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025 長期休暇の大冒険① 準備
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それから一カ月と少しが経過した。
これといった変化もなく、商売は順調だ。
ただ、思った通り、ランキングは伸び悩んでいる。
四〇〇〇位が現在の適正ラインだ。
営業を行う三日間は、三七〇〇位くらいまで上昇する。
そして、休業中の二日間に、元の位置まで戻るのだ。
これより上を目指すなら、どうにかしなければいけない。
しかし、どうにかする策が思い浮かばなかった。
悶々としながら、時間だけが過ぎていく。
そんなある日、想定外の問題が発生した。
「え、年末年始は休業なんですか!?」
取引先が、年末年始は商品を送れないと言い出したのだ。
商品がなければ、営業をすることは出来ない。
日数に換算すると十二日分を臨時休業することになった。
でもまぁ、問題ないか。
最初は「ランキングが下がる」と動転した。
しかし、現状のままでは、更なる高みを望めない。
営業を続けていたところで、現状維持が関の山だ。
それに、営業を再開すれば、同じような順位に落ち着く。
冬休みってことで、俺達にとってもちょうどいいだろう。
そう前向きに捉えた。
「そんなわけで、今日からしばらくお休みだ」
自宅の三階にあるソファで、いつものようにくつろぐ。
膝の上で眠るネネイの頭を撫でながら、リアルのことを考えた。
今日はクリスマスだ。
エストラでは何のイベントもないが、リアルは大忙しだろう。
街はカップルに溢れ、サンタはプレゼントの準備に明け暮れている。
前より気持ちは薄れたけど、それでも思う。
リア充は爆発しろ!
「せっかくのお休み期間ですし、いつもとは違うことをしませんか?」
提案したのはリーネだ。
マリカが「いい考えだ」と賛成する。
「違うことといっても、何があるんだ」
逆に、いつもは何をしていただろうか。
思い返すと、だらだらしているだけだった。
エストラでだらだらするか、リアルでだらだらするか。
どちらを選ぶかは気分次第だが、最近は前者が多い。
疲労が溜まっているからだ。
PCに触れる元気もなく、ベッドやソファで眠っていた。
「冒険者らしく、長期の冒険などはいかがでしょうか?」
「長期の冒険というと、日をまたぐ旅のことだな?」
マリカの確認に、「そうです」とリーネが頷く。
「帰りはスキルを使えば快適です」
レベルは一桁だが、これでも俺は冒険者だ。
冒険に繰り出すというのは、悪くない考えである。
身体を動かすことで、新たな閃きがあるかもしれない。
「名案じゃないか。その意見に賛成だ」
「マスターが賛成なら、私も賛成だ」
「あとはネネイさんだけですね」
「そうだな。起こすか」
俺はネネイの頬をぷにぷにと突いた。
さらに、親指と人差し指で軽くつまむ。
ほわほわしていて、心地よい感触だ。
「ネネイ、起きろー」
「ふぇぇ?」
膝の上に頭を乗せたまま、ネネイが目を開く。
僅かに開いた目で俺を視認すると、ニヤァと笑う。
更に目を覚まさせる為、俺は駄目押しで頬を突いた。
「おとーさん、どうしたなの?」
「一泊二日の旅に出ようかって話をしていたんだけど、どう思う?」
ネネイは答える前に大きなあくびをする。
その後、眠そうに「賛成なのぉ」と答えた。
「満場一致で決まりだな」
「ですね」
「マスター、旅をするなら準備が大事だぞ」
「具体的には何の準備をすればいいのかな?」
「色々だ。出発前に一つずつ揃えていこう」
「分かった。細かいことは任せてもいい?」
「当然だ、私に任せろ」
こうして、俺達の年末年始は長旅に決まった。
俺にとって、初めての日帰りじゃない冒険だ。
◇
旅を楽しむ為に、一つの取り決めをした。
それは『帰るまで世界転移を使わない』ことだ。
提案したのは俺で、三人共承諾した。
世界転移を使うと、せっかくの冒険が台無しになる。
睡眠や食事のたびに、リアルへ戻れるからだ。
どれだけ辛かろうと、テントや寝袋で過ごしたい。
それか、他所の街や村の宿屋など。
食事だって、リアルの飲食店なんかはごめんだ。
そんな所に行くくらいなら、木の実を齧る方がいい。
「今日こそ何か習得するぞー」
「おーなの♪」
準備の一環として、スキル屋にやってきた。
そう、性懲りもなくまた来たのだ。
狩りをする前はいつも来るけど、大体は何も覚えない。
「マスターは移動系を、ネネイは攻撃系と支援系を覚えるように」
「了解!」
「はいなの!」
マリカの指示で、俺は移動系スキルを習得することにした。
緑色のスキル本を手に取り、パラパラとめくっていく。
俺の横にはマリカが居て、俺の本を覗いている。
「マスター、今のスキルはどうだ?」
「む? これのことか?」
「いや、その二つ前のページだ」
二ページ前に遡り、「これ?」と再確認。
マリカは「それだ」と頷いた。
「このスキルって必要か?」
「移動系の中では数少ない戦闘で使うスキルだぞ」
「そうだけど、今一つそそられないなぁ」
「ないよりマシだ。使う場面があるかもしれない」
「それもそうか」
汎用スキルは、一人一〇個まで習得可能だ。
それ以上覚える際は、任意のスキルを一つ忘れる必要がある。
俺は今、『エスケープタウン』しか覚えていない。
つまり、あと九個も習得できるのだ。
マリカの言う通り、何もないよりはマシだろう。
「じゃあこれと『タウンワープ』も覚えておくよ」
「うむ、それでいいと思う」
同意すると、マリカは俺から離れた。
向かう先には、地べたに座って本を読むネネイが居る。
マリカはその隣に腰を下ろし、ネネイに話しかけた。
ネネイのスキル選びを手伝ってあげるみたいだ。
二人の付近では、リーネがガイドラインを熟読している。
背中には、パンパンに膨らんだリュックを背負っていた。
リュックの中にあるのは、大量のマグボトル。
中は空で、出発前に酒場で飲み物を詰める予定だ。
一方、俺は受付カウンターに来ていた。
汎用スキルを習得するためだ。
「すみません、タウンワープと――」
覚えたいスキルを説明し代金を払う。
汎用スキルの習得費用は、一つにつき一〇〇万だ。
今回は二つ習得したので、二〇〇万の出費となる。
ちなみに、俺の所持金は七〇〇〇億以上だ。
こうして、俺は二つのスキルを習得した。
その内の一つ『タウンワープ』は、定番の移動スキルだ。
効果は、既に訪れたことのある街へ移動するというもの。
発動条件は街の中であること。
ネトゲでもお馴染みのスキルである。
今回の旅で使う予定はないが、覚えておけば何かと捗るだろう。
「ネネイも決まったなのー!」
しばらくして、ネネイもスキルを習得した。
なんと、一気に四つのスキルを覚えたらしい。
詳細を訊くと、「秘密なの♪」とはぐらかされた。
だから、頭をクシャクシャと撫でてやる。
ネネイは喜びつつも、乱雑な撫で方にムスッとしていた。
「マスター、次は食糧の調達だ」
「オーケー」
俺達はスキル屋を後にした。
次は酒場で飲み物を補充する。
――と、思いきや。
「食材を調達しよう」
「食材? いいけど、腐らないか?」
「大丈夫だ。先日、良い話を聞いた」
食べ物に関しては、現地調達だと思っていた。
動物を狩ったり、木に生えた苺を取ったり。
はたまた、魚を釣るのも悪くない。
そんなものだから、街で買うと聞いて驚いた。
俺は「ほう」と呟き、続きを促す。
しかし、マリカはそれ以上語らなかった。
そこで話を切り上げ、歩き出したのだ。
詳細は教えてくれないのかよ、と苦笑い。
そうして、食料関係の店が並ぶ通りにやってきた。
マリカは「こっちだ」と言い、スタスタと歩いていく。
どうやら、行きたい店は決まっているようだ。
俺達は何も言わずに続いた。
「ここだ」
マリカが立ち止まる。
目の前には『氷屋』があった。
氷屋とは、『融けない氷』を売っている店だ。
融けない氷と呼ばれているが、少し語弊がある。
正確には、融ける速度が極めて遅い氷だ。
熱湯に一日浸けても融けなかったりする。
売られている氷は、野球ボールと同等の大きさをした球体だ。
エストラでは、この氷を木箱に敷き詰め、冷蔵庫として利用する。
三カ月だか半年だか一年だかに一回、氷を交換するらしい。
実際に利用したことがないので、細かいことは不明だ。
「いらっしゃい!」
マリカは何も言わず、ズカズカと店内へ足を踏み入れた。
中には推定五〇代のおじさん店主が居て、元気よく声をかけてくる。
「マグボトルに氷を入れて欲しい。出来るか?」
「もちろんだとも!」
マリカは頷くと、リーネにマグボトルを渡すよう言った。
リーネが「何本渡しますか?」と訊く。
マリカは「一〇本」と即答した。
「分かりました」
リーネはリュックを床に置き、マグボトルを取り出す。
一本ずつ渡していき、きっちり一〇本で手を止めた。
リュックの中には、まだ一〇本以上のマグボトルが残っている。
「ちょいと待ってな!」
店主はアイスピックを取り出し、慣れた手つきで氷を削っていく。
細かく大きさを調整したあと、マグボトルに氷を入れた。
「一個二万が一〇個で、計二〇万ゴールドだぜ」
「うむ、助かった」
支払いはマリカが行った。
俺達はいまだ状況が分かっていない。
「マグボトルなら、飲み物は冷たいままだし、氷は不要だぞ」
俺のセリフに対し、マリカは「知っている」と無表情で返す。
一方、俺達の話を聞いていた店主は、声を上げて笑った。
「ユートさん、これの中には、飲料ではなく食材を入れるんすよ!」
「食材を?」
店主が説明する。
マグボトルを携帯型の冷蔵庫として使用するらしい。
だから、ボトルの底に融けない氷を入れたのだ。
あとは、氷の上に食材をアレコレと詰め込むだけ。
こうすることで、食材の腐敗を抑えるらしい。
この方法は、冒険者の間では定番だそうだ。
「飲料はぬるくならないし、食材も長期保存が可能! このマグボトルってぇ商品は、本当に凄いですよ! 冒険者にとって画期的な商品ですぜ! いや、革命的といってもいい!」
本来の用途である水筒に加え、冷蔵庫としても使える。
想像以上に便利な商品だ。
「入れる食材はオススメとかあるの?」
氷屋を出た後、俺はマリカに尋ねた。
マリカは「ある」と答え、通りを進んでいく。
そうしてやってきたのは、肉の専門店だ。
牛肉から鶏肉、果てにはよく分からない謎肉まで売っている。
「ほう、肉か」
「そうだ。串焼きにする」
「串焼きなの!?」
ネネイが反応する。
俺はすかさず「イカじゃないぞ」と笑った。
「ネネイはイカさんがいいなの」
「イカも美味しいが、外では肉の方が良い」
「マリカお姉ちゃんがそう言うなら、お肉でいいなの……」
ネネイは唇を尖がらせ、シュンとして下を向く。
異議はないが不満はあるといった様子だ。
その姿が可愛くて、思わず頬をぷにぷにする。
「むぅーなの!」
当然、ネネイは怒った。
全力のローキックを、俺の脛にお見舞いしてくる。
いつもは痛がるフリをする俺だが、今回は本当に痛かった。
どこからどう見ても自業自得である。
「マグボトル七本分の鶏肉を頼む」
「はいよ!」
マリカと店主のやり取りをみて、俺はクスリと笑った。
マグボトルに食材を詰める行為は、本当に浸透しているようだ。
マグボトル何本分という謎の単位が、当たり前のように通じている。
こうして、七本のマグボトルにぶつ切りの鶏肉が詰まった。
その後、隣の八百屋でネギを仕入れる。
残り三本のマグボトルには、ぶつ切りのネギが入った。
「肉は分かるが、野菜はネギが定番なのか?」
「そんなことはない」
「じゃあ、なんでネギばっかりなんだ?」
「私が好きだからだ」
別に、キャベツなどでも良かったらしい。
ちゃっかり自分の好みをぶち込むとは、中々狡猾な十歳児だ。
「あとは酒場で串とタレを仕入れたら完了だ」
「なるほど、タレもマグボトルに入れるわけか」
「その通りだ。鋭いな、マスター」
「よく分かりましたね。流石です、ユートさん」
ネネイもパチパチと拍手している。
他に答えはないだろ、と俺は苦笑い。
それはさておき、食事のシーンはイメージできた。
鶏肉に串を刺し、たき火などで焼く。
焼きあがったら、タレの入ったマグボトルに浸ける。
そして、それを一気に頬張っていく。
タレや油が滴るのを気にせず、豪快にむしゃむしゃと。
想像するだけで、お腹が「ぐぅっ」と悲鳴を上げた。
こんなの、絶対に、間違いなく、文句なしに美味い!
「これで食糧は揃った。後はテントだけだ」
「そうか、寝泊りする為のテントがまだだったな」
「テントは必須だぞ、マスター」
「で、そのテントはどこで調達すればいい?」
「店で買うのも悪くないが、今回はレンタルしよう」
マリカによると、冒険者ギルドで貸し出しているそうだ。
「荷物持ちは任せろ――骸骨召喚」
サクサクと冒険者ギルドへ行き、レンタルを済ませた。
受付で一言頼むだけだったので、時間はかからない。
レンタル品の入ったリュックは、マリカの骸骨が背負う。
リュックの数は二つだ。
一つはテントが、もう一つは寝袋が入っている。
テントの中で寝袋を使えば、快適に眠れるらしい。
「これで全ての準備が整った」
「なんだか俺、ワクワクしてきたぜ」
「ネネイもワクワクなのー♪」
「楽しみですね」
ラングローザの東門にやってきた。
今回は、ここからひたすら東に進んでいく。
東には計四つのダンジョンがあるそうだ。
その内の一つは、この前行った『ゾンビの巣』である。
ここはスルーして、残りの三つを踏破する予定だ。
「皆、準備はいいな?」
「ネネイは大丈夫なの、おとーさん!」
「問題ないぞ、マスター」
「私も問題ありません、ユートさん」
三人に確認した後、俺は右手を突き上げた。
「よし、出発だ!」
「おーなの♪」
こうして、長期休暇の長旅が幕を開けた。
これといった変化もなく、商売は順調だ。
ただ、思った通り、ランキングは伸び悩んでいる。
四〇〇〇位が現在の適正ラインだ。
営業を行う三日間は、三七〇〇位くらいまで上昇する。
そして、休業中の二日間に、元の位置まで戻るのだ。
これより上を目指すなら、どうにかしなければいけない。
しかし、どうにかする策が思い浮かばなかった。
悶々としながら、時間だけが過ぎていく。
そんなある日、想定外の問題が発生した。
「え、年末年始は休業なんですか!?」
取引先が、年末年始は商品を送れないと言い出したのだ。
商品がなければ、営業をすることは出来ない。
日数に換算すると十二日分を臨時休業することになった。
でもまぁ、問題ないか。
最初は「ランキングが下がる」と動転した。
しかし、現状のままでは、更なる高みを望めない。
営業を続けていたところで、現状維持が関の山だ。
それに、営業を再開すれば、同じような順位に落ち着く。
冬休みってことで、俺達にとってもちょうどいいだろう。
そう前向きに捉えた。
「そんなわけで、今日からしばらくお休みだ」
自宅の三階にあるソファで、いつものようにくつろぐ。
膝の上で眠るネネイの頭を撫でながら、リアルのことを考えた。
今日はクリスマスだ。
エストラでは何のイベントもないが、リアルは大忙しだろう。
街はカップルに溢れ、サンタはプレゼントの準備に明け暮れている。
前より気持ちは薄れたけど、それでも思う。
リア充は爆発しろ!
「せっかくのお休み期間ですし、いつもとは違うことをしませんか?」
提案したのはリーネだ。
マリカが「いい考えだ」と賛成する。
「違うことといっても、何があるんだ」
逆に、いつもは何をしていただろうか。
思い返すと、だらだらしているだけだった。
エストラでだらだらするか、リアルでだらだらするか。
どちらを選ぶかは気分次第だが、最近は前者が多い。
疲労が溜まっているからだ。
PCに触れる元気もなく、ベッドやソファで眠っていた。
「冒険者らしく、長期の冒険などはいかがでしょうか?」
「長期の冒険というと、日をまたぐ旅のことだな?」
マリカの確認に、「そうです」とリーネが頷く。
「帰りはスキルを使えば快適です」
レベルは一桁だが、これでも俺は冒険者だ。
冒険に繰り出すというのは、悪くない考えである。
身体を動かすことで、新たな閃きがあるかもしれない。
「名案じゃないか。その意見に賛成だ」
「マスターが賛成なら、私も賛成だ」
「あとはネネイさんだけですね」
「そうだな。起こすか」
俺はネネイの頬をぷにぷにと突いた。
さらに、親指と人差し指で軽くつまむ。
ほわほわしていて、心地よい感触だ。
「ネネイ、起きろー」
「ふぇぇ?」
膝の上に頭を乗せたまま、ネネイが目を開く。
僅かに開いた目で俺を視認すると、ニヤァと笑う。
更に目を覚まさせる為、俺は駄目押しで頬を突いた。
「おとーさん、どうしたなの?」
「一泊二日の旅に出ようかって話をしていたんだけど、どう思う?」
ネネイは答える前に大きなあくびをする。
その後、眠そうに「賛成なのぉ」と答えた。
「満場一致で決まりだな」
「ですね」
「マスター、旅をするなら準備が大事だぞ」
「具体的には何の準備をすればいいのかな?」
「色々だ。出発前に一つずつ揃えていこう」
「分かった。細かいことは任せてもいい?」
「当然だ、私に任せろ」
こうして、俺達の年末年始は長旅に決まった。
俺にとって、初めての日帰りじゃない冒険だ。
◇
旅を楽しむ為に、一つの取り決めをした。
それは『帰るまで世界転移を使わない』ことだ。
提案したのは俺で、三人共承諾した。
世界転移を使うと、せっかくの冒険が台無しになる。
睡眠や食事のたびに、リアルへ戻れるからだ。
どれだけ辛かろうと、テントや寝袋で過ごしたい。
それか、他所の街や村の宿屋など。
食事だって、リアルの飲食店なんかはごめんだ。
そんな所に行くくらいなら、木の実を齧る方がいい。
「今日こそ何か習得するぞー」
「おーなの♪」
準備の一環として、スキル屋にやってきた。
そう、性懲りもなくまた来たのだ。
狩りをする前はいつも来るけど、大体は何も覚えない。
「マスターは移動系を、ネネイは攻撃系と支援系を覚えるように」
「了解!」
「はいなの!」
マリカの指示で、俺は移動系スキルを習得することにした。
緑色のスキル本を手に取り、パラパラとめくっていく。
俺の横にはマリカが居て、俺の本を覗いている。
「マスター、今のスキルはどうだ?」
「む? これのことか?」
「いや、その二つ前のページだ」
二ページ前に遡り、「これ?」と再確認。
マリカは「それだ」と頷いた。
「このスキルって必要か?」
「移動系の中では数少ない戦闘で使うスキルだぞ」
「そうだけど、今一つそそられないなぁ」
「ないよりマシだ。使う場面があるかもしれない」
「それもそうか」
汎用スキルは、一人一〇個まで習得可能だ。
それ以上覚える際は、任意のスキルを一つ忘れる必要がある。
俺は今、『エスケープタウン』しか覚えていない。
つまり、あと九個も習得できるのだ。
マリカの言う通り、何もないよりはマシだろう。
「じゃあこれと『タウンワープ』も覚えておくよ」
「うむ、それでいいと思う」
同意すると、マリカは俺から離れた。
向かう先には、地べたに座って本を読むネネイが居る。
マリカはその隣に腰を下ろし、ネネイに話しかけた。
ネネイのスキル選びを手伝ってあげるみたいだ。
二人の付近では、リーネがガイドラインを熟読している。
背中には、パンパンに膨らんだリュックを背負っていた。
リュックの中にあるのは、大量のマグボトル。
中は空で、出発前に酒場で飲み物を詰める予定だ。
一方、俺は受付カウンターに来ていた。
汎用スキルを習得するためだ。
「すみません、タウンワープと――」
覚えたいスキルを説明し代金を払う。
汎用スキルの習得費用は、一つにつき一〇〇万だ。
今回は二つ習得したので、二〇〇万の出費となる。
ちなみに、俺の所持金は七〇〇〇億以上だ。
こうして、俺は二つのスキルを習得した。
その内の一つ『タウンワープ』は、定番の移動スキルだ。
効果は、既に訪れたことのある街へ移動するというもの。
発動条件は街の中であること。
ネトゲでもお馴染みのスキルである。
今回の旅で使う予定はないが、覚えておけば何かと捗るだろう。
「ネネイも決まったなのー!」
しばらくして、ネネイもスキルを習得した。
なんと、一気に四つのスキルを覚えたらしい。
詳細を訊くと、「秘密なの♪」とはぐらかされた。
だから、頭をクシャクシャと撫でてやる。
ネネイは喜びつつも、乱雑な撫で方にムスッとしていた。
「マスター、次は食糧の調達だ」
「オーケー」
俺達はスキル屋を後にした。
次は酒場で飲み物を補充する。
――と、思いきや。
「食材を調達しよう」
「食材? いいけど、腐らないか?」
「大丈夫だ。先日、良い話を聞いた」
食べ物に関しては、現地調達だと思っていた。
動物を狩ったり、木に生えた苺を取ったり。
はたまた、魚を釣るのも悪くない。
そんなものだから、街で買うと聞いて驚いた。
俺は「ほう」と呟き、続きを促す。
しかし、マリカはそれ以上語らなかった。
そこで話を切り上げ、歩き出したのだ。
詳細は教えてくれないのかよ、と苦笑い。
そうして、食料関係の店が並ぶ通りにやってきた。
マリカは「こっちだ」と言い、スタスタと歩いていく。
どうやら、行きたい店は決まっているようだ。
俺達は何も言わずに続いた。
「ここだ」
マリカが立ち止まる。
目の前には『氷屋』があった。
氷屋とは、『融けない氷』を売っている店だ。
融けない氷と呼ばれているが、少し語弊がある。
正確には、融ける速度が極めて遅い氷だ。
熱湯に一日浸けても融けなかったりする。
売られている氷は、野球ボールと同等の大きさをした球体だ。
エストラでは、この氷を木箱に敷き詰め、冷蔵庫として利用する。
三カ月だか半年だか一年だかに一回、氷を交換するらしい。
実際に利用したことがないので、細かいことは不明だ。
「いらっしゃい!」
マリカは何も言わず、ズカズカと店内へ足を踏み入れた。
中には推定五〇代のおじさん店主が居て、元気よく声をかけてくる。
「マグボトルに氷を入れて欲しい。出来るか?」
「もちろんだとも!」
マリカは頷くと、リーネにマグボトルを渡すよう言った。
リーネが「何本渡しますか?」と訊く。
マリカは「一〇本」と即答した。
「分かりました」
リーネはリュックを床に置き、マグボトルを取り出す。
一本ずつ渡していき、きっちり一〇本で手を止めた。
リュックの中には、まだ一〇本以上のマグボトルが残っている。
「ちょいと待ってな!」
店主はアイスピックを取り出し、慣れた手つきで氷を削っていく。
細かく大きさを調整したあと、マグボトルに氷を入れた。
「一個二万が一〇個で、計二〇万ゴールドだぜ」
「うむ、助かった」
支払いはマリカが行った。
俺達はいまだ状況が分かっていない。
「マグボトルなら、飲み物は冷たいままだし、氷は不要だぞ」
俺のセリフに対し、マリカは「知っている」と無表情で返す。
一方、俺達の話を聞いていた店主は、声を上げて笑った。
「ユートさん、これの中には、飲料ではなく食材を入れるんすよ!」
「食材を?」
店主が説明する。
マグボトルを携帯型の冷蔵庫として使用するらしい。
だから、ボトルの底に融けない氷を入れたのだ。
あとは、氷の上に食材をアレコレと詰め込むだけ。
こうすることで、食材の腐敗を抑えるらしい。
この方法は、冒険者の間では定番だそうだ。
「飲料はぬるくならないし、食材も長期保存が可能! このマグボトルってぇ商品は、本当に凄いですよ! 冒険者にとって画期的な商品ですぜ! いや、革命的といってもいい!」
本来の用途である水筒に加え、冷蔵庫としても使える。
想像以上に便利な商品だ。
「入れる食材はオススメとかあるの?」
氷屋を出た後、俺はマリカに尋ねた。
マリカは「ある」と答え、通りを進んでいく。
そうしてやってきたのは、肉の専門店だ。
牛肉から鶏肉、果てにはよく分からない謎肉まで売っている。
「ほう、肉か」
「そうだ。串焼きにする」
「串焼きなの!?」
ネネイが反応する。
俺はすかさず「イカじゃないぞ」と笑った。
「ネネイはイカさんがいいなの」
「イカも美味しいが、外では肉の方が良い」
「マリカお姉ちゃんがそう言うなら、お肉でいいなの……」
ネネイは唇を尖がらせ、シュンとして下を向く。
異議はないが不満はあるといった様子だ。
その姿が可愛くて、思わず頬をぷにぷにする。
「むぅーなの!」
当然、ネネイは怒った。
全力のローキックを、俺の脛にお見舞いしてくる。
いつもは痛がるフリをする俺だが、今回は本当に痛かった。
どこからどう見ても自業自得である。
「マグボトル七本分の鶏肉を頼む」
「はいよ!」
マリカと店主のやり取りをみて、俺はクスリと笑った。
マグボトルに食材を詰める行為は、本当に浸透しているようだ。
マグボトル何本分という謎の単位が、当たり前のように通じている。
こうして、七本のマグボトルにぶつ切りの鶏肉が詰まった。
その後、隣の八百屋でネギを仕入れる。
残り三本のマグボトルには、ぶつ切りのネギが入った。
「肉は分かるが、野菜はネギが定番なのか?」
「そんなことはない」
「じゃあ、なんでネギばっかりなんだ?」
「私が好きだからだ」
別に、キャベツなどでも良かったらしい。
ちゃっかり自分の好みをぶち込むとは、中々狡猾な十歳児だ。
「あとは酒場で串とタレを仕入れたら完了だ」
「なるほど、タレもマグボトルに入れるわけか」
「その通りだ。鋭いな、マスター」
「よく分かりましたね。流石です、ユートさん」
ネネイもパチパチと拍手している。
他に答えはないだろ、と俺は苦笑い。
それはさておき、食事のシーンはイメージできた。
鶏肉に串を刺し、たき火などで焼く。
焼きあがったら、タレの入ったマグボトルに浸ける。
そして、それを一気に頬張っていく。
タレや油が滴るのを気にせず、豪快にむしゃむしゃと。
想像するだけで、お腹が「ぐぅっ」と悲鳴を上げた。
こんなの、絶対に、間違いなく、文句なしに美味い!
「これで食糧は揃った。後はテントだけだ」
「そうか、寝泊りする為のテントがまだだったな」
「テントは必須だぞ、マスター」
「で、そのテントはどこで調達すればいい?」
「店で買うのも悪くないが、今回はレンタルしよう」
マリカによると、冒険者ギルドで貸し出しているそうだ。
「荷物持ちは任せろ――骸骨召喚」
サクサクと冒険者ギルドへ行き、レンタルを済ませた。
受付で一言頼むだけだったので、時間はかからない。
レンタル品の入ったリュックは、マリカの骸骨が背負う。
リュックの数は二つだ。
一つはテントが、もう一つは寝袋が入っている。
テントの中で寝袋を使えば、快適に眠れるらしい。
「これで全ての準備が整った」
「なんだか俺、ワクワクしてきたぜ」
「ネネイもワクワクなのー♪」
「楽しみですね」
ラングローザの東門にやってきた。
今回は、ここからひたすら東に進んでいく。
東には計四つのダンジョンがあるそうだ。
その内の一つは、この前行った『ゾンビの巣』である。
ここはスルーして、残りの三つを踏破する予定だ。
「皆、準備はいいな?」
「ネネイは大丈夫なの、おとーさん!」
「問題ないぞ、マスター」
「私も問題ありません、ユートさん」
三人に確認した後、俺は右手を突き上げた。
「よし、出発だ!」
「おーなの♪」
こうして、長期休暇の長旅が幕を開けた。
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余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。
そこからこの話は始まる。
セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕
【完結】おじいちゃんは元勇者
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パーティを追い出されましたがむしろ好都合です!
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第11回ファンタジー大賞エントリーしてました!
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それでもネロは水魔法を工夫しながら活躍していく。
一話当たりは短いです。
通勤通学の合間などにどうぞ。
あまり深く考えずに、気楽に読んでいただければ幸いです。
完結しました。
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