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009 救援

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「魔力切れ!? マジかよ!?」
「魔力回復ポーションはないのか?」
「すみません、全部使い切ってしまいました」

 冒険者連中が浮き足立つ。
 形勢が逆転し、たちまちゴブリンが優勢になった。
 魔法使いの妨害から解放されて、快適にそうに動き回る。

「ゴブー!」「ゴブゴブー!」
「ゴーブゴブ!「ゴーブブー!」

 連中の殲滅速度を、敵の増える速度が上回り始めた。

「ゴブリン如きが人間様を舐めるなよ!」

 それでも連中は奮闘している。
 特に剣士が獅子奮迅の働きぶりで、敵をなぎ倒していく。

「敵が減り始めたな」
「もう付近にはゴブリンがいないなの!」
「あと少し……! ファイト、ファイトです」

 残っている敵の数は10体。

「うおおおおお!」

 剣士が1体倒した。残り9体。

「甘い甘い!」

 弓使いが矢で2体仕留める。残り7体。

「くらえ! 〈ブレードウェーブ〉」

 剣士が斬撃を飛ばすスキルで2体倒す。残り5体。

「よ、横から来ます!」

 眼鏡の女が叫ぶ。

「見えている! 任せろ!」

 弓使いがすかさず対応しようとする。
 だが――。

「矢がッ」

 矢が底を突いていた。
 背負っている矢筒に手を伸ばすが、中は空だ。

「ゴブー!」
「うわぁぁぁ!」

 ゴブリンの1体が剣士の脇腹にタックル。
 命懸けで剣士を押し倒した。

「ゴブ!」「ゴブゴブ!」

 そこに他のゴブリンが続く。
 皆で剣士にのしかかり、一気呵成に攻め立てる。
 顔を殴り、鎧を脱がせ、地肌を引っ掻く。

「た……助け……」
「し、神官! 回復だ! 支援も!」
「お、おう! 〈ヒール〉、〈プロテクション〉」

 神官が慌ててスキルを発動する。
 回復系の〈ヒール〉に、防御強化の〈プロテクション〉。
 だが、ゴブリンの猛攻の前には焼け石に水だった。

「……け……て……」

 剣士が動かなくなった。

「この、この野郎ォ!」

 弓使いが突っ込む。
 剣士にのしかかるゴブリンを蹴飛ばした。
 しかし、すかさず他のゴブリンから反撃を受ける。

「嗚呼……」

 ユリィが両手で口を押さえる。
 アーシャも表情を強張らせていた。

「あれでは剣士の二の舞だ」

 案の定、弓使いも剣士と同じ末路を辿った。
 倒され、装備を剥がされ、ボコボコにされる。

「ひ、ひぃぃいいい! 神よ! 神よ!」

 神官が懐をまさぐる。
 何か切り札でも出すのだろうか。

「お兄様! アレは!」
「ま、まさか! 〈帰還の魔石〉か!?」

 そのまさかだった。

「神ヨォオオオオオオオ!」

 神官が〈帰還の魔石〉を使って戦場を離脱する。
 そう、奴は裏切ったのだ。仲間を。
 もはやどうにもならないと判断し、見捨てやがった。

「あいつ……マジかよ」

 せめて女の魔法使いだけでも連れて帰ればいいのに。
 剣士と弓使いは手遅れでも、女は無傷だから救いの余地がある。

「お兄様、このままではあの方までゴブリンに……」

 分かっている。
 傍観し続けていると、女も死ぬだけだ。

「ユリィ、石の準備をしておけよ」
「は、はい! お兄様はどうされるのですか?」
「やるっきゃないだろ。見殺しにはできん」

 俺は意を決して動いた。

「おい! そこのあんた!」

 茂みから飛び出し、女に向かって叫ぶ。
 女が俺達に気づいて、表情をパッとさせる。
 当然ながら、ゴブリンにも気づかれた。

「石を使え! 〈帰還の魔石〉だ!」

 俺の見立てだと、連中は全員が〈帰還の魔石〉を持っているはずだ。
 〈帰還の魔石〉が冒険者の必需品なのは、俺でも知っている常識だから。

「あ、ありません!」
「はぁ!? なんでないんだ!」

 ところが、女は〈帰還の魔石〉を持っていなかった。

「先程の方が使われた分しか持っていなくて……!」
「俺達と同じくケチる使い方を想定していたのか!」

 〈帰還の魔石〉は、原則として1回の使用で1人しか転移できない。
 しかし、それは原則であって、例外も存在していた。
 それが、使用者に触れていれば、他の者も転移できるというもの。

 俗に「巻き込み」と呼ばれる方法だ。
 仲間が動けない時や、俺達みたいな貧乏人の節約術として使われる。

「仕方ない! こっちまで逃げてくるんだ! 巻き込んでやる!」

 俺は激しい手招きを女に向ける。

「出来ません! な、仲間が居ます!」
「仲間って、あの剣士と弓使いだろ?」
「そうです! 仲間を置いて逃げることは出来ません!」
「バカを云うな! あいつらは手遅れだ!」

 残念だが、それが現実だ。
 剣士と弓使いはもはや動いていない。
 気を失っているのか、それとも死んでいるのか。
 生死は定かではないが、助かる見込みは限りなく低いだろう。
 もはやユリィの〈ヒール〉で治せるレベルじゃない。

「それでも……仲間を見捨てることは……私には……」

 女がその場にへたり込む。
 仲間を助けることも出来ないが、逃げることも出来ないときた。
 なんという甘ったれたことを云いやがる。

「ああもう! 仕方ない!」

 剣を持つ手に力を込め、仲間達に云う。

「ユリィ、サポートしろ。石はアーシャに渡しておけ」
「分かりました! 戦うのですね? お兄様」
「そうだ。アーシャは〈ディテクティング〉で警戒を続けろ」
「はいなの!」
「もし敵の増援を探知したら即座に教えろ。あいつらを見捨てて逃げる」

 作戦は決まった。
 逃げの態勢を維持したまま、連中の救出を開始する。

「行くぞ! ユリィ!」
「はい! お兄様!」

 俺達は剣を構えて突っ込んだ。
 女の横を走り抜け、敵の群れに攻め込む。

「おりゃああッ!」
「やぁぁぁぁッ!」

 阿吽の呼吸で、2体のゴブリンを同時に撃破する。

「ゴブ!?」「ゴブゴブ!?」「ゴブブ!?」

 残った3体のゴブリンが臨戦態勢に入る。
 剣士と弓使いから離れて、武器の棍棒を構えた。

「やはり……手遅れだな」

 倒れている剣士達を見て察した。
 至る所を噛み千切られていて、出血が多すぎる。

「なんにせよ、これで3対2だ」

 数ではまだ劣っている。
 しかし、戦いは俺達が有利だった。
 連携の質が違うからだ。

「ユリィ」
「お任せ下さい!」

 俺とユリィの間に言葉はいらない。
 何をしたいかなんて、云わなくても伝わるのだ。

「かかってこい、ゴブリン共!」

 まずは俺が突っ込んでゴブリンの気を引く。
 3体を同時に相手取るわけだが、問題はない。
 俺の役目はあくまで囮だからだ。
 防御に徹して、踏み込まなければ大丈夫。

「そこです!」

 そうして生まれた敵の隙をユリィが突く。
 静かに背後へ回り込み、ゴブリンを斬りつけた。

「「ゴブ!?」」

 こちらの作戦に気づいたゴブリンが、振り返ってユリィを見る。

「隙ありだぜ」

 今度は俺が攻撃する番だ。
 背中を見せたゴブリンを斬り伏せる。

「これで」
「トドメです!」

 最後の1体は、ユリィとの協力攻撃で撃破。
 戦闘に勝利した。

「ふぅ」
「どうにか勝てましたね、お兄様」
「俺達も強くなっているみたいだな」

 安堵の息を吐く。

「アーシャ、敵の増援は?」
「大丈夫なのー!」
「オーケー」

 安全を確認して、剣を鞘に収めた。
 そして、眼鏡の女に言う。

「助けた報酬として、死体を漁らせてもらうよ」
「は、はい、かまいません。あ、ありがとうございました」

 俺は大量に転がるゴブリンの死体を漁った。
 未鑑定品がガッポガッポと飛び出してくる。
 1個、また1個……最終的に7個も獲得した。
 ついでに多少の小銭も。

「癒しの光よ――〈ヒール〉」

 俺が死体を漁っている頃、ユリィは回復を頑張っていた。
 剣士と弓使いに〈ヒール〉を連発して、治療を試みる。

「善処はしたのですが……」

 剣士と弓使いの脈を確認した後、ユリィは首を横に振った。
 やはり手遅れだったようだ。出血多量で死んでしまった。
 どれだけ〈ヒール〉で治療しても、失った血はは取り戻せない。
 同様に、失った命も取り戻せないのだ。

「そんな……。そんなことが……」

 眼鏡の女が絶望に打ちひしがれる。

「私の魔力が底を突かなければこんなことには……」
「君だけが悪いってわけでもないだろう。全員の責任さ」

 見ていた限り、敗戦の責任は全員にあった。
 たしかに、魔力を管理しきれなかったのは女のミスだ。
 だが、それに気づかなかったのもまた失態といえる。

「非常時を想定しておくべきだったな」

 女の魔力が底を突いた段階で、〈帰還の魔石〉を使うべきだった。
 そこに頭が回らなかった時点で、油断していたことがよく分かる。

「み、皆様は、冒険者学校の方ではないですよね?」

 女が尋ねてくる。

「ああ、違うよ」
「それなのに凄い判断力……」
「ま、君より2日ばかり先輩だからな。その差だろう」

 死体漁りと〈ヒール〉が終わり、この場でやることはもうない。
 長居は危険だ。

「俺達は石を使って帰るけど、一緒に来ないか?」
「えっ?」
「石、持っていないんだろ?」
「はい……」
「1人で歩いて帰るのは危険だし、巻き込んであげるよ」
「よろしいのですか?」
「もちろん」

 俺達は、横たわる剣士と弓使いの傍に集まった。

「万が一こいつらが生きていたら、一緒に巻き込まれるはずだ」
「なるほど……石で巻き込めるのは生者だけだからですね」
「その通りだ」

 石を持っているアーシャに、全員で触れる。
 俺と女は、それぞれ剣士と弓使いにも触れておく。

「アーシャ、いいぞ」
「石を使いますなのー!」

 アーシャが〈帰還の魔石〉を使う。
 俺達は即座に城門の前に転移した。

「まぁ……そうだよな」

 案の定、剣士と弓使いは転移されていなかった。
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