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024 迫りくる限界
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翌日。
休日が開け、商品が届く。
朝九時に、第一弾がやってきた。
「三〇一が埋まったら三〇三にお願いします」
「はいよ」
数名の作業員が、せわしなく商品を運んでいく。
俺達は、その姿をただ眺めるだけだ。
この作業は本当に助かる。
自分では絶対にしたくないし、出来ない作業だ。
「おじちゃんファイトなのー!」
「ありがとうな、お嬢ちゃん!」
商品を運び込む作業員に、ネネイが声援を送る。
それにより、作業員の顔が一様に綻んでいく。
その後、視線がリーネの胸に移る。
綻んだ顔をそのままに、鼻の下が伸びた。
「では五時間後にまた来ますね」
運搬を終えた作業員が言う。
俺は「分かりました」と答え、労いの言葉をかけた。
この規模になると、一度に全ての箱を置くことは出来ない。
当然といえば当然だ。
仕入れる個数がぶっ飛んでいる。
全部で十二万個の商品を仕入れるのだ。
内訳は、安全剃刀とシェービングクリームが一万個。
残りの一〇万個がマグボトルである。
だから、何度かに分けて運搬してもらう。
もちろん、そんなことは通常だと許されない。
狂った量を買い込むお得意様だから出来る特権だ。
「よーし、やるぞー!」
ここからは、俺達四人の仕事だ。
今の内に、全ての箱をエストラへ送る。
「骸骨召喚」
マリカが固有スキルを発動させる。
骸骨戦士が一〇体現れた。
「いつも通り頼むよ」
「任せろ、マスター」
マリカが骸骨達に命令を出す。
骸骨達は、無言で箱を持ち上げた。
持ち上げる箱の数は、一体につき二箱。
その状態で、互いの肩が当たるまで密着する。
同様に、俺とリーネも箱を抱えた。
「準備完了。マリカ、ネネイ、頼んだ」
「はいなのー♪」
「承知した」
ネネイとマリカが、片手を俺の手に当てる。
もう片方の手で、マリカがリーネの背中を触れた。
一方、ネネイは一体の骸骨に触れている。
人間四人と骸骨一〇体で、見事に円を描いた。
「いくぞー」
合図をしてから、俺は世界転移を発動させた。
自分を含め四人の人間と一〇体の骸骨が、一斉に転移する。
「触れてないといけないのは面倒だな」
「それでも十分に強力なスキルだと思いますよ」
「リーネの言う通りだ。マスターのスキルは異常だぞ」
俺の固有スキル『世界転移』には、細かい制限がある。
その一つが、手で触れていなければ他人を転移させられないことだ。
エスケープタウンのように、仲間と認識するだけではいけない。
だから、大勢で転移する場合にはコツがいる。
「次々いくぞー」
「はいなのー♪」
こんな調子で、ひたすらに商品を運び込む。
運び終わったら、第二弾がくるまで待機する。
第二弾が届いたら、再びせわしなく動きだす。
そんなことを繰り返し、夕方には商品の運搬を終えた。
「ふぅー!」
「お疲れ様なの♪」
作業が終わると、自由時間となる。
しかし、今日のように日が暮れていると話は別だ。
この時間帯だと、次は夕飯になる。
数分休憩をした後、酒場へ行くことにした。
「らっしゃい! お、ユートさん御一行じゃないですかい!
「おじちゃん、こんばんはなの!」
「ネネイちゃん、相変わらず可愛いね!」
訪れる酒場は決まっていた。
中心地から離れた、寂れた場所にある。
そこを選ぶ理由は、家から一番近いからだ。
酒場の料理は、味に多少の差異はあれど、例外なく美味い。
「ご注文はいつもので?」
マスターの質問に対し、全員が頷く。
偏食家の俺達が頼むメニューはいつも同じだ。
俺はハンバーグで、ネネイはイカの串焼き。
マリカはエビの生春巻きで、リーネはサラダ。
飲み物はリーネ以外がミルクを注文する。
リーネだけは水だ。
「へい、お待ち!」
注文を済ませてから十秒後には料理が届く。
この速さはどこの酒場も共通している。
どれだけ遅い店であっても、一分はかからない。
リアルでは、牛丼屋ですら、この速さで提供するのは不可能だ。
恐るべき速さの秘訣は、固有スキルで調理していることにある。
「ハンバーグはいつ食べても美味いな」
「イカさんも美味しいなのー♪」
「エビの生春巻きに勝てる物はない」
「サラダも美味しいですよ」
軽快にパクパクと平らげていく。
たまには違う料理を注文しろよ、と自分でも思う。
しかし、ハンバーグを一口食べると、そんな思いは失念する。
それほどまでに絶品なのだ。
ふわふわで柔らかく、肉汁が詰まっている。
芸術品と呼べるくらいに美しく、昇天しそうなくらいに美味い。
「ごちそうさまでした!」
食べ終わると、夜風を楽しみながら帰宅する。
あとは三階に上がって寝るだけだ。
ネトゲをしなくなってから、生活習慣は一変した。
ネトゲ廃人時代なら、これから起き出している。
「明日も頑張ろうぜ、おやすみ!」
「おやすみなのー♪」
いつものように、ダブルサイズのベッドに入る。
隣のベッドにはリーネ、その隣にはマリカだ。
二人のベッドは共にセミダブルサイズである。
俺だけサイズが大きいのは、ネネイと寝るからだ。
「おとーさん、今日も楽しかったなの」
仰向けで横たわる俺の腕に、ネネイが抱き着いてきた。
抱き着かれている方とは違う腕を動かし、ネネイの頭を撫でる。
すると、ネネイは「えへへなの♪」と嬉しそうな声をあげた。
どんな表情をしているのか見たくて、俺は顔を横に向ける。
ネネイはくりっとした目を俺に向けていた。
目が合うと、互いに微笑む。
「明日も楽しい一日になるよ」
「おとーさんと一緒なら、いつも楽しいなの♪」
「おうおう」
もう一度優しくネネイの頭を撫で、俺は目を瞑った。
いつもと変わらない、ただの幸せに満ち溢れた一日である。
◇
そうしてやってきた翌日。
いよいよ始まるマグボトルの販売、第二ターン。
在庫は剃刀セット一万個に、マグボトル一〇万個。
どちらも前回より多めに用意した。
準備は万端だ。
「紫のお姉ちゃん、今日は来るなの?」
「さぁ、どうだろうな」
紫のお姉ちゃんとは、ミズキのことだ。
クラリヴァ大陸なる異国で商売している『ラモーン』の部下。
当店で一番のお得意様である。
クラリヴァ大陸がどこにあるのか、俺は知らない。
そもそも俺の大陸がどういう名前なのかも知らなかった。
もっと言えば、この大陸の地理さえ知らない。
ここのことで知っているのは、ラングローザだけだ。
そんなの、リアルでいえば大阪府しか知らないようなもの。
でも、大して気にはならなかった。
目の前のことで手一杯だからだ。
なんだかビジネスマンみたいだ、と一人でほくそ笑む。
「来てくれたら嬉しいけど、提案を断ったからなぁ」
前回の営業時、ラモーンから共同経営を提案された。
魅力的な話だったが、供給能力を理由に断ったのだ。
だから、これまで通りにミズキが来るかは分からない。
「マグボトルを買えるだけ頼む」
なんて思いきや、ミズキがやってきた。
今日も開店と同時の登場だ。
「紫のお姉ちゃん、いらっしゃいませなの♪」
ネネイが頭をペコリ。
案の定、ミズキは無視。
視線は真っ直ぐ俺を捉えている。
「前回同様、売れるのは五〇〇〇までだ」
「それで構わない」
マリカが「二五〇億ゴールドになります」と金額を言う。
ミズキは無言で冒険者カードを取り出し、支払いを済ませた。
開店からわずか一分で、俺の財布に二五〇億ゴールドが入る。
正確には、マリカの人件費を抜いた二四九億九〇〇〇万ゴールド。
「では商品を運ばせてもらう」
これまでと何ら変わらぬ調子で、ミズキは二階へ歩いていく。
その後ろ姿を見て、俺はホッと胸をなでおろした。
前回の一件で、ラモーンが離れないか不安だったのだ。
「マグボトル六〇! 剃刀セット二〇!」
「こっちはマグボトル三〇!」
「俺はマグボトル五〇に剃刀セット四〇!」
ミズキの後は、いつものように客が押し寄せてきた。
想定通り、マグボトルを中心に捌けていく。
本日の販売分は、マグボトル三万四〇〇〇個に、剃刀三四〇〇個だ。
今回から、三日に分けて商品を売ることにした。
三日売って、一日休んで、一日を運搬に費やす。
また、今回から、商品にはチラシが付いていない。
この規模になると、商品の数と同じ分のチラシを用意できないのだ。
家庭用のプリンタでは、フル稼働でも印刷が追い付かない。
それに、俺の知名度は既に広まっている。
チラシがなくても問題なかった。
「いいぞ、いいぞ!」
階段に腰を下ろし、冒険者カードを眺める。
資金力ランキングが、グングンと上がっていく。
直近三日の休業がたたり、スタート時は六一〇〇位台だった。
それが、開店から三〇分で五二〇〇位台まで上昇する。
その後も、マグボトルが売り切れるまでは駆け上がり続けた。
「すみません、マグボトルは売り切れました」
「はぁぁぁぁ! まぁた売り切れかよぉぉ!」
開店から約一時間で、本日の販売分が売り切れる。
その時点で、資金力ランキングは四八五〇位だった。
しかし、そこからは下り坂である。
「嗚呼、嗚呼……!」
剃刀セットだけでは力不足だ。
このクラスのランキングを駆け上がることは出来ない。
商品は順調に売れるが、ランキングは下がっていく。
俺が商売をしている間、他人も順調に稼いでいる。
そのことを痛感する流れだ。
あっという間に、五〇〇〇位前後まで後退した。
「在庫が足りなすぎる」
ランキングを見ている限り、稼ぐ効率は決して悪くない。
マグボトルの販売中は、四〇〇〇位台を突破する勢いがある。
ただ、それは在庫が尽きなければの話だ。
実際には、あっさりと尽きる。
在庫が尽きなければ、なんて机上の空論に過ぎない。
「今日はこれでおしまいなのー♪」
「またのご来店をお待ちしております」
剃刀セットも無事に完売し、本日の商いは終了した。
==========
【本日の販売内容】
剃刀セット:三四〇〇個
マグボトル:三万四〇〇〇個
【売上】
剃刀セット:三四億ゴールド
マグボトル:一七〇〇億ゴールド
合計:一七三四億ゴールド
【出費】
マリカの人件費:一〇〇〇万ゴールド
【利益】
一七三三億九〇〇〇万ゴールド
==========
販売終了時の資金力ランキングは、五一二九位だった。
「おとーさんは商売上手なの♪」
「流石です、ユートさん」
「マスターの商才には感心する」
口々に褒めてくる仲間達。
しかし、俺の表情は暗かった。
「勢いが足りない……勢いが……!」
マグボトルがある間は加速し、なくなると失速する。
まるで、三歩進んで二歩下がるような調子だ。
それでも、しばらくは順位を上げられるだろう。
しかし、近い内にどこかで頭打ちになる。
俺の見立てでは、三〇〇〇後半から四〇〇〇位台が限界だ。
このままでは、トップなんて夢のまた夢である。
好調な売上とは裏腹に、俺は改善策を思案していた。
休日が開け、商品が届く。
朝九時に、第一弾がやってきた。
「三〇一が埋まったら三〇三にお願いします」
「はいよ」
数名の作業員が、せわしなく商品を運んでいく。
俺達は、その姿をただ眺めるだけだ。
この作業は本当に助かる。
自分では絶対にしたくないし、出来ない作業だ。
「おじちゃんファイトなのー!」
「ありがとうな、お嬢ちゃん!」
商品を運び込む作業員に、ネネイが声援を送る。
それにより、作業員の顔が一様に綻んでいく。
その後、視線がリーネの胸に移る。
綻んだ顔をそのままに、鼻の下が伸びた。
「では五時間後にまた来ますね」
運搬を終えた作業員が言う。
俺は「分かりました」と答え、労いの言葉をかけた。
この規模になると、一度に全ての箱を置くことは出来ない。
当然といえば当然だ。
仕入れる個数がぶっ飛んでいる。
全部で十二万個の商品を仕入れるのだ。
内訳は、安全剃刀とシェービングクリームが一万個。
残りの一〇万個がマグボトルである。
だから、何度かに分けて運搬してもらう。
もちろん、そんなことは通常だと許されない。
狂った量を買い込むお得意様だから出来る特権だ。
「よーし、やるぞー!」
ここからは、俺達四人の仕事だ。
今の内に、全ての箱をエストラへ送る。
「骸骨召喚」
マリカが固有スキルを発動させる。
骸骨戦士が一〇体現れた。
「いつも通り頼むよ」
「任せろ、マスター」
マリカが骸骨達に命令を出す。
骸骨達は、無言で箱を持ち上げた。
持ち上げる箱の数は、一体につき二箱。
その状態で、互いの肩が当たるまで密着する。
同様に、俺とリーネも箱を抱えた。
「準備完了。マリカ、ネネイ、頼んだ」
「はいなのー♪」
「承知した」
ネネイとマリカが、片手を俺の手に当てる。
もう片方の手で、マリカがリーネの背中を触れた。
一方、ネネイは一体の骸骨に触れている。
人間四人と骸骨一〇体で、見事に円を描いた。
「いくぞー」
合図をしてから、俺は世界転移を発動させた。
自分を含め四人の人間と一〇体の骸骨が、一斉に転移する。
「触れてないといけないのは面倒だな」
「それでも十分に強力なスキルだと思いますよ」
「リーネの言う通りだ。マスターのスキルは異常だぞ」
俺の固有スキル『世界転移』には、細かい制限がある。
その一つが、手で触れていなければ他人を転移させられないことだ。
エスケープタウンのように、仲間と認識するだけではいけない。
だから、大勢で転移する場合にはコツがいる。
「次々いくぞー」
「はいなのー♪」
こんな調子で、ひたすらに商品を運び込む。
運び終わったら、第二弾がくるまで待機する。
第二弾が届いたら、再びせわしなく動きだす。
そんなことを繰り返し、夕方には商品の運搬を終えた。
「ふぅー!」
「お疲れ様なの♪」
作業が終わると、自由時間となる。
しかし、今日のように日が暮れていると話は別だ。
この時間帯だと、次は夕飯になる。
数分休憩をした後、酒場へ行くことにした。
「らっしゃい! お、ユートさん御一行じゃないですかい!
「おじちゃん、こんばんはなの!」
「ネネイちゃん、相変わらず可愛いね!」
訪れる酒場は決まっていた。
中心地から離れた、寂れた場所にある。
そこを選ぶ理由は、家から一番近いからだ。
酒場の料理は、味に多少の差異はあれど、例外なく美味い。
「ご注文はいつもので?」
マスターの質問に対し、全員が頷く。
偏食家の俺達が頼むメニューはいつも同じだ。
俺はハンバーグで、ネネイはイカの串焼き。
マリカはエビの生春巻きで、リーネはサラダ。
飲み物はリーネ以外がミルクを注文する。
リーネだけは水だ。
「へい、お待ち!」
注文を済ませてから十秒後には料理が届く。
この速さはどこの酒場も共通している。
どれだけ遅い店であっても、一分はかからない。
リアルでは、牛丼屋ですら、この速さで提供するのは不可能だ。
恐るべき速さの秘訣は、固有スキルで調理していることにある。
「ハンバーグはいつ食べても美味いな」
「イカさんも美味しいなのー♪」
「エビの生春巻きに勝てる物はない」
「サラダも美味しいですよ」
軽快にパクパクと平らげていく。
たまには違う料理を注文しろよ、と自分でも思う。
しかし、ハンバーグを一口食べると、そんな思いは失念する。
それほどまでに絶品なのだ。
ふわふわで柔らかく、肉汁が詰まっている。
芸術品と呼べるくらいに美しく、昇天しそうなくらいに美味い。
「ごちそうさまでした!」
食べ終わると、夜風を楽しみながら帰宅する。
あとは三階に上がって寝るだけだ。
ネトゲをしなくなってから、生活習慣は一変した。
ネトゲ廃人時代なら、これから起き出している。
「明日も頑張ろうぜ、おやすみ!」
「おやすみなのー♪」
いつものように、ダブルサイズのベッドに入る。
隣のベッドにはリーネ、その隣にはマリカだ。
二人のベッドは共にセミダブルサイズである。
俺だけサイズが大きいのは、ネネイと寝るからだ。
「おとーさん、今日も楽しかったなの」
仰向けで横たわる俺の腕に、ネネイが抱き着いてきた。
抱き着かれている方とは違う腕を動かし、ネネイの頭を撫でる。
すると、ネネイは「えへへなの♪」と嬉しそうな声をあげた。
どんな表情をしているのか見たくて、俺は顔を横に向ける。
ネネイはくりっとした目を俺に向けていた。
目が合うと、互いに微笑む。
「明日も楽しい一日になるよ」
「おとーさんと一緒なら、いつも楽しいなの♪」
「おうおう」
もう一度優しくネネイの頭を撫で、俺は目を瞑った。
いつもと変わらない、ただの幸せに満ち溢れた一日である。
◇
そうしてやってきた翌日。
いよいよ始まるマグボトルの販売、第二ターン。
在庫は剃刀セット一万個に、マグボトル一〇万個。
どちらも前回より多めに用意した。
準備は万端だ。
「紫のお姉ちゃん、今日は来るなの?」
「さぁ、どうだろうな」
紫のお姉ちゃんとは、ミズキのことだ。
クラリヴァ大陸なる異国で商売している『ラモーン』の部下。
当店で一番のお得意様である。
クラリヴァ大陸がどこにあるのか、俺は知らない。
そもそも俺の大陸がどういう名前なのかも知らなかった。
もっと言えば、この大陸の地理さえ知らない。
ここのことで知っているのは、ラングローザだけだ。
そんなの、リアルでいえば大阪府しか知らないようなもの。
でも、大して気にはならなかった。
目の前のことで手一杯だからだ。
なんだかビジネスマンみたいだ、と一人でほくそ笑む。
「来てくれたら嬉しいけど、提案を断ったからなぁ」
前回の営業時、ラモーンから共同経営を提案された。
魅力的な話だったが、供給能力を理由に断ったのだ。
だから、これまで通りにミズキが来るかは分からない。
「マグボトルを買えるだけ頼む」
なんて思いきや、ミズキがやってきた。
今日も開店と同時の登場だ。
「紫のお姉ちゃん、いらっしゃいませなの♪」
ネネイが頭をペコリ。
案の定、ミズキは無視。
視線は真っ直ぐ俺を捉えている。
「前回同様、売れるのは五〇〇〇までだ」
「それで構わない」
マリカが「二五〇億ゴールドになります」と金額を言う。
ミズキは無言で冒険者カードを取り出し、支払いを済ませた。
開店からわずか一分で、俺の財布に二五〇億ゴールドが入る。
正確には、マリカの人件費を抜いた二四九億九〇〇〇万ゴールド。
「では商品を運ばせてもらう」
これまでと何ら変わらぬ調子で、ミズキは二階へ歩いていく。
その後ろ姿を見て、俺はホッと胸をなでおろした。
前回の一件で、ラモーンが離れないか不安だったのだ。
「マグボトル六〇! 剃刀セット二〇!」
「こっちはマグボトル三〇!」
「俺はマグボトル五〇に剃刀セット四〇!」
ミズキの後は、いつものように客が押し寄せてきた。
想定通り、マグボトルを中心に捌けていく。
本日の販売分は、マグボトル三万四〇〇〇個に、剃刀三四〇〇個だ。
今回から、三日に分けて商品を売ることにした。
三日売って、一日休んで、一日を運搬に費やす。
また、今回から、商品にはチラシが付いていない。
この規模になると、商品の数と同じ分のチラシを用意できないのだ。
家庭用のプリンタでは、フル稼働でも印刷が追い付かない。
それに、俺の知名度は既に広まっている。
チラシがなくても問題なかった。
「いいぞ、いいぞ!」
階段に腰を下ろし、冒険者カードを眺める。
資金力ランキングが、グングンと上がっていく。
直近三日の休業がたたり、スタート時は六一〇〇位台だった。
それが、開店から三〇分で五二〇〇位台まで上昇する。
その後も、マグボトルが売り切れるまでは駆け上がり続けた。
「すみません、マグボトルは売り切れました」
「はぁぁぁぁ! まぁた売り切れかよぉぉ!」
開店から約一時間で、本日の販売分が売り切れる。
その時点で、資金力ランキングは四八五〇位だった。
しかし、そこからは下り坂である。
「嗚呼、嗚呼……!」
剃刀セットだけでは力不足だ。
このクラスのランキングを駆け上がることは出来ない。
商品は順調に売れるが、ランキングは下がっていく。
俺が商売をしている間、他人も順調に稼いでいる。
そのことを痛感する流れだ。
あっという間に、五〇〇〇位前後まで後退した。
「在庫が足りなすぎる」
ランキングを見ている限り、稼ぐ効率は決して悪くない。
マグボトルの販売中は、四〇〇〇位台を突破する勢いがある。
ただ、それは在庫が尽きなければの話だ。
実際には、あっさりと尽きる。
在庫が尽きなければ、なんて机上の空論に過ぎない。
「今日はこれでおしまいなのー♪」
「またのご来店をお待ちしております」
剃刀セットも無事に完売し、本日の商いは終了した。
==========
【本日の販売内容】
剃刀セット:三四〇〇個
マグボトル:三万四〇〇〇個
【売上】
剃刀セット:三四億ゴールド
マグボトル:一七〇〇億ゴールド
合計:一七三四億ゴールド
【出費】
マリカの人件費:一〇〇〇万ゴールド
【利益】
一七三三億九〇〇〇万ゴールド
==========
販売終了時の資金力ランキングは、五一二九位だった。
「おとーさんは商売上手なの♪」
「流石です、ユートさん」
「マスターの商才には感心する」
口々に褒めてくる仲間達。
しかし、俺の表情は暗かった。
「勢いが足りない……勢いが……!」
マグボトルがある間は加速し、なくなると失速する。
まるで、三歩進んで二歩下がるような調子だ。
それでも、しばらくは順位を上げられるだろう。
しかし、近い内にどこかで頭打ちになる。
俺の見立てでは、三〇〇〇後半から四〇〇〇位台が限界だ。
このままでは、トップなんて夢のまた夢である。
好調な売上とは裏腹に、俺は改善策を思案していた。
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