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009 リアル大富豪への第一歩

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 翌日、俺達はリアルに渡った。
 ただでさえ狭い八畳の空間、三人集まれば尚更に窮屈だ。

「金策を始めるぞー」

 俺は付けっぱなしのPCに向かった。
 後ろから、ネネイとリーネが覗き込んでくる。

「おとーさん、何をするなの?」
「待てよ待てよー」
「待っている間にお布団を入れておきましょうか?」
「ありがとうリーネ、よろしく頼むよ」
「分かりました」

 慣れた手つきでマウスを動かす俺。
 つい、癖でネトゲを立ち上げそうになる。
 誤って開いたランチャー画面を閉じ、ネットを開く。
 キーボードをカタカタと打ち込み、目的のサイトに辿り着いた。

「さて、ネネイの出番だぞ」

 後ろから肩にもたれかかっていたネネイを、胡坐の上に座らせる。

「おとーさん、ネネイは何をすればいいなの?」
「目の前に映っている画面の一週間後を透視してくれ」

 開いているサイトは『ロト七の当選結果』。
 名前の通り、宝くじの当選結果を書いている。
 当選結果は、新しい順に上から表示される作りだ。
 現在、一番新しいのは第九一〇回。

「分かったなの、未来透視クレアボヤンス!」

 ネネイはディスプレイに両手を当て、目を閉じた。
 そのままの状態で、俺に話しかけてくる。

現在いまと同じ画面が映っているなの」
「本当か? よく見てくれ、一番上は第九一一回になっていないか?」
「あっ、なっているなの!」
「そうか、その横の数字は分かるか?」
「分かるなの。読み上げるなの」
「いや、ちょっと待ってくれ」

 俺は振り返り、リーネを呼んだ。

「すまん、タンスから紙とペンを取り出してくれ」
「分かりました」

 脚の上にネネイが座っているので、俺は動けない。
 だから、リーネに紙とペンを取ってもらった。
 紙を左手で持ち、ペンを右手に構える。

「いいぞネネイ、番号を読み上げてくれ」
「左から二、八、一九、二一、三〇、三一、三六なの」

 番号を復唱しながらメモっていく。

「よし、ネネイ、もう一度番号を言ってくれ」
「はいなの♪」

 念入りに番号の確認を行う。
 番号に誤りはなかった。

「オーケー、よくやったぞネネイ」

 俺の合図で、ネネイはスキルを解除した。
 前傾になっていた体を、俺にもたれさせる。

「おとーさん、ネネイ役に立ったなの?」
「おうよ。すごい貢献だぞ、ありがとう」

 紙とペンを床に置き、右手でネネイの頭を撫でる。
 ネネイは「えへへなの♪」と喜びの声を上げた。
 光沢のあるディスプレイが、嬉々に満ちたネネイの顔を反射している。

「ユートさん、何をされていたのですか?」
「ネネイも気になるなの。教えてなの、おとーさん」
「オーケー、説明しよう」

 俺が調べたのは、今発売しているロト七の結果だ。
 ロト七は、自分で七個の数字を予測する宝くじである。
 当選すれば、最大で八億円が手に入る高額クジだ。

「――で、当選したお金が今後の活動資金になるわけだ」
「なるほど。流石です、ユートさん」
「よく分からないけど、おとーさんは凄いなの!」
「凄いのは俺じゃなくてネネイだけどな」
「ありがとーなの♪」

 今の俺には、余裕資金がまるでない。
 手持ちの円通貨は、必要最低限の消費で底を尽く。
 その状況を改善する為に、まずはこちらリアルで金策をすることにした。
 ネットのロト七購入ページから、先ほど得た番号で一口買う。
 購入代金の支払いは、ネット銀行の口座より行われる。
 仮にロト七が当選していた場合、この口座に直接振り込まれる仕組みだ。

 口座の残高は確認していないが、おそらく五〇〇円くらいだろう。
 この口座は、就活に失敗してすぐに作ったものだ。
 株のデイトレードで儲けてやろうと企んだ記憶がある。
 だから、ネット証券の証券口座も別に作っていた。
 ちなみに、株で儲かったかといえば、現状からお察しの通りだ。
 かといって、別に損をしたわけでもない。
 残念ながら、株取引の方法を調べている最中に意欲が尽きたのだ。

「当選した場合、お金はいつ振り込まれるのですか?」
「当選発表が四日後だから、その辺りじゃないか」

 念の為に調べてみる。
 発表日から振込日の間には、数日の開きがあるらしい。
 その為、正確な振込日は一週間後のようだ。

「一週間ですか、少し先ですね」
「だなぁ。即金が欲しいところだ」

 俺はマウスを操作し、サイトを見て回る。
 宝くじ以外にも、様々なギャンブル商品が購入可能だ。
 その中で、即金性があってそれなりの額になるものはないか。

「お、いいのがあるじゃないか」

 目を付けたのは競馬だ。
 競馬には、中央競馬と地方競馬がある。
 その違いは不明だが、これから手を出すのは地方競馬だ。
 ちなみに、馬券を買った経験は一度しかない。
 買い方は分かるが、馬のことはさっぱりだ。

「ネネイ、競馬って知っているか?」
「知らないなの!」
「ならきっと驚くぞ。お馬さんの競争だ」
「やったぁ! ワクワクなの! ワクワクなの!」

 ロト七の時と同じく、レース結果のページを開く。
 その中から、『三連単』の項目を拡大表示する。
 三連単とは、一から三位までを的確に予想する賭け方だ。
 一レースの中では、的中時の払い戻し金額が最も高い。

「ネネイ、もう一度未来透視を頼めるか?」
「任せてなの、おとーさん!」

 ネネイが『未来透視』を発動させる。
 俺はすかさず番号を訊いた。
 今度は紙とペンを床に置いたままだ。
 三つの数字なら、書かなくても暗記できる。

「左から順に七、二、九なの!」
「七、二、九だな?」
「はいなの。七、二、九なの!」
「オーケー、もう解除してくれていいよ」
「分かったなの」

 ネネイはスキルを解除し、こちらへ振り返る。
 その顔はニコニコしていて、「ご褒美の撫で撫で」を要求していた。
 それに応え、俺はにこやかに頭を撫でてやる。

「ありがとうな、ネネイ」
「おとーさんが嬉しいなら、ネネイも嬉しいなの♪」
「嬉しいことを言ってくれるなー! この野郎ー!」
「えへへなの♪」

 たっぷりと褒めた後、一〇〇円分の馬券を購入した。
 倍率が三八九一倍なので、当たれば約三九万円になる。
 さすが三連単、ものの見事に万馬券だ。

「どうやら、レースは二〇分後に始まるらしいな」
「こちらは、当選するとすぐに振り込まれるのですか?」
「ああ。数分の遅れはあるだろうが、割とすぐに振り込まれるはず」
「お馬さんのレース、ワクワクなの!」

 ディスプレイをレースの中継モードに切り替える。
 すると、全力で駆ける競走馬たちが映し出された。

「お馬さんが走っているなの!」
「別のレースみたいだな」

 ネネイが叫ぶ。
 中継されているのは、一つ前のレースだ。
 既に佳境を迎えていて、馬たちは最後の直線を駆けている。

「すごいなの、お馬さんがたくさん、パカパカしているなの!」
「おお、おお……! これは、すごい!」

 ネネイとリーネが、激しい馬の攻防に興奮する。
 二人の感情を煽るように、灼熱の如き実況の声が響く。
 そして、馬たちがゴールに入った。

「とまあ、これが競馬だ」
「お馬さんのレース、凄く面白いなの!」
「観ているだけでも楽しめますね」

 二人が競馬を絶賛する。
 ただ、それは賭け事としての意味ではない。
 純粋に観戦を楽しんでいる。

『続きまして、第五レースを開催します』

 実況の声が入る。
 ついに、俺の賭けたレースがやってきた。
 競走馬が続々と入場してくる。

「お馬さんの胴体に番号の書いた布があるのは分かる?」

 画面を指し、ネネイに言う。
 ネネイは「分かるなの」と笑顔で頷いた。

「あれの七番、二番、九番を俺達は応援するんだ」

 正確には、一着七番、二着二番、三着九番の順だ。
 順番が違うと意味がない。
 順番不問で上位三着を予想するのは『三連複』だ。

「分かったなの……」

 ネネイの表情が暗くなる。
 唇を尖らせ、シュンとして俯いた。
 俺は横から顔を覗き込み、「どうかしたのか?」と尋ねる。

「ネネイは、三番のお馬さんが好きなの」
「私も、三番の馬が他より魅力に感じました」

 三番の馬は、このレースで最も人気のある奴だ。
 唯一の白馬で、光を反射する艶やかな毛並みが美しい。
 纏う気品に加え、どことなく強そうな雰囲気も漂わせている。

「じゃあ、二人は三番を応援してくれていいぞ」
「やったぁ! 白いお馬さん、頑張れなのー!」

 表情をニパッと明るくさせ、三番を応援するネネイ。
 俺は「七、二、九! 七、二、九!」と強く願う。
 観衆の思いを背負った競走馬達が、ゆっくりとゲートイン。
 そして――。

『さあ、全ての馬が入りました。今、ゲートが開きます』

 ドン、と音をたててゲートが開く。
 全ての馬が一斉に走り始めた。
 出遅れのない、綺麗なスタートだ。
 先頭を走るのは、ネネイ達の応援している三番。

「頑張れなのー! 頑張れなのー!」

 三番に声援を送るネネイ。

「ワクワクしますね、ユートさん!」

 後ろから画面を眺めるリーネも興奮気味。

『いよいよ最終コーナー、多くの期待に応えてこのまま逃げ切るのか!』

 レースが最後の直線へ突入する。
 先頭を走っているのは、一番人気の三番。
 序盤程のリードはないが、いまだ三馬身近い差がある。
 その後ろは混迷状態。

『抜けてきた! 抜けてきた!』

 昏迷状態から何頭かが飛び出してきた。
 俺の賭けている七番、二番、九番だ!
 三番との距離が縮まっていく。
 逃げ馬の三番は、既にスタミナが尽きている。
 あとは緩やかに減速するだけだ。
 しかし、ゴールまでの距離は殆どない。
 間に合うのか、間に合わないのか、どっちだ。

「三番のお馬さん、頑張れなのー!」
「おお! おお! おおおッ!」

 ネネイとリーネが叫ぶ。
 無言の俺も、手に汗を握っていた。

『並んだ! 四頭が並んだ!』

 ついに、七番、二番、九番が三番に並ぶ。
 だが、ここから三番が驚異の粘りを見せる。
 抜かせはしないと、懸命に食らいついたのだ。

「粘るな! アホ! 下がれ! 落ちろ!」

 思わず、俺も声を荒げてしまった。

「むぅーなの!」

 三番を応援しているネネイに、太ももをつねられる。
 痛みに表情を歪めるが、応援の意思は変えない。
 俺達の熱い応援を纏いながら、四頭がゴールへ突っ込む。
 そして――。

『四頭同時のゴール! 結果は写真判定に入ります!』

 結局、四頭が並んでゴールイン。
 仮に三番が四着でも、的中とは限らない。
 画面が切り替わり、順位を表示するボードが拡大された。

『うおおおお!』

 画面から観客の絶叫が聞こえる。
 それと同時に、三着と四着が表示された。
 三着は九番、四着は三番だ。

「残念なのー……」
「いいぞ! いいぞ!」
「むぅーなの!」
「あいたっ」

 心拍数の跳ね上がる俺と、不貞腐れるネネイ。
 あとは一着と二着がどうなっているのか。

『結果が出ました!』

 遅れて一着と二着も表示される。
 それを見て、俺の心拍数は最高速へ達した。

『一着七番、二着二番』

 約三九〇〇倍の万馬券が、当たったのだ。

 ◇

 結果発表から一時間もしない内に、振り込みがあった。
 一〇〇円が、約三九万円に姿を変える。

「これだけの大金があれば、ガチャし放題じゃないか……」

 銀行サイトに映る三九万〇二九一円を眺め、ボソッと呟く。
 少し前なら、間違いなく全額を課金ガチャに突っ込んでいた。

「振り込まれたお金は、どうすれば使えるようになるのですか?」
「銀行かATMで引き出すんだ」
「エーティーエム?」

 リーネが首を傾げる。
 ネネイも「それは何なの?」と続く。

「ATMは銀行業務を行える機械で……まぁ、見た方が早いな」

 この後は、ATMでお金を引き出し、安全剃刀の爆買いする予定だ。
 どうせ実物を見るのだから、ここで長々と説明するのは不毛だろう。
 百聞は一見に如かずということで、俺達はなんでもスーパーへ向かった。

「これがATMだ」
「本当に無人ですね」

 ATMコーナーは、スーパーの一階にある。
 あらゆる銀行に対応したATMが、ずらりと並んでいた。
 その数なんと三〇台。凄まじい放熱だ。その周辺だけ他より暑い。
 空いている台の前に立ち、キャッシュカードを挿入した。
 暗証番号を打ち込み、残高を照会する。

「おお」

 感嘆の声が漏れる。
 三九万が振り込まれていたからだ。
 ATMで確認すると、一入ひとしおの実感があった。

「とりあえず二〇万だな」

 引き出しには手数料がかかる。
 出来る限りそれを節約する為、多めに引き出した。
 ウィーンと音を立て、ATMが二〇万円を吐き出す。
 それを見て、リーネとネネイが驚いた。

「お金が出てきたなの! すごいなの!」
「エルフとはまた違った方向で、凄まじい技術力ですね」

 興奮する二人。
 周囲の人間が、ちらちらとこちらを見ていた。
 ATMで騒がれたら、誰だって警戒感を高めるよな。

「金も引き出したことだし買い物に……いや、その前に上の階へ行くか」

 二人が上の階に行きたがっていたことを思い出す。
 買い物をした後だと、持ちながら移動することになって面倒だ。
 先にぶらぶらして、最後に買い物をしよう。

「おとーさん、これは何なの?」

 ATMコーナーを離れた俺達。
 やってきたのは、エスカレーター前だ。

「これはエスカレーターといって、階層移動に利用する」
「階段ではないのですね」とリーネ。
「階段もあるよ。ただ、主流はこっちだな」

 エスカレーターを前にして、ネネイが立ち止まる。

「こ、怖いなの……」
「大丈夫さ。なんなら手を繋ごうか?」
「はいなの♪ ありがとーなの!」
「おうおう。よし、行くぞ」

 俺は左手でネネイと手を繋ぎ、同時にエスカレーターへ乗る。
 俺達の後に、すまし顔のリーネが続く。
 ネネイと違い、リーネは怖がらなかった。

「自動で動くなの! ぶいーんなの!」
「便利だろー、これがエスカレーターだ」

 緩々と上昇し、二階へ辿り着く。

「二階は女性用のファッションとジュエリーが売っているよ」

 フロアマップをちらりと見た後、俺は二人に案内を始めた。

 ◇

「色々あったなのー♪」
「これだけ広いと、一日で隅から隅まで回ることは出来ませんね」
「今後は何度も来ることになるから、ちびちび見ていけばいいさ」

 駆け足気味に、全階層を見終える。
 二人は終始興奮しっぱなしだった。
 何を見ても「初めて見る」「すごい」の連呼だ。
 そんな二人を見て、俺はにこやかな気分に浸っていた。

「これで二人の要望はクリアしたな。次は俺の出番だ」
「任せてなの、おとーさん!」

 一階に移動すると、最初の目的地へ直行した。
 それは、カート置場だ。
 買い物をする為のカゴを載せるカートの駐車場。
 そこには、数種類のカートが用意されていた。

「今回はこいつを使うぞ」

 迷うことなく、俺は一番大きなカートを選んだ。
 カゴを二つ並べて積めるものだ。
 二段式なので、計四つのカゴを載せられる。
 もちろん、四つのカゴをカートに積んだ。

「出発だー!」
「おーなの!」

 意気揚々と、次の目的地へ直行する。
 数分歩いて到着したのは、髭剃り関連のコーナーだ。
 電動シェーバー、安全剃刀、シェービングクリームが置いてある。

「棚にある全ての安全剃刀とシェービングクリームを買うぞ」
「分かったなの!」
「分かりました!」
「では、皆の衆、手分けしてかかれー!」

 巨大スーパーなだけあり、ずらりと並ぶ数社の安全剃刀。
 その全てを、根こそぎ籠へ移していく。
 俺とリーネは、棚の上段を重点的に取っていった。
 下段はネネイに任せている。

「ポイポイなのー、ポイポイなのー!」

 ネネイは手に持った商品をカゴに投げ込んでいく。
 やや乱雑な扱いだが、全て買うので問題ない。

「なんだあいつら、髭剃りを買い占めているぞ」
「何に使うのだろう?」
「それよりあのメイドコスの子、胸でかっ!」

 一心不乱の俺達を、何人かが遠巻きに見てくる。
 しかし、そんなことは気にしない。
 十七歳の巨乳メイドは、常に注目を集めるからだ。
 周囲の視線など、もはや慣れっこである。

「よし、完了! レジへ行くぞー!」
「出発なのー!」

 あっという間に、棚の一角を空白にする。
 いくつかの電動シェーバーだけが、寂しく残っていた。

「――お会計は十三万八〇〇〇円になります」

 安全剃刀とクリームだけで、会計は約十四万円になった。
 凄まじい額に、俺だけではなく、レジの担当者も驚いている。

「一三八個か、思ったより多いな」

 メーカーは違っても、商品の価格は統一されていた。
 安全剃刀は一五〇円で、クリームは八五〇円だ。
 両方でピッタリ一〇〇〇円である。
 それらは同じ数だけカゴに入っていた。
 エストラでは、剃刀とクリームをセットで販売する考えだ。

「はぁ! ざけんなよぉ!」

 財布から一万円札を十四枚出そうとした時のことだ。
 隣のレジから、突如、男の怒声が飛んできた。
 なんだなんだと振り向く俺達。
 そこには、若い男女のカップルが居た。
 年齢はリーネと同じか、やや下くらい。
 どちらも髪の毛を金色に染めている。
 見るからにヤンチャしてますと云った感じだ。

「そうは言われましても規則ですので……」
「規則も何もあるかよ! 俺達は二十歳以上だっての!」
「身分証明書は今度持ってくるからそれでいいじゃーん!」

 低姿勢の店員に向かって、カップルが捲し立てる。
 レジには酒が置かれていた。
 どうやら、年齢確認でひっかかったようだ。
 聞いている限り、身分証を所持していないことが原因だな。

「はぁーまじだりぃ、もういいわ、こんなとこ二度とくるかっての」
「申し訳ございません」

 喚き散らした末に、カップルは購入を諦めた。
 理不尽な怒声を浴びせられた店員には同情する。
 それと同時に、俺はふと思った。

「名前が必要だな」

 支払いを終え、レジを離れながら呟く。
 リーネが「名前ですか?」と訊いてくる。

「二人の名前だよ。この世界のね」

 俺こと斎藤優斗は、エストラではユートと名乗っている。
 それと同じで、リーネとネネイにも、リアルの名があるべきだ。
 使うシーンは想像できないが、いつ何時名前を訊かれるか分からない。
 それに、予め考えておけば、咄嗟の時に慌てふためくこともないだろう。
 まさに、『備えあれば憂いなし』というやつだ。

「こっちの世界には、姓と名の二つを組み合わせて名前を決めるんだ」
「そういえば、ユートさんの名前は斎藤優斗でしたね」
「斎藤が姓で、優斗が名だな」

 二人の姓は斎藤でいい。
 リーネとの間柄は兄妹で、ネネイとは親子という設定だ。
 齢の差があるから、顔が似ていなくても疑問は抱かれないだろう。

「ユートって名前は当て字みたいなものだし、二人も当て字でいくか」
「そうですね。全く違う名前にされてもしっくりきません」
「ネネイは自分の名前が気に入っているなの! だからネネイがいいなの!」

 俺は数秒間黙考し、わりとあっさり答えを出した。

「おうおう。ならネネイの名前は『斎藤寧音依ねねい』だ」
「やったぁ! ネネイのままなの!」

 リーネが「私はどうしますか?」と訊いてくる。

「リーネは『斎藤里依音りいね』だな」
「言葉の響きはこれまでと変わりありませんね」
「だろ? 字も可愛らしいよ」
「流石です、ユートさん」

 こうして、二人のリアルにおける名前が決まった。
 なんだかキラキラネームみたいだが、問題なかろう。

「今日は仕入れだけになったな」
「ですね」

 なんでもスーパーを出た頃には日が暮れていた。
 階層の案内に時間を食い過ぎたのだ。
 東京ドームと同じ面積の二十四階建てスーパーは伊達じゃない。

「明日はエストラで活動していくぜ」

 何はともあれ、金策の第一段階『仕入れ』は完了だ。
 不安要素でもあった未来透視は、問題なく機能した。
 これなら、今後もお金に困ることはないだろう。

 ――明日から、第二段階へ移行する。
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