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第011話 最強の前兆⑥

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 相手がボスでも戦闘方法は同じが、精神面は大きく異なる。
 ゲームの時と違って死ぬとおしまいだからだ。これまでがいかに余裕であったとしても、ボス戦においては気休めにもならない。自ずと足はすくむし、呼吸も荒くなる。首筋には汗が流れ、心臓の鼓動も3割増しで激しくなった。

 極限まで張り詰めた緊張感に苛まれる。
 しかし、その状況は戦闘開始の直後に消え失せた。

「拙者が皆を守るでござるぅううう!」

 眼鏡岡は【ヘイトアップ】で大量のミノタウロスとボスを引き付ける。
 同時に自身へ【リジェネ】を施し、HPが常時回復する状態にした。

「ヘレナ、頼む!」
「来た来た! 私の出番!」

 ヘレナが【エレメンタルマジック】を発動。
 俺の持っている杖がキラキラと輝き出した。
 俺はすかさず魔法攻撃力を確認する。

===============
【名前】マサト
【魔法攻撃力】324(270+54)
===============

 270だった魔法攻撃力が324になっていた。
 54……つまり20%も上昇している。

「マサト!」「只野氏!」
「おうよ! 裁いてやるよ!」

 眼鏡岡を囲む大軍に【ラカリフサの裁き】を発動。
 無慈悲な鉄槌がボス及びミノタウロスに炸裂する。

「「「グォオオオオオオオオオ」」」

 断末魔の叫びと共に雑魚が散った。
 しかし、全ての雑魚が散ったわけではない。
 レベルの高い3体は生き残ったのだ。

 【ラカリフサの裁き】は敵の数が多い程に威力が半減する。
 ボスを含めると20体を超す格上の敵を相手にすると流石にきついか。

「眼鏡岡! 10秒粘ってくれ!」

 次の裁きを下すまでに10秒を要する。
 それが【ラカリフサの裁き】のCTだ。

「10秒も必要ないよ! マサト!」

 ヘレナが言う。
 そうか、ヘレナには――。

「サブロゲージョン!」

 CTを肩代わりする【サブロゲージョン(CT)】があるのだ。
 彼女がスキルを発動した瞬間、【ラカリフサの裁き】のCTが8秒も減った。
 これで残りCTは2秒だ。

「モォォォオオ!」

 アビスミノタウロスが巨大な斧を振り下ろす。
 眼鏡岡はそれを腕で受け止めた。

「痛くない! いや、痛いでござるぅう!」

 眼鏡岡、絶叫。
 ここにきて初めて「痛い」と言った。
 俺は大慌てで彼のHPを確認する。

===============
【名 前】ヤスヒコ
【H P】3,985/5,850
===============

 なんと1,865ダメージだ。
 ここまで不沈艦だった男が沈みかける。

「ヒ、ヒヒ、ヒールでござる!」

 眼鏡岡は大慌てで回復スキル【ヒーリング】を発動した。
 こちらは【リジェネ】と違って直ちに回復を終える。

===============
【名 前】ヤスヒコ
【H P】4,985/5,850
===============

 【リジェネ】の自動回復量を除けば約950の回復だ。
 眼鏡岡のMPならあと10回は【ヒーリング】を使えるはず。
 悪くない回復量だ。

「ヘレナのおかげで温まったぜ!」
「いったれマサトー!」

 俺は2度目となる【ラカリフサの裁き】を発動した。
 鉄槌のおかわりにより、雑魚ミノタウロスが死亡する。
 それでも、ボスの『アビスミノタウロス』は生きていた。

「おいおい、タフすぎだろ」
「4体しか居ない状態の裁きでも耐えるでござるか」

 ヘレナが「ひぇぇ!」と仰天する。

「モォォォ! モォォォ! モォォォ!」

 アビスミノタウロスの反撃が始まった。
 巨大な斧を振るい、何度も何度も眼鏡岡を攻める。
 眼鏡岡は【ヒーリング】を連発しながら耐えていた。

「(雑魚はいないが眼鏡岡の耐久度が危ういな……)」

 持久戦になれば勝てるだろう。
 しかし、眼鏡岡の状態を考慮すると持久戦は不可能だ。
 次の裁きに賭けるしかない。

「マサト、いくよ!」

 CT明けのヘレナが【サブロゲージョン(CT)】を発動。
 これにより、【ラカリフサの裁き】のCTが0になった。

「これで死ねよ! 最後の裁きだぁ!」

 3度目となる【ラカリフサの裁き】を発動する。
 アビスミノタウロスの頭上に巨大な鉄槌が出現した。
 鉄槌は大きく振りかぶり、勢いよく地面に叩き込まれる。

「やったか!?」
「どうでござる!?」
「倒した!?」

 俺達が固唾を飲んで見守る中――。

「モォォォ!」

 アビスミノタウロスは立ち上がって咆哮した。
 その瞬間、俺達3人を果てしない絶望感が襲う。
 しかし――。

「モォォ……」

 咆哮は、断末魔の叫びだった。
 アビスミノタウロスは叫びながら死んでいったのだ。

「うおおおおおおおおおお!」
「やった! やったでござるよ!」
「勝っちゃった! 本当に勝っちゃった!」

 3人で大いに喜ぶ。
 ハイタッチして、ピョンピョン跳ねる。
 かつてない爽快感と達成感が身体を襲った。
 ゲームではありえない、命懸けだからこその感覚。

「おいおいおいおいおい!」
「ボスを3発で倒したぞあいつら!」
「うわっ、すげぇぇぇぇえええ!」
「どうなってんだよ、あの火力!」
「【ラカリフサの裁き】って強化すると化けるのか!?」
「地味スキルだと思ってたのに!」
「俺も覚えるか! 【ラカリフサの裁き】を!」
「火力もそうだがあのタンクもすげーよ!」
「ボスの攻撃を一人で受けきっていたぞ!」
「しかも自分で回復していたし!」
「なんだあいつら! どうなってんだ!」

 周囲の歓声が凄まじい。
 あまりに凄まじくて、当事者である俺達が静まった。

「只野氏。これまでの反応から察するに、我々は……」

 眼鏡岡がヒソヒソッと言う。
 俺は「ああ」と頷いてから言った。

「自分達が想像していたよりも、既に頭角を現しちゃってるようだ」

 熱狂する周囲。
 注目されているのは俺達。
 元スクールカーストの最底辺。
 それが今ではこの有様である。
 さらに超絶的な美女も一緒だ。

「なぁ、眼鏡岡」

 俺は至福の笑みを浮かべ、眼鏡岡に言った。

「この世界、最高だな」
「日本はクソでござったな」

 極上の気分に浸りながら、俺達はダンジョンを攻略したのであった。
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