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013 人力車

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 生乳の加工やら何やらは全て後回しだ。

 直ちに、ルッチから馬車用の装備を外した。

「ゴブイチ、動物小屋に行って干し草のベッドを作ってこい」

「ゴブ!」

 ゴブイチが駆け足で動物小屋に向かう。

「ルッチ、ゆっくりでいいからな」

「ヒヒィ……ヒィ……ヒィン……」

 フラフラのルッチを支えながら動物小屋に向かう。

 小屋に入ると、ゴブイチの用意した干し草のベッドに寝かせた。

 モー達が心配そうな表情で遠巻きに見てくる。

「寿命でないことは確かだ。
 ならば回復の見込みは十二分にある」

 もう慌てない。迷わない。

 横になったルッチに右手を当てる。

 そして、医術スキル【メディカルチェック】を発動した。

 体内に潜む異常――病魔を発見するスキルだ。

「特に問題ないな」

 ルッチの全身をくまなく調べた。

 それも1度ではなく、2度、3度と調べた。

 それでも異常が見当たらない。

 ということは、病気の線はなくなった。

「すると考えられるのは……疲労か」

 過労による疲労の蓄積。

 そう考えて間違いないだろう。

「思えばずっと働かせていたな」

 ルッチはずっと休んでいない。

 冒険者の頃はともかく、ここで暮らすようになってからも。

「思いやりが足らなくてすまなかった、ルッチ」

「ヒィ……ヒィ……」

 ルッチが申し訳なさそうに見てくる。

 むしろ申し訳ないのは俺のほうだ。

 こんなになるまで気がつかないなんて。

 我ながら情けない。

「疲労は回復スキルじゃどうにもならないし、今日は休め」

「ヒィ……!」

 ルッチが強引に起き上がろうとする。

 それを俺は強引に押さえつけた。

「馬車のことなら心配するな。
 俺が荷台を運べばいいだけのことだ」

 荷台には牛乳缶がドッシリ積み込まれている。

 その重さは250kg。

 荷台自体も含めると更に10kgは重くなるだろう。

 車輪が付いているとはいえ、普通の人力では運ぶのに苦労する。

 しかし、何の問題もない。

「ヒィ……!」

 それでもルッチは起き上がろうとする。

 ずっとこうして強がっていたのだろう。

 ずいぶんと前からガタがきていたはずだ。

「だから寝てろって」

 睡眠スキルを使い、ルッチを強引に眠らせた。

 瞬く間にスヤスヤと心地よさそうな寝息を立て始める。

「ゴブイチ、お前は通常通りモーの世話をしておけ。
 もしケルルが戻ってきたら、ルッチには触れさせるな。
 今日のルッチは絶対安静だ。
 他の奴にも一切触らせないようにしろよ」

「ゴブ!」

 ゴブイチが大きく頷く。

「あとはよろしく頼んだぜ」

 ゴブイチの肩をポンポンと叩く。

 ゴブイチは両手の拳を胸の前に上げて、意欲をアピールする。

「さて、作業再開だ」

 ここでルッチを見ていても仕方がない。

 俺は俺の役目の果たすとしよう。

 ということで、放置されている荷台のもとへ戻ってきた。

「グッ……! やっぱ重いな」

 通常の状態だとビクともしない。

「やれやれ、仕方ない」

 強化スキル【身体能力強化】を発動する。

 全身の力を爆発的に高めるスキルだ。

 効果が強力な反面、使用後が苦しい。

 いうなればドーピングだ。

「これならラクラクだな」

 スキルの効果で軽やかに荷台を動かせる。

 今回は馬車ならぬ人力車でいくとしよう。

 ◇

 荷台を押して歩く俺を、街の人間達は奇怪な目で見てきた。

 少し恥ずかしかったが、身から出た錆と思えば気にもならない。

 周囲の目を気にすることな進み、いつもの殺菌業者の所に到着。

「いらっしゃいませ、って、えええ!?」

 受付のお姉さんが驚く。

 完璧な営業スマイルが崩壊した初めての瞬間だ。

「いつも通りのコースで頼む」

 相手が驚いていようが関係ない。

 俺は無表情で用件を伝えるのだった。

 ◇

 次はマチルダの店だ。

「わお!?
 どうしたのタケル君!?
 てか自力で運んできたの!?
 何から何までぶっとび過ぎでしょー!
 いや、それよかどうしたの!? タケル君!」

 店に着くなり、マチルダが捲し立てる。

 この女はこんな時でも変わらぬ調子だ。

「見ての通りさ。
 今日はルッチがお休みでね。
 仕方がないからこうして俺が押しているわけさ。
 馬の気持ちも理解出来て一石二鳥ってやつよ」

 マチルダの前だと饒舌になる。

 商人特有の話しやすい雰囲気がそうさせるのだろう。

「そういえばタケル君のところって、他に馬いないんだっけ?」

「だな。
 ウチはルッチの一本柱でやってきた」

「そりゃいけませんなー!」

「全くだ」

「で、今後はどうするの?
 他の馬が必要ならウチで見繕おうか?」

 マチルダがニヤリ。

「本当に抜け目がないな」

 こんな時でさえ商機を見逃さない。

 根っからの商人だ。

「でも大丈夫だよ。
 仲介業者じゃユニコーンは用意出来ないでしょ?」

「そりゃねー!
 やっぱり普通の馬じゃ駄目な感じ?」

「当然だ。
 だから、馬は自分で調達するよ」

 ユニコーンをテイムするのは至難の業だ。

 しかし、俺であれば、それほど苦労することはない。

 ここを出たら、すぐに新たなユニコーンを調達しよう。

 今後はそのユニコーンとルッチの2頭体制で臨む。

「牛乳の方はどう? 増産できそう?」

「余裕だよ。
 ルッチの件で少しドタバタしたけど、
 明日には問題なく増産出来ているはずだ。
 マチルダの方こそ、薬草の調達見込みは大丈夫なのか?」

「こっちも明日には増やせるかな」

「オーケー」

 話を終えてポーションの作成に取りかかる。

 【合成】を発動する時は、一時的にルッチのことを忘れた。

 そうしないと失敗するかもしれないからだ。

「それ!」

 精神を統一した末に【合成】を発動。

 1250本の牛乳瓶の中身が、牛乳味ポーションになった。

「今後はもっともっと事業を拡大していこうねー!
 タケル君と私のコンビで、世界一になってやろうぜぃ!」

「おうよ。
 って、世界一ってどうやって決めるんだ?」

「自分が世界一だと思った時が世界一っしょ!」

「随分とテキトーな……。
 まぁいいや。今後も頑張っていこうぜ」

 マチルダと握手を交わした後、空の荷台を押し始めた。

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