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013 そして始まる資金力ブースト

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 怒涛の準備を終え、やってきた運命の日。
 俺達は早めの昼食を済ませ、家で待機していた。

「床はひんやりしますね」
「椅子くらいは用意しておくべきだったな」
「ゴロゴロなのー♪」

 一階でのほほんと待つ。
 ここは、今でも一つの家具すらない。
 フローリングの上で胡坐をかく俺。
 その横で正座するリーネ。
 ネネイは、俺達の周りを転がっている。

「本当に来るのかな」
「さぁ、どうでしょうか」

 俺とリーネは、ぼんやりと正面を眺める。
 大きなスライド式の扉は開きっぱなしだ。
 見えるのは外の景色。人気ひとけのない道が続いている。

「問題がなければそろそろ来るはず」

 そう言った直後、遠くに人影が見えた。
 俺とリーネが、同時に「おっ」と声をあげる。
 それに反応し、ネネイが身体を起こした。

「あれか?」
「分かりません」

 こちらに近づいてくるのは少女だ。
 顔付きからして、齢は一〇歳あるかどうか。
 重厚な真紅のローブが目についた。
 中にはシンプルな白のシャツを着ている。
 胸元の大きな赤いリボンがワンポイントだ。
 下はローブと同じ色のミニスカートで、糸のように細い脚を露出している。
 全体的に鮮やかな真紅で統一されているが、髪は金のツインテールだ。

 少女は一直線にこちらまで歩いてくると、扉の前で止まった。
 そして、開いている扉の外から、「すみません」と声をあげる。
 俺達に気づいていないかの如く、視線は上を向いていた。
 まるで扉が閉まっているかのような行動だ。

「君は冒険者ギルドから派遣されてきた人?」

 俺は立ち上がり、少女に尋ねた。
 少女は「はい」と頷く。

「マリカと申します。冒険者ギルドより個人クエストを受けてやってまいりました。本日はどうぞよろしくお願いします」

 深々とお辞儀するマリカ。
 非常に丁寧な挨拶だと感心する俺。

「あぁ、よろしく。どうぞ入ってくれ」

 どうやら彼女が、俺達の待っていた相手のようだ。
 そうと分かったので、すぐさまマリカを招き入れた。

 ――遡ること一日前。
 冒険者ギルドにて、俺は『個人クエスト』の募集申請を行った。
 商人ギルドで人を雇いたいと言ったら、個人クエストを紹介されたのだ。

 個人クエストというのは、その名の通り、個人が発注するクエストだ。
 早い話がアルバイトの募集である。

 発注方法は簡単だ。
 報酬等の必要条件を決めて申し込むだけ。
 あとは受付嬢が、条件の合う者にクエストを紹介してくれる。
 今回の場合、俺の発注した内容は以下の通り。

【クエスト内容】
 膨大な軽作業と受付業務
【クエスト期間】
 一日(場合によっては継続依頼有り)
【必要技能】
 器用で従順な下僕を、最低でも三体は操れる固有スキル
【報酬】
 五〇〇万ゴールド

 このクエストを発注したのは俺だが、条件の魅力度は不明だ。
 ただ、かなり魅力的であることは間違いない。
 なぜなら、報酬を決める際に、こんなやり取りをしたからだ。

「この条件だと、報酬の相場ってどのくらいかな?」
「クエスト内容はレベルを問わないものなので手軽ですが、必要条件はとても限定的です。なので、確実に人を見つけたいのであれば、一〇〇万ゴールドは必要になるかと思われます」
「なるほど、ではその五倍の五〇〇でいこう」

 安全策として提示された一〇〇万の、なんと五倍。
 それだけの金を積んだだけあり、きっちりと受注者が見つかった。

「えーっと、確か最初は……」

 冒険者ギルドで聞いた話を思い出す。
 個人クエストには、決まった流れが存在しているのだ。
 最初に、雇用主と労働者が、互いの冒険者カードを見せ合う。

「はい、これ俺のカード」
「ありがとうございます、こちらは私のカードです」

 リアルの名刺交換みたいだ。
 マリカからカードを受け取ると、すぐさま確認した。

 名前:マリカ
 年齢:10
 レベル:21
 所持金:211万6390ゴールド
 攻撃力:2
 防御力:25
 魔法攻撃力:38
 魔法防御力:25
 スキルポイント:35

 俺より遥かにレベルが高い。
 物理攻撃を捨て、魔法攻撃に特化しているようだ。

「従者に戦わせて、自分は背後から支援するタイプか」

 ネトゲでは、召喚士系の基本スタイルだ。
 マリカが「すごい、よく分かりましたね」と驚く。
 それを見たリーネが「流石です、ユートさん」と褒めてくる。

「こちらのレベルは、低く過ぎて申し訳ないね」
「いえいえ、そんなことはありません」

 ネネイと同様、この子も齢の割に口調がしっかりしている。
 俺が一〇歳の頃は、大人相手にこれほどの受け答えはできなかった。
 口を開けば「母ちゃん、ハンバーグ!」

「この後は、条件の確認だっけ?」

 冒険者カードを返しながら尋ねる。
 マリカは「いえ」と首を横に振った。

「その前に労働者の能力確認です」
「ああ、そうだった」

 次に行うのは、マリカの能力確認だ。
 その為に、俺達は二階に移動した。
 二階には、未開封の箱が六〇箱ある。
 それと、先日印刷した大量のチラシも。

「マリカの従者には、今から俺がすることをして欲しいんだ」

 俺は安全剃刀の箱を開封する。
 箱の中から剃刀を一つ取り出し、パックを開いた。
 続いて、シェービングクリームの箱を開封。
 慣れた手つきで、クリームのラベルを剥がす。
 こちらも一つだ。
 最後にチラシを一枚取り、それらと纏めた。
 チラシ・剃刀・クリームの三点で一セットだ。

「器用さが要求されるのはこの作業だから、これが出来れば及第点かな」
「分かりました。では、試しに一セットだけやってみます」

 マリカは右手を前に出し、固有スキルを発動させた。

骸骨召喚サモンアンデッド

 突然、床に大量の骨が現れた。
 それらは形を整え、あっという間に人の形となる。
 一〇秒もしない内に、五体の骸骨戦士が完成した。
 どこから取り出したのか、小型の剣と盾も持っている。
 背の高さは俺より一回り低い。リーネと同じくらいだ。

「これが召喚系の固有スキルか」
「すごいなの! 骸骨さんなの!」

 マリカは表情を変えることなく、骸骨達に命令を出す。

「作業を始めなさい」
「……」

 返事をすることなく、骸骨達が動き出した。
 最初に、全ての骸骨が武器をその場に置く。
 完全に同じタイミングだ。惚れ惚れする一体感。
 続いて、二体が箱を開封する。
 そいつらが取り出した剃刀セットに、他の二体が手を加えていく。
 パッケージの開封と、ラベル剥がしのことだ。
 残りの一体は、ネネイと「あっち向いてホイ」をしていた。

「従者の性能は、召喚する数によって変わります。数が多ければ多い程、単体としての能力は低下します。数は最大で一〇体まで召喚することが可能で、現在は五体なので、ちょうど中くらいの性能となります。この程度の作業でしたら、一〇体に増やしても問題ありません」

 マリカの言葉通り、骸骨達は軽々と作業を終えた。
 申し分ない働きに「お見事」と拍手する。

「これなら能力面は問題ないな」
「では条件の確認を行いましょう」
「おう」

 マリカに頼む仕事は『商品セットの作成』と『販売』の二つだ。
 セットの作成は、たった今行ったものである。
 販売は一階にて、従者ではなく本人に行ってもらう。

「内容や報酬に問題はないかな?」
「問題ありません」
「なら雇用契約を結ぼう」

 カード・能力・条件の確認が終了すると、ついに契約だ。
 契約は、俺の商人カードと、マリカの冒険者カードをタッチさせるだけ。
 先程確認した条件を両者が合意していれば、タッチ時にカードが光る。

「では」
「はい」

 マリーとカードをタッチさせる。
 ピカッと一瞬だけ光った。
 これで契約完了だ。

「よろしくお願いします、マスター」
「ああ、こちらこそ、よろしく」

 マリカが深々とお辞儀する。
 マスターと呼ばれて、俺はやや上機嫌。
 こうして、俺は初めて人を雇った。

 ◇

 ばら撒いたチラシが奏功していれば、あと少しで変化がある。
 大量の客が押し寄せてくるはずだ。
 それまでの間、俺達四人は一階で待機していた。
 並んで床に座り、外を眺める。

「あとは私の作業だけですから、マスターや他の方はお出かけされて結構ですよ」

 確かにその通りだが、俺は首を横に振った。

「店を構えて行う商売は初めてだから、客が来るまでは待つよ」

 エルフの謎技術により、契約違反は即座にバレる仕組みだ。
 だから、俺の不在時に、マリカが悪巧みをするとは思わない。
 商品を横領することもなければ、家具を盗むこともないだろう。

「マリカはなんだか慣れている感じがしたけど、個人クエストはよくやるの?」
「よくという程ではありませんが、条件の良いものがあればやっています。といっても、これほど好条件のクエストは初めてですが」
「そう言ってもらえてよかったよ。こっちも不満は一切ないな」

 こうやって喋っている間も、マリカの召喚した骸骨は働いている。
 現在召喚している骸骨の数は一〇体。
 結局、限界まで数を増やしても問題なかったのだ。
 八体が連携して商品セットを作成し、二体がそれを運んでくる。
 おかげで、先程から階段付近は「カタカタ」と骨が鳴りっぱなしだ。

「マリカお姉ちゃんは、いつも一人で行動しているなの?」
「はい、いつもはソロで活動しています」

 雇用関係を配慮してか、マリカが丁寧に答える。

「ネネイは年下なんだし、フランクな話し方でいいよ。というか、俺やリーネに対しても、年齢とか気にせずに話してくれて問題ない」

 マリカは驚いた表情で「いいのですか?」と訊いてくる。

「他の雇用主は知らないけど、俺ところは問題ないよ」
「そう言ってもらえると助かります。では、お言葉に甘えます」
「オーケー」

 会話が落ち着いた時、外の様子に変化があった。
 ネネイが「おとーさん、見てなの!」と指す。
 既に見ていた俺は「来たな」と立ち上がった。
 それに続き、他の三人も立ち上がる。

 まるで津波のように、多くの人間が押し寄せてきたのだ。
 ものの見事に、男ばかり。
 彼らは商人だ。普段は露店を開いている。
 男たちは、例外なくチラシを持っていた。
 俺とリーネが手分けしてばら撒いたやつだ。

「さて、マリカのお手並み拝見といこうか」
「分かった、任せろ」

 想像とは違うマリカの口調にたじろぐ俺。
 確かに、フランクな話し方でいいとは言ったが……。

「一応言っておくけど、客には丁寧な口調で頼むよ」
「分かっている、任せろ」
「お、おおう……」

 中央にマリカを残し、俺達は隅に移動した。
 マリカの後ろには、チラシで包んだ商品セットが並んでいる。
 その内の二つを、二体の骸骨が手に取った。

「高級雑貨屋ユートはここで合っているか?」

 最初に入ってきた男が、チラシを見せながらマリカに尋ねる。
 マリカは満点の営業スマイルを浮かべ、言葉を返した。

「合っております。いらっしゃいませ、剃刀セットのご購入でしょうか?」

 文句なしの対応だ。
 もう少し素っ気ない対応でも、及第点を与えられる。
 これなら、店を任せても問題ないだろう。
 一瞬でそう確信するも、しばらく眺めることにした。

「二〇セット頼む」
「二〇〇〇万ゴールドになります」
「おうよ」

 マリカと男が互いのカードをタッチさせる。
 何の問題もなく、最初の取引が終了した。

「どれどれ」

 俺は冒険者カードを取り出し、所持金を確認する。
 きっちり一五〇〇万ゴールドが入っていた。
 消えた差額の五〇〇万ゴールドは、マリカの報酬だ。
 最初に必要経費分を除外されるのは、商売の基本仕様だ。
 この後は、一切の除外なく振り込まれる。

「エルフの謎技術は本当にすごい」

 商品の売上代金は自動で俺に転送される。
 購入者からマリカへ渡った後、一瞬でマリカから俺に移るのだ。
 だから、俺は出先でも売上を把握できる。
 また、売上金をちょろまかされる心配もない。
 本当によくできたシステムだ。

「手数料がなくなったのは大きいな」

 今回は店舗で販売を行っている。
 その為、これまでとは違って、売上の二割を徴収されることはない。
 一〇〇万で物を売れば、一〇〇万が財布に入るのだ。

「店名を高級問屋に改名しないとなぁ」

 ガンガン増えるお金を見ながら、ニヤニヤする俺。
 俺が行っているのは、完全に卸売りである。
 ここで商人達に大量供給を行い、それを商人達が転売する仕組みなのだ。
 前回配ったチラシには、その為の条件が細かく記載されていた。
 といっても、条件は決して厳しくない。
 商人達が守らなければならないのは以下の二点だ。

 一.最低購入数は二〇セット
 二.転売の際は、購入時に渡されるチラシを付ける

 これさえ守れば、どう転売しようが自由だ。
 場所の制限もないから、別の街で売ろうが問題ない。
 むしろ、競合の居ない他所で売る方が賢いだろう。

 購入時に渡されるチラシには、ここの宣伝が書かれている。
 これにより、チラシを見た人間は俺の存在を知るだろう。
 いずれは他所からも、商品を仕入れたいと商人が来るはずだ。
 下手な努力をすることなく、勝手に名前が広まっていく。
 この場から動かずして、全国へ宣伝する効率的な作戦だ。

 ただ、この作戦には代償が必要だった。
 それが、卸売業に専念するという約束だ。
 こうしなければ、商人達は気乗りしなかっただろう。
 俺から転売する以上、俺より安くは出来ないからだ。
 俺というライバルが存在する限り、価格競争で負けてしまう。
 そうならないよう、俺は小売業から撤退することにした。
 今後、俺は卸以外の理由で剃刀セットを販売しない。
 リターンを考えると、鼻で笑える程に些末な代償だ。

「ネネイ、これを見ろよ」

 俺は冒険者カードをネネイに見せた。
 所持金の項目を指し、注目するよう促す。

「わぁ、おとーさん、すごいなの!」
「だろー! はっはっは!」

 高らかに笑う俺。
 リーネが「私にも見せてください」と言ってくる。
 その言葉に応え、俺は冒険者カードを渡した。

「五億を超えているとは。流石です、ユートさん」
「この調子なら、今日中に六億七億も夢じゃないな」

 商品は全部で一八〇〇セットある。
 一つ一〇〇万なので、全部売れたら十八億だ。
 この調子なら、明日か明後日には完売するだろう。
 一週間以内には、資産二〇億突破も夢じゃない。

「あとはマリカに任せて、一休みするか」
「はいなのー♪」

 かつてない愉悦に浸りながら、俺達は三階に向かった。
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