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009 リアル大富豪への第一歩
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翌日、俺達はリアルに渡った。
ただでさえ狭い八畳の空間、三人集まれば尚更に窮屈だ。
「金策を始めるぞー」
俺は付けっぱなしのPCに向かった。
後ろから、ネネイとリーネが覗き込んでくる。
「おとーさん、何をするなの?」
「待てよ待てよー」
「待っている間にお布団を入れておきましょうか?」
「ありがとうリーネ、よろしく頼むよ」
「分かりました」
慣れた手つきでマウスを動かす俺。
つい、癖でネトゲを立ち上げそうになる。
誤って開いたランチャー画面を閉じ、ネットを開く。
キーボードをカタカタと打ち込み、目的のサイトに辿り着いた。
「さて、ネネイの出番だぞ」
後ろから肩にもたれかかっていたネネイを、胡坐の上に座らせる。
「おとーさん、ネネイは何をすればいいなの?」
「目の前に映っている画面の一週間後を透視してくれ」
開いているサイトは『ロト七の当選結果』。
名前の通り、宝くじの当選結果を書いている。
当選結果は、新しい順に上から表示される作りだ。
現在、一番新しいのは第九一〇回。
「分かったなの、未来透視!」
ネネイはディスプレイに両手を当て、目を閉じた。
そのままの状態で、俺に話しかけてくる。
「現在と同じ画面が映っているなの」
「本当か? よく見てくれ、一番上は第九一一回になっていないか?」
「あっ、なっているなの!」
「そうか、その横の数字は分かるか?」
「分かるなの。読み上げるなの」
「いや、ちょっと待ってくれ」
俺は振り返り、リーネを呼んだ。
「すまん、タンスから紙とペンを取り出してくれ」
「分かりました」
脚の上にネネイが座っているので、俺は動けない。
だから、リーネに紙とペンを取ってもらった。
紙を左手で持ち、ペンを右手に構える。
「いいぞネネイ、番号を読み上げてくれ」
「左から二、八、一九、二一、三〇、三一、三六なの」
番号を復唱しながらメモっていく。
「よし、ネネイ、もう一度番号を言ってくれ」
「はいなの♪」
念入りに番号の確認を行う。
番号に誤りはなかった。
「オーケー、よくやったぞネネイ」
俺の合図で、ネネイはスキルを解除した。
前傾になっていた体を、俺にもたれさせる。
「おとーさん、ネネイ役に立ったなの?」
「おうよ。すごい貢献だぞ、ありがとう」
紙とペンを床に置き、右手でネネイの頭を撫でる。
ネネイは「えへへなの♪」と喜びの声を上げた。
光沢のあるディスプレイが、嬉々に満ちたネネイの顔を反射している。
「ユートさん、何をされていたのですか?」
「ネネイも気になるなの。教えてなの、おとーさん」
「オーケー、説明しよう」
俺が調べたのは、今発売しているロト七の結果だ。
ロト七は、自分で七個の数字を予測する宝くじである。
当選すれば、最大で八億円が手に入る高額クジだ。
「――で、当選したお金が今後の活動資金になるわけだ」
「なるほど。流石です、ユートさん」
「よく分からないけど、おとーさんは凄いなの!」
「凄いのは俺じゃなくてネネイだけどな」
「ありがとーなの♪」
今の俺には、余裕資金がまるでない。
手持ちの円通貨は、必要最低限の消費で底を尽く。
その状況を改善する為に、まずはこちらで金策をすることにした。
ネットのロト七購入ページから、先ほど得た番号で一口買う。
購入代金の支払いは、ネット銀行の口座より行われる。
仮にロト七が当選していた場合、この口座に直接振り込まれる仕組みだ。
口座の残高は確認していないが、おそらく五〇〇円くらいだろう。
この口座は、就活に失敗してすぐに作ったものだ。
株のデイトレードで儲けてやろうと企んだ記憶がある。
だから、ネット証券の証券口座も別に作っていた。
ちなみに、株で儲かったかといえば、現状からお察しの通りだ。
かといって、別に損をしたわけでもない。
残念ながら、株取引の方法を調べている最中に意欲が尽きたのだ。
「当選した場合、お金はいつ振り込まれるのですか?」
「当選発表が四日後だから、その辺りじゃないか」
念の為に調べてみる。
発表日から振込日の間には、数日の開きがあるらしい。
その為、正確な振込日は一週間後のようだ。
「一週間ですか、少し先ですね」
「だなぁ。即金が欲しいところだ」
俺はマウスを操作し、サイトを見て回る。
宝くじ以外にも、様々なギャンブル商品が購入可能だ。
その中で、即金性があってそれなりの額になるものはないか。
「お、いいのがあるじゃないか」
目を付けたのは競馬だ。
競馬には、中央競馬と地方競馬がある。
その違いは不明だが、これから手を出すのは地方競馬だ。
ちなみに、馬券を買った経験は一度しかない。
買い方は分かるが、馬のことはさっぱりだ。
「ネネイ、競馬って知っているか?」
「知らないなの!」
「ならきっと驚くぞ。お馬さんの競争だ」
「やったぁ! ワクワクなの! ワクワクなの!」
ロト七の時と同じく、レース結果のページを開く。
その中から、『三連単』の項目を拡大表示する。
三連単とは、一から三位までを的確に予想する賭け方だ。
一レースの中では、的中時の払い戻し金額が最も高い。
「ネネイ、もう一度未来透視を頼めるか?」
「任せてなの、おとーさん!」
ネネイが『未来透視』を発動させる。
俺はすかさず番号を訊いた。
今度は紙とペンを床に置いたままだ。
三つの数字なら、書かなくても暗記できる。
「左から順に七、二、九なの!」
「七、二、九だな?」
「はいなの。七、二、九なの!」
「オーケー、もう解除してくれていいよ」
「分かったなの」
ネネイはスキルを解除し、こちらへ振り返る。
その顔はニコニコしていて、「ご褒美の撫で撫で」を要求していた。
それに応え、俺はにこやかに頭を撫でてやる。
「ありがとうな、ネネイ」
「おとーさんが嬉しいなら、ネネイも嬉しいなの♪」
「嬉しいことを言ってくれるなー! この野郎ー!」
「えへへなの♪」
たっぷりと褒めた後、一〇〇円分の馬券を購入した。
倍率が三八九一倍なので、当たれば約三九万円になる。
さすが三連単、ものの見事に万馬券だ。
「どうやら、レースは二〇分後に始まるらしいな」
「こちらは、当選するとすぐに振り込まれるのですか?」
「ああ。数分の遅れはあるだろうが、割とすぐに振り込まれるはず」
「お馬さんのレース、ワクワクなの!」
ディスプレイをレースの中継モードに切り替える。
すると、全力で駆ける競走馬たちが映し出された。
「お馬さんが走っているなの!」
「別のレースみたいだな」
ネネイが叫ぶ。
中継されているのは、一つ前のレースだ。
既に佳境を迎えていて、馬たちは最後の直線を駆けている。
「すごいなの、お馬さんがたくさん、パカパカしているなの!」
「おお、おお……! これは、すごい!」
ネネイとリーネが、激しい馬の攻防に興奮する。
二人の感情を煽るように、灼熱の如き実況の声が響く。
そして、馬たちがゴールに入った。
「とまあ、これが競馬だ」
「お馬さんのレース、凄く面白いなの!」
「観ているだけでも楽しめますね」
二人が競馬を絶賛する。
ただ、それは賭け事としての意味ではない。
純粋に観戦を楽しんでいる。
『続きまして、第五レースを開催します』
実況の声が入る。
ついに、俺の賭けたレースがやってきた。
競走馬が続々と入場してくる。
「お馬さんの胴体に番号の書いた布があるのは分かる?」
画面を指し、ネネイに言う。
ネネイは「分かるなの」と笑顔で頷いた。
「あれの七番、二番、九番を俺達は応援するんだ」
正確には、一着七番、二着二番、三着九番の順だ。
順番が違うと意味がない。
順番不問で上位三着を予想するのは『三連複』だ。
「分かったなの……」
ネネイの表情が暗くなる。
唇を尖らせ、シュンとして俯いた。
俺は横から顔を覗き込み、「どうかしたのか?」と尋ねる。
「ネネイは、三番のお馬さんが好きなの」
「私も、三番の馬が他より魅力に感じました」
三番の馬は、このレースで最も人気のある奴だ。
唯一の白馬で、光を反射する艶やかな毛並みが美しい。
纏う気品に加え、どことなく強そうな雰囲気も漂わせている。
「じゃあ、二人は三番を応援してくれていいぞ」
「やったぁ! 白いお馬さん、頑張れなのー!」
表情をニパッと明るくさせ、三番を応援するネネイ。
俺は「七、二、九! 七、二、九!」と強く願う。
観衆の思いを背負った競走馬達が、ゆっくりとゲートイン。
そして――。
『さあ、全ての馬が入りました。今、ゲートが開きます』
ドン、と音をたててゲートが開く。
全ての馬が一斉に走り始めた。
出遅れのない、綺麗なスタートだ。
先頭を走るのは、ネネイ達の応援している三番。
「頑張れなのー! 頑張れなのー!」
三番に声援を送るネネイ。
「ワクワクしますね、ユートさん!」
後ろから画面を眺めるリーネも興奮気味。
『いよいよ最終コーナー、多くの期待に応えてこのまま逃げ切るのか!』
レースが最後の直線へ突入する。
先頭を走っているのは、一番人気の三番。
序盤程のリードはないが、いまだ三馬身近い差がある。
その後ろは混迷状態。
『抜けてきた! 抜けてきた!』
昏迷状態から何頭かが飛び出してきた。
俺の賭けている七番、二番、九番だ!
三番との距離が縮まっていく。
逃げ馬の三番は、既にスタミナが尽きている。
あとは緩やかに減速するだけだ。
しかし、ゴールまでの距離は殆どない。
間に合うのか、間に合わないのか、どっちだ。
「三番のお馬さん、頑張れなのー!」
「おお! おお! おおおッ!」
ネネイとリーネが叫ぶ。
無言の俺も、手に汗を握っていた。
『並んだ! 四頭が並んだ!』
ついに、七番、二番、九番が三番に並ぶ。
だが、ここから三番が驚異の粘りを見せる。
抜かせはしないと、懸命に食らいついたのだ。
「粘るな! アホ! 下がれ! 落ちろ!」
思わず、俺も声を荒げてしまった。
「むぅーなの!」
三番を応援しているネネイに、太ももをつねられる。
痛みに表情を歪めるが、応援の意思は変えない。
俺達の熱い応援を纏いながら、四頭がゴールへ突っ込む。
そして――。
『四頭同時のゴール! 結果は写真判定に入ります!』
結局、四頭が並んでゴールイン。
仮に三番が四着でも、的中とは限らない。
画面が切り替わり、順位を表示するボードが拡大された。
『うおおおお!』
画面から観客の絶叫が聞こえる。
それと同時に、三着と四着が表示された。
三着は九番、四着は三番だ。
「残念なのー……」
「いいぞ! いいぞ!」
「むぅーなの!」
「あいたっ」
心拍数の跳ね上がる俺と、不貞腐れるネネイ。
あとは一着と二着がどうなっているのか。
『結果が出ました!』
遅れて一着と二着も表示される。
それを見て、俺の心拍数は最高速へ達した。
『一着七番、二着二番』
約三九〇〇倍の万馬券が、当たったのだ。
◇
結果発表から一時間もしない内に、振り込みがあった。
一〇〇円が、約三九万円に姿を変える。
「これだけの大金があれば、ガチャし放題じゃないか……」
銀行サイトに映る三九万〇二九一円を眺め、ボソッと呟く。
少し前なら、間違いなく全額を課金ガチャに突っ込んでいた。
「振り込まれたお金は、どうすれば使えるようになるのですか?」
「銀行かATMで引き出すんだ」
「エーティーエム?」
リーネが首を傾げる。
ネネイも「それは何なの?」と続く。
「ATMは銀行業務を行える機械で……まぁ、見た方が早いな」
この後は、ATMでお金を引き出し、安全剃刀の爆買いする予定だ。
どうせ実物を見るのだから、ここで長々と説明するのは不毛だろう。
百聞は一見に如かずということで、俺達はなんでもスーパーへ向かった。
「これがATMだ」
「本当に無人ですね」
ATMコーナーは、スーパーの一階にある。
あらゆる銀行に対応したATMが、ずらりと並んでいた。
その数なんと三〇台。凄まじい放熱だ。その周辺だけ他より暑い。
空いている台の前に立ち、キャッシュカードを挿入した。
暗証番号を打ち込み、残高を照会する。
「おお」
感嘆の声が漏れる。
三九万が振り込まれていたからだ。
ATMで確認すると、一入の実感があった。
「とりあえず二〇万だな」
引き出しには手数料がかかる。
出来る限りそれを節約する為、多めに引き出した。
ウィーンと音を立て、ATMが二〇万円を吐き出す。
それを見て、リーネとネネイが驚いた。
「お金が出てきたなの! すごいなの!」
「エルフとはまた違った方向で、凄まじい技術力ですね」
興奮する二人。
周囲の人間が、ちらちらとこちらを見ていた。
ATMで騒がれたら、誰だって警戒感を高めるよな。
「金も引き出したことだし買い物に……いや、その前に上の階へ行くか」
二人が上の階に行きたがっていたことを思い出す。
買い物をした後だと、持ちながら移動することになって面倒だ。
先にぶらぶらして、最後に買い物をしよう。
「おとーさん、これは何なの?」
ATMコーナーを離れた俺達。
やってきたのは、エスカレーター前だ。
「これはエスカレーターといって、階層移動に利用する」
「階段ではないのですね」とリーネ。
「階段もあるよ。ただ、主流はこっちだな」
エスカレーターを前にして、ネネイが立ち止まる。
「こ、怖いなの……」
「大丈夫さ。なんなら手を繋ごうか?」
「はいなの♪ ありがとーなの!」
「おうおう。よし、行くぞ」
俺は左手でネネイと手を繋ぎ、同時にエスカレーターへ乗る。
俺達の後に、すまし顔のリーネが続く。
ネネイと違い、リーネは怖がらなかった。
「自動で動くなの! ぶいーんなの!」
「便利だろー、これがエスカレーターだ」
緩々と上昇し、二階へ辿り着く。
「二階は女性用のファッションとジュエリーが売っているよ」
フロアマップをちらりと見た後、俺は二人に案内を始めた。
◇
「色々あったなのー♪」
「これだけ広いと、一日で隅から隅まで回ることは出来ませんね」
「今後は何度も来ることになるから、ちびちび見ていけばいいさ」
駆け足気味に、全階層を見終える。
二人は終始興奮しっぱなしだった。
何を見ても「初めて見る」「すごい」の連呼だ。
そんな二人を見て、俺はにこやかな気分に浸っていた。
「これで二人の要望はクリアしたな。次は俺の出番だ」
「任せてなの、おとーさん!」
一階に移動すると、最初の目的地へ直行した。
それは、カート置場だ。
買い物をする為のカゴを載せるカートの駐車場。
そこには、数種類のカートが用意されていた。
「今回はこいつを使うぞ」
迷うことなく、俺は一番大きなカートを選んだ。
カゴを二つ並べて積めるものだ。
二段式なので、計四つのカゴを載せられる。
もちろん、四つのカゴをカートに積んだ。
「出発だー!」
「おーなの!」
意気揚々と、次の目的地へ直行する。
数分歩いて到着したのは、髭剃り関連のコーナーだ。
電動シェーバー、安全剃刀、シェービングクリームが置いてある。
「棚にある全ての安全剃刀とシェービングクリームを買うぞ」
「分かったなの!」
「分かりました!」
「では、皆の衆、手分けしてかかれー!」
巨大スーパーなだけあり、ずらりと並ぶ数社の安全剃刀。
その全てを、根こそぎ籠へ移していく。
俺とリーネは、棚の上段を重点的に取っていった。
下段はネネイに任せている。
「ポイポイなのー、ポイポイなのー!」
ネネイは手に持った商品をカゴに投げ込んでいく。
やや乱雑な扱いだが、全て買うので問題ない。
「なんだあいつら、髭剃りを買い占めているぞ」
「何に使うのだろう?」
「それよりあのメイドコスの子、胸でかっ!」
一心不乱の俺達を、何人かが遠巻きに見てくる。
しかし、そんなことは気にしない。
十七歳の巨乳メイドは、常に注目を集めるからだ。
周囲の視線など、もはや慣れっこである。
「よし、完了! レジへ行くぞー!」
「出発なのー!」
あっという間に、棚の一角を空白にする。
いくつかの電動シェーバーだけが、寂しく残っていた。
「――お会計は十三万八〇〇〇円になります」
安全剃刀とクリームだけで、会計は約十四万円になった。
凄まじい額に、俺だけではなく、レジの担当者も驚いている。
「一三八個か、思ったより多いな」
メーカーは違っても、商品の価格は統一されていた。
安全剃刀は一五〇円で、クリームは八五〇円だ。
両方でピッタリ一〇〇〇円である。
それらは同じ数だけカゴに入っていた。
エストラでは、剃刀とクリームをセットで販売する考えだ。
「はぁ! ざけんなよぉ!」
財布から一万円札を十四枚出そうとした時のことだ。
隣のレジから、突如、男の怒声が飛んできた。
なんだなんだと振り向く俺達。
そこには、若い男女のカップルが居た。
年齢はリーネと同じか、やや下くらい。
どちらも髪の毛を金色に染めている。
見るからにヤンチャしてますと云った感じだ。
「そうは言われましても規則ですので……」
「規則も何もあるかよ! 俺達は二十歳以上だっての!」
「身分証明書は今度持ってくるからそれでいいじゃーん!」
低姿勢の店員に向かって、カップルが捲し立てる。
レジには酒が置かれていた。
どうやら、年齢確認でひっかかったようだ。
聞いている限り、身分証を所持していないことが原因だな。
「はぁーまじだりぃ、もういいわ、こんなとこ二度とくるかっての」
「申し訳ございません」
喚き散らした末に、カップルは購入を諦めた。
理不尽な怒声を浴びせられた店員には同情する。
それと同時に、俺はふと思った。
「名前が必要だな」
支払いを終え、レジを離れながら呟く。
リーネが「名前ですか?」と訊いてくる。
「二人の名前だよ。この世界のね」
俺こと斎藤優斗は、エストラではユートと名乗っている。
それと同じで、リーネとネネイにも、リアルの名があるべきだ。
使うシーンは想像できないが、いつ何時名前を訊かれるか分からない。
それに、予め考えておけば、咄嗟の時に慌てふためくこともないだろう。
まさに、『備えあれば憂いなし』というやつだ。
「こっちの世界には、姓と名の二つを組み合わせて名前を決めるんだ」
「そういえば、ユートさんの名前は斎藤優斗でしたね」
「斎藤が姓で、優斗が名だな」
二人の姓は斎藤でいい。
リーネとの間柄は兄妹で、ネネイとは親子という設定だ。
齢の差があるから、顔が似ていなくても疑問は抱かれないだろう。
「ユートって名前は当て字みたいなものだし、二人も当て字でいくか」
「そうですね。全く違う名前にされてもしっくりきません」
「ネネイは自分の名前が気に入っているなの! だからネネイがいいなの!」
俺は数秒間黙考し、わりとあっさり答えを出した。
「おうおう。ならネネイの名前は『斎藤寧音依』だ」
「やったぁ! ネネイのままなの!」
リーネが「私はどうしますか?」と訊いてくる。
「リーネは『斎藤里依音』だな」
「言葉の響きはこれまでと変わりありませんね」
「だろ? 字も可愛らしいよ」
「流石です、ユートさん」
こうして、二人のリアルにおける名前が決まった。
なんだかキラキラネームみたいだが、問題なかろう。
「今日は仕入れだけになったな」
「ですね」
なんでもスーパーを出た頃には日が暮れていた。
階層の案内に時間を食い過ぎたのだ。
東京ドームと同じ面積の二十四階建てスーパーは伊達じゃない。
「明日はエストラで活動していくぜ」
何はともあれ、金策の第一段階『仕入れ』は完了だ。
不安要素でもあった未来透視は、問題なく機能した。
これなら、今後もお金に困ることはないだろう。
――明日から、第二段階へ移行する。
ただでさえ狭い八畳の空間、三人集まれば尚更に窮屈だ。
「金策を始めるぞー」
俺は付けっぱなしのPCに向かった。
後ろから、ネネイとリーネが覗き込んでくる。
「おとーさん、何をするなの?」
「待てよ待てよー」
「待っている間にお布団を入れておきましょうか?」
「ありがとうリーネ、よろしく頼むよ」
「分かりました」
慣れた手つきでマウスを動かす俺。
つい、癖でネトゲを立ち上げそうになる。
誤って開いたランチャー画面を閉じ、ネットを開く。
キーボードをカタカタと打ち込み、目的のサイトに辿り着いた。
「さて、ネネイの出番だぞ」
後ろから肩にもたれかかっていたネネイを、胡坐の上に座らせる。
「おとーさん、ネネイは何をすればいいなの?」
「目の前に映っている画面の一週間後を透視してくれ」
開いているサイトは『ロト七の当選結果』。
名前の通り、宝くじの当選結果を書いている。
当選結果は、新しい順に上から表示される作りだ。
現在、一番新しいのは第九一〇回。
「分かったなの、未来透視!」
ネネイはディスプレイに両手を当て、目を閉じた。
そのままの状態で、俺に話しかけてくる。
「現在と同じ画面が映っているなの」
「本当か? よく見てくれ、一番上は第九一一回になっていないか?」
「あっ、なっているなの!」
「そうか、その横の数字は分かるか?」
「分かるなの。読み上げるなの」
「いや、ちょっと待ってくれ」
俺は振り返り、リーネを呼んだ。
「すまん、タンスから紙とペンを取り出してくれ」
「分かりました」
脚の上にネネイが座っているので、俺は動けない。
だから、リーネに紙とペンを取ってもらった。
紙を左手で持ち、ペンを右手に構える。
「いいぞネネイ、番号を読み上げてくれ」
「左から二、八、一九、二一、三〇、三一、三六なの」
番号を復唱しながらメモっていく。
「よし、ネネイ、もう一度番号を言ってくれ」
「はいなの♪」
念入りに番号の確認を行う。
番号に誤りはなかった。
「オーケー、よくやったぞネネイ」
俺の合図で、ネネイはスキルを解除した。
前傾になっていた体を、俺にもたれさせる。
「おとーさん、ネネイ役に立ったなの?」
「おうよ。すごい貢献だぞ、ありがとう」
紙とペンを床に置き、右手でネネイの頭を撫でる。
ネネイは「えへへなの♪」と喜びの声を上げた。
光沢のあるディスプレイが、嬉々に満ちたネネイの顔を反射している。
「ユートさん、何をされていたのですか?」
「ネネイも気になるなの。教えてなの、おとーさん」
「オーケー、説明しよう」
俺が調べたのは、今発売しているロト七の結果だ。
ロト七は、自分で七個の数字を予測する宝くじである。
当選すれば、最大で八億円が手に入る高額クジだ。
「――で、当選したお金が今後の活動資金になるわけだ」
「なるほど。流石です、ユートさん」
「よく分からないけど、おとーさんは凄いなの!」
「凄いのは俺じゃなくてネネイだけどな」
「ありがとーなの♪」
今の俺には、余裕資金がまるでない。
手持ちの円通貨は、必要最低限の消費で底を尽く。
その状況を改善する為に、まずはこちらで金策をすることにした。
ネットのロト七購入ページから、先ほど得た番号で一口買う。
購入代金の支払いは、ネット銀行の口座より行われる。
仮にロト七が当選していた場合、この口座に直接振り込まれる仕組みだ。
口座の残高は確認していないが、おそらく五〇〇円くらいだろう。
この口座は、就活に失敗してすぐに作ったものだ。
株のデイトレードで儲けてやろうと企んだ記憶がある。
だから、ネット証券の証券口座も別に作っていた。
ちなみに、株で儲かったかといえば、現状からお察しの通りだ。
かといって、別に損をしたわけでもない。
残念ながら、株取引の方法を調べている最中に意欲が尽きたのだ。
「当選した場合、お金はいつ振り込まれるのですか?」
「当選発表が四日後だから、その辺りじゃないか」
念の為に調べてみる。
発表日から振込日の間には、数日の開きがあるらしい。
その為、正確な振込日は一週間後のようだ。
「一週間ですか、少し先ですね」
「だなぁ。即金が欲しいところだ」
俺はマウスを操作し、サイトを見て回る。
宝くじ以外にも、様々なギャンブル商品が購入可能だ。
その中で、即金性があってそれなりの額になるものはないか。
「お、いいのがあるじゃないか」
目を付けたのは競馬だ。
競馬には、中央競馬と地方競馬がある。
その違いは不明だが、これから手を出すのは地方競馬だ。
ちなみに、馬券を買った経験は一度しかない。
買い方は分かるが、馬のことはさっぱりだ。
「ネネイ、競馬って知っているか?」
「知らないなの!」
「ならきっと驚くぞ。お馬さんの競争だ」
「やったぁ! ワクワクなの! ワクワクなの!」
ロト七の時と同じく、レース結果のページを開く。
その中から、『三連単』の項目を拡大表示する。
三連単とは、一から三位までを的確に予想する賭け方だ。
一レースの中では、的中時の払い戻し金額が最も高い。
「ネネイ、もう一度未来透視を頼めるか?」
「任せてなの、おとーさん!」
ネネイが『未来透視』を発動させる。
俺はすかさず番号を訊いた。
今度は紙とペンを床に置いたままだ。
三つの数字なら、書かなくても暗記できる。
「左から順に七、二、九なの!」
「七、二、九だな?」
「はいなの。七、二、九なの!」
「オーケー、もう解除してくれていいよ」
「分かったなの」
ネネイはスキルを解除し、こちらへ振り返る。
その顔はニコニコしていて、「ご褒美の撫で撫で」を要求していた。
それに応え、俺はにこやかに頭を撫でてやる。
「ありがとうな、ネネイ」
「おとーさんが嬉しいなら、ネネイも嬉しいなの♪」
「嬉しいことを言ってくれるなー! この野郎ー!」
「えへへなの♪」
たっぷりと褒めた後、一〇〇円分の馬券を購入した。
倍率が三八九一倍なので、当たれば約三九万円になる。
さすが三連単、ものの見事に万馬券だ。
「どうやら、レースは二〇分後に始まるらしいな」
「こちらは、当選するとすぐに振り込まれるのですか?」
「ああ。数分の遅れはあるだろうが、割とすぐに振り込まれるはず」
「お馬さんのレース、ワクワクなの!」
ディスプレイをレースの中継モードに切り替える。
すると、全力で駆ける競走馬たちが映し出された。
「お馬さんが走っているなの!」
「別のレースみたいだな」
ネネイが叫ぶ。
中継されているのは、一つ前のレースだ。
既に佳境を迎えていて、馬たちは最後の直線を駆けている。
「すごいなの、お馬さんがたくさん、パカパカしているなの!」
「おお、おお……! これは、すごい!」
ネネイとリーネが、激しい馬の攻防に興奮する。
二人の感情を煽るように、灼熱の如き実況の声が響く。
そして、馬たちがゴールに入った。
「とまあ、これが競馬だ」
「お馬さんのレース、凄く面白いなの!」
「観ているだけでも楽しめますね」
二人が競馬を絶賛する。
ただ、それは賭け事としての意味ではない。
純粋に観戦を楽しんでいる。
『続きまして、第五レースを開催します』
実況の声が入る。
ついに、俺の賭けたレースがやってきた。
競走馬が続々と入場してくる。
「お馬さんの胴体に番号の書いた布があるのは分かる?」
画面を指し、ネネイに言う。
ネネイは「分かるなの」と笑顔で頷いた。
「あれの七番、二番、九番を俺達は応援するんだ」
正確には、一着七番、二着二番、三着九番の順だ。
順番が違うと意味がない。
順番不問で上位三着を予想するのは『三連複』だ。
「分かったなの……」
ネネイの表情が暗くなる。
唇を尖らせ、シュンとして俯いた。
俺は横から顔を覗き込み、「どうかしたのか?」と尋ねる。
「ネネイは、三番のお馬さんが好きなの」
「私も、三番の馬が他より魅力に感じました」
三番の馬は、このレースで最も人気のある奴だ。
唯一の白馬で、光を反射する艶やかな毛並みが美しい。
纏う気品に加え、どことなく強そうな雰囲気も漂わせている。
「じゃあ、二人は三番を応援してくれていいぞ」
「やったぁ! 白いお馬さん、頑張れなのー!」
表情をニパッと明るくさせ、三番を応援するネネイ。
俺は「七、二、九! 七、二、九!」と強く願う。
観衆の思いを背負った競走馬達が、ゆっくりとゲートイン。
そして――。
『さあ、全ての馬が入りました。今、ゲートが開きます』
ドン、と音をたててゲートが開く。
全ての馬が一斉に走り始めた。
出遅れのない、綺麗なスタートだ。
先頭を走るのは、ネネイ達の応援している三番。
「頑張れなのー! 頑張れなのー!」
三番に声援を送るネネイ。
「ワクワクしますね、ユートさん!」
後ろから画面を眺めるリーネも興奮気味。
『いよいよ最終コーナー、多くの期待に応えてこのまま逃げ切るのか!』
レースが最後の直線へ突入する。
先頭を走っているのは、一番人気の三番。
序盤程のリードはないが、いまだ三馬身近い差がある。
その後ろは混迷状態。
『抜けてきた! 抜けてきた!』
昏迷状態から何頭かが飛び出してきた。
俺の賭けている七番、二番、九番だ!
三番との距離が縮まっていく。
逃げ馬の三番は、既にスタミナが尽きている。
あとは緩やかに減速するだけだ。
しかし、ゴールまでの距離は殆どない。
間に合うのか、間に合わないのか、どっちだ。
「三番のお馬さん、頑張れなのー!」
「おお! おお! おおおッ!」
ネネイとリーネが叫ぶ。
無言の俺も、手に汗を握っていた。
『並んだ! 四頭が並んだ!』
ついに、七番、二番、九番が三番に並ぶ。
だが、ここから三番が驚異の粘りを見せる。
抜かせはしないと、懸命に食らいついたのだ。
「粘るな! アホ! 下がれ! 落ちろ!」
思わず、俺も声を荒げてしまった。
「むぅーなの!」
三番を応援しているネネイに、太ももをつねられる。
痛みに表情を歪めるが、応援の意思は変えない。
俺達の熱い応援を纏いながら、四頭がゴールへ突っ込む。
そして――。
『四頭同時のゴール! 結果は写真判定に入ります!』
結局、四頭が並んでゴールイン。
仮に三番が四着でも、的中とは限らない。
画面が切り替わり、順位を表示するボードが拡大された。
『うおおおお!』
画面から観客の絶叫が聞こえる。
それと同時に、三着と四着が表示された。
三着は九番、四着は三番だ。
「残念なのー……」
「いいぞ! いいぞ!」
「むぅーなの!」
「あいたっ」
心拍数の跳ね上がる俺と、不貞腐れるネネイ。
あとは一着と二着がどうなっているのか。
『結果が出ました!』
遅れて一着と二着も表示される。
それを見て、俺の心拍数は最高速へ達した。
『一着七番、二着二番』
約三九〇〇倍の万馬券が、当たったのだ。
◇
結果発表から一時間もしない内に、振り込みがあった。
一〇〇円が、約三九万円に姿を変える。
「これだけの大金があれば、ガチャし放題じゃないか……」
銀行サイトに映る三九万〇二九一円を眺め、ボソッと呟く。
少し前なら、間違いなく全額を課金ガチャに突っ込んでいた。
「振り込まれたお金は、どうすれば使えるようになるのですか?」
「銀行かATMで引き出すんだ」
「エーティーエム?」
リーネが首を傾げる。
ネネイも「それは何なの?」と続く。
「ATMは銀行業務を行える機械で……まぁ、見た方が早いな」
この後は、ATMでお金を引き出し、安全剃刀の爆買いする予定だ。
どうせ実物を見るのだから、ここで長々と説明するのは不毛だろう。
百聞は一見に如かずということで、俺達はなんでもスーパーへ向かった。
「これがATMだ」
「本当に無人ですね」
ATMコーナーは、スーパーの一階にある。
あらゆる銀行に対応したATMが、ずらりと並んでいた。
その数なんと三〇台。凄まじい放熱だ。その周辺だけ他より暑い。
空いている台の前に立ち、キャッシュカードを挿入した。
暗証番号を打ち込み、残高を照会する。
「おお」
感嘆の声が漏れる。
三九万が振り込まれていたからだ。
ATMで確認すると、一入の実感があった。
「とりあえず二〇万だな」
引き出しには手数料がかかる。
出来る限りそれを節約する為、多めに引き出した。
ウィーンと音を立て、ATMが二〇万円を吐き出す。
それを見て、リーネとネネイが驚いた。
「お金が出てきたなの! すごいなの!」
「エルフとはまた違った方向で、凄まじい技術力ですね」
興奮する二人。
周囲の人間が、ちらちらとこちらを見ていた。
ATMで騒がれたら、誰だって警戒感を高めるよな。
「金も引き出したことだし買い物に……いや、その前に上の階へ行くか」
二人が上の階に行きたがっていたことを思い出す。
買い物をした後だと、持ちながら移動することになって面倒だ。
先にぶらぶらして、最後に買い物をしよう。
「おとーさん、これは何なの?」
ATMコーナーを離れた俺達。
やってきたのは、エスカレーター前だ。
「これはエスカレーターといって、階層移動に利用する」
「階段ではないのですね」とリーネ。
「階段もあるよ。ただ、主流はこっちだな」
エスカレーターを前にして、ネネイが立ち止まる。
「こ、怖いなの……」
「大丈夫さ。なんなら手を繋ごうか?」
「はいなの♪ ありがとーなの!」
「おうおう。よし、行くぞ」
俺は左手でネネイと手を繋ぎ、同時にエスカレーターへ乗る。
俺達の後に、すまし顔のリーネが続く。
ネネイと違い、リーネは怖がらなかった。
「自動で動くなの! ぶいーんなの!」
「便利だろー、これがエスカレーターだ」
緩々と上昇し、二階へ辿り着く。
「二階は女性用のファッションとジュエリーが売っているよ」
フロアマップをちらりと見た後、俺は二人に案内を始めた。
◇
「色々あったなのー♪」
「これだけ広いと、一日で隅から隅まで回ることは出来ませんね」
「今後は何度も来ることになるから、ちびちび見ていけばいいさ」
駆け足気味に、全階層を見終える。
二人は終始興奮しっぱなしだった。
何を見ても「初めて見る」「すごい」の連呼だ。
そんな二人を見て、俺はにこやかな気分に浸っていた。
「これで二人の要望はクリアしたな。次は俺の出番だ」
「任せてなの、おとーさん!」
一階に移動すると、最初の目的地へ直行した。
それは、カート置場だ。
買い物をする為のカゴを載せるカートの駐車場。
そこには、数種類のカートが用意されていた。
「今回はこいつを使うぞ」
迷うことなく、俺は一番大きなカートを選んだ。
カゴを二つ並べて積めるものだ。
二段式なので、計四つのカゴを載せられる。
もちろん、四つのカゴをカートに積んだ。
「出発だー!」
「おーなの!」
意気揚々と、次の目的地へ直行する。
数分歩いて到着したのは、髭剃り関連のコーナーだ。
電動シェーバー、安全剃刀、シェービングクリームが置いてある。
「棚にある全ての安全剃刀とシェービングクリームを買うぞ」
「分かったなの!」
「分かりました!」
「では、皆の衆、手分けしてかかれー!」
巨大スーパーなだけあり、ずらりと並ぶ数社の安全剃刀。
その全てを、根こそぎ籠へ移していく。
俺とリーネは、棚の上段を重点的に取っていった。
下段はネネイに任せている。
「ポイポイなのー、ポイポイなのー!」
ネネイは手に持った商品をカゴに投げ込んでいく。
やや乱雑な扱いだが、全て買うので問題ない。
「なんだあいつら、髭剃りを買い占めているぞ」
「何に使うのだろう?」
「それよりあのメイドコスの子、胸でかっ!」
一心不乱の俺達を、何人かが遠巻きに見てくる。
しかし、そんなことは気にしない。
十七歳の巨乳メイドは、常に注目を集めるからだ。
周囲の視線など、もはや慣れっこである。
「よし、完了! レジへ行くぞー!」
「出発なのー!」
あっという間に、棚の一角を空白にする。
いくつかの電動シェーバーだけが、寂しく残っていた。
「――お会計は十三万八〇〇〇円になります」
安全剃刀とクリームだけで、会計は約十四万円になった。
凄まじい額に、俺だけではなく、レジの担当者も驚いている。
「一三八個か、思ったより多いな」
メーカーは違っても、商品の価格は統一されていた。
安全剃刀は一五〇円で、クリームは八五〇円だ。
両方でピッタリ一〇〇〇円である。
それらは同じ数だけカゴに入っていた。
エストラでは、剃刀とクリームをセットで販売する考えだ。
「はぁ! ざけんなよぉ!」
財布から一万円札を十四枚出そうとした時のことだ。
隣のレジから、突如、男の怒声が飛んできた。
なんだなんだと振り向く俺達。
そこには、若い男女のカップルが居た。
年齢はリーネと同じか、やや下くらい。
どちらも髪の毛を金色に染めている。
見るからにヤンチャしてますと云った感じだ。
「そうは言われましても規則ですので……」
「規則も何もあるかよ! 俺達は二十歳以上だっての!」
「身分証明書は今度持ってくるからそれでいいじゃーん!」
低姿勢の店員に向かって、カップルが捲し立てる。
レジには酒が置かれていた。
どうやら、年齢確認でひっかかったようだ。
聞いている限り、身分証を所持していないことが原因だな。
「はぁーまじだりぃ、もういいわ、こんなとこ二度とくるかっての」
「申し訳ございません」
喚き散らした末に、カップルは購入を諦めた。
理不尽な怒声を浴びせられた店員には同情する。
それと同時に、俺はふと思った。
「名前が必要だな」
支払いを終え、レジを離れながら呟く。
リーネが「名前ですか?」と訊いてくる。
「二人の名前だよ。この世界のね」
俺こと斎藤優斗は、エストラではユートと名乗っている。
それと同じで、リーネとネネイにも、リアルの名があるべきだ。
使うシーンは想像できないが、いつ何時名前を訊かれるか分からない。
それに、予め考えておけば、咄嗟の時に慌てふためくこともないだろう。
まさに、『備えあれば憂いなし』というやつだ。
「こっちの世界には、姓と名の二つを組み合わせて名前を決めるんだ」
「そういえば、ユートさんの名前は斎藤優斗でしたね」
「斎藤が姓で、優斗が名だな」
二人の姓は斎藤でいい。
リーネとの間柄は兄妹で、ネネイとは親子という設定だ。
齢の差があるから、顔が似ていなくても疑問は抱かれないだろう。
「ユートって名前は当て字みたいなものだし、二人も当て字でいくか」
「そうですね。全く違う名前にされてもしっくりきません」
「ネネイは自分の名前が気に入っているなの! だからネネイがいいなの!」
俺は数秒間黙考し、わりとあっさり答えを出した。
「おうおう。ならネネイの名前は『斎藤寧音依』だ」
「やったぁ! ネネイのままなの!」
リーネが「私はどうしますか?」と訊いてくる。
「リーネは『斎藤里依音』だな」
「言葉の響きはこれまでと変わりありませんね」
「だろ? 字も可愛らしいよ」
「流石です、ユートさん」
こうして、二人のリアルにおける名前が決まった。
なんだかキラキラネームみたいだが、問題なかろう。
「今日は仕入れだけになったな」
「ですね」
なんでもスーパーを出た頃には日が暮れていた。
階層の案内に時間を食い過ぎたのだ。
東京ドームと同じ面積の二十四階建てスーパーは伊達じゃない。
「明日はエストラで活動していくぜ」
何はともあれ、金策の第一段階『仕入れ』は完了だ。
不安要素でもあった未来透視は、問題なく機能した。
これなら、今後もお金に困ることはないだろう。
――明日から、第二段階へ移行する。
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