上 下
26 / 56

026 長期休暇の大冒険② 白狼の森

しおりを挟む
 街を出て、草原を進んでいく。

「ウサギさん、待ってなのー!」

 まったり過ごす野兎の前に、突如としてネネイが立ちはだかる。
 満面な笑みを浮かべ、両手を伸ばしてひたすらに追い掛け回す。
 喜ぶ五歳児と、必死に逃げる野兎。
 決して相思相愛になることがない、悲しき宿命。
 その様を苦笑いで眺めながら、俺達は前に進んだ。
 そんな時――。

「はぅぁ!」

 ネネイが盛大に転んだ。
 上半身から前に向かってバタンといく。
 勢い余って、くるりくるりと前に転がった。

「大丈夫か!?」

 さすがの俺も、これには慌てて駆け寄った。
 ネネイは大の字に倒れていて、顔は天を向いている。
 転んだ拍子に、全身が泥だらけになっていた。
 顔にも大量の泥が付着している。

「だ、大丈夫なの」

 青空を眺めたまま、ネネイはニィと笑った。
 痛がって泣くかと思いきや、そんなことはない。
 むしろ転んだことに喜んでいる。楽しそうだ。

「ほら、立ち上がって」
「ありがとーなの、おとーさん!」

 俺はネネイを立たせ、服に付着した泥を払い落とした。
 それでも、白いワンピースには汚れが目立つ。
 街に戻ったら、新しい服を買ってあげよう。

「ウサギさん、待ってなのー!」
「待て、ネネイが待つんだ」

 野兎との鬼ごっこを再開しようとするネネイを止める。
 ネネイは「ふぇぇ?」と間抜け面で俺を見てきた。
 俺は口元に笑みを浮かべ、胸ポケットからハンカチを出す。
 それで、ネネイの顔に付着している泥を拭き落した。

「これでよし! さぁ、行ってこい!」
「はいなのー♪」

 ネネイはニッコリと微笑み、再び走り出した。
 今度はこけるなよー、と声援を飛ばす。

「ネネイ、ヘイストをかけてやろうか?」

 野兎を追うネネイに、マリカが声をかける。
 ヘイストとは、全体の速度を高める汎用スキルだ。
 マリカのヘイストがあれば、野兎に追いつくのも余裕だろう。
 しかし、ネネイは「大丈夫なのー!」と断った。
 自分の力だけで捕まえたいのかもしれない。

「ネネイはいつも元気だよなぁ」
「うむ、溢れんばかりの若さだ」
「そういうマリカもまだ一〇歳だろ」
「つまりネネイの倍も年寄りだ」
「やめろ、俺の年齢はネネイの約六倍だぞ」
「すまない、マスター」

 ゾンビの巣の横を通り、草原を進んでいく。
 しばらく進むと、一風変わった森が見えてきた。
 まるで白髪のように、生い茂る木の葉が真っ白の森だ。
 あと少しもふもふ感があれば、積雪と勘違いしていた。

「あれが最初のダンジョンだな?」

 念の為に確認すると、「そうだ」と返ってきた。
 それを聞いて、俺はネネイに離れないよう言う。

「分かったなの!」

 ネネイがニコニコ顔で戻ってくる。
 結局、野兎には触れることができなかった。
 その後に追いかけていたスズメにも、触れていない。
 それでも、ネネイは嬉しそうだ。

「戦闘に備えろよー」
「はいなの♪」

 俺とネネイは共に武器を出した。
 少し遅れて、マリカも武器を出す。

 マリカの武器は魔導書だ。
 見た目はボロボロの辞書である。
 何が書かれているのかは分からない。

「森についての情報は?」

 この質問には、リーネが答えた。

「適正レベルは七前後で、狼タイプのモンスターが棲息しています」

 リーネの言葉に、「白狼だな」とマリカが続く。

「ダンジョン名はモンスターからとったのか」

 この森の名前は『白狼の森』という。
 てっきり、木の葉の白さをたとえているのかと思った。
 ところがどっこい、白狼なるモンスターからとっていたのだ。

「白狼は、攻撃力が七もあれば、楽に勝てる相手だ」
「ほう。防御力はどのくらい必要なんだ?」
「防御力も七だ。それと、魔法は使ってこない」
「おお! なら楽勝じゃないか!」

 マリカの言葉を聞いて、ホッと安堵した。
 俺達四人のステータスなら、白狼は怖くない。
 とどのつまり、適度に戦える雑魚だ。
 初戦の相手に相応しいじゃないか。

「白狼はどこだー!」
「どこなのー!」

 俺は槍を肩に担いで、先頭を歩く。
 後ろにネネイが続いた。
 ネネイの左右には骸骨戦士。
 数は二体ずつで、剣と盾を装備している。
 ネネイから少し離れて、リーネとマリカが続く。
 荷物持ちの骸骨もこの列だ。

 次第に森が深まっていく。
 気が付くと、周囲は樹木で覆われていた。
 もはや、どこを向いても草原は見えない。
 ここから歩いて帰ろうとしたら、絶対に迷う。

「マスター、そろそろ敵が出るぞ」
「え、なんでわかるの?」
「辺りを見て、変化に気づかないか?」

 俺は周囲を窺った。
 何か気配がするわけでもない。
 ただ――。

「霧が出ているな」
「それのことを言っている」
「霧は白狼の出現を示しているのか」
「ある程度深まると一気に出てくるぞ」
「オーケー!」

 担いでいた槍を構える。
 ネネイもウエストバッグから弾丸を取り出した。

「さぁ来い、白狼……!」

 歩調を落とし、ゆっくりと進む。
 進んでいくごとに、霧は濃くなっていく。
 ついに数メートル先すらも見えなくなる。
 その時、森が大きく震えた。

「ウォォォォン!」「ウォォォォン!」
「ウォォォォン!」「ウォォォォン!」
「ウォォォォン!」「ウォォォォン!」

 あらゆる方向から、狼の雄叫びが響く。
 マリカが「白狼だ」と静かに呟いた。
 しかし、霧が邪魔で姿が見えない。
 気配はあちらこちらから感じるのに。
 それが、この上なく緊張感を高めた。

「怖いなの……」

 ネネイが怯えている。
 俺は「大丈夫さ」と微笑みかけた。
 そんな俺の手も、汗でグッショリだ。
 響き続ける狼の咆哮に戦慄を覚える。

「ネネイの守りは任せろ、マスター」
「分かった」

 ネネイの左右に、骸骨戦士がピタリと張り付く。
 俺が守るよりも、遥かに安心だ。
 俺は少し前に出て、槍を振り回す空間を確保した。

「ウォォォォン!」

 ついに、白狼が襲ってきた。
 右側から急に飛び出してくる。
 数は一体だ。
 名前の通り、全身が白い。
 真っ赤に充血した目が威圧的だ。

「うおおお!」

 すかさず迎撃する。
 その場で腰を落とし、槍を一突き。
 白狼は身体を急旋回し、回避行動にでる。
 しかし避けきれず、後ろ足に突き刺さった。

「ウォォォォン……」

 マリカが推奨した攻撃力は七。
 一方、俺の攻撃力は九である。
 この差が理由だろう、一発で白狼を仕留めた。
 明らかに穂以上の穴が空き、灰にしたのだ。

「やったぜ!」
「流石です、ユートさん」
「喜ぶのはまだ早いぞ、マスター」

 マリカの声が飛んでくる。
 俺が気を引き締める前に、次の白狼が襲ってきた。
 勢いよく駆けてきて、背後から迫ってくる。
 一瞬の油断が、探知を遅らせた。
 必死に振り返ろうとするが、間に合わない。
 振り返ったころには、白狼に噛みつかれているだろう。

「おとーさんは、ネネイが守るなの!」
「ウォォォ……」

 俺が振り返った瞬間、白狼が灰と化した。
 ネネイが後方から、スリングショットで援護したのだ。
 相変わらず、驚異的な命中精度である。

「ありがとう、ネネイ」
「えへへなの♪」
「あと二〇体だ、マスター」
「そんなにいるのかよ!」
「慣れれば居場所も分かるようになる」
「ネトゲとは違い、この世は不親切だ」

 ネトゲなら、霧で見えないなんてことはない。
 仮に霧で見えなくなったとしても、マップに表示される。
 それに、経験の有無で見え方が変わることもない。

「ウォォォォン!」
「ウォォォォン!」

 今度は二体が同時に襲ってきた。
 左右からの挟撃だ。
 どちらの狙いも俺である。

 さっきから、攻撃対象は俺ばかりだ。
 おそらく浮いた駒だからだろう。
 他のメンバーは、グループで固まっている。
 ネネイは四体の骸骨と、その後ろには他の二人と二体の骸骨。
 単独なのは、俺だけだ。

「ネネイ、片方は頼んだ!」
「任せてなの、おとーさん!」

 左から来る狼をネネイに任せ、俺は右の奴に集中する。
 精神を集中させ、「せい!」と槍を繰り出す。
 今度は的確に、白狼の顔面を捉えた。
 断末魔の叫びすら許さずに、命を刈り取る。
 一方、ネネイもきっちり仕留めた。

「ナイスだ、ネネイ」
「はいなの!」

 完璧な連携だ。
 それでも、精神的にはきついものがある。
 常に不意打ちを受けるからだ。
 濃霧を目隠しにして、どこからともなく攻めてくる。
 戦闘経験が浅いせいで、直前まで探知できない。

「はぁ……はぁ……」

 緊張状態を維持していると、一気に疲労が溜まる。
 殆ど動いていないのに、長距離を走ったような苦しさだ。

「ウォォォォン!」
「ウォォォォン!」
「ウォォォォン!」

 そんな中、次は三体が襲ってきた。
 前と左右の三方向からくる同時攻撃だ。
 先程と同じ戦い方だと、一体残る。
 仕方ない、賭けにでよう。

「オラァ!」

 俺は、槍を左から右に流した。
 刺突ではなく、薙ぎ払い攻撃だ。

 この作戦が奏功した。
 一気に正面と右の白狼を仕留める。
 左の敵には、ネネイのスリングが炸裂した。

「よっしゃ!」
「やったなの!」
「ウォォォォン!」
「えっ」

 ガッツポーズする俺の足元に、白狼が居た。
 そう、数は三体ではなく、四体だったのだ。
 一体は鳴かずに忍び寄っていた。
 白狼の真っ赤に充血した目が、俺を捉えている。

「ウォォォォォォォォォン!」
「マスター、スキルを使え!」
「ダメだ、間に合わ――」

 飛びかかってきた白狼が、俺の首に噛みついた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双

たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。 ゲームの知識を活かして成り上がります。 圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。

俺が死んでから始まる物語

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。 だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。 余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。 そこからこの話は始まる。 セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕

【完結】おじいちゃんは元勇者

三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話… 親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。 エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ

雑木林
ファンタジー
 現代日本で草臥れたサラリーマンをやっていた俺は、過労死した後に何の脈絡もなく異世界転生を果たした。  第二の人生で新たに得た俺の身分は、とある王国の第三王子だ。  この世界では神様が人々に天職を授けると言われており、俺の父親である国王は【軍神】で、長男の第一王子が【剣聖】、それから次男の第二王子が【賢者】という天職を授かっている。  そんなエリートな王族の末席に加わった俺は、当然のように周囲から期待されていたが……しかし、俺が授かった天職は、なんと【牧場主】だった。  畜産業は人類の食文化を支える素晴らしいものだが、王族が従事する仕事としては相応しくない。  斯くして、父親に失望された俺は王城から追放され、辺境の片隅でひっそりとスローライフを始めることになる。

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

処理中です...