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011 億万長者の大人買い
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朝にリアルへ渡り、剃刀セットを詰めてエストラに戻る。
部屋で一服した後、酒場で昼食を食べてから、露店を開く。
この繰り返しを、ロト七の払戻日まで続けた。
「今日はこれにて完売だよー!」
「ありがとうございましたなのー♪」
売り切れを告げる俺達。
それに対し起こる「もう終わりかよ!」の声。
怒声に近い、苛立ちを募らせた声だ。
気持ちは分かる。
なにせ、二日目以降は、店を出して数分で完売していたから。
需要に対し、供給が全く追いついていない。
「まさか女にもウケるとはなぁ」
安全剃刀がバカ売れしている理由の一つに、女ウケがある。
快適にムダ毛を処理できるということで、女性客がついたのだ。
「安全剃刀もそうですが、クリームの評判が凄く良いですね」
「だな。やっぱりクリームを持ってきたのは正解だった」
エストラにおける基本的な剃り方は、中々に豪快だ。
理容師が扱うような鋭利な剃刀を、クリームなしで直に使う。
クリームがないので、剛毛が相手だと頻繁に詰まるときた。
詰まると皮膚に多大なダメージが入り、酷い時には切れる。
その話を客から聞いた時「怖いことするなぁ」と他人事ながらに震えた。
それと同時に、「そりゃ安全剃刀がバカ売れするわ」と納得。
そんなこんなで、やってきましたロト七の払戻日。
当選結果の発表は数日前に行われたが、まだ確認していない。
払戻日に確認しようと思っていたからだ。
剃刀セットは、全一三八個を見事に売り切った。
それにより、エストラの所持金は約一億一〇〇〇万を突破。
売上の内、三〇〇〇万近い金が、商人ギルドに徴収されている。
仕方がないとはいえ、もったいなくてたまらない。
どうにかならないものかと、密かに思案を巡らせていた。
ちなみに、資産力ランキングはいまだ圏外。
一億程度じゃ、一万位にすら入れない。
「最近は頑張り続けたし、今日はゆったり過ごすぞー」
「はいなのー♪」
酒場で朝食を済ませた後、俺達は宿屋に戻った。
そして、間髪入れずに、世界転移でリアルへ行く。
「さあ、ロト七の確認だ」
「確認なの!」
キーボードとマウスをカタカタ走らせ、当選結果のページを開く。
俺の購入した第九一一回の結果が載っていた。
「俺の番号は……」
キーボードの横に置いた髪を確認する。
紙に書いてあるのは、ネネイの透視結果だ。
俺の購入したロト七の番号でもある。
それによると、番号は二、八、一九、二一、三〇、三一、三六。
「で、一等の番号は……」
恐る恐ると確認していく。
二、八、一九、二一と、順調に当たっていく。
一つ合うごとに、胸の鼓動が激しくなる。
そして――。
「三〇、三一、三六。当たりだ……!」
見事に当選していた。
衝撃のあまり、呼吸が乱れる。
体の熱が、いつもより上昇している気がした。
透視しているとはいえ、実際に当たると、興奮するものだ。
「ま、待て、待て待て、当選口数を見ないと」
慌てて当選口数をチェックする。
他に多くの当選者が居たら、得られる額は急減するのだ。
「当選口数は……一口。当選額は、八億円!」
なんてこった、俺だけが当選していた。
当選額は、最大の八億円である。
八億ゴールドじゃない、八億円だ。
「ほ、本当に、この俺が?」
大慌てでネット銀行のサイトを開き、ログインした。
ブルブルと震える手を抑えながら、残高を照会する。
「入っている……八億が……!」
たしかに八億円が振り込まれていた。
残高が八億飛んで十九万円になっているのだ!
「これだけの金があれば、あれもこれも出来るぞ」
色々な妄想が脳裏に駆け巡る。
だが、妄想はすぐに弾け飛んだ。
「まだだ。まだ始まったばかり。ここで終わるなんてありえない」
そもそも、俺はそこまで金に飢えていない。
物欲がまるでないのだ。
思い浮かべる豪遊なんて、たかが知れている。
一億もあればお釣りがくるくらいだ。
だから、狂ったように舞い上がりはしなかった。
今、俺が関心を持っているのは、エストラの生活だ。
まだ始まったばかり、好転し始めたばかりの異世界ライフ。
この八億を駆使して、資金力ランキングを駆け抜けなければ。
俺の脳内は、それだけでいっぱいだった。
「次の一手はどうしたものか」
考え込みながら、動画サイト『ヨウチューブ』を開く。
適当に動物の動画を再生してから、ネネイとリーネに席を譲った。
「お猿さん、可愛いなの、可愛いなの♪」
「止めどなく変わり続ける動画は、飽きることがありませんね」
二人は楽しそうに動画を眺めている。
その後ろ姿を見ながら、俺は今後のことを考えていた。
「このペースじゃ、差は縮まらないよなぁ」
俺が稼いでいる間、他人も金を稼いでいる。
仮に俺が一億稼いだとしても、同じ期間に他人が二億稼いでは意味がない。
ランキングの頂点に立つには、誰よりも効率よく稼ぐ必要があるのだ。
その為にはどうすればいいのか。
「まずは場所の確保だな」
今、一番問題なのは、作業場がないことだ。
これは、リアルとエストラの両方における問題である。
リアルでは、このクソ狭い八畳ワンルームしかない。
エストラに至っては宿屋の客室だ。
どちらも論外である。
「引っ越し? いや、それは面倒だな……」
このマンションの立地はかなり良い。
目の前になんでもスーパー二十四があるからだ。
それに、引っ越しをするのは億劫で仕方がない。
やれ住民票やらなんやらと、手続きが必要なのだ。
「そうだ!」
唐突に名案を閃いた。
俺の記憶が確かなら――。
「ちょっと失礼するぜ」
俺はPC用テーブルに置いてあるスマホを取った。
二人は動物の動画に釘付けで、気にする素振りはない。
「外に出るけど、家の前に居るから心配しないでね」
「分かったなの」
「分かりました」
ヨウチューブを観ながら答える二人。
本当に聞いているのか。
苦笑いを浮かべながら、俺は外に出た。
スマホを操作し、電話帳を見ていく。
「あったあった」
スマホには『大家』と表示されている。
このマンションを管理している大家のことだ。
ここの大家は、管理会社などを通さず、自分で管理している。
つまり、このマンションは大家の所有物なのだ。
「もしもし、大家さん、斎藤です」
大家に電話を掛けると、二コールで出た。
齢八〇になる爺さんだが、齢の割に溌剌としている。
電話口の声も、明るくハキハキとしていた。
「両隣の部屋って、まだ空いていますか?」
両隣の部屋は、長年空いていた。
別に事故物件というわけではない。
大家曰く、どのマンションも空き部屋が多いとのことだ。
「空いていますか。それは良かった。俺が両方契約しますよ」
喜ばしいことに、両隣の部屋が空いていた。
俺はすぐさま契約させてくれと訴える。
大家は二つ返事で承諾した。
「部屋の説明は結構です。鍵はポストに入れといてください。それじゃ」
話の分かる大家で大助かりだ。
本日中に、鍵と賃貸契約書がポストに入る。
それをこなせば、一気にスペースが三倍になるわけだ。
同時に家賃も三倍になるが、何の問題もない。
左右の部屋は、倉庫兼作業場にしよう。
「リーネ、少しいいか?」
「はい、なんでしょうか?」
リアルの作業場は確保した。
次はエストラの作業場だ。
宿屋のままでは、何かと不便で仕方がない。
「エストラで家を持つには、どうすればいいんだ?」
「不動産屋で土地を買った後、建築屋に頼んで家を建ててもらいます」
「なるほど、予算はどのくらいでいける?」
「分かりません」
「そうか、なら確認しにいこう」
「え、今からですか? 今、すごくいいところでして……」
リーネが視線をPCに向ける。
ウサギと亀のレースを映っていた。
何がいいものか、勝負はウサギの圧勝だろう。
そう思いきや、ゴール直前でウサギが道を逸れた。
だからといって、結果が気になったりはしない。
「また後で観ればいいさ、行くぞ」
俺は一時停止ボタンをクリックし、動画を止めた。
その瞬間、ネネイに横腹を叩かれる。
「動画が止まったなの! おとーさんが意地悪したなの!」
「帰ったら好きなだけ見せてやるから、一度エストラに戻るぞ」
「おとーさん、今日はゆったりするって言っていたなの!」
頬を限界まで膨らませたネネイが、ポコポコ叩いてくる。
痛くないし可愛らしいが、俺は痛がっているフリをした。
「たしかに言ったけど、少し付き合ってくれないか?」
「むぅーなの! むぅーなの!」
ネネイは変わらず不機嫌そうだ。
今回は、一〇対〇で俺が悪い。
「なら、俺が一人で行ってくるよ」
再生ボタンをクリックし、動画を再生させる。
リーネが「大丈夫ですか?」と訊いてきた。
「なんとかなるだろう。リーネはネネイの面倒を頼むぞ」
「分かりました」
二人から離れる俺。
右手を挙げ、固有スキルを発動しようとした。
その時――。
「ネネイはおとーさんと一緒がいいなの!」
ネネイが飛びついてきた。
「どうしても観たいなら、別にかまわないよ。ゆったりするって言ったのは俺だし、強要はできないさ。それに、リーネが傍に居てくれるなら安心だ」
「おとーさんが一緒に居るから、楽しく動画を観れるなの。おとーさんが一緒じゃないなら、ネネイは楽しくないなの」
目に涙を浮かべるネネイ。
なんだか申し訳ないことをしてしまったな。
俺は「そっか」と言って、ネネイの頭を撫でた。
「忙しくさせてごめんね。埋め合わせになるかは分からないけど、エストラに着いたら何か買ってあげるよ。お父さん、最近ちょっと金持ちになったからね。ある程度の物なら買えると思うよ」
「やったぁ! じゃあ、イカの串焼きが食べたいなの!」
「串焼き? いいけど、いつも食べているじゃないか」
酒場でネネイが頼むのは、常に『イカの串焼き』だ。
それ以外の食べ物は一切頼まない。
その為、ここ数日はイカの串焼き以外食べていないのだ。
それなのに、更にイカの串焼きを食べたがるとは……。
ネネイのイカ好きは相当である。
「やったぁ! イカさん食べるなの! 行こうなの、おとーさん!」
「お、おう、分かった。三人でエストラへ出発だ」
「はいなのー♪」
こうして、俺達は再びエストラへ戻った。
◇
酒場でイカの串焼きを買った後、不動産屋に向かった。
不動産屋は街に複数あるが、どれも小さな店舗だ。
テーブル席が一個あり、そこで業者と話し合う。
「場所は? 広さは? 予算は?」
業者が矢継ぎ早に質問をしてくる。
それに対し、こちらは答えるだけだ。
その回答をもとに、業者が適切な土地を導き出す。
そして、移動スキルでその場所へ俺達を運ぶのだ。
「こちらの土地でいかがですか?」
「悪くない、ここにしよう」
「では契約を」
「うむ」
数分後には、一五〇〇万と引き換えに、土地を取得していた。
取得した土地は、街外れにある。
立地条件が悪い反面、面積が広い。
完全に広さ重視の選択だ。
それが俺の要望だったので、文句はない。
この街において、俺の知名度はそれなりにある。
だから、僻地で商売をしても成功する自信があった。
「いらっしゃい! 建築かい? 改装かい?」
次にやってきたのは建築屋だ。
建築屋に頼めば、家を建ててもらえる。
「建築する家の用途は? ふむふむ、なるほど」
こちらの要望を聞くなり、業者のおっさんは設計図を描き始めた。
数分後、「これでどうだい?」と完成した設計図を見せてくる。
見てもよく分からなかったけど、「じゃあそれで」と了承した。
俺の要望は、三階建てで全階層一フロアだ。
内装に一切のこだわりを持たない、完全な効率重視。
「代金は材料費込みで三五〇〇万だ」
「はいよ」
「まいどあり! 早速建てるぜ!」
これまた移動スキルで、取得した土地の前に飛ぶ。
この手の業者は、移動系のスキルを使うのが当然のようだ。
その後、おっさんの固有スキルであっさり家が完成した。
作業時間、なんと数秒。
「またよろしく!」
一瞬にして消えていくおっさん。
エストラに来て二時間で、俺は五〇〇〇万を失う。
その代わり、文句のない作業場を手に入れた。
正方形に近い四角形をした、木造の三階建てだ。
「大きいなの! 大きいなの!」
完成した家を見て、ネネイがはしゃぐ。
「中に入ろう」
「ワクワクなの! ワクワクなの!」
「もう家を手に入れるとは。流石です、ユートさん」
胸を躍らせながら家に入った。
作業場ということもあり、スライド式の扉はかなり大きめだ。
要望通り、中はぶち抜きの一フロアになっている。
広さは三〇畳で、超が付くほど快適だ。
階段は傾斜が緩やかな上に、幅がとても広い。
これも要望通りだ。
二階と三階も同じ構造である。
「広いなのー♪」
三階に上がるなり、ネネイは床に飛び込んだ。
ピカピカのフローリングに横たわり、クルクルと回転する。
それを眺める俺とリーネの表情はにこやかだ。
「本当に広いですね」
「今の時点では、広すぎるくらいだな」
この家の居住空間は、三階だけだ。
一階と二階は作業場として機能する。
細かい用途はまだ決めていないが、広すぎて困ることはないだろう。
「これで作業場の確保は済んだし、リアルに戻ろうか」
「わぁい! 動物さんの動画、楽しみなの!」
「私も楽しみです」
出来立ての家を早々に離れ、俺達はリアルに戻った。
◇
戻ってくるなり、ネネイが動画を観たがる。
しかし、「あと少しだけ待って」と俺が待ったをかけた。
やっておきたい作業が、もう一つだけ残っていたからだ。
「すぐに終わるからね」
「分かったなの」
「あ、そうだ。こっちで動画を流すよ」
「ありがとーなの♪」
サブディスプレイで、動画の続きを再生する。
ネネイとリーネの視線が、一瞬でそちらに釘付けとなった。
その間に、俺は残りの作業に取り掛かる。
キーボードをカタカタ叩き、検索エンジンを進んでいく。
そうして到着したサイトは、安全剃刀の最大手メーカーだ。
マウスをカチカチさせて、問い合わせページに移動する。
そして、電話番号を紙に書き写した。
「あとは好きにしていてくれ」
「はいなのー!」
「ユートさん、どこへ?」
「もう一度、外に出てくるよ。家のすぐ前だ」
「分かりました」
電話番号の書いた紙とスマホを手に、俺は家を出た。
紙を見ながら、安全剃刀のメーカーに電話する。
なんと一コールで応答があった。
あまりの速度に驚く。
相手は、声優みたいな可愛い声だ。
「あの、御社の安全剃刀を、は、箱で買いたいのですが」
不慣れなものだから、緊張して噛み噛みになる。
一方、電話越しの女はいたって冷静だ。
丁寧な口調で「それでは分からない、型番を教えろ」と言ってくる。
型番なんか分からない俺は、適当に商品の特徴を伝えた。
色がどうたら、形がどうたら、刃の枚数はどうたら。
『プロシリーズのXですね、かしこまりました。少々お待ちください』
ぎこちない説明だが、無事に伝わる。
緊張のあまり、首筋には、汗が滝の如くたらたら。
引きこもりのコミュ障には辛い。辛すぎる。
何故リアルではこれほど緊張するのか。
エストラでは、緊張なんてしないのに。
そんなことを考え、「これがコンプレックスか」と独自解釈。
『お待たせいたしました』
女の声が聞こえる。
この時点で、俺の緊張感が跳ね上がった。
上ずった声で「は、はいぃ!」と叫んでしまう。
『一箱六〇個入りで、三〇箱からお送りできますが、よろしいでしょうか?』
「え、一箱に六〇個も入っていて、送れるのは三〇箱から?」
耳を疑う。
しかし、相手は「さようでございます」と答える。
平然としていて、訂正する気配はまるでない。
六〇個入りの三〇箱……。
それって、最低でも一八〇〇個になるぞ。
「いきなりそれだけの数はちょっと……」
どうにか数を減らせないかと懇願する俺。
金額よりも、数が問題だ。
そんなにも買って、捌ききれなかったら処分に困る。
俺としては、とりあえず様子見に五〇〇個あれば十分だ。
『それですと……』
電話越しに、キーボードをカタカタする音が聞こえる。
どうやら、相手は何か調べ物をしているようだ。
『弊社と取引のある問屋にお問合せをしてはいかがでしょうか』
「問屋? 商社のこと? 俺が電話? 問屋に?」
緊張で顔を真っ赤にしながら訊く俺。
発せられる言葉の全てに疑問符が付随する。
『えっとですね――』
こちらの緊張を受け取った相手が、丁寧に説明してくれた。
それによると、メーカーは、問屋と呼ばれる業者に大量の商品を卸す。
問屋はそれを小売業者に販売し、小売業者が我々消費者に売る。
……というのが、流通の仕組みだ。
その為、メーカーは、少量の取引はしない。
俺が望む規模の取引は、メーカーではなく問屋で行われるのだ。
『説明は以上となりますが、いかがいたしますか?』
電話越しの相手は、俺のような世間知らずにも優しい。
必要なら問屋の連絡先を教える、とまで言っている。
だが、俺は「問屋は結構です」ときっぱり答えた。
これ以上、知らない相手に電話することは極力避けたいからだ。
だから、とんでもないと分かっていながらも、俺は言った。
「買います」
『え?』
「六〇個入りの箱を三〇箱、買います」
斎藤優斗二十九歳、引きこもりネトゲ廃人。
さらに云えば、重度のコミュ障を患った童貞。
問屋に電話したくないあまり、安全剃刀一八〇〇個、大人買い!
ついでに、同じ個数のシェービングクリームも同時注文した。
『ほ、本当に大丈夫ですか?』
「大丈夫です! 買います! 三〇箱!」
ゆでだこのように赤くなった顔を手で扇ぐ。
そんな状態なのに、妙な冷静さがあった。
限界を超えたせいで、頭のネジが外れたのだろう。
ただ、それは悪いことではない。
なぜなら、素晴らしい妙案を閃いたからだ。
部屋で一服した後、酒場で昼食を食べてから、露店を開く。
この繰り返しを、ロト七の払戻日まで続けた。
「今日はこれにて完売だよー!」
「ありがとうございましたなのー♪」
売り切れを告げる俺達。
それに対し起こる「もう終わりかよ!」の声。
怒声に近い、苛立ちを募らせた声だ。
気持ちは分かる。
なにせ、二日目以降は、店を出して数分で完売していたから。
需要に対し、供給が全く追いついていない。
「まさか女にもウケるとはなぁ」
安全剃刀がバカ売れしている理由の一つに、女ウケがある。
快適にムダ毛を処理できるということで、女性客がついたのだ。
「安全剃刀もそうですが、クリームの評判が凄く良いですね」
「だな。やっぱりクリームを持ってきたのは正解だった」
エストラにおける基本的な剃り方は、中々に豪快だ。
理容師が扱うような鋭利な剃刀を、クリームなしで直に使う。
クリームがないので、剛毛が相手だと頻繁に詰まるときた。
詰まると皮膚に多大なダメージが入り、酷い時には切れる。
その話を客から聞いた時「怖いことするなぁ」と他人事ながらに震えた。
それと同時に、「そりゃ安全剃刀がバカ売れするわ」と納得。
そんなこんなで、やってきましたロト七の払戻日。
当選結果の発表は数日前に行われたが、まだ確認していない。
払戻日に確認しようと思っていたからだ。
剃刀セットは、全一三八個を見事に売り切った。
それにより、エストラの所持金は約一億一〇〇〇万を突破。
売上の内、三〇〇〇万近い金が、商人ギルドに徴収されている。
仕方がないとはいえ、もったいなくてたまらない。
どうにかならないものかと、密かに思案を巡らせていた。
ちなみに、資産力ランキングはいまだ圏外。
一億程度じゃ、一万位にすら入れない。
「最近は頑張り続けたし、今日はゆったり過ごすぞー」
「はいなのー♪」
酒場で朝食を済ませた後、俺達は宿屋に戻った。
そして、間髪入れずに、世界転移でリアルへ行く。
「さあ、ロト七の確認だ」
「確認なの!」
キーボードとマウスをカタカタ走らせ、当選結果のページを開く。
俺の購入した第九一一回の結果が載っていた。
「俺の番号は……」
キーボードの横に置いた髪を確認する。
紙に書いてあるのは、ネネイの透視結果だ。
俺の購入したロト七の番号でもある。
それによると、番号は二、八、一九、二一、三〇、三一、三六。
「で、一等の番号は……」
恐る恐ると確認していく。
二、八、一九、二一と、順調に当たっていく。
一つ合うごとに、胸の鼓動が激しくなる。
そして――。
「三〇、三一、三六。当たりだ……!」
見事に当選していた。
衝撃のあまり、呼吸が乱れる。
体の熱が、いつもより上昇している気がした。
透視しているとはいえ、実際に当たると、興奮するものだ。
「ま、待て、待て待て、当選口数を見ないと」
慌てて当選口数をチェックする。
他に多くの当選者が居たら、得られる額は急減するのだ。
「当選口数は……一口。当選額は、八億円!」
なんてこった、俺だけが当選していた。
当選額は、最大の八億円である。
八億ゴールドじゃない、八億円だ。
「ほ、本当に、この俺が?」
大慌てでネット銀行のサイトを開き、ログインした。
ブルブルと震える手を抑えながら、残高を照会する。
「入っている……八億が……!」
たしかに八億円が振り込まれていた。
残高が八億飛んで十九万円になっているのだ!
「これだけの金があれば、あれもこれも出来るぞ」
色々な妄想が脳裏に駆け巡る。
だが、妄想はすぐに弾け飛んだ。
「まだだ。まだ始まったばかり。ここで終わるなんてありえない」
そもそも、俺はそこまで金に飢えていない。
物欲がまるでないのだ。
思い浮かべる豪遊なんて、たかが知れている。
一億もあればお釣りがくるくらいだ。
だから、狂ったように舞い上がりはしなかった。
今、俺が関心を持っているのは、エストラの生活だ。
まだ始まったばかり、好転し始めたばかりの異世界ライフ。
この八億を駆使して、資金力ランキングを駆け抜けなければ。
俺の脳内は、それだけでいっぱいだった。
「次の一手はどうしたものか」
考え込みながら、動画サイト『ヨウチューブ』を開く。
適当に動物の動画を再生してから、ネネイとリーネに席を譲った。
「お猿さん、可愛いなの、可愛いなの♪」
「止めどなく変わり続ける動画は、飽きることがありませんね」
二人は楽しそうに動画を眺めている。
その後ろ姿を見ながら、俺は今後のことを考えていた。
「このペースじゃ、差は縮まらないよなぁ」
俺が稼いでいる間、他人も金を稼いでいる。
仮に俺が一億稼いだとしても、同じ期間に他人が二億稼いでは意味がない。
ランキングの頂点に立つには、誰よりも効率よく稼ぐ必要があるのだ。
その為にはどうすればいいのか。
「まずは場所の確保だな」
今、一番問題なのは、作業場がないことだ。
これは、リアルとエストラの両方における問題である。
リアルでは、このクソ狭い八畳ワンルームしかない。
エストラに至っては宿屋の客室だ。
どちらも論外である。
「引っ越し? いや、それは面倒だな……」
このマンションの立地はかなり良い。
目の前になんでもスーパー二十四があるからだ。
それに、引っ越しをするのは億劫で仕方がない。
やれ住民票やらなんやらと、手続きが必要なのだ。
「そうだ!」
唐突に名案を閃いた。
俺の記憶が確かなら――。
「ちょっと失礼するぜ」
俺はPC用テーブルに置いてあるスマホを取った。
二人は動物の動画に釘付けで、気にする素振りはない。
「外に出るけど、家の前に居るから心配しないでね」
「分かったなの」
「分かりました」
ヨウチューブを観ながら答える二人。
本当に聞いているのか。
苦笑いを浮かべながら、俺は外に出た。
スマホを操作し、電話帳を見ていく。
「あったあった」
スマホには『大家』と表示されている。
このマンションを管理している大家のことだ。
ここの大家は、管理会社などを通さず、自分で管理している。
つまり、このマンションは大家の所有物なのだ。
「もしもし、大家さん、斎藤です」
大家に電話を掛けると、二コールで出た。
齢八〇になる爺さんだが、齢の割に溌剌としている。
電話口の声も、明るくハキハキとしていた。
「両隣の部屋って、まだ空いていますか?」
両隣の部屋は、長年空いていた。
別に事故物件というわけではない。
大家曰く、どのマンションも空き部屋が多いとのことだ。
「空いていますか。それは良かった。俺が両方契約しますよ」
喜ばしいことに、両隣の部屋が空いていた。
俺はすぐさま契約させてくれと訴える。
大家は二つ返事で承諾した。
「部屋の説明は結構です。鍵はポストに入れといてください。それじゃ」
話の分かる大家で大助かりだ。
本日中に、鍵と賃貸契約書がポストに入る。
それをこなせば、一気にスペースが三倍になるわけだ。
同時に家賃も三倍になるが、何の問題もない。
左右の部屋は、倉庫兼作業場にしよう。
「リーネ、少しいいか?」
「はい、なんでしょうか?」
リアルの作業場は確保した。
次はエストラの作業場だ。
宿屋のままでは、何かと不便で仕方がない。
「エストラで家を持つには、どうすればいいんだ?」
「不動産屋で土地を買った後、建築屋に頼んで家を建ててもらいます」
「なるほど、予算はどのくらいでいける?」
「分かりません」
「そうか、なら確認しにいこう」
「え、今からですか? 今、すごくいいところでして……」
リーネが視線をPCに向ける。
ウサギと亀のレースを映っていた。
何がいいものか、勝負はウサギの圧勝だろう。
そう思いきや、ゴール直前でウサギが道を逸れた。
だからといって、結果が気になったりはしない。
「また後で観ればいいさ、行くぞ」
俺は一時停止ボタンをクリックし、動画を止めた。
その瞬間、ネネイに横腹を叩かれる。
「動画が止まったなの! おとーさんが意地悪したなの!」
「帰ったら好きなだけ見せてやるから、一度エストラに戻るぞ」
「おとーさん、今日はゆったりするって言っていたなの!」
頬を限界まで膨らませたネネイが、ポコポコ叩いてくる。
痛くないし可愛らしいが、俺は痛がっているフリをした。
「たしかに言ったけど、少し付き合ってくれないか?」
「むぅーなの! むぅーなの!」
ネネイは変わらず不機嫌そうだ。
今回は、一〇対〇で俺が悪い。
「なら、俺が一人で行ってくるよ」
再生ボタンをクリックし、動画を再生させる。
リーネが「大丈夫ですか?」と訊いてきた。
「なんとかなるだろう。リーネはネネイの面倒を頼むぞ」
「分かりました」
二人から離れる俺。
右手を挙げ、固有スキルを発動しようとした。
その時――。
「ネネイはおとーさんと一緒がいいなの!」
ネネイが飛びついてきた。
「どうしても観たいなら、別にかまわないよ。ゆったりするって言ったのは俺だし、強要はできないさ。それに、リーネが傍に居てくれるなら安心だ」
「おとーさんが一緒に居るから、楽しく動画を観れるなの。おとーさんが一緒じゃないなら、ネネイは楽しくないなの」
目に涙を浮かべるネネイ。
なんだか申し訳ないことをしてしまったな。
俺は「そっか」と言って、ネネイの頭を撫でた。
「忙しくさせてごめんね。埋め合わせになるかは分からないけど、エストラに着いたら何か買ってあげるよ。お父さん、最近ちょっと金持ちになったからね。ある程度の物なら買えると思うよ」
「やったぁ! じゃあ、イカの串焼きが食べたいなの!」
「串焼き? いいけど、いつも食べているじゃないか」
酒場でネネイが頼むのは、常に『イカの串焼き』だ。
それ以外の食べ物は一切頼まない。
その為、ここ数日はイカの串焼き以外食べていないのだ。
それなのに、更にイカの串焼きを食べたがるとは……。
ネネイのイカ好きは相当である。
「やったぁ! イカさん食べるなの! 行こうなの、おとーさん!」
「お、おう、分かった。三人でエストラへ出発だ」
「はいなのー♪」
こうして、俺達は再びエストラへ戻った。
◇
酒場でイカの串焼きを買った後、不動産屋に向かった。
不動産屋は街に複数あるが、どれも小さな店舗だ。
テーブル席が一個あり、そこで業者と話し合う。
「場所は? 広さは? 予算は?」
業者が矢継ぎ早に質問をしてくる。
それに対し、こちらは答えるだけだ。
その回答をもとに、業者が適切な土地を導き出す。
そして、移動スキルでその場所へ俺達を運ぶのだ。
「こちらの土地でいかがですか?」
「悪くない、ここにしよう」
「では契約を」
「うむ」
数分後には、一五〇〇万と引き換えに、土地を取得していた。
取得した土地は、街外れにある。
立地条件が悪い反面、面積が広い。
完全に広さ重視の選択だ。
それが俺の要望だったので、文句はない。
この街において、俺の知名度はそれなりにある。
だから、僻地で商売をしても成功する自信があった。
「いらっしゃい! 建築かい? 改装かい?」
次にやってきたのは建築屋だ。
建築屋に頼めば、家を建ててもらえる。
「建築する家の用途は? ふむふむ、なるほど」
こちらの要望を聞くなり、業者のおっさんは設計図を描き始めた。
数分後、「これでどうだい?」と完成した設計図を見せてくる。
見てもよく分からなかったけど、「じゃあそれで」と了承した。
俺の要望は、三階建てで全階層一フロアだ。
内装に一切のこだわりを持たない、完全な効率重視。
「代金は材料費込みで三五〇〇万だ」
「はいよ」
「まいどあり! 早速建てるぜ!」
これまた移動スキルで、取得した土地の前に飛ぶ。
この手の業者は、移動系のスキルを使うのが当然のようだ。
その後、おっさんの固有スキルであっさり家が完成した。
作業時間、なんと数秒。
「またよろしく!」
一瞬にして消えていくおっさん。
エストラに来て二時間で、俺は五〇〇〇万を失う。
その代わり、文句のない作業場を手に入れた。
正方形に近い四角形をした、木造の三階建てだ。
「大きいなの! 大きいなの!」
完成した家を見て、ネネイがはしゃぐ。
「中に入ろう」
「ワクワクなの! ワクワクなの!」
「もう家を手に入れるとは。流石です、ユートさん」
胸を躍らせながら家に入った。
作業場ということもあり、スライド式の扉はかなり大きめだ。
要望通り、中はぶち抜きの一フロアになっている。
広さは三〇畳で、超が付くほど快適だ。
階段は傾斜が緩やかな上に、幅がとても広い。
これも要望通りだ。
二階と三階も同じ構造である。
「広いなのー♪」
三階に上がるなり、ネネイは床に飛び込んだ。
ピカピカのフローリングに横たわり、クルクルと回転する。
それを眺める俺とリーネの表情はにこやかだ。
「本当に広いですね」
「今の時点では、広すぎるくらいだな」
この家の居住空間は、三階だけだ。
一階と二階は作業場として機能する。
細かい用途はまだ決めていないが、広すぎて困ることはないだろう。
「これで作業場の確保は済んだし、リアルに戻ろうか」
「わぁい! 動物さんの動画、楽しみなの!」
「私も楽しみです」
出来立ての家を早々に離れ、俺達はリアルに戻った。
◇
戻ってくるなり、ネネイが動画を観たがる。
しかし、「あと少しだけ待って」と俺が待ったをかけた。
やっておきたい作業が、もう一つだけ残っていたからだ。
「すぐに終わるからね」
「分かったなの」
「あ、そうだ。こっちで動画を流すよ」
「ありがとーなの♪」
サブディスプレイで、動画の続きを再生する。
ネネイとリーネの視線が、一瞬でそちらに釘付けとなった。
その間に、俺は残りの作業に取り掛かる。
キーボードをカタカタ叩き、検索エンジンを進んでいく。
そうして到着したサイトは、安全剃刀の最大手メーカーだ。
マウスをカチカチさせて、問い合わせページに移動する。
そして、電話番号を紙に書き写した。
「あとは好きにしていてくれ」
「はいなのー!」
「ユートさん、どこへ?」
「もう一度、外に出てくるよ。家のすぐ前だ」
「分かりました」
電話番号の書いた紙とスマホを手に、俺は家を出た。
紙を見ながら、安全剃刀のメーカーに電話する。
なんと一コールで応答があった。
あまりの速度に驚く。
相手は、声優みたいな可愛い声だ。
「あの、御社の安全剃刀を、は、箱で買いたいのですが」
不慣れなものだから、緊張して噛み噛みになる。
一方、電話越しの女はいたって冷静だ。
丁寧な口調で「それでは分からない、型番を教えろ」と言ってくる。
型番なんか分からない俺は、適当に商品の特徴を伝えた。
色がどうたら、形がどうたら、刃の枚数はどうたら。
『プロシリーズのXですね、かしこまりました。少々お待ちください』
ぎこちない説明だが、無事に伝わる。
緊張のあまり、首筋には、汗が滝の如くたらたら。
引きこもりのコミュ障には辛い。辛すぎる。
何故リアルではこれほど緊張するのか。
エストラでは、緊張なんてしないのに。
そんなことを考え、「これがコンプレックスか」と独自解釈。
『お待たせいたしました』
女の声が聞こえる。
この時点で、俺の緊張感が跳ね上がった。
上ずった声で「は、はいぃ!」と叫んでしまう。
『一箱六〇個入りで、三〇箱からお送りできますが、よろしいでしょうか?』
「え、一箱に六〇個も入っていて、送れるのは三〇箱から?」
耳を疑う。
しかし、相手は「さようでございます」と答える。
平然としていて、訂正する気配はまるでない。
六〇個入りの三〇箱……。
それって、最低でも一八〇〇個になるぞ。
「いきなりそれだけの数はちょっと……」
どうにか数を減らせないかと懇願する俺。
金額よりも、数が問題だ。
そんなにも買って、捌ききれなかったら処分に困る。
俺としては、とりあえず様子見に五〇〇個あれば十分だ。
『それですと……』
電話越しに、キーボードをカタカタする音が聞こえる。
どうやら、相手は何か調べ物をしているようだ。
『弊社と取引のある問屋にお問合せをしてはいかがでしょうか』
「問屋? 商社のこと? 俺が電話? 問屋に?」
緊張で顔を真っ赤にしながら訊く俺。
発せられる言葉の全てに疑問符が付随する。
『えっとですね――』
こちらの緊張を受け取った相手が、丁寧に説明してくれた。
それによると、メーカーは、問屋と呼ばれる業者に大量の商品を卸す。
問屋はそれを小売業者に販売し、小売業者が我々消費者に売る。
……というのが、流通の仕組みだ。
その為、メーカーは、少量の取引はしない。
俺が望む規模の取引は、メーカーではなく問屋で行われるのだ。
『説明は以上となりますが、いかがいたしますか?』
電話越しの相手は、俺のような世間知らずにも優しい。
必要なら問屋の連絡先を教える、とまで言っている。
だが、俺は「問屋は結構です」ときっぱり答えた。
これ以上、知らない相手に電話することは極力避けたいからだ。
だから、とんでもないと分かっていながらも、俺は言った。
「買います」
『え?』
「六〇個入りの箱を三〇箱、買います」
斎藤優斗二十九歳、引きこもりネトゲ廃人。
さらに云えば、重度のコミュ障を患った童貞。
問屋に電話したくないあまり、安全剃刀一八〇〇個、大人買い!
ついでに、同じ個数のシェービングクリームも同時注文した。
『ほ、本当に大丈夫ですか?』
「大丈夫です! 買います! 三〇箱!」
ゆでだこのように赤くなった顔を手で扇ぐ。
そんな状態なのに、妙な冷静さがあった。
限界を超えたせいで、頭のネジが外れたのだろう。
ただ、それは悪いことではない。
なぜなら、素晴らしい妙案を閃いたからだ。
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