつまむ。
 それは、ゴブリンの森における〈ゴブリン討伐〉だった。
 俺達がこれまでにこなしてきたGランクのクエストだ。

「いつか共同クエストをするだろうし、実力を知っておくと役に立つでしょ?」
「たしかに」

 メリッサの強さが見られるなんて願ってもない話だ。
 十中八九、いや、なんなら十中の十でメリッサは強い。
 その強さの片鱗を、もうすぐ垣間見られるのだ。

「それじゃ、行こうか。私の見込んだ通りの男だって証明してね」
「が、頑張ります」
「ふふ、私も貴方の期待通りの女であることを証明させてもらうわ」

 メリッサと共に、俺達はゴブリン洞窟を目指すのだった。
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