23 / 56
023 一人きりの休日
しおりを挟む
休み二日目。
三階のソファから始まるいつもの一日。
「リーネお姉ちゃん、おでかけしようなの!」
珍しく、ネネイがリーネを誘った。
いつもなら俺を誘う場面だ。
「え、私ですか?」
リーネが驚いて訊き返す。
ネネイは「そうなの」と笑顔で頷いた。
「マスターではなくリーネを誘うとは珍しい」
「おとーさんは、ぶぅーなの!」
どうやら、昨日の一件をまだ根に持っているらしい。
ネネイ曰く、レベルを三も上げたのが問題とのことだ。
自分と同じならまだしも、追い抜いたことにご立腹である。
「かまいませんけど、どちらに行くのですか?」
リーネが問うと、ネネイはニッコリ微笑んだ。
「ネネイもレベル上げをしたいなの!」
「モンスターの討伐ですか」
「そーなの!」
すかさず俺が待ったをかける。
「危険だからダメだ、俺もついていく」
「おとーさんはぶぅーなの!」
「分かっているのか、リーネは戦闘に参加しないぞ」
「かまわないなの! ネネイがいっぱい倒すなの!」
食い下がろうか迷ったが、やめておくことにした。
これ以上とやかく言っても効果がないと悟ったからだ。
ここは、攻め方を変えよう。
「リーネ、今回だけは特例でネネイを守ってくれないか?」
「分かりました」
よし、これで大丈夫だ。
最強の巨乳JKメイドが機能すれば、問題なかろう。
しかし、ネネイがそれを許さなかった。
「ダメなの! ネネイが一人で戦うなの!」
ぐぬぬ……。
ネネイの目的は分かっている。
俺より高いレベルまで上げることだ。
だから、多少強引にでも乱獲したい考え。
どうしたものかと悩んでいると、マリカが口を開いた。
「なら、私も付き添おう。支援スキルをかけてやる」
「なるほど、それなら効率よく戦えるな」
マリカが使える支援系の汎用スキルは二つ。
それらを使えば、動きが速くなり、攻撃力が上昇する。
「ありがとーなの、マリカお姉ちゃん!」
「戦闘に集中できるよう、骸骨で周辺も警備してやろう」
「助かるなの!」
話がまとまると、ネネイはソファから立ち上がった。
「マリカお姉ちゃん、リーネお姉ちゃん、今日はよろしくお願いしますなの」
最初にマリカ、続いてリーネに、ネネイはペコリとお辞儀する。
それに対し、マリカは「うむ」と短く答えた。
一方、リーネは「こちらこそよろしくお願いします」と丁寧に返す。
「早速出発なのー♪」
「承知した」
「分かりました」
こうして、三人の予定は狩りに決まった。
「あのー、俺は?」
「おとーさんは今日一日、ぶぅーなの!」
「はい……」
一方、俺の予定は『ぶぅー』だ。
要するに、「勝手にしろ」ということ。
ネネイを先頭に、三人が階段を下りていく。
「頑張ってレベルを上げてこいよー」
反射的に、笑顔で「はいなのー♪」と答えるネネイ。
その直後、ハッとして、顔をブンブンと横に振った。
「間違ったなの! おとーさんなんか、ぶぅーなの!」
わざわざ言い直すなんて、可愛いなぁ。
俺は含み笑いを浮かべ「じゃあな」と見送った。
「で、俺はどうすっかなぁ」
まともな家具のない三〇畳の部屋に、一人でポツンと佇む。
なんとまぁ寂しいことか。
とりあえず、リーネが設置したマッサージチェアを体験する。
「うーん、気持ちいい」
さすがは五〇万円クラスの高級機だ。
昨日の戦闘で蓄積された肉体的疲労が消えていく。
「ふぅ……」
しばらくして、機械が自動停止した。
マッサージが終了したのだ。
立ち上がり、両肩をゴリゴリ回す。
全身が軽くなった感じがした。
さて、これからどうしようか。
間抜け面を浮かべ、のろのろと部屋中を歩き回る。
悩んだ結果、雑務をこなしておくことに決めた。
早速、『世界転移』でリアルに戻ろうとする。
「いや、待てよ」
このまま戻っては、昨日と同じ轍を踏みかねない。
たとえば、昼寝に耽ってしまい、戻ったら夕方になっていたとか。
そんなことになると、ネネイがまた「ぶぅーなの」と怒るだろう。
改善策として、テーブルの上に書置きを残すことにした。
遅くなる可能性があることと、今日中に戻ることをアピールする。
これなら、戻ってきた時に俺が居なくても、心配しないだろう。
準備が完了したので、世界転移を発動しようとする。
無言で発動してもいいが、せっかく誰もいないわけだし……。
「神より与えられし力で時空を超え、彼方の星へいざ行かん! 世界転移!」
訳の分からないセリフを叫ぶ。
我ながら酷い中二病だ。
傘を武器に見立ててチャンバラに励んだ小学生時代を思い出す。
そんなこんなで、スキルを発動した。
「さて、作業を始めるか」
すぐさま自室のデスクトップPCに張り付く。
まずは証券会社のサイトにログインし、証券口座を確認する。
==========
【資産合計】
195億7290万9200円
【保有商品】
国内株式:89億7200万0000円
預り金:106億0090万9200円
==========
続いて、ネット銀行の口座も確認する。
そちらには、約五〇億円が入っていた。
「うむ、問題ない」
ふぅ、とPCの前で息をついた。
ネネイのおかげで、俺の総資産は二〇〇億円を超えている。
しかし、そんな実感はまるでない。
なぜなら、手元に一〇〇万円すらないからだ。
動いているのは、画面に表示されている数字のみ。
剃刀やマグボトルの仕入れ代も、ネット銀行の口座から支払う。
作業はウェブ上からポチポチクリックするだけ。
最近ではそれすらも必要ない。
自動振込サービスを利用しているからだ。
だから、俺が確認するのは口座の残高だけでいい。
「それじゃ、適当に損失を垂れ流しておくか」
ネネイの『未来透視』があれば百戦百勝だ。
だからといって、常勝無敗の荒稼ぎをしてはいけない。
そんなことをすれば、不正をしていないかと疑われてしまう。
その為、俺は適度に負けて、しばしば億単位の損失を出している。
株で稼ぐのは難しいが、負けるのは非常に簡単だ。
これから死ぬであろう企業の株を買うだけでいい。
そうすれば、あとは勝手にお金が消えていく。
具体的な方法はこうだ。
まず、経済関係のニュースサイトを開く。
そこで『債務超過』に陥った上場企業を探すだけ。
債務超過とは、資産より負債が多い状態を意味する。
早い話が、『借金で首が回らない状態』ということだ。
こういった会社は近い内に上場廃止となり、大体は倒産する。
当然、株は連日に渡って暴落を繰り返す。
そして、最終的には紙切れとなるわけだ。
「お、いいのがあったぞ」
俺が目を付けたのは、シエ守という会社だ。
何の会社かは知らないし、興味もない。
ニュースサイトの記事をじっくりと読む。
「営業キャッシュフローがマイナスなのに純利益はずっとプラスだったわけかぁ。確かにそれはいかんなぁ、いかんよ。うんうん。なるほどなぁ」
いかにも理解しているかのように呟く。
しかし、書いてある内容はさっぱり分かっていない。
営業キャッシュフローなんていわれても、ちんぷんかんぷんだ。
確実なのは、シエ守はもうおしまいだってこと。
俺はすぐさま証券会社のサイトを開いた。
シエ守の銘柄コードを打ち込み、株価を表示する。
案の定、叩き売りにさらされていた。
売りが売りを呼ぶ一方、買い手はつかない。
一週間前は一株二〇〇〇円だった株価が、今では三五〇円だ。
この調子なら、来月には上場廃止だろう。
「これでよしっと」
カタカタとPCを操作し、シエ守の株を購入した。
購入金額は約三〇億円。これが全て紙切れになる。
もったいなくてたまらないが、仕方のない出費だ。
「さて、エストラに戻るか」
このままここに居ても、やることがない。
ネトゲをする気はないし、昼寝ならエストラでするべきだ。
大きく伸びをした後、世界転移を発動しようとする。
その時、家に置いてあるスマホが鳴りだした。
電話の音だ。
「誰からだろう」
俺に電話をかけてくる相手は皆無だ。
長らく引きこもっていれば、友達も離れていく。
いや、それは間違いだ。
そもそも、俺に友達らしい友達はいなかった。
妙に緊張しながら、スマホの画面を見る。
電話をかけてきたのは母親だった。
無視しようか悩むも、結局出てしまう。
「もしもし」
『仕送りできなくなるけどいい?』
開口一番に用件を言う癖は変わっていない。
普通は「もしもし」なり、名乗るなりするものだ。
「別にいいけど」
『いいけどって、あんた、どうやって生活するの?』
俺が億単位の金を持っていることは誰も知らない。
話すことで、相手に害が及ぶことを恐れているのだ。
親が俺のように口が堅いとは限らない。
ペラペラ話されて、物騒な事件に巻き込まれるのはごめんだ。
「どうにかするよ。いざとなれば金持ちのヒモにでもなるさ」
『母さんとしては、ヒモより働いてほしいけどね』
「なんにせよ、自分でどうにかするから気にしないでいいよ」
『ごめんね』
「こちらこそ、立派な社会人になれなくてごめんな」
『本当だよ。じゃあ、またね』
あっけなく電話が終了する。
本当は「働く必要がないくらい金がある」と言いたかった。
そう言うこともできないのが辛いところだ。
いつか、適当な理由をつけて恩返しをしよう。
「ポストも見ておくか」
ついでなので、郵便物を確認しておくことにした。
家を出て、一階まで下り、郵便箱を開封する。
大したものは入っていない。
光熱費の明細くらいだ。
あとは下らないチラシばかり。
こんなの落書き用紙にしか使えない。
「あ、そうだ!」
落書きということで、俺は名案を閃いた。
部屋に戻り、財布を取る。
その後、急ぎ足でなんでもスーパーに向かった。
「何階だ」
案内表を確認し、目的地を調べる。
巨大スーパーなだけあり、探すのに時間がかかった。
しかし、一分程で無事に発見する。
「よし」
気合を入れ、目的地に直行した。
やってきたのは、子供のおもちゃコーナーだ。
場所が場所だけに、客層は小さな子供が多い。
他に居るのは、保護者と思わしき大人達。
そんな中、俺は遮二無二目的の商品を探した。
「あったぞ!」
俺が探していたのは、何度でも消せるお絵かきグッズだ。
長方形のサイズをした物で、中央がキャンバスになっている。
下にはスライドバーがあり、動かすとキャンバスが消える仕組みだ。
俺の幼少期から現代に至るまで、大人気の定番商品である。
このおもちゃをネネイにあげるつもりだ。
お絵かきが好きかは知らないが、喜ぶのは間違いない。
商品を購入すると、他には目もくれないで家に帰った。
家に着くと、箱から商品を取り出す。
欠陥品じゃないことを確認する為、試しに使ってみた。
付属のペンで適当に絵を描いて、スライドバーで消す。
よし、問題ない。
ネネイの喜ぶ顔を思い浮かべながら、俺は世界転移を発動した。
先程とは違い、今度は無言だ。
転移するなり、周囲を見渡す。
閑散としていた。
三人はまだ帰っていない。
「これはもういらないな」
リアルへ行く前に残した書置きを手に取る。
クシャクシャと丸め、胸ポケットにしまった。
そして、ゆっくりとソファへ腰を下ろす。
書置きのあった場所に、プレゼントのおもちゃを置く。
「ただいまなのー!」
その瞬間、下の階からネネイの声が聞こえた。
ここからでもよく分かる程に、声が弾んでいる。
続いて、ドドドドッと慌ただしく階段を駆ける音がした
この時点で、この後の展開におおよその予測がつく。
「おかえり、ネネイ」
「ただいまなの、おとーさん!」
最初に三階へ着いたのはネネイだ。
少し遅れて、マリカとリーネも着く。
「おとーさん! おとーさん!」
「なんだなんだ」
ネネイは満面な笑みを浮かべ、嬉しそうに駆け寄ってくる。
そして、俺の膝にぴょんっと飛び乗った。
テーブルに置いてあるプレゼントには気づいていない様子。
「おとーさん、これ見てなの!」
ネネイが冒険者カードを取り出し、見せてくる。
顔面の前にかざされたカードを、俺は眺めた。
名前:ネネイ
レベル:9
攻撃力:9
防御力:9
魔法攻撃力:9
魔法防御力:9
スキルポイント:9
案の定、ネネイのレベルは九になっていた。
俺のレベルが八だから、一つ上まであげたのだ。
「これでおとーさんより、ネネイの方が高いなの!」
「すごいじゃないか。俺の負けだよ」
「えへへなの♪」
ネネイは冒険者カードをしまうと、俺の隣に移動した。
そして、体を横にして、俺の膝を枕代わりにする。
「さて、次は俺の番だな」
「ふぇぇ?」
ネネイが落ち着いたのを見計らい、俺はプレゼントを手に取った。
寝転んだばかりのネネイが、上半身を起こす。
「ネネイにプレゼントだよ」
「おとーさん、これは何なの?」
「お絵かきをするおもちゃさ。名前は『らくがき君』だっけかな」
使い方は実際に見せるのが一番だろう。
俺は付属のペンで丸を描き、サッと消した。
「こんな感じで、何度も絵を描けるよ」
「おおーなの! すごいなの!」
ネネイが興奮する。
対面に腰を下ろしたマリカとリーネも、同様の反応をみせた。
「早速、これで絵を描いてもいいなの?」
「もちろんさ、好きな絵を描いてくれ」
「ありがとーなの! おとーさん!」
「こちらこそ、いつもありがとうな」
ネネイはらくがき君を持って立ち上がった。
そして、ソファのすぐ横の床に置き、絵を描き始める。
テーブルを使えばいいのにと思いつつ、俺は静かに見守った。
「描けたなの!」
数分後、ネネイが絵を描けたと報告する。
俺は「見せて見せて」と身を乗り出した。
マリカ達も興味深そうに眺めている。
「はいなの♪」
ネネイは立ち上がると、らくがき君をこちらへ向けた。
キャンバスには、二人の人間が描かれていた。
一人は子供で、一人は大人だ。
どちらもニコニコ顔で手を繋いでいる。
二人の横には、大きな文字でこう書かれていた。
『おとうさんだいすき!』
それを見た俺の頬は、たるんたるんに緩んだ。
鏡を見るまでもなく分かった。
今の俺は、これまでの人生で最もにやけている。
二日目の休日は、最高に幸せな一日となった。
三階のソファから始まるいつもの一日。
「リーネお姉ちゃん、おでかけしようなの!」
珍しく、ネネイがリーネを誘った。
いつもなら俺を誘う場面だ。
「え、私ですか?」
リーネが驚いて訊き返す。
ネネイは「そうなの」と笑顔で頷いた。
「マスターではなくリーネを誘うとは珍しい」
「おとーさんは、ぶぅーなの!」
どうやら、昨日の一件をまだ根に持っているらしい。
ネネイ曰く、レベルを三も上げたのが問題とのことだ。
自分と同じならまだしも、追い抜いたことにご立腹である。
「かまいませんけど、どちらに行くのですか?」
リーネが問うと、ネネイはニッコリ微笑んだ。
「ネネイもレベル上げをしたいなの!」
「モンスターの討伐ですか」
「そーなの!」
すかさず俺が待ったをかける。
「危険だからダメだ、俺もついていく」
「おとーさんはぶぅーなの!」
「分かっているのか、リーネは戦闘に参加しないぞ」
「かまわないなの! ネネイがいっぱい倒すなの!」
食い下がろうか迷ったが、やめておくことにした。
これ以上とやかく言っても効果がないと悟ったからだ。
ここは、攻め方を変えよう。
「リーネ、今回だけは特例でネネイを守ってくれないか?」
「分かりました」
よし、これで大丈夫だ。
最強の巨乳JKメイドが機能すれば、問題なかろう。
しかし、ネネイがそれを許さなかった。
「ダメなの! ネネイが一人で戦うなの!」
ぐぬぬ……。
ネネイの目的は分かっている。
俺より高いレベルまで上げることだ。
だから、多少強引にでも乱獲したい考え。
どうしたものかと悩んでいると、マリカが口を開いた。
「なら、私も付き添おう。支援スキルをかけてやる」
「なるほど、それなら効率よく戦えるな」
マリカが使える支援系の汎用スキルは二つ。
それらを使えば、動きが速くなり、攻撃力が上昇する。
「ありがとーなの、マリカお姉ちゃん!」
「戦闘に集中できるよう、骸骨で周辺も警備してやろう」
「助かるなの!」
話がまとまると、ネネイはソファから立ち上がった。
「マリカお姉ちゃん、リーネお姉ちゃん、今日はよろしくお願いしますなの」
最初にマリカ、続いてリーネに、ネネイはペコリとお辞儀する。
それに対し、マリカは「うむ」と短く答えた。
一方、リーネは「こちらこそよろしくお願いします」と丁寧に返す。
「早速出発なのー♪」
「承知した」
「分かりました」
こうして、三人の予定は狩りに決まった。
「あのー、俺は?」
「おとーさんは今日一日、ぶぅーなの!」
「はい……」
一方、俺の予定は『ぶぅー』だ。
要するに、「勝手にしろ」ということ。
ネネイを先頭に、三人が階段を下りていく。
「頑張ってレベルを上げてこいよー」
反射的に、笑顔で「はいなのー♪」と答えるネネイ。
その直後、ハッとして、顔をブンブンと横に振った。
「間違ったなの! おとーさんなんか、ぶぅーなの!」
わざわざ言い直すなんて、可愛いなぁ。
俺は含み笑いを浮かべ「じゃあな」と見送った。
「で、俺はどうすっかなぁ」
まともな家具のない三〇畳の部屋に、一人でポツンと佇む。
なんとまぁ寂しいことか。
とりあえず、リーネが設置したマッサージチェアを体験する。
「うーん、気持ちいい」
さすがは五〇万円クラスの高級機だ。
昨日の戦闘で蓄積された肉体的疲労が消えていく。
「ふぅ……」
しばらくして、機械が自動停止した。
マッサージが終了したのだ。
立ち上がり、両肩をゴリゴリ回す。
全身が軽くなった感じがした。
さて、これからどうしようか。
間抜け面を浮かべ、のろのろと部屋中を歩き回る。
悩んだ結果、雑務をこなしておくことに決めた。
早速、『世界転移』でリアルに戻ろうとする。
「いや、待てよ」
このまま戻っては、昨日と同じ轍を踏みかねない。
たとえば、昼寝に耽ってしまい、戻ったら夕方になっていたとか。
そんなことになると、ネネイがまた「ぶぅーなの」と怒るだろう。
改善策として、テーブルの上に書置きを残すことにした。
遅くなる可能性があることと、今日中に戻ることをアピールする。
これなら、戻ってきた時に俺が居なくても、心配しないだろう。
準備が完了したので、世界転移を発動しようとする。
無言で発動してもいいが、せっかく誰もいないわけだし……。
「神より与えられし力で時空を超え、彼方の星へいざ行かん! 世界転移!」
訳の分からないセリフを叫ぶ。
我ながら酷い中二病だ。
傘を武器に見立ててチャンバラに励んだ小学生時代を思い出す。
そんなこんなで、スキルを発動した。
「さて、作業を始めるか」
すぐさま自室のデスクトップPCに張り付く。
まずは証券会社のサイトにログインし、証券口座を確認する。
==========
【資産合計】
195億7290万9200円
【保有商品】
国内株式:89億7200万0000円
預り金:106億0090万9200円
==========
続いて、ネット銀行の口座も確認する。
そちらには、約五〇億円が入っていた。
「うむ、問題ない」
ふぅ、とPCの前で息をついた。
ネネイのおかげで、俺の総資産は二〇〇億円を超えている。
しかし、そんな実感はまるでない。
なぜなら、手元に一〇〇万円すらないからだ。
動いているのは、画面に表示されている数字のみ。
剃刀やマグボトルの仕入れ代も、ネット銀行の口座から支払う。
作業はウェブ上からポチポチクリックするだけ。
最近ではそれすらも必要ない。
自動振込サービスを利用しているからだ。
だから、俺が確認するのは口座の残高だけでいい。
「それじゃ、適当に損失を垂れ流しておくか」
ネネイの『未来透視』があれば百戦百勝だ。
だからといって、常勝無敗の荒稼ぎをしてはいけない。
そんなことをすれば、不正をしていないかと疑われてしまう。
その為、俺は適度に負けて、しばしば億単位の損失を出している。
株で稼ぐのは難しいが、負けるのは非常に簡単だ。
これから死ぬであろう企業の株を買うだけでいい。
そうすれば、あとは勝手にお金が消えていく。
具体的な方法はこうだ。
まず、経済関係のニュースサイトを開く。
そこで『債務超過』に陥った上場企業を探すだけ。
債務超過とは、資産より負債が多い状態を意味する。
早い話が、『借金で首が回らない状態』ということだ。
こういった会社は近い内に上場廃止となり、大体は倒産する。
当然、株は連日に渡って暴落を繰り返す。
そして、最終的には紙切れとなるわけだ。
「お、いいのがあったぞ」
俺が目を付けたのは、シエ守という会社だ。
何の会社かは知らないし、興味もない。
ニュースサイトの記事をじっくりと読む。
「営業キャッシュフローがマイナスなのに純利益はずっとプラスだったわけかぁ。確かにそれはいかんなぁ、いかんよ。うんうん。なるほどなぁ」
いかにも理解しているかのように呟く。
しかし、書いてある内容はさっぱり分かっていない。
営業キャッシュフローなんていわれても、ちんぷんかんぷんだ。
確実なのは、シエ守はもうおしまいだってこと。
俺はすぐさま証券会社のサイトを開いた。
シエ守の銘柄コードを打ち込み、株価を表示する。
案の定、叩き売りにさらされていた。
売りが売りを呼ぶ一方、買い手はつかない。
一週間前は一株二〇〇〇円だった株価が、今では三五〇円だ。
この調子なら、来月には上場廃止だろう。
「これでよしっと」
カタカタとPCを操作し、シエ守の株を購入した。
購入金額は約三〇億円。これが全て紙切れになる。
もったいなくてたまらないが、仕方のない出費だ。
「さて、エストラに戻るか」
このままここに居ても、やることがない。
ネトゲをする気はないし、昼寝ならエストラでするべきだ。
大きく伸びをした後、世界転移を発動しようとする。
その時、家に置いてあるスマホが鳴りだした。
電話の音だ。
「誰からだろう」
俺に電話をかけてくる相手は皆無だ。
長らく引きこもっていれば、友達も離れていく。
いや、それは間違いだ。
そもそも、俺に友達らしい友達はいなかった。
妙に緊張しながら、スマホの画面を見る。
電話をかけてきたのは母親だった。
無視しようか悩むも、結局出てしまう。
「もしもし」
『仕送りできなくなるけどいい?』
開口一番に用件を言う癖は変わっていない。
普通は「もしもし」なり、名乗るなりするものだ。
「別にいいけど」
『いいけどって、あんた、どうやって生活するの?』
俺が億単位の金を持っていることは誰も知らない。
話すことで、相手に害が及ぶことを恐れているのだ。
親が俺のように口が堅いとは限らない。
ペラペラ話されて、物騒な事件に巻き込まれるのはごめんだ。
「どうにかするよ。いざとなれば金持ちのヒモにでもなるさ」
『母さんとしては、ヒモより働いてほしいけどね』
「なんにせよ、自分でどうにかするから気にしないでいいよ」
『ごめんね』
「こちらこそ、立派な社会人になれなくてごめんな」
『本当だよ。じゃあ、またね』
あっけなく電話が終了する。
本当は「働く必要がないくらい金がある」と言いたかった。
そう言うこともできないのが辛いところだ。
いつか、適当な理由をつけて恩返しをしよう。
「ポストも見ておくか」
ついでなので、郵便物を確認しておくことにした。
家を出て、一階まで下り、郵便箱を開封する。
大したものは入っていない。
光熱費の明細くらいだ。
あとは下らないチラシばかり。
こんなの落書き用紙にしか使えない。
「あ、そうだ!」
落書きということで、俺は名案を閃いた。
部屋に戻り、財布を取る。
その後、急ぎ足でなんでもスーパーに向かった。
「何階だ」
案内表を確認し、目的地を調べる。
巨大スーパーなだけあり、探すのに時間がかかった。
しかし、一分程で無事に発見する。
「よし」
気合を入れ、目的地に直行した。
やってきたのは、子供のおもちゃコーナーだ。
場所が場所だけに、客層は小さな子供が多い。
他に居るのは、保護者と思わしき大人達。
そんな中、俺は遮二無二目的の商品を探した。
「あったぞ!」
俺が探していたのは、何度でも消せるお絵かきグッズだ。
長方形のサイズをした物で、中央がキャンバスになっている。
下にはスライドバーがあり、動かすとキャンバスが消える仕組みだ。
俺の幼少期から現代に至るまで、大人気の定番商品である。
このおもちゃをネネイにあげるつもりだ。
お絵かきが好きかは知らないが、喜ぶのは間違いない。
商品を購入すると、他には目もくれないで家に帰った。
家に着くと、箱から商品を取り出す。
欠陥品じゃないことを確認する為、試しに使ってみた。
付属のペンで適当に絵を描いて、スライドバーで消す。
よし、問題ない。
ネネイの喜ぶ顔を思い浮かべながら、俺は世界転移を発動した。
先程とは違い、今度は無言だ。
転移するなり、周囲を見渡す。
閑散としていた。
三人はまだ帰っていない。
「これはもういらないな」
リアルへ行く前に残した書置きを手に取る。
クシャクシャと丸め、胸ポケットにしまった。
そして、ゆっくりとソファへ腰を下ろす。
書置きのあった場所に、プレゼントのおもちゃを置く。
「ただいまなのー!」
その瞬間、下の階からネネイの声が聞こえた。
ここからでもよく分かる程に、声が弾んでいる。
続いて、ドドドドッと慌ただしく階段を駆ける音がした
この時点で、この後の展開におおよその予測がつく。
「おかえり、ネネイ」
「ただいまなの、おとーさん!」
最初に三階へ着いたのはネネイだ。
少し遅れて、マリカとリーネも着く。
「おとーさん! おとーさん!」
「なんだなんだ」
ネネイは満面な笑みを浮かべ、嬉しそうに駆け寄ってくる。
そして、俺の膝にぴょんっと飛び乗った。
テーブルに置いてあるプレゼントには気づいていない様子。
「おとーさん、これ見てなの!」
ネネイが冒険者カードを取り出し、見せてくる。
顔面の前にかざされたカードを、俺は眺めた。
名前:ネネイ
レベル:9
攻撃力:9
防御力:9
魔法攻撃力:9
魔法防御力:9
スキルポイント:9
案の定、ネネイのレベルは九になっていた。
俺のレベルが八だから、一つ上まであげたのだ。
「これでおとーさんより、ネネイの方が高いなの!」
「すごいじゃないか。俺の負けだよ」
「えへへなの♪」
ネネイは冒険者カードをしまうと、俺の隣に移動した。
そして、体を横にして、俺の膝を枕代わりにする。
「さて、次は俺の番だな」
「ふぇぇ?」
ネネイが落ち着いたのを見計らい、俺はプレゼントを手に取った。
寝転んだばかりのネネイが、上半身を起こす。
「ネネイにプレゼントだよ」
「おとーさん、これは何なの?」
「お絵かきをするおもちゃさ。名前は『らくがき君』だっけかな」
使い方は実際に見せるのが一番だろう。
俺は付属のペンで丸を描き、サッと消した。
「こんな感じで、何度も絵を描けるよ」
「おおーなの! すごいなの!」
ネネイが興奮する。
対面に腰を下ろしたマリカとリーネも、同様の反応をみせた。
「早速、これで絵を描いてもいいなの?」
「もちろんさ、好きな絵を描いてくれ」
「ありがとーなの! おとーさん!」
「こちらこそ、いつもありがとうな」
ネネイはらくがき君を持って立ち上がった。
そして、ソファのすぐ横の床に置き、絵を描き始める。
テーブルを使えばいいのにと思いつつ、俺は静かに見守った。
「描けたなの!」
数分後、ネネイが絵を描けたと報告する。
俺は「見せて見せて」と身を乗り出した。
マリカ達も興味深そうに眺めている。
「はいなの♪」
ネネイは立ち上がると、らくがき君をこちらへ向けた。
キャンバスには、二人の人間が描かれていた。
一人は子供で、一人は大人だ。
どちらもニコニコ顔で手を繋いでいる。
二人の横には、大きな文字でこう書かれていた。
『おとうさんだいすき!』
それを見た俺の頬は、たるんたるんに緩んだ。
鏡を見るまでもなく分かった。
今の俺は、これまでの人生で最もにやけている。
二日目の休日は、最高に幸せな一日となった。
0
お気に入りに追加
437
あなたにおすすめの小説
「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります
古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。
一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。
一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。
どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。
※他サイト様でも掲載しております。
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
あの、神様、普通の家庭に転生させてって言いましたよね?なんか、森にいるんですけど.......。
▽空
ファンタジー
テンプレのトラックバーンで転生したよ......
どうしようΣ( ̄□ ̄;)
とりあえず、今世を楽しんでやる~!!!!!!!!!
R指定は念のためです。
マイペースに更新していきます。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
とある元令嬢の選択
こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。
魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます
ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう
どんどん更新していきます。
ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる