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003 受付嬢は白い軍服の〇〇〇
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タイトルを言いながら、リーネは表紙を見せてきた。
エストラガイドライン、それが本のタイトルだ。
「エストラって?」
「それはこの世界の名称です」
「国名ではなくて、世界の名称?」
「はい」
リーネは再び本に目を通す。
「次は冒険者登録を行うようです。これは専用の用紙に名前を書くだけですので、約一分で完了します。冒険者登録が終わると冒険者カードが貰えて、汎用スキルが使えるようになるみたいです」
「なるほど。それは明日じゃ駄目なのか? 俺はもう休みたいのだが」
一時間ちょっと歩いただけで、俺の脚部は悲鳴を上げていた。
パンパンにむくれ、「これ以上歩くのは辛いぞ」と喚いている。
だから、仮に作業時間が一分であろうと、明日出来ることなら明日したい。
「ガイドラインによれば、今日中に行うようにとのことです。宿屋で部屋を確保するのは、冒険者登録の後になります」
「ならさっさと終わらせよう。道は分かるのか?」
俺達の前には、三方向の分岐がある。
前は大量の露店が立ち並ぶ通りで、左右は民家だ。
民家は基本が木造で、中には藁で造られたものもある。
「はい、わかります。あちらです」
リーネは迷わず右を指し、歩き出す。
その後ろに、俺とネネイも続く。
「すみません、間違いました」
リーネがクルッと身体の向きを変える。
すまし顔で訂正し、左の道へ進みだした。
かと思いきや、再び立ち止まる。
「あれ、やっぱりこっちだったかも……」
今度は正面の道へ行こうとする。
どうやら道を覚えていないようだ。
その後も、何度か行ったり来たりを繰り返す。
「すみません、実は道が分からないんです。訊いてきますね」
リーネは返事を待たず、露店の並ぶ通りへ駆けていった。
その後ろ姿に、俺は「どうして見栄を張ろうとした」と苦笑い。
数分後、リーネが戻ってきた。
「わかりました。冒険者ギルドはこちらです」
戻るなり指したのは、正面の道だ。
真っ直ぐ進むと、目的地にたどり着けるらしい。
「あれか」
「そのようです」
突き当りに大きな施設が見える。
他とは違って、全面が石の建造物だ。
「冒険者ギルドなのー!」
その建物を見て、ネネイがバンザイする。
「なんだネネイ、知っているのか」
「はいなの♪」
「ネネイさんも冒険者ですからね」
「え、そうなの?」
「はい。スキルは冒険者のみ習得できるものですので」
俺は冒険者じゃないが固有スキルを覚えている。リーネもそうだ。
この状態は、世界的におかしいわけか。
最初に冒険者登録をさせようとするのはそういう理由かと納得。
冒険者ギルドに入ろうとした時、突然、リーネの声が脳内に響いた。
『私達が既に固有スキルを覚えていることは、内緒でお願いします』
耳から聞こえたのではなく、直接脳内に届く。
なんだこれと思うなり、更に声がした。
『汎用スキルの一つです』
どうやら、思ったことが言葉になるらしい。
少し試してみるか。
『リーネ、これは聞こえるか?』
『聞こえています、ユートさん』
話し方は理解した。
『内緒にするのはいいけど、もっと早くに言うべきだろ』
『遅すぎましたか?』
『だって、ネネイの前でガッツリ話していたぞ、俺達』
『あっ……。じゃあ、これからは内緒にしていく方向でお願いします』
『結構軽いな。ヒソヒソ話は好きじゃないから、会話はここで終わるぞ』
『分かりました。お手数をおかけしてすみません』
『いや、助かるよ。何が問題になるか、俺には分からないからな』
俺は大きく息を吐いた。
それを合図に、脳内会話が終了する。
「おとーさん! 聞いてなの! 聞いてなの!」
「え、あ、ごめん、ボーッとしていたよ」
どうやら、ネネイに話しかけられていたらしい。
脳内会話に必死で、完全に上の空だった。
そのせいで、ネネイが機嫌を悪くしている。
小さな頬をプクッと膨らませ、両手で俺のお腹を叩く。
ポコポコと可愛らしい攻撃だ。
「ごめんごめん。それで、何を言っていたの?」
「そこで棒立ちしていると邪魔になるなの! 中に入ろうなの!」
言われて理解する。自分の立っている場所を。
冒険者ギルドの入口前だ。しかも、真正面のど真ん中。
多くの人間が、鬱陶しそうに俺を避けて出入りしている。
「うおっと、あぁ、すみません」
俺の横を通り抜けようとした男と肩が当たる。
男が手に持っている丸い革袋から、水がこぼれた。
目に見えて苛立ちを募らせていく男。
俺はペコペコと謝り、慌てて中に入った。
「すげぇなここ」
「大きいなの! 広いなの!」
冒険者ギルドの中は衝撃的な広さだ。
四方に扉が付いていて、扉をくぐると中央まで道が続いている。
道の左右には無数のテーブル席があった。
こちらは全て木製だ。脚が高い。
殆どの席は埋まっている。
恐ろしいほどの繁盛具合だ。
「大丈夫ですか? ユートさん」
「大丈夫だよ、リーネ」
リーネは、一番手前の席に座っていた。
俺と違い、脳内で話しながらでも歩けるようだ。
心配そうに俺を見るリーネ。それを見た俺は苦笑い。
棒立ちになったのは脳内会話のせいだぞ、と心の中で突っ込む。
「では行きましょうか」
リーネは立ち上がり、中央へ向かって歩いて行く。
ネネイに手を引っ張られる形で、俺も続いた。
「引っ張らなくても自分で歩けるよ」
「ダメなの! おとーさんはまた止まるかもしれないなの!」
冒険者ギルドの中央には、これまた大きな受付カウンターがある。
全方向に対応している円形のカウンターテーブルだ。
中に受付嬢らしき女性がずらりと並んでいる。
テーブルの上には簡単な仕切りが置いてあり、各窓口を区切っていた。
全方向から、受付業務を担当するようだ。
「すごい服装だな。それに耳も何か違う」
受付嬢の耳は、例外なく尖がっていた。
それに、普通の人間よりも明らかに長い。
あれはまるで――。
「彼女達はエルフです。冒険者ギルドはエルフが運営していますから」
案の定、エルフだった。
もはや驚きはしない。
「エルフなのは分かったが、あの服装はなんだ」
「あれは店舗を担当するエルフの制服です」
受付嬢が着ているのは、金のラインが入った真っ白な軍服だ。
下は白のミニスカート。裾のレースだけ黒い。
リーネと同じくらいコスプレ度の高い服装である。
また、どのエルフも、美人という言葉が相応しい整った顔立ちだ。
髪型は様々だが、色は金色で統一されている。
「こんにちは、本日はクエストの受注ですか?」
俺達が受付カウンターに着くと、担当の受付嬢がお辞儀した。
髪型はストレートで、胸元まで伸びている。
エルフだからなのか、女性にしては背が高い。
俺と同じくらいだから、一六〇後半から一七〇はある。
他の受付嬢に目をやると、同じくらいの高さだと分かった。
「いえ、冒険者登録をさせてください」
「かしこまりました。登録はどなたがされますか?」
「私と彼です」
俺の代わりに、リーネがすらすらと答えていく。
受付嬢は二枚の用紙を取り出し、カウンターの上に置いた。
名刺サイズの、小さくて何も書かれていない紙だ。
その横に、羽根ペンとボトルインクを置く。
「私から書きますね」
リーネがペンを手に取り、インクをつけて紙に名前を書き込む。
この時、俺は一抹の不安を抱いた。
もしも俺の知らない文字で書かれたらどうしよう、と思ったのだ。
無意識に日本語で話していたが、ここは日本ではない。
文字が日本語である可能性は低いと見るのが妥当だろう。
日本語で名前を書いて、変人扱いされたら大変だぞ。
『大丈夫ですよ、ユートさん。エストラの言語は、ユートさんの生まれ育った国と同じもので構築されています。ですから、私の真似をして名前を書けば問題はおきません』
リーネはカタカナで名前を書いた。
書道家なのかと思う程に字が上手い。
手書きじゃないと言われても信じる。
「では、ユートさんもどうぞ」
「お、おう、わかった」
リーネに続き、俺もペンを走らせる。
インクを付け直さなかったが、最後まで切れなかった。
カタカナで『ユート』と書く。
リーネに比べて、字の汚さが目立つ。
文字を書くのは数年ぶりだし、仕方がない。
「お預かりします」
受付嬢が用紙と筆記用具を回収する。
その後、二枚のカードを取り出した。
先程の紙より一回り大きく、厚みがある。
これまた何も書かれていない。
「こちらが冒険者カードになります」
「え、白紙だけど?」
受付嬢は丁寧に説明してくれた。
「冒険者カードは、登録者が触れることで初めて反応します。こちらのカードをユート様が触れたら、その瞬間に情報が表示される仕組みとなっております」
そう言って、一枚を俺の前に、もう一枚をリーネの前に置いた。
触れということなのだろうと解釈し、カードを手に持つ。
同様に、リーネもカードを持ち上げた。
「うおっまぶしっ!」
一瞬だけ、カードが凄まじい光を放つ。
それに驚いた頃には、既に光は消えていた。
『一般的には、この時に固有スキルが自動で習得されます』
『なるほど』
「これで白紙ではなくなりました。ご確認ください」
確かに、カードには情報が記載されていた。
しかも、裏にまで書き込まれている。
表面は『ステータス』が、裏面は『ランキング』が記されていた。
ステータス欄には、名前や年齢を含め、計九つの項目がある。
一方、ランキング欄の項目は四つで、ステータスより文字が大きい。
「それでは冒険者カードについて説明させていただこうと思いますが、その前にお二人の冒険者カードに対する知識をお教えください」
「二人共、能力の項目以外は知っています」
勝手に答えるリーネ。
俺は無言で傍観していた。
ネネイは鼻歌交じりに身体を揺らしている。
何が楽しいのか、すこぶる上機嫌の様子だ。
『お疲れのことと思いますので、説明の長くなる部分についてはカットしました。今後、必要に応じてお教えしますのでご安心ください』
『ありがとう、気遣いに感謝するよ』
なんという出来る女だ。
流石は神の使いである。
「ではまず、『攻撃力』と『防御力』について説明します」
よろしくお願いします、とお辞儀するリーネ。
それに続いて、俺も「よろしく」と頭を下げた。
「こちらの二項目は、物理攻撃に対する能力を表しています。読んで字の如くなのですが、念のために説明いたしますと、攻撃力が高いと、殴打や斬撃といった物理攻撃で、より高いダメージを与えられるようになります。防御力は、相手からの物理攻撃に影響します。防御力が高い程、物理攻撃によって受けるダメージが低減されます」
この辺はゲームと同じだ。
非現実的な説明でもスッと理解できた。
「次に『魔法攻撃力』と『魔法防御力』ですが、こちらはスキルや魔法に対する能力となっています。魔法攻撃力が高いと、汎用スキルや魔法の効果がより強力なものになります。魔法防御力は、それらに対する耐力を表しています」
こちらも概ね想定通り。
予想外だったのは、汎用スキルも強化されるということだ。
説明を受けて、一つの疑問が浮かぶ。
しかし、受付嬢に訊けるような内容ではない。
『リーネ、まだ聞こえているか?』
『はい、どうかしましたか?』
まさか本当に聞こえているとは思わなかった。
この汎用スキルはいつ解除されるのだ。
それについてもあとで訊いておこう。
『リーネはステータスについて熟知しているよな?』
『はい、形式的に知らないフリはしていますが』
『なら質問だけど、魔法攻撃力が上がると、スキルの見た目は派手になるの?』
『いえ、見た目に変化はありません』
『そうか。質問は以上だ』
見た目の派手さなんて、実際にはどうでもいい。
にもかかわらず気になるのは、ゲーム脳だからだろう。
「最後に『スキルポイント』について。こちらは、一日に使える汎用スキルの回数を表しています。ですから、スキルポイントが五であれば、一日に五回まで汎用スキルを使えることになります。この回数につきましては、〇時にリセットされます」
俺の口から「ほう」と声が漏れる。
この項目は完全に予想外だった。
ネトゲのスキルポイントは、スキルの強化に使うものだ。
割り振るものであって、増やすものではない。
「説明は以上になります」
そう言って、受付嬢は新たに二人分の紙を取り出した。
A4サイズの紙で、両面に文字がビッシリと書き込まれている。
「こちらは冒険者規約になります。可能な限り早い内に目を通していただきますようお願いいたします。こちらの規約に反しますと、冒険者資格の剥奪等の厳しい罰則を受けることになりますのでご注意ください」
俺は紙の角を指でつまんで持ち上げた。
何度見ても、両面が小さな文字で埋まっている。
とてもじゃないが読む気は起きない。
読了までの間に二〇回は眠れそうだ。
『読む必要はありませんよ。規約については私が覚えております』
リーネの声が響く。
今日一番感動した。
「こちらからの説明は以上になります。何かご質問はございますか?」
受付嬢が尋ねてくる。
リーネが「ありません」と短く答えた。
「新たに冒険者となられたお二方のご健闘を心よりお祈りしております」
こうして、俺達は冒険者となった。
あまりにあっさりとしていたので、実感がない。
「では宿屋へ向かいますか」
リーネが俺達に言う。
最初にネネイが「はいなの♪」と答えた。
次いで俺が「やっとだ」と息をつく。
「あ、でも、その前に」
提案者のリーネが、まさかの待ったをかける。
俺はもう休みたいというのに、一体何なのだ。
「まずは三人で冒険者カードを見せ合いませんか?」
返事を待たず、リーネは近くの席に座った。
それに続き、俺も椅子へ腰を下ろす。
リーネの対面だ。
「むぅーなの、むぅーなの!」
ネネイが座るのに苦労している。
自身の背丈ほどある脚の高い椅子なので仕方ない。
「おとーさん、むぅーなの!」
頬を膨らませ、ヘルプを要求するネネイ。
俺は「仕方ないなあ」と笑いながら、腰を上げた。
そして、ネネイの両脇に手を当て、グイッと持ち上げる。
「よっこらしょっと」
「やったぁ! ありがとーなの、おとーさん!」
「はいよー」
隣の椅子に、ネネイをちょこんと座らせた。
その後、再び席につく。
「では皆さん、テーブルにカードを出しましょう」
「オーケー」
「はいなの♪」
有無を言わさない雰囲気で進行するリーネ。
彼女の言葉に従い、俺達はテーブルにカードを置いていく。
俺のカードだけが、ランキングの書かれた裏面を向いていた。
リーネはそれを素早くひっくり返す。
「では、ステータスを確認しましょう」
三人で仲良く、冒険者カードを確認した。
エストラガイドライン、それが本のタイトルだ。
「エストラって?」
「それはこの世界の名称です」
「国名ではなくて、世界の名称?」
「はい」
リーネは再び本に目を通す。
「次は冒険者登録を行うようです。これは専用の用紙に名前を書くだけですので、約一分で完了します。冒険者登録が終わると冒険者カードが貰えて、汎用スキルが使えるようになるみたいです」
「なるほど。それは明日じゃ駄目なのか? 俺はもう休みたいのだが」
一時間ちょっと歩いただけで、俺の脚部は悲鳴を上げていた。
パンパンにむくれ、「これ以上歩くのは辛いぞ」と喚いている。
だから、仮に作業時間が一分であろうと、明日出来ることなら明日したい。
「ガイドラインによれば、今日中に行うようにとのことです。宿屋で部屋を確保するのは、冒険者登録の後になります」
「ならさっさと終わらせよう。道は分かるのか?」
俺達の前には、三方向の分岐がある。
前は大量の露店が立ち並ぶ通りで、左右は民家だ。
民家は基本が木造で、中には藁で造られたものもある。
「はい、わかります。あちらです」
リーネは迷わず右を指し、歩き出す。
その後ろに、俺とネネイも続く。
「すみません、間違いました」
リーネがクルッと身体の向きを変える。
すまし顔で訂正し、左の道へ進みだした。
かと思いきや、再び立ち止まる。
「あれ、やっぱりこっちだったかも……」
今度は正面の道へ行こうとする。
どうやら道を覚えていないようだ。
その後も、何度か行ったり来たりを繰り返す。
「すみません、実は道が分からないんです。訊いてきますね」
リーネは返事を待たず、露店の並ぶ通りへ駆けていった。
その後ろ姿に、俺は「どうして見栄を張ろうとした」と苦笑い。
数分後、リーネが戻ってきた。
「わかりました。冒険者ギルドはこちらです」
戻るなり指したのは、正面の道だ。
真っ直ぐ進むと、目的地にたどり着けるらしい。
「あれか」
「そのようです」
突き当りに大きな施設が見える。
他とは違って、全面が石の建造物だ。
「冒険者ギルドなのー!」
その建物を見て、ネネイがバンザイする。
「なんだネネイ、知っているのか」
「はいなの♪」
「ネネイさんも冒険者ですからね」
「え、そうなの?」
「はい。スキルは冒険者のみ習得できるものですので」
俺は冒険者じゃないが固有スキルを覚えている。リーネもそうだ。
この状態は、世界的におかしいわけか。
最初に冒険者登録をさせようとするのはそういう理由かと納得。
冒険者ギルドに入ろうとした時、突然、リーネの声が脳内に響いた。
『私達が既に固有スキルを覚えていることは、内緒でお願いします』
耳から聞こえたのではなく、直接脳内に届く。
なんだこれと思うなり、更に声がした。
『汎用スキルの一つです』
どうやら、思ったことが言葉になるらしい。
少し試してみるか。
『リーネ、これは聞こえるか?』
『聞こえています、ユートさん』
話し方は理解した。
『内緒にするのはいいけど、もっと早くに言うべきだろ』
『遅すぎましたか?』
『だって、ネネイの前でガッツリ話していたぞ、俺達』
『あっ……。じゃあ、これからは内緒にしていく方向でお願いします』
『結構軽いな。ヒソヒソ話は好きじゃないから、会話はここで終わるぞ』
『分かりました。お手数をおかけしてすみません』
『いや、助かるよ。何が問題になるか、俺には分からないからな』
俺は大きく息を吐いた。
それを合図に、脳内会話が終了する。
「おとーさん! 聞いてなの! 聞いてなの!」
「え、あ、ごめん、ボーッとしていたよ」
どうやら、ネネイに話しかけられていたらしい。
脳内会話に必死で、完全に上の空だった。
そのせいで、ネネイが機嫌を悪くしている。
小さな頬をプクッと膨らませ、両手で俺のお腹を叩く。
ポコポコと可愛らしい攻撃だ。
「ごめんごめん。それで、何を言っていたの?」
「そこで棒立ちしていると邪魔になるなの! 中に入ろうなの!」
言われて理解する。自分の立っている場所を。
冒険者ギルドの入口前だ。しかも、真正面のど真ん中。
多くの人間が、鬱陶しそうに俺を避けて出入りしている。
「うおっと、あぁ、すみません」
俺の横を通り抜けようとした男と肩が当たる。
男が手に持っている丸い革袋から、水がこぼれた。
目に見えて苛立ちを募らせていく男。
俺はペコペコと謝り、慌てて中に入った。
「すげぇなここ」
「大きいなの! 広いなの!」
冒険者ギルドの中は衝撃的な広さだ。
四方に扉が付いていて、扉をくぐると中央まで道が続いている。
道の左右には無数のテーブル席があった。
こちらは全て木製だ。脚が高い。
殆どの席は埋まっている。
恐ろしいほどの繁盛具合だ。
「大丈夫ですか? ユートさん」
「大丈夫だよ、リーネ」
リーネは、一番手前の席に座っていた。
俺と違い、脳内で話しながらでも歩けるようだ。
心配そうに俺を見るリーネ。それを見た俺は苦笑い。
棒立ちになったのは脳内会話のせいだぞ、と心の中で突っ込む。
「では行きましょうか」
リーネは立ち上がり、中央へ向かって歩いて行く。
ネネイに手を引っ張られる形で、俺も続いた。
「引っ張らなくても自分で歩けるよ」
「ダメなの! おとーさんはまた止まるかもしれないなの!」
冒険者ギルドの中央には、これまた大きな受付カウンターがある。
全方向に対応している円形のカウンターテーブルだ。
中に受付嬢らしき女性がずらりと並んでいる。
テーブルの上には簡単な仕切りが置いてあり、各窓口を区切っていた。
全方向から、受付業務を担当するようだ。
「すごい服装だな。それに耳も何か違う」
受付嬢の耳は、例外なく尖がっていた。
それに、普通の人間よりも明らかに長い。
あれはまるで――。
「彼女達はエルフです。冒険者ギルドはエルフが運営していますから」
案の定、エルフだった。
もはや驚きはしない。
「エルフなのは分かったが、あの服装はなんだ」
「あれは店舗を担当するエルフの制服です」
受付嬢が着ているのは、金のラインが入った真っ白な軍服だ。
下は白のミニスカート。裾のレースだけ黒い。
リーネと同じくらいコスプレ度の高い服装である。
また、どのエルフも、美人という言葉が相応しい整った顔立ちだ。
髪型は様々だが、色は金色で統一されている。
「こんにちは、本日はクエストの受注ですか?」
俺達が受付カウンターに着くと、担当の受付嬢がお辞儀した。
髪型はストレートで、胸元まで伸びている。
エルフだからなのか、女性にしては背が高い。
俺と同じくらいだから、一六〇後半から一七〇はある。
他の受付嬢に目をやると、同じくらいの高さだと分かった。
「いえ、冒険者登録をさせてください」
「かしこまりました。登録はどなたがされますか?」
「私と彼です」
俺の代わりに、リーネがすらすらと答えていく。
受付嬢は二枚の用紙を取り出し、カウンターの上に置いた。
名刺サイズの、小さくて何も書かれていない紙だ。
その横に、羽根ペンとボトルインクを置く。
「私から書きますね」
リーネがペンを手に取り、インクをつけて紙に名前を書き込む。
この時、俺は一抹の不安を抱いた。
もしも俺の知らない文字で書かれたらどうしよう、と思ったのだ。
無意識に日本語で話していたが、ここは日本ではない。
文字が日本語である可能性は低いと見るのが妥当だろう。
日本語で名前を書いて、変人扱いされたら大変だぞ。
『大丈夫ですよ、ユートさん。エストラの言語は、ユートさんの生まれ育った国と同じもので構築されています。ですから、私の真似をして名前を書けば問題はおきません』
リーネはカタカナで名前を書いた。
書道家なのかと思う程に字が上手い。
手書きじゃないと言われても信じる。
「では、ユートさんもどうぞ」
「お、おう、わかった」
リーネに続き、俺もペンを走らせる。
インクを付け直さなかったが、最後まで切れなかった。
カタカナで『ユート』と書く。
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文字を書くのは数年ぶりだし、仕方がない。
「お預かりします」
受付嬢が用紙と筆記用具を回収する。
その後、二枚のカードを取り出した。
先程の紙より一回り大きく、厚みがある。
これまた何も書かれていない。
「こちらが冒険者カードになります」
「え、白紙だけど?」
受付嬢は丁寧に説明してくれた。
「冒険者カードは、登録者が触れることで初めて反応します。こちらのカードをユート様が触れたら、その瞬間に情報が表示される仕組みとなっております」
そう言って、一枚を俺の前に、もう一枚をリーネの前に置いた。
触れということなのだろうと解釈し、カードを手に持つ。
同様に、リーネもカードを持ち上げた。
「うおっまぶしっ!」
一瞬だけ、カードが凄まじい光を放つ。
それに驚いた頃には、既に光は消えていた。
『一般的には、この時に固有スキルが自動で習得されます』
『なるほど』
「これで白紙ではなくなりました。ご確認ください」
確かに、カードには情報が記載されていた。
しかも、裏にまで書き込まれている。
表面は『ステータス』が、裏面は『ランキング』が記されていた。
ステータス欄には、名前や年齢を含め、計九つの項目がある。
一方、ランキング欄の項目は四つで、ステータスより文字が大きい。
「それでは冒険者カードについて説明させていただこうと思いますが、その前にお二人の冒険者カードに対する知識をお教えください」
「二人共、能力の項目以外は知っています」
勝手に答えるリーネ。
俺は無言で傍観していた。
ネネイは鼻歌交じりに身体を揺らしている。
何が楽しいのか、すこぶる上機嫌の様子だ。
『お疲れのことと思いますので、説明の長くなる部分についてはカットしました。今後、必要に応じてお教えしますのでご安心ください』
『ありがとう、気遣いに感謝するよ』
なんという出来る女だ。
流石は神の使いである。
「ではまず、『攻撃力』と『防御力』について説明します」
よろしくお願いします、とお辞儀するリーネ。
それに続いて、俺も「よろしく」と頭を下げた。
「こちらの二項目は、物理攻撃に対する能力を表しています。読んで字の如くなのですが、念のために説明いたしますと、攻撃力が高いと、殴打や斬撃といった物理攻撃で、より高いダメージを与えられるようになります。防御力は、相手からの物理攻撃に影響します。防御力が高い程、物理攻撃によって受けるダメージが低減されます」
この辺はゲームと同じだ。
非現実的な説明でもスッと理解できた。
「次に『魔法攻撃力』と『魔法防御力』ですが、こちらはスキルや魔法に対する能力となっています。魔法攻撃力が高いと、汎用スキルや魔法の効果がより強力なものになります。魔法防御力は、それらに対する耐力を表しています」
こちらも概ね想定通り。
予想外だったのは、汎用スキルも強化されるということだ。
説明を受けて、一つの疑問が浮かぶ。
しかし、受付嬢に訊けるような内容ではない。
『リーネ、まだ聞こえているか?』
『はい、どうかしましたか?』
まさか本当に聞こえているとは思わなかった。
この汎用スキルはいつ解除されるのだ。
それについてもあとで訊いておこう。
『リーネはステータスについて熟知しているよな?』
『はい、形式的に知らないフリはしていますが』
『なら質問だけど、魔法攻撃力が上がると、スキルの見た目は派手になるの?』
『いえ、見た目に変化はありません』
『そうか。質問は以上だ』
見た目の派手さなんて、実際にはどうでもいい。
にもかかわらず気になるのは、ゲーム脳だからだろう。
「最後に『スキルポイント』について。こちらは、一日に使える汎用スキルの回数を表しています。ですから、スキルポイントが五であれば、一日に五回まで汎用スキルを使えることになります。この回数につきましては、〇時にリセットされます」
俺の口から「ほう」と声が漏れる。
この項目は完全に予想外だった。
ネトゲのスキルポイントは、スキルの強化に使うものだ。
割り振るものであって、増やすものではない。
「説明は以上になります」
そう言って、受付嬢は新たに二人分の紙を取り出した。
A4サイズの紙で、両面に文字がビッシリと書き込まれている。
「こちらは冒険者規約になります。可能な限り早い内に目を通していただきますようお願いいたします。こちらの規約に反しますと、冒険者資格の剥奪等の厳しい罰則を受けることになりますのでご注意ください」
俺は紙の角を指でつまんで持ち上げた。
何度見ても、両面が小さな文字で埋まっている。
とてもじゃないが読む気は起きない。
読了までの間に二〇回は眠れそうだ。
『読む必要はありませんよ。規約については私が覚えております』
リーネの声が響く。
今日一番感動した。
「こちらからの説明は以上になります。何かご質問はございますか?」
受付嬢が尋ねてくる。
リーネが「ありません」と短く答えた。
「新たに冒険者となられたお二方のご健闘を心よりお祈りしております」
こうして、俺達は冒険者となった。
あまりにあっさりとしていたので、実感がない。
「では宿屋へ向かいますか」
リーネが俺達に言う。
最初にネネイが「はいなの♪」と答えた。
次いで俺が「やっとだ」と息をつく。
「あ、でも、その前に」
提案者のリーネが、まさかの待ったをかける。
俺はもう休みたいというのに、一体何なのだ。
「まずは三人で冒険者カードを見せ合いませんか?」
返事を待たず、リーネは近くの席に座った。
それに続き、俺も椅子へ腰を下ろす。
リーネの対面だ。
「むぅーなの、むぅーなの!」
ネネイが座るのに苦労している。
自身の背丈ほどある脚の高い椅子なので仕方ない。
「おとーさん、むぅーなの!」
頬を膨らませ、ヘルプを要求するネネイ。
俺は「仕方ないなあ」と笑いながら、腰を上げた。
そして、ネネイの両脇に手を当て、グイッと持ち上げる。
「よっこらしょっと」
「やったぁ! ありがとーなの、おとーさん!」
「はいよー」
隣の椅子に、ネネイをちょこんと座らせた。
その後、再び席につく。
「では皆さん、テーブルにカードを出しましょう」
「オーケー」
「はいなの♪」
有無を言わさない雰囲気で進行するリーネ。
彼女の言葉に従い、俺達はテーブルにカードを置いていく。
俺のカードだけが、ランキングの書かれた裏面を向いていた。
リーネはそれを素早くひっくり返す。
「では、ステータスを確認しましょう」
三人で仲良く、冒険者カードを確認した。
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一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。
一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。
どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。
※他サイト様でも掲載しております。
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
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ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
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12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
あの、神様、普通の家庭に転生させてって言いましたよね?なんか、森にいるんですけど.......。
▽空
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テンプレのトラックバーンで転生したよ......
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とりあえず、今世を楽しんでやる~!!!!!!!!!
R指定は念のためです。
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貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
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貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
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言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
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お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
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注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
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オタクおばさん転生する
ゆるりこ
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マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。
天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。
投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)
魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます
ツバキ
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貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう
どんどん更新していきます。
ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。
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