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第003話 我が家

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 クルーガーはしばらく草原を駆け回った後、とんでもないことを言い出した。

「アルトぉ、ぼく、ねむくなってきたぁ」

 はしゃぎ疲れて眠たくなったのだ。
 史上最強といえど、やはりそこは3歳児である。
 俺は「仕方ないなぁ」と頬を緩めた。
 そして、クルーガーを抱っこしてやる。

「俺が運んでやるからゆっくり寝ていいぞ」
「ありがとぉ。アルトはやさしいなぁ。うへへぇ♪」
「お世辞はいいからさっさと寝なさい」

 クルーガーが「はぁい」と微笑む。

「おやすみぃ、アルトぉ」
「はいよ、おやすみ」

 クルーガーが瞼の力を抜く。
 糸の如き細さで開いていた瞼が閉じられる。
 10秒もしない内に幸せそうな寝息を立てだした。

「さーて、残り僅かだ、頑張れ俺」

 前方に見える<ラフレシア>を目指して歩いた。

 ◇

 <ラフレシア>に着くと門を守る衛兵が話しかけてきた。

「これまた可愛らしいお子様ゴブリンをテイムしたものだなぁ」

 やはり衛兵もクルーガーをゴブリンだと思っている。
 俺は「こう見えて中々強いんですよー」と笑って返した。
 衛兵は「はっはっは」と笑う。冗談だと思ったようだ。

「王都は広いから迷子になるんじゃないぞー」
「はーい、気をつけまーす」

 こうして、俺は<ラフレシア>の中に入った。

「起きろ、クルーガー」

 街に入るなりクルーガーを起こす。
 世界最大の街を見れば興奮すると思ったからだ。

「ふぁぁぁ……もうちょっとぉ……」
「そう言わずに少しだけ目を開けてみろよ」
「わかったぁ……」

 クルーガーが重い瞼を無理に開ける。
 しかし、瞼はたちまち軽くなるのであった。

「わぁ! すごーい! おおきいー!」

 最大級の街並みに感動したからだ。
 その姿を見ていて懐かしい気持ちになった。
 俺も初めてここに来た時は同じ反応をしたものだ。

「1つの街に複数の冒険者ギルドがあるのは王都だけなんだぜ」
「ぼーけんしゃぎるどぉ?」
「俺達が生きていく為に何かと利用する場所のことさ」

 冒険者は冒険者ギルドで受けた仕事クエストで生計を立てる。
 モンスター退治、薬草の採取、荷物の運搬、エトセトラ……。
 仕事の内容は幅広い。

「アルトぉ、おなかすいたぁ」

 クルーガーが言う。
 その言葉に合わせてお腹が「グゥ♪」と鳴っていた。
 俺のお腹もそろそろ鳴りそうだ。

「メシにしたいところだが、先に冒険者ギルドへ行こう」
「えーなんでぇ?」
「大事な手続きがあるからさ」
「はぁい」

 クルーガーが俺にギュッと抱きつく。
 起きたにもかかわらず、抱っこ状態は維持されていた。
 お腹が空いているから歩きたくないのだろう。

「寝ていていいよ。メシになったら起こしてやるから」
「わかったぁ。アルト、ありがとぉ。おやすみぃ」
「はいはいー。おやすみ……って」

 クルーガーは既に眠っていた。

 ◇

 冒険者ギルドに着くと必要な手続きを行う。
 ギルドの機能はクエストだけではないのだ。

「こちらがアルト様のお家になります」
「ありがとうございます」

 俺は王都で住む為の家を借りることにした。
 冒険者ギルドでは、冒険者に家を貸し出しているのだ。
 手間いらずという理由で宿屋を好む者も多いが、俺は賃貸がいい。

「さて、どこだどこだ」

 受付嬢から受け取った地図を頼りに家を探す。
 王都<ラフレシア>は広すぎるから、こういう時に不便だ。
 俺の故郷<ビサイド>であれば、地図がなくとも迷いはしない。

「これだな」

 街外れにある賃貸冒険者用の居住区で我が家を発見した。
 周囲の民家と変わりない木造の平屋である。

「一般的な民家だ」

 中は4つの部屋で構成されていた。
 入ってすぐに調理スペースの『土間』があり、突き当たりに『居間』がある。居間へ上がらずに右へ行けば『浴室』、左に行けばベッドがポツンとある『寝間』にたどり着く。

「魔法球も初期装備だし、気が利くぜ」

 色つきの水晶玉こと“魔法球”は生活の要だ。
 土間の竈にセットしてある“火の魔法球”がなければ竈はただの障害物でしかないし、浴室のお湯だって温まってはくれない。同様に“氷の魔法球”がなければ食材を保管する冷蔵庫はただの木箱だし、“浄化の魔法球”がなければ服を洗う洗濯箱もただの水入り木箱と化す。

「あとはお金だが……」

 寝ているクルーガーを居間の畳に置き、懐から革製の巾着袋を取り出す。
 紐を解いて袋を開け、中に入っているお金の総額を確認した。
 銅貨が4枚に銀貨が3枚、金貨が2枚に白金貨が1枚だ。
 すると合計は12,340ゴールドということになる。

「貨幣制度が変わってくれたおかげで財布が軽すぎて不安になるな」

 数年前までは1ゴールド貨幣があった。
 その為、巾着袋がよくパンパンに膨らんだものだ。
 軽くなったことが嬉しい反面、袋の中がスカスカ過ぎて不安になる。

「なんにせよ、これだけあればクルーガーが大食いでも問題ないな」

 俺は眠っているクルーガーの頬を指でつつく。

「ふがぁ?」
「起きろクルーガー、メシにするぞ」
「もうおなかいっぱぁい」

 夢の中でご馳走を平らげているようだ。

「まだ何も食ってないだろうが」
「ふわぁぁ……」

 クルーガーがゆっくりと目を覚ます。
 身体を起こし、寝ぼけ眼をゴシゴシとこする。
 それから大きなアクビをして、周囲を窺う。

「ここはぁ?」
「今日から生活する我が家だよ」
「わぁ、いろいろあっておもしろぉーい」

 クルーガーが土間の調理器具を見て目を輝かせる。
 しかし、すぐに動きを止めて俺に言ってきた。

「アルトぉ、おなかすいたぁ」
「だからメシだっつってんだろ!」
「えへへぇ、アルトおこったぁ」
「怒ってないさ。メシに行くぞ、ほら」
「はぁーい」

 こうして、俺達は酒場に向かうのであった。
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